慈愛の乙女と死神たちは恋をするのか?
相ヶ瀬モネ
第1話 プロローグ
『死神よ、神々に紛れ込んだ忌むべき輩輩よ、重く世界を覆いつくす悪しき存在、なんじら滅びと滅亡を司るものよ……』
***
〈 現代・日本 〉
はじまりは、ちょっとしたボタンの掛け違え、とてもいった出来事であった。
社会人二年目の
そんな彼女であったが、去年までは、部活を頑張る至極地味な大学生であり、卒業後、一年たった今現在は、得体の知れない宝石商(と、個人的には、思っている)の秘書になり、内々で、彼の個人的なボディーガード(わたしは、悪目立ちしなくていいらしい。悪かったな、薄い顔で!)をしている、そんな、まだ働き出したばかりの女である。
卒業からはや一年。なぜ、ようやく働き出したばかりかといえば、三回生(三年生)のときに就職がきまっていた、新卒で入社した大手の会社でセクハラにあい、女子には珍しい体育会所属の超本気な部活と大学を、卒業したばかりであった彼女は、思わず条件反射で、相手を金属製のロッカーに叩きつけて、セクハラヤロウをロッカーごと滅してしまい、まあ、被害者ではあるが、なんとなく勤めづらい雰囲気で覆われ、追われるように素早く会社を退職するはめになったからだ。
なお、そのあと、第二新卒扱いで、先の会社からの嫌がらせにも似た就職活動の妨害にも関わらず、社長がひとり、社員はわたしひとり、そんな二人三脚な会社? ではあるが、なんとか厚生年金と福利厚生がある、いまの仕事に再就職できたのは、本人の努力もさることながら、事情を知る同じ部活のOGが、業界では名の知れた宝石商の、お得意様であったのと、彼女の真面目な性格を知っていたからに他ならない。
まだまだ世知辛い世の中である。就職にまつわるゴタゴタは、納得できていないが、裕福な家庭ではない上に、高校時代に、スポーツ推薦という進学の道を教えてくれた、後輩の実家である、誰もが知る有名で、豪華なでかい寺とは違い、自分の実家である錆びれた寺は、進学と共に、既に出ていた。
ゆえに、早急に勤め先を探さねばならなかった彼女は、いまの勤め先に満足している。もう少し貯金が増えれば、プチ整形して二重まぶたにする計画も立てている。
『あと少しで薄い顔よさらば!』
他人にはどうでも良くても、薄い顔を、長年コンプレックスにしてきた彼女には、重大な悲願だった。
そんな彼女の生活に、変化が訪れたのは、久しぶりに大学時代に所属していた合氣道部の後輩から連絡があり、少し部活に顔を出してくれないか? そう頼まれ、がっつり稽古に参加した帰り道である。
暗がりの広がりゆく世界に、街灯の灯りとは別に、赤い光が空からぼんやりと降っている中、後輩と一緒に、どうでもいいことを話しながら歩く。
「いくら慣れた稽古とはいえ、ここ二年も何もしていなかったから、きっと明日はとんでもない筋肉痛になる、絶対に!」
「いやいや、でも、さすが全国演舞大会優勝者、素晴らしい動きでした! それに明日は有給取ってると聞いてますよ? ゆっくりして下さいね」
『うそつけ……昇段審査に向けて、人手が足りないから、近所に住んでいるわたしを呼んだだろう……女子が少ないからって。そもそもウチの大学は強豪校だから、探せば他にいくらでも優勝者なんているし! あと、なぜ、有給だと知っている? ひょっとして、ボーナスが現物支給、このちっこいピアスだというのも知ってたりして?』
OGからの個人情報漏えいを疑った、彼女の耳には、小さいながら、まばゆい輝きを放つ宝石のついた、キラキラのピアスが光っていた。
「まあまあ、あのこれ、お礼に差し上げますから」
「なに? え? 金と銀の……人形? この間の遠征試合先で買った、有名神社特製のキーホルダー?」
「霊験あらたからしいですよ! 恋愛成就の限定品、一日限定五セット! オマケに御守りもどうぞ!」
「恋愛成就の限定品と、良縁守り……」
小夜子はとにかく「限定品」という言葉に弱かった。土偶のような、そうでないような、そんな形の平べったく真ん中に文字を刻まれた小さい金と銀の人形がぶら下がるキーホルダーを、御守りと一緒に、ポケットにしまう。
「まあいいけど……ねえ、それより今日、なんか空の感じが変なじゃない?」
「あ――今日は月食、月全食だったかな? なんかそんな日らしいですよ」
「ふぅん……なんだかちょっと不気味かも……」
「そうですねぇ。なんだか、先輩のこの先の運命を、表現しているのかもしれません……」
となりを大きな荷物を担ぎ(中身は胴着と袴だ)木刀と杖の入った長い収納ケースまで担いだ、自分と同じような恰好の後輩で、現役の部長が発した言葉に、小夜子は「自分の未来だとは思わないんだ。前向きやヤツ……」そんなことを思いつつ、後輩部長を平たい目で見てから、「もうさっさと帰ろう……」そう考え、目の前にある橋のはるか下に広がる、ほとんど干上がりかけている大きな川を、なんとなくながめ、トコトコと橋を渡り始めた時であった。
橋の真ん中で、おかしな行動をしている人影を見つけたのは。
ドサリと荷物を後輩の方へ投げると、彼を置き去りに、大慌ての小夜子は欄干を乗り越えそうになっている人影を止めるべく、大きな声をかけながら走り寄る。
「危ないですよ――!」
「離しなさい! わたしはこの世界に、おさらばするのよ!」
「えっ! そ、そんな、とにかく落ち着いてっ! そんなに若くて美人で、パッチリ
橋の真ん中でもみ合うふたり、小夜子に加勢しようと後輩が、預かった荷物も全部投げ捨てて、駆けつけようとしたその時である。
さっきまでの稽古で疲れ切っていた小夜子が、暴れていた人影の勢いに負けてしまい、影の代わりに欄干を超えて、はるか下にちょろちょろと流れる河原に、吸い込まれるように落ちて行ったのは。
「せ、せんぱい――!」
後輩は大慌てで、橋の下をのぞき込んだが、なぜか街灯の灯りは消えてしまい、一瞬、月からにじみ出ていたような赤い光が、ボウと明るく光り、落ちてゆく彼女を包み込んだかに見えたが、結局それが小夜子を見た最後であった。
夜空で起きていた月食は、いつの間にか消えていた。
後輩が呼んだ警察が到着した頃には、すでに小夜子が揉みあっていた自殺志願者と思われた人物の姿もなく、翌日から警察や消防、部活動のOBやOG、もちろん現役の学生まで動員しての大捜索が始まったが、どこを探しても、彼女の姿はまるで神隠しにでもあったかのように、消えてしまっていたのである。
それから数年、その日が来る度に、小夜子のために橋の上では、祈りと花束が捧げられていたが、決して彼女の姿が戻ることはなかった。
そして彼女は『不幸な
「交通安全にしておけば良かったかな……」
彼女に、くだんの恋愛成就のキーホルダーを渡した後輩は、そんなことを言いながら、真面目に石碑にお参りをしていた。
『白川小夜子、ここに眠る』
そう、彼女は、こつ然と、この世から姿を消していた……。
次の更新予定
慈愛の乙女と死神たちは恋をするのか? 相ヶ瀬モネ @momeaigase
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