第15話・回収されたストレージの音声ログ20「鳥籠の外の関係と奸計」
はじめに断りを入れます。私は、誰かを非難や糾弾する為にこのような音声ログの作成に及んだわけではありません。これは、ただの記録以上の意味を持ちません。
いえ、嘘ですね。あの頃の私は、フェリーチェさんの為なら、どのような行為でも厭わないつもりだったのでしょう。先ほどあなたが聞いたはずである、フェリーチェさんの実の親を彼に、フリッシュと同様にあの忌々しいプレアデスに尋ね、ミルキーアイス師匠の思惑によってそれを阻まれた時と同様です。
やはり、私は弱い。だからこれは、私の懺悔にもなるはずです。あなたがこのストレージを破壊してくれる事を期待して、かつての私の愚行を包み隠さず明かします。
それにあたって、まずはここからの前提となる情報を語ります。
これまでの内容により、あなたは累卵楼第一層と第二層の大まかな情報を把握していると考えます。今から説明するものは、累卵楼第三層、巨鳥の師匠たちの私室が存在する階層です。
そこは「清浄な街の再現」です。無機質な白い床材と特殊アスファルトの舗装路、そこに街灯が規則的に並んでいます。後述しますが、第三層は構造上、他層と比べて採光性が比較的低く、夜間には街灯が点灯します。また、内壁や天井にも照明が存在します。
第三層の床には舗装路が存在しますが、第一層に見受けられるような建造物はほとんどありません。師匠たちが水浴びや談話に用いるプールや、猛禽であるエターナルキャリバー師匠やミモザコート師匠が大型の家畜を解体しその肉を摂取する為の、浴室の洗い場に似た構造の食事場などが存在する程度です。余談ですが、食事場の清掃はあまり気分がよいものではないので、本質的には命を持たない私や、私を手伝ってくれるレインメイカーさんが引き受ける事が多々ありました。
特筆すべき建造物がほぼ見受けられない、平坦な床が続く第三層は、今思えばまさにあの頃の私と同様に「作り物」でした。しかし、その光景こそ、多くの師匠たちにとって心が安らぐ秩序だったのでしょう。累卵楼の外、現世界のほぼ全てが
ダイヤモンドクレール師匠の、「巨鳥の巣が地面にあったら恥だ」という意向によって、ダイヤモンドクレール師匠以外の師匠たちの私室は全て、内壁から張り出す形で設けられています。累卵楼の原型であるメガストラクチャーのフレームにはその構造が存在しない為、各私室の下部は後付けのフレームで補強しています。もちろん、そこに人間がのぼる為の
師匠たちの私室の中で最も特徴的なのはダイヤモンドクレール師匠のそれで、第三層天井中央から何本かの後付けフレームによって固定され、空中に浮かんでいます。私室の下部からは前世界製の超耐ワイヤーで吊るされたアームが、「翼正会の宝珠」を掴んでいます。ダイヤモンドクレール師匠の私室に呼び出された直弟子は、カナリアに変身して羽ばたくだけではその高度まで到達できず、フェリーチェさんやデリックさんは、累卵楼中央の大穴で階層を移動する際と同様に羽ばたきと推力魔法を併用していたそうです。
ここからは、私とデリックさんの会話記録です。デリックさんは私に頼まれ、「あの日」の夜の出来事、つまりはダイヤモンドクレール師匠の私室に呼び出された際の様子を話しました。
前にも触れましたが、あらためてデリックさんについて簡単に紹介します。デリックさんは五賢師第三翼である、グアンダオストーム師匠の直弟子です。容姿としては、茶色のくせ毛を活かした、前髪で額を隠したショートヘアが特徴的です。
当時の私やフェリーチェさん、あるいはンシアさんを含めて、プレアデス以外の五賢師の直弟子は、直弟子仲間の皆さんから「頼れる兄貴分」として慕われていました。中でもデリックさんは、口調や性格に堅さがあるフェリーチェさんやンシアさん、本質的には人間ではない私よりも親しまれ、直弟子の皆さんから「たまに弱音は吐くけど、気さくなお兄ちゃん」として見られていました。もっとも、デリックさんもまた無理をしていた部分がありますし、良くも悪くも放任主義的なグアンダオストーム師匠との関係の反動も一因していたでしょう。
そして、これは何も知らないかつての愚かな私が、それを必死に知ろうとした愚かな記録です。デリックさんは私に依頼されただけであり、最終的な全ての責任は私とサタンズクロー師匠と、プレアデスとフリッシュの師弟にあります。
****
ミチビキ、もう一回言うけど、絶対他の直弟子には言うなよ? ミチビキも感じてると思うけど、ここはもうかつての累卵楼じゃない。いや、表面上は何も変わらないし、たぶん師匠たちは俺たち五賢師の直弟子以外の弟子にはそうであるようにしたいと思ってるはず。たぶん、それこそ師弟愛なんだろうな。
ああ、俺だってできるなら平和な方がいい。俺は兵団の訓練兵暮らしが長かったからキツいのは慣れてるけど、特にジェイドやタオシャンは、やっと掴んだ幸せな生活だ。それに、最近のキャリバー師匠に釣られてンシアまでピリピリしてる。
あー……すまん。見栄を張った。訓練兵の時から泣き言が多かった。調査がほとんどとはいえ医療兵団は本物の軍隊だからな。だから俺にとっても、今の暮らしは幸せだな。まあ、表面上は。
ミチビキ、お前、本当にプレアデスとフリッシュ師匠を毛嫌いしてるよな。まあ、俺もああいう性格は苦手な方だが。
……ミチビキ、やっぱり防音魔法を張っておこう。
……これでいいな。ミチビキの言う通り、アイス師匠のように誰がどんな事を考えてるのか分からないから、用心しすぎるくらいで丁度いいだろうな。ああ、もちろんアイス師匠の事はフェリーチェにさえ言わない。ミチビキのタイミングに任せる。ミチビキの方が、フェリーチェを知ってるだろ?
ああ、俺だって五賢師の直弟子だ。精神諜報魔法くらい防げる。しかもストーム師匠直伝の精神防御魔法だ。これを突破できるのは、クレール師匠とクロー師匠とフリッシュ師匠くらいだろうな。まあ、ミチビキの、純粋科学の情報暗号化より劣るだろうが。
ところでミチビキ、フェリーチェとはもうキスするくらい仲良くなったのか? ああ!? まだなのか!? フェリーチェもフェリーチェだ……ミチビキの気持ちくらい察してやれよ……。
あ、ああ、すまん。つい熱くなった。ミチビキは察してると思うけど、クレール師匠の私室では、ストーム師匠とクレール師匠はラブラブだ。おそらく、ミチビキが今想像してる100倍くらい。さすがに弟子の俺やフェリーチェの前でそれ以上の事は見せないけど、完全に番いだな。
ストーム師匠とクレール師匠の事は、たぶんンシアも気づいてるし、プレアデスもフリッシュ師匠から聞いてると思うし、他の師匠たちも同じだろうな。だけど、他の直弟子には言うなよ? ああ、約束だからな。誰にだって秘密にしておきたい事はあるだろうし、ストーム師匠の直弟子として、そこを必要以上に荒らしたくない。
それで、一昨日の夜も、クレール師匠の私室で、ストーム師匠とクレール師匠はベッドの上で抱き合うところから始まった。もちろんエロい意味じゃないぞ? ストーム師匠もクレール師匠も、まあ性格に癖があるけど、師匠たちは完全に純愛だ。羨ましいくらいの。
最初はまず、クレール師匠はティアラを、ストーム師匠はイヤホンを巨鳥サイズのデカいソファーに放り投げて、同じようにデカいベッドの上で体や顔を擦り寄せ合うところから始まったな。それから、翼で相手の顔を包んだり、首を絡ませ合ったり、大ハクチョウの黒いクチバシと大サギの黒いクチバシでキスしたり。エロい事はしてなかったが、ちょっとエロくはあったな。
……ちょっと待ってくれ、記憶想起魔法を使う。その方がより詳しく伝えられる。
………………。
『ストーム、初めての就寝当番はどうだった?』
『それどころじゃありませんよ、クレール。あの師弟のせいで』
『それもそうか……それで、ミチビキをからかったとは?』
『ただの遊びですよ。妬いてるんですか?』
『誰が妬くか。お前の生意気好きは知ってる』
『あなただって、ミリオンラブみたいなおバカが意外と嫌いじゃないくせに』
『一番はお前だ』
『俺だってそうです』
そう言って見つめ合うと、ストーム師匠とクレール師匠はまたキスをした。ミチビキは察してると思うが、三日前の夜から一昨日の朝にかけての就寝当番が初めてのストーム師匠だったのは、基本的にストーム師匠はクレール師匠と一緒に寝るんだ。クレール師匠の部屋で。例外はクレール師匠が就寝当番の時だけで、だからこれまでストーム師匠が当番をした事がなかったんだ。本当に、心の底から愛し合ってるんだろうな。
知ってるとは思うが、師匠たちの私室は、ベッドとかソファーとかのサイズ感が色々デカい。だけど俺たちは、その様子をカナリアとして、ベッドの脇に置かれたデカいサイドテーブルの上の普通の大きさの鳥籠の中から見ていた。ああ、フェリーチェもだ。
前にも話したと思うが、クレール師匠の中にいる時の俺たちは基本的にカナリア姿で、鳥籠の中で過ごしている。その理由を師匠たちのクチバシから聞いた事はないが、ある意味で「巨鳥になる為の訓練の一つ」なのかもしれない。俺もフェリーチェも五賢師の直弟子だ。「自分たちの会話から、隠された真実を探せ」って意味があるのかもしれない。俺は結構この線を信じてる。
ああ、話を戻す。俺は鳥籠の中で止まり木の上にいただけだけど、その日のフェリーチェは、いつものように鳥籠の網の床であのポーズをずっと取っていた。ああ、翼を広げて、頭と一緒に翼も下げるあれだ。
……すまん、ミチビキ。フェリーチェと同じように、俺も師匠たちには逆らえない。いや、見て見ぬ振りをしてる同罪だ。言える雰囲気になるなら、俺からもクレール師匠に言ってみようと思う。少なくともこれに関しては、ストーム師匠の方は話が分かりそうだ。
すまん、また話が逸れた。ミチビキ、このあとに何か仕事を頼まれているか? ああ、手短に済ませてしまおう。
キスが終わると、ストーム師匠とクレール師匠はあの日の事、あの日の師匠たちにとって当日の事を振り返り始めた。ややこしいな。その間、俺とフェリーチェはずっと鳥籠の中だ。
『ストーム、プレアデスの事をお前はどう見る?』
『プレアデスくん自身が言った通り、サウンドに勝ったのはハウスコイルのハルクエンジンの性能のおかげです。とはいえ、「あの方」とテーラーによる特訓のおかげもあるはず。フリッシュからは、小生意気な魔法もいくつか教わっているでしょう』
『だが、それも全てハルクエンジンの魔力出力があってだ』
『あなたの言う通りです。しかし、巨鳥と違って人間は道具を使う事が前提です。プレアデスくんの鎧も、プレアデスくんの実力と考えるのが妥当です』
ミチビキは、「あの方」に心当たりがあるか? ああ、テーラー師匠と一緒に語ってるから、闘技場でクレール師匠が「あの死に損ない」と言ったという人物と同じ人間を指してると思うが……ああ、ただの人間である可能性の方が低いな。とはいえ、俺は心当たりが全くない。ああ、ミチビキもか。
次の師匠たちの会話はこうだった。
『やっぱり俺は、あなたがいない夜は寂しいです』
『なら、俺に迷惑をかけるな。あの恥知らずが引き際を弁えていなければ、「レイン」を使うところだった』
『悔しいですが、今の俺でもフリッシュには勝てそうにありませんでした。今も昔も、俺の方が序列としては上なのに』
『もっと強くなれ。俺みたいに』
『今のは冗談ですか?』
『お前じゃなかったら八つ裂きにしてるぞ』
『クレセントの気持ちが少しは分かります。あなたなら大歓迎ですよ』
『なら、こうだ』
そう言って、番いとして微笑み合ったままのクレール師匠は、ストーム師匠の喉元をクチバシで甘噛みした。まあ、つまり、番いとしてイチャイチャしてるって事だな。
フェリーチェから聞いたが、プレアデスのあの戦いのあと、ストーム師匠とフリッシュ師匠の小競り合いがあったらしいな? ああ、フェリーチェから聞いた。ストーム師匠が劣勢になった途端、フリッシュ師匠が翼を止めたらしいな。それで引き分けになったと。
つまり、ストーム師匠より強いあのフリッシュ師匠が、ファントムシグナルズとレインメイカーを警戒したって事だよな? よっぽどすごい力なんだろうな……前世界の「マルチバトルオペレーティングシステム」ってのは……あ、ああ、機械として同族のミチビキには悪いが、ファントムシグナルズもレインメイカーも、俺はどう頑張っても師匠や直弟子として見れない……あれは……完全に兵器だ……。
……すまない、俺が悪かった。いや、ミチビキが謝る必要はない。どんな事にも備えが必要だ。もしも累卵楼が攻め込まれる事があるなら、師匠たち以外にも武力は必要だ。
……話を戻そう。イチャイチャがもう一度ひと段落して、顔を見合わせた次の師匠たちの会話は、こうだった。
『……フリッシュとプレアデスくんを好きにさせておくつもりですか?』
『不満か?』
『そうは言ってないです。ただ、クローの件といい、あなたほどの巨鳥が勝手を許すんですか?』
この時、俺は居心地が悪かった。フェリーチェは頭を下げたままで、ストーム師匠とクレール師匠は俺たちに目もくれない。俺とフェリーチェは師匠たちの命令で狭い鳥籠の中に入って、その師匠たちは裏話をしている。それを聞くのが俺とフェリーチェの役目かもしれないけど、正直に言えば、俺は怖かった。
いつものストーム師匠とクレール師匠は、こっちまで幸せな気持ちになるくらいひたすらイチャイチャしてる。そして、師匠たちだけでもっとイチャつきたい時は、俺とフェリーチェを退室させる。だが、フリッシュ師匠とプレアデスが累卵楼に来て、それが変わった。変わってしまったんだ……。
……すまない。こういうのも泣き言だな。いや、ミチビキ、正直に言えば、聞いてくれて助かってる。フェリーチェはある意味強すぎるからな。ミチビキに聞いてもらって、少しは心が軽くなってる。
『俺に損が出ないうちは許してやる。だが』
『刃向かうなら』
『潰す』
『あなたらしいです』
『お前一羽では恥知らずを墜とせないが、お前には俺がいる。お前の為なら、レインを使ってもいい』
『俺に熱を入れすぎるとバカになりますよ?』
『お前ほどじゃない、ストーム』
師匠たちは、またキスをした。そして、またイチャイチャが始まった。その途中で、ストーム師匠が首を上げて、クレール師匠を見下ろした。
『クローはどうするんです? フリッシュは良くも悪くもあなたに
……続きを話す前に、一つ聞いておきたい事がある。ミチビキ、クロー師匠をどう思ってる?
ああ、それが聞けてよかった。信じるからな? ミチビキが俺たちを信じる限り、俺もミチビキを信じる。
………………。
『
『俺も同感です』
それから、ストーム師匠はクレール師匠の耳元で、顔をにやつかせながら囁いた。
『……潰すなら、早い方がいいですよ。一度つついてみたかったんですよ、あの超越合金装甲ってものを』
俺は、本当に怖くなった。それはいつもの挑発じゃなかった。俺から見てストーム師匠は、クレール師匠が同意するなら、本気でクロー師匠を……殺すつもりだった。
だけど、同時に少しだけ安心した。ストーム師匠やクレール師匠は、翼正会や累卵楼の事を大切に思っている事も分かった。そこに、俺たち直弟子も含まれるんだろうな。まあ、今の俺たちの会話は、師匠たちの怒りを買うかもしれないし、逆に想定内かもしれないな。
『早まるな。クローがMRCを乗っ取るなら、間接的にMRCはクローより序列が高い俺のものだ。俺の下にいる間は、俺の為に働いてもらう』
師匠たちは、また首を絡ませた。そうしながら会話を続けた。
『あなたを裏切るなら?』
『それは
たぶん、クレール師匠が言ったのは、俺たちに知らされていない、勢力間の裏取引だろうな。ああ、誰だって争いは嫌だ。血の気の多いストーム師匠はちょっと怪しいが。本物の軍隊である医療兵団だって、可能な限り武力衝突を避ける。
『とはいえ』
『俺たちが想定しているよりも奴の頭が悪いなら、だが』
『ですね』
ストーム師匠とクレール師匠は、またベッドの上で抱き合った。そこからもイチャイチャを続けた。
俺たちの前では優しいところを出すけど、俺たちの師匠は、基本的に陰謀家なんだろうな。クロー師匠以外の五賢師は、酷い時代だったっていう四賢師時代からの生き残りだし、素性を明かさないクロー師匠も似たようなものなんだろうな。
ミチビキは、クロー師匠の事を何か知ってるか? …………なるほど、用心深いって事だろうな。
『フォーゲル様に探りを入れるように頼んでみるのはどうです? あるいはミチビキくんやハジュンくんに』
『俺に恥をかかせる気か? 腰抜けや直弟子の力を借りなくても、クローなど潰せる』
『とはいえ』
『クローにはすでに伝えたが、ミチビキの腕試しは「通す」。最初からそのつもりだったからな。クローの最大の功績は、ミチビキを翼正会に入れた事だな。それから、フォーゲルのもとなら、ハジュンは効率的に魔法科学を学ぶだろう。MRCから専門分野を奪う工匠になるかもしれない』
『やはりあなたはさすがです』
もしもミチビキは、クレール師匠から命令されたら、クロー師匠をスパイするのか?
……いや、やっぱり言わなくていい。むしろ、聞きたくない。クレール師匠がもしも直弟子に命令するとしたら、それはやっぱり俺やフェリーチェじゃなくミチビキだ。
……その時……ミチビキは決断しなきゃいけないだろうな……誰の味方をするのか。俺だって、もしもストーム師匠を裏切る事になったら、やっぱり辛い。もっと俺に関わってほしい苛立ちはあるが、俺はストーム師匠の直弟子だ。
いや、謝るのはこっちだ。ミチビキは何も悪くない。
……続けよう。
『キャリバーも好きにさせるつもりですか?』
『あいつは今でも恥知らず一筋だ。俺たちにとって無害同然だ』
『あなたには、俺がいて本当によかったですね』
やっぱりキャリバー師匠は、今でもフリッシュ師匠とヨリを戻したいんだろうな。話は聞いていたが、今でも少し信じられない。あのフリッシュ師匠が、キャリバー師匠と番い一歩手前まで愛し合っていたなんて。
ミチビキは信じられるか? キャリバー師匠とフリッシュ師匠が、猛禽の鋭いクチバシでキスし合ったり、
……ミチビキ? なんで顔が赤くなる? もしかして、自分とフェリーチェがそういう事をするのを想像したのか?
…………図星か…………落ち着くまで待つか? ……分かった。
クレール師匠の首元を、ストーム師匠がクチバシで甘噛みすると、そのままクチバシを上げて首筋を逆撫でた。
『だが、フリッシュを五賢師から引きずり下ろせない理由でもある』
同じ目線の高さになったストーム師匠が、クレール師匠に返した。
『でも、それこそクローが五賢師にしがみつく理由です。あなたが四賢師時代の終わりに作った、「五賢師の不信任表決は、対象となる者以外全員の賛成を要する」が、こんな形で使えるなんて。これがある限り、クローは信用の為にあなたより下の地位に居座り続けなければいけないです。クローに味方はいないから』
ミチビキはこの話を知っていたか? ああ、俺は初めてだ。
ああ、ミチビキの言う通り、師匠たちなりの「四賢師時代を繰り返さない為の対策」なんだろうな。具体的な話は聞いた事がないが、よっぽど酷かったんだろう。
ああ、俺も同感だ。もしも不信任表決が実行されるなら、ストーム師匠やキャリバー師匠は、クレール師匠やフリッシュ師匠を絶対庇うだろうな。クレール師匠も逆の立場ならストーム師匠に対して同じだろう。キャリバー師匠の事をフリッシュ師匠がどうするか分からないけど、少なくともキャリバー師匠はクレール師匠やストーム師匠から見て敵ではないだろうし。
ああ、それこそストーム師匠の言葉通りだな。クロー師匠だけは、他の五賢師の誰とも結託していない。だから、クロー師匠だけは不信任表決で五賢師から外される可能性がある。今のクロー師匠の暗躍は、翼正会の五賢師だから成り立ってる部分があるんだろうな。
俺はもう先の話を知ってるからこう言えるが、クロー師匠は元々、翼正会の誰とも仲間になる気なんてないのかもな。
『とはいえ、五賢師から追放したところで、一時的な時間稼ぎだ。クロー自身がMRC代表の椅子で仰け反り返るなど絶対しない。あの小娘はクローに
ああ、俺もそう思ってる。俺から見たらおばさんだが、間違いなくMRCのミア・ハーレイ代表だろうな。
は? 89歳? どう見ても50代にしか見えないぞ……魔法生物工学って恐ろしいな……まあ、翼正会の師匠たちも同じようなものか……。
ミチビキは、クロー師匠とハーレイ代表の仲を知っていたか? なるほど、たしかに一つの勢力の代表が、簡単に居場所を教えるわけはないか。クレール師匠が堂々としているだけだな。それはともかく、俺たちが思っている以上に、クロー師匠とMRCの繋がりは深いようだ。
ストーム師匠が、またクレール師匠の耳元で囁いた。
『ハウスコイルに頼ってみます?』
『直弟子の前でその名前をもう出すな。ミチビキがどこまでクローに聞かされているか知りたかっただけと言ったよな?』
ストーム師匠が笑った。クレール師匠も笑顔だった。フリッシュ師匠への嘲笑って意味も含めて。
『名前だけじゃなんの意味もありませんよ、クレール。それよりも、まさかフリッシュがあなたの芝居に付き合うとは思ってもいませんでした』
『あいつには昔からああいうところがある』
『そういえば、そうですね』
……難しい顔になったな。ああ、俺も驚いた。フェリーチェはプレアデスの勝利を予定調和と予想してたが、だいたい正解だろうな。まさか俺も、クレール師匠とフリッシュ師匠が約束事をしていたなんて考えてもいなかった。
しかも、聞いた話によると、師匠たちは一触即発寸前の状態になったらしいな。あれが芝居だったなんて。クロー師匠の本心は掴みきれないけど、少なくともフリッシュ師匠の方はクレール師匠と話をする程度には仲がいいようだな。
ああ、俺も同感だ。隠された秘密を知っているかどうかという意味では、やっぱりプレアデスは俺たちよりも五賢師に近い立場のようだな。
ああ、それが続きだ。
『ストーム、この話はここでやめるぞ。恥知らずが相手とはいえ、約束は約束だ』
『律儀ですね』
更に難しい顔になったな。ああ、おそらくクレール師匠は、フリッシュ師匠となんらかの取引をしたんだろうな。クレール師匠にとっては、クロー師匠の動向を探る一環でミチビキを試す為に。フリッシュ師匠もまた、フリッシュ師匠にとってなんらかの利益となるものを。
ああ、あの日の夜、俺たちの前でそれを言わなかった。クレール師匠の言葉から推察すると、「言わない」って事が取引に含まれているみたいだな。あるいは、なんらかの秘密を言わない事自体が内容そのものだったのか。
俺も内容は予測できない。フリッシュ師匠は秘密が多すぎる。まあ、それはクロー師匠も同じだな。
この先は……言っておこう。俺のせめてもの罪滅ぼしだ。
『デリック。眠ってもいいですよ。明日も港で仕事なんですから』
クレール師匠とイチャイチャしているストーム師匠は、そう言って鳥籠の中の俺を見た。クレール師匠がそれを命令するから、クレール師匠の部屋で俺たちはカナリア姿だ。だが、フェリーチェに対するクレール師匠よりかは、ストーム師匠は支配的じゃない。あの日、直弟子の寮の就寝当番としてストーム師匠が直弟子たちと戯れたらしいが、それはストーム師匠なりの親しみだ。
ああ、フェリーチェから聞いてる。ストーム師匠から特別の期待をされているみたいだな。いや、皮肉じゃない。ミチビキはクロー師匠に対する抑止になる可能性がある。俺から見ても、間違いなくクロー師匠にとってもミチビキは特別だ。きっとミチビキには、今は思い出せない秘密がある。そして、味方は一人でも多い方がいい。まあ、ストーム師匠の血の気の多さは否定しないが。
……俺はフェリーチェを見た。フェリーチェはずっと、微動だにせず同じポーズをしている。
俺は……迷った。俺は俺一人で仕事をしてるわけじゃない。だが、俺が使い物にならなければ、その分だけ港の仕事に遅れが出る。港には翼正会以外の人間もいる。クレール師匠に恥をかかせるわけにはいかない。だが、フェリーチェを差し置いて眠るのは気が引けた。
『フェリーチェ、お前は起きてろ。命令だ。返事は?』
『承知致しました、ダイヤモンドクレール師匠』
クレール師匠がそう命令して、フェリーチェは声色一つ変えないで返事をした。俺はフェリーチェの隣に並んで、頭を下げたままのフェリーチェの顔を覗き込んだ。フェリーチェは目を閉じたまま、悲しんでも怒ってもいなかった。いつも通りの無表情だった。
俺は顔を上げてストーム師匠を見た。おそらく、俺は情けない顔をしていたんだろうな。ストーム師匠と目が合うと、師匠はクレール師匠を見て言った。
『フェリーチェくんに厳しすぎると、ミチビキくんに恨まれますよ? 彼は俺たちの
俺がさっき、「ストーム師匠は話が分かりそうだ」と言ったのはこういう理由だ。番いであるストーム師匠から見ても、クレール師匠の厳しさは目に余るんだろうな。普段は底抜けに能天気な演技をしているが、あくまで師匠は師匠の務めを全うする考えはあるらしい。
『クローなど、直弟子の力を借りなくてもどうにでもできる』
『とはいえ』
『とはいえ、なんだ?』
『……クレール、さっきのあなた自身の言葉と矛盾しています。あなたほどの巨鳥が、そんな事でクローへ盲目になるんですか?』
『グアンダオストーム、俺に何か文句があるのか? 翼正会頭領に文句があるのか?』
『…………』
『お前が心配しなくても、クローに対する策は二重にも三重にも用意してある。レインもその一つだ』
クレール師匠はキスをしてストーム師匠のクチバシを塞いだ。あくまで翼正会の頭領はクレール師匠だ。クレール師匠がそう言ったら、ストーム師匠は何も言えない。それに、番いとして不必要な喧嘩を避けたい意味もあると思う。
ベッドの上でクレール師匠が立ち上がると、俺たちがいる鳥籠まで近づいた。それから首を下ろして、俺たちを覗き込んできた。咄嗟に、俺も広げた翼と一緒に頭を下げた。情けない話だが、目をギュッと瞑った。
『デリック。フェリーチェの分まで寝ておけ。そして、お前の仕事に備えろ。キャリバーはあの恥知らずの事で上の空のはずだ。お前が支えてやれ』
『承知しました……クレール師匠……』
俺はすぐにそう返答した。ストーム師匠は何も言わなかった。言えなかった、であってほしいな。それから、クレール師匠はフェリーチェに対して更にこう言った。
『フェリーチェ、お前は俺のなんだ? 答えろ』
……クレール師匠は、フェリーチェにこういった質問をよくする。直弟子仲間として、俺は文句を言うべきなんだろうな。だが、俺はいつも何も言えない。
怖いんだ。俺自身がクレール師匠に罰を受ける事も、俺の所為でストーム師匠とクレール師匠の関係にヒビが入るかもしれない事も。弱いな、俺は。
いや、わざわざ否定しなくていい。結局、ミチビキにしか言えない事が、その証拠だ。
……フェリーチェは答えた。正直に言うと俺は、フェリーチェのその言葉を聞く度に、情けなくなっていつも泣きそうになる。
『俺は、ダイヤモンドクレール師匠の所有物でございます』
……礼を言われる事はしていない。さっきも言った通り、これは俺の、せめてもの罪滅ぼしだ。
クレール師匠は絶対に気づいている。自分がフェリーチェに厳しすぎる事、支配的すぎる事に。なのに、なんでクレール師匠はフェリーチェに優しくしないんだろうな……。
ああ、その理由は聞いた事も質問した事もない。師匠たちは、秘密が多すぎる……。
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