関田の友達
石川獣
第一章
第1話 友人について
俺には関田という友人がいる。
高一で同じクラスになり、二年になった現在も同じクラスだ。
一年の頃に何度か複数人で寄り道をしたことがあるくらいのライトな関係で、人に聞かれれば友人と言うが、厳密に分類するなら仲のいいクラスメイト、くらいが妥当だと言えるだろう。
誰にでも友人はいると思う。
今はいなくても、小さい頃とか、人生の何処かではいただろう。
友人ってのは何をもってして友人と言うのか、結構曖昧なもんだ。
俺には相川利久と梨沙という兄妹の幼馴染がいるが、俺はこいつらを幼馴染だとは思うが友人だとは思わない。物心がついた時には隣にいた、くらい付き合いは長いが、友人だと思ったことはない。
梨沙とは同級生で、時々周りのやつらから「付き合ってんの?」とか、「好きだったことある?」とか聞かれるが、そんなふうに思ったことは一度もない。
多分兄弟に近い感覚だと思う。向こうが俺をどう思ってるかなんて考えたくもない。
友人とは直感的になるものだと俺は思う。
気が合いそうなやつは何となく分かるもんで、色々と付き合って行くうちに、ああやっぱり気が合うなと答え合わせのように感じることが多い。
俺はそこまで他人にうるさい性質ではないから、大抵はそこそこ気が合う友人となる。この場合の友人もクラスメイトとほぼ同意だ。
顔見知り、知り合い、こんな風にカテゴライズされる身の回りの人間はかなり多い。
時々、ああこの人好きだなって思うのに、知り合い以上の関係にはなれないんだろうなって人がいる。
向こうが俺に興味がなさそうってのもあるし、俺自身もなんだか遠慮してしまうような相手だ。
そういった人間の攻略方法を俺はまだ知らない。
まあ人生も十七年に差し掛かって、そういう人が時々いるってのが分かってきてからは、そんなもんだからしゃーないかと割り切れるようになった。
友人の友人ってのもかなり微妙なファーストコンタクトだと思う。
気が合いそうだと思っても、当の友人を差し置いて交友関係を深めるのは何とも気が咎める。
とは言え、友人は気が合うから友人なわけで、その友人なんだから絶対仲良くなれるだろ! って思うけど、間に立つやつが上手いことやってくれない限りは、大抵よそよそしいやり取りに終始してしまい、結局は顔見知り程度に落ち着いたりする。
俺が天川蓮と顔見知り程度に落ち着かなかったのは、あの日、共通の友人の関田が学校を休んでいたからだろうと思う。
そうじゃなきゃ俺は天川と話すことなどなく、戸口で関田が天川に貸りた教科書を返すやり取りを見るか見ないかして、ちょっとタイミングが合って視線がぶつかったとしても、「あ、関田の」くらいのアイコンタクトをする程度で終わったはずだ。
「上岡ー」
「へーい」
廊下側一番前の席の境に呼ばれ、俺は持ってたトランプを貧民の赤城に全部持たせて席を立った。
赤城は文句を言ったが、直ぐに悪くないカードだと気がついて、「良一くぅん」と嫌らしい声で俺の名前を呼んだ。
「なんじゃ」
「廊下、関田の」
人を呼びつけておいて、堺は横にしたスマホを見たまま戸口を顎で示した。指と目の動きでゲームをしてるのが分かる。
廊下を覗くと見覚えのある顔があった。
「ああ、関田の」
いじっていたスマホから顔を上げて、関田にあまぴと呼ばれている男子が俺を見た。
「今日関田休みだぞ」
「うん知ってる。俺、関田に現社の教科書貸しててさ」
申し訳ない顔で言われて、俺はああと頷いた。
「待ってな」
関田の席に行って机の中を漁った。と、中からくしゃくしゃの紙がひとつ落ちた。俺はそれの行方を目で追いながら、一先ず教科書を探す。
「あった」
裏を返すと天川蓮と書いてある。これだと思って床に落ちた紙を拾い、教室の入り口に戻った。
「はい」
「ありがとう」
天川は教科書の名前をチェックして、余計なものが挟まっていないか確かめるように親指でページの端をパラパラと撫でていった。そして受け取りの確認をするように俺の顔を真っ直ぐに見た。
「天川蓮っていうんだな」
初めて知ったフルネームを呼ぶと、天川の口角と眉がちょいっと上がった。
「そうだよ」
「凄い名前だな」
「え?」
「天の川の蓮って、なんかもう天国に行けるのが決まってるみたいな名前だ」
字面から浮かんだ印象を伝えると、子犬みたいに首を傾げていた天川は困ったような顔になり、「ちょっと宗教的風景が浮かぶよね」と首を竦めた。
「あんまり気に入ってないの?」
「そんなわけじゃないけど」
また肩を上げた天川に、褒められてもあんま嬉しくないことってあるよな、と心の中で同調した。
「上岡君、だよね?」
「そうだよ」
「下の名前なんて言うの?」
「良一」
「りょういち」
くり返して視線を彷徨わせた天川に、「一日に一つくらい良い事しなさいよっていう戒めみたいな名前だよ」と説明すると、突然天川が声をあげて笑った。
「うわ」
「うわ?」
俺の反応に天川の表情が元に戻った。
「天川、笑うと印象違うな」
「えっ、そう?」
ギョッとした天川は現社の教科書で顔を半分隠してしまった。
「笑窪と八重歯があんだな」
俺はもう一度それを確認したくて、人差し指を教科書に引っ掛けて顔を覗こうと努力する。
「そう、八重歯は抜こうと思ってる」
必死に顔を隠し続ける天川と戦いながら、また褒めた部分が気に入ってないことに驚いた。
「いいじゃん八重歯」
顔を殆ど隠してしまった天川に、俺は両手を教科書と顔の隙間に突っ込んで、無理矢理顔面を引っ張り出そうとする。
俺の必死さに天川の肩が震え始めた。
「上岡君が好きなだけでしょ!」
「そうかもしんないっ!」
俺の執念についに諦めた天川は教科書を下ろし、八重歯と引っ張り出そうとしたせいで赤くなった頬に笑窪を浮かべた笑顔をさらした。
「さっき何拾ったの?」
「え?」
「それ」
手に持ったままのくしゃくしゃの紙を指されて、ああと手を開いた。
「関田の机から落ちてきた。ゴミかと思ってさ」
言いながら紙を開き、二人で覗いた。
『木曜日の放課後 裏階段』
「何だこれ」
愛想の無い呼び出しの文句だ。
ふわっと、俺よりも背の低い天川の髪が唇に触れた。どこかで嗅いだ匂いがする。
「告白……とか、そういう系かな」
天川の予想に眉が寄る。
「どっちかっていうとシメられそうな文章じゃね?」
天川は、「確かに」と笑って、また髪で俺の唇をくすぐった。
「木曜日って今日だな」
言うと、天川の目が驚いた色になって俺を見上げた。
「……そうだね」
今週この手紙を貰ってるなら、と心の中で補足したが、口にはしなかった。
二人で顔を見合わせて、含みのある目を互いに確認した。
「誰も来ないね」
「関田休みだしなー」
三階の視聴覚室前の窓から裏階段を見下ろしながら、二人で気の抜けた声を出す。
「てか俺らめっちゃ趣味悪くね?」
「あ、今頃それ言う?」
二人でクスクス笑っていると、男の声が俺を呼んだ。
「りょーち、何してん」
見ると幼馴染の利久だった。
「よー、ちぃっと野次馬しようと思ったら空振り」
「野次馬? なんだそれ」
利久が俺の首に腕を引っ掛けて窓の下を覗いた。
「なに? なんもねえぞ?」
「だから空振りだって」
俺は重たい腕を払った。
「あっそ。お、友達?」
「ん?」
天川のことか。
「ああ関田の」
言ってちょっと変な気がしながら、でも利久は関田のサッカー部の先輩でもある。
「あーそうなん」
「こんにちは」
天川が丁寧にお辞儀をした。
「お、可愛い八重歯ちゃん」
利久も天川の八重歯を見つけたようで、指して笑った。
「だよな、でも抜いちゃうんだってさ」
「あーまあデメリットもあるからな」
しゃーないというように頷いた利久を「コイツの家、歯医者なんだ」と天川に紹介した。
「コイツ」
神妙な面持ちの天川に言われて、ああそうだよなと気が付いた。
「幼馴染なんだよ、相川利久」
天川はようやく納得した顔になった。
「先輩にめちゃくちゃ馴れ馴れしいからドキドキしてた」
「ごめんごめん」
謝って、利久と肩を組んで無意味に左右に揺れて見せた。
「ふたりとも歯並びがいいね」
天川もつられて左右に頭を揺らしていて、なんだか可愛い。
「毎日利久の父さんに口内チェックされてたもん。おはよう良一! 歯を見せろ! って」
利久の父さんの真似をしてみせると天川はまた笑窪を浮かべてクスクスと笑った。
「どれ見せろ、むし歯チェックしてやる」
天川の笑窪に視線を奪われていた俺の顔を利久が鷲掴みにして口内を覗き込もうとする。
「ねえよ」
「あーんは?」
利久は諦めない。
諦めて大口を開けると、俺の顔をひん曲げて口の中に外の光を当てた。
「んー? 無さそうだな! ヨシ!」
利久は満足したように大仰に頷いた。
「次、八重歯君もチェックしたろ」
「嫌だろ」
「あー」
天川は大きく口を開けた。
「良いのかよ」
「んー、口内環境問題無いです。歯石もありませんよー」
「おととい歯医者に行ったので」
天川は利久に頭をヨシヨシと撫でられて少し恥ずかしそうにはにかんだ。
口の中を見せる時に恥じらうべきなんじゃないかと思ったけど、もじもじする姿も可愛いと思って黙った。
「偉いねえ。おめーもこいよ!」
ヘッドロックを掛けられて、タップしながら「月一行ってるわ!」と言い返し腕から逃れる。
「あ、梨沙が誕生日は欲しいゲームソフトあるって言ってたぞ」
「なんで俺があいつにゲーム買ってやんなきゃいけないんだよ」
「言うだけタダだからだろ。俺もできるしネー」
「ネーじゃねえよ」
文句を言って、後ろのシャツがはみ出た利久をそのままにして見送った。
「梨沙って?」
「ん? 利久の妹。同級生。光女子高」
「へえ」
列挙された情報に天川は丁寧に頷いた。
「さて、何もねーし帰ろっか」
「そうだね」
利久には関田のとか言ったけど、戸口で会話をしたときにはもう気が合うのは分かっていた。
正直関田はとぼけたやつだから、時々一緒にいるのを見かける天川がどんなやつなのかはよく分かっていなかった。類友なんて言葉はあるけど、とぼけたやつの周りにとぼけたやつは集まらない。あいつらはとぼけているから、そういう引力からも解放されているんだろう。
案の定、天川は可愛い八重歯と笑窪を持つ、常識的な男子だった。
ところで、あとどれくらいの会話を重ねたら俺と天川は友達になるんだろう。関田の、ではなくてお互いにとって。
俺はそのラインを超える瞬間を見定めてみたいと思った。
「腹減らね?」
玄関でスニーカーに足を突っ込みながら気安く誘うと、天川はうーんと考えてから、「甘い物なら食べたい」と答える。
「例えば?」
「クレープ、ドーナツ、シェイク」
「女子か」
突っ込むと、天川はハッとした顔を作ってから、「甘党なもんで」と照れた。
「俺はトトールのベーグルサンド食いたい」
俺は大好きなトトールの名前を出した。
トトールはいい。いつ行っても絶妙に空いていて堪らなく居心地が良い。彼女がいた時はよくあそこでダラダラした。行き過ぎてキレられたこともある。
「あそこって甘い食べ物あるの?」
天川は本当に甘いものが食べたいらしい。俺はメニューを思い浮かべる。
「甘い飲み物は何種類かあったよ。シェイクもあったと思う。カフェだからケーキはある」
「へえ、じゃあそこでいいよ」
「トトールあんまり行かない? 別のところにしようか?」
「ううん、あんまり行かないところ行けるの嬉しい。関田だとマック一択だし」
「あー」
俺は確かに、と頷いた。関田はマックを愛している。
学校から徒歩で五分、相変わらずトトールは絶妙に空いていた。潰れる心配はなさそうなくらいには客がいるのも愛している身としては安心する。
俺はバイトをするなら絶対トトールがいいと思っている。女の子のユニフォームも可愛いし、男はネクタイに黒いベストなのも無駄に格好良くていい。作業スペースが微妙に狭いらしく、店員同士が、「後ろ通りまーす」「あ、はい」「ごめんね」「いえ、うふふ」とか言って譲り合うためのスキンシップが不可避なのも見ていて思わず妄想が始まってしまいそうになる。
「ここのシェイク美味しい」
天川がショコラシェイクを美味しそうに吸い込んでいる。まだ硬いのか両手でカップをむにむにしていて愛らしい。
しかし笑窪というやつは吸い込む時にも出るのか。どういう仕組みなんだ? 友達になったら触らせてもらおう。
「ほれ、サンドも食べな」
俺は自分が頼んだベーグルサンドの半分を勧めた。
「なくなっちゃうじゃん」
「いーよ、半分こ」
クリームチーズとサーモンという王道ベーグルに齧り付きながら皿を押しやる。
「俺食べ過ぎるじゃん」
天川は困った顔になった。
「男の子はよく食べる方が可愛いよ?」と俺が言うと、「なんだそれ」と顔をしかめて、それでも結局押しに負けて俺のオススメを「美味しい」と言ってぺろっと食べた。
「天川って、なんで関田にあまぴって呼ばれてんの?」
二杯目のコーヒーを啜りながら気になっていたあだ名の由来を聞くと、天川の口がむっとなった。
「知らない。いい年だし変えてよって言ったけど聞いてくれなくて」
「最低だな関田!」
いきなり俺が激怒すると、「いやそこまで怒ってないけど」と天川が噴き出す。
「そうか? 関田にうえぴとか言われたら俺は殴るぞ」
「殴ってもいいと思うよ、そんなに嫌なら」
天川は意外にもあっさりと暴力を容認した。
「いつの友だち?」
「小学生から」
「ほーん、じゃあ天川も石橋中?」
「違うよ」
「小学校だけ一緒だったん?」
「小学校も違うよ」
俺は意味が分からなくなって黙った。そんな俺を見て天川はまた噴き出した。
「サッカーのクラブチームで一緒だったんだ」
「あーそうなん!」
なるほどね、サッカー繋がりか。
「うん。だから小学生で付けられたあだ名が今も生きてる」
「あまぴ」
「そ」
クスクスと笑う天川をじろじろと眺めた。
「今はもう辞めたの? サッカー」
関田はそうだが、天川はサッカー部ではない。色も白いし、外部で屋外スポーツをやっているようには見えない。
俺の質問に天川は眉を下げて、「膝の手術があって」と少し声を小さくした。
言葉の音色と表情から、これが天川を知るうえで重要な話題の入り口だと分かったけど、そこへ踏み込むにはまだ距離がある気がする。
俺はああと頷いて、「それは大変だったな」と言うしかなかった。
「ま、しょうがないよ」
首を傾げた天川の頬にぽこっと笑窪が浮かんだ。でもそれは微笑んだせいというよりは、微笑んでいるように見せるために登場した凹みだった。
俺が何を言おうかと考えながら笑窪に視線を埋めていると、店内飲食の客がこっちに来た。まあ客くらい来るだろうと顔を向けると目が合って、お互いにぎょっとしてしまった。
元カノの由利奈だった。
由利奈はガン見する俺に目を細めて、『こっち見んな』と言った。
おそらく今の彼氏だろう男は、由利奈の前を歩いていて俺たちのアイコンタクトに気がついていない。
俺が目で、『俺のトトールだぞ』と言うと、『うるさい、彼氏が行きたいって言うから!』と、目と顎を使って言い返してきた。
幸い二人は真ん中の植栽風の間仕切りの向こう側に座って、視界には映らなくなった。
「知り合いなの?」
じっとやり取りを見ていた天川がそっと訊ねてきた。
「元カノですな」
俺がコーヒーを啜ると、「えっ」と控えめな驚き声が上がった。
「俺のトトールに彼氏と来やがって」
「え、ここ思い出の場所?!」
天川が妙に慌てている。
「思い出? まあよくダラダラしてたけど」
「じゃあ嫌なんじゃない?」
「別に。俺の店じゃないし」
由利奈にはテリトリーを主張したくせに、天川には大人ぶって答えた。まあ実際本当に嫌なわけではない。
「まあそうだけど……」
何を考えているのか、天川はしょんぼりとして飲み終わったシェイクのストローをくるくると回した。
「良いじゃん。トトール好きの彼氏で俺は彼氏に親近感」
はははと笑う俺に、天川が不思議そうな眼差しを向けてくる。
「上岡くんって……」
また頬にへこみができたのを見て、俺はぐいっと前のめりになった。
「何? 途中でやめんなよ」
天川の口角がちょいっと上がって、今度は明らかに笑顔になった。
「性格、結構好きだなと思って」
おっと思った。
笑窪と八重歯のダブル乗せの笑顔で言われると全然悪い気はしない。
これは友達ラインを超えたか? 超えただろ。
「始めから思ってたんだ。そういうのって、話して直ぐ分かるから」
ああやっぱりな。
「俺も思ったよ」
「え?」
「天川とは気が合いそうだなって」
天川は驚いて、それからまた笑窪と八重歯を見せて笑った。
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