再会

小狸

短編

 前回の小説の投稿からかなり時間が空いてしまった。


 あれからしばらく、私は小説から離れていた。


 あれから、と時点を決めて表現しているけれど、別段何かがあったという訳ではない。何もなかった。


 ただ、小説を書くことができなくなったというだけである。


 書けなくなった。


 いつものように、「書けなくなった」こと自体を小説の種にすること自体も、できなくなっていた。


 停滞――どころではない。


 梗塞こうそく、という方が事実に即している。


 小説を書くという回路そのものに、何か排除不可能な栓が詰まり、その先にある細胞が栄養を受け取ることができず死滅してしまったような感覚である。


 だから、今書いている文章が支離滅裂なのも、久方ぶりに小説を書くことだけが原因ではない――と思っている。


 この二か月間において、私という個は、完全におかしくなってしまったのだ。


 何にも集中できない日が続いた。


 読書も、趣味も、運動も、何をしようにも全く続かない――続けようとする意志そのものが何らかに阻害されているらしい。


 服用している薬の影響というのもあるかもしれないけれど、それは所詮言い訳に過ぎない。


 時折「自分の中で何かが切れたのである」という修辞的表現があるけれども、私の場合は、「自分の中で何かが止まったのである」という方が、より近いと思う。


 止まって、留まって、凝って。


 澱になっていた。


 小説を書きたいという欲すら出てこなかった。


 無限に湧いていた執筆意欲が枯渇してしまった。


 これは今までに例を見ないことであった。


 だから焦ったし、困ったし、悩んだ。


 小説を書くこと――言葉を世にちびちびと提出することで何とか生きることにしがみついている私のような人間にとって「小説を書けない」という状況は、生半ならぬ状況ではあった。


 自分は死んだ方が良いのではないか、とすら思った。


 何も続かない――何もできない自分など、生きている価値が無いのではないかと、正直そこまで思いつめた。


 思いつめたところで、何も変わらないというのに、どうしようもないというのに、それでも私にとっては、それほどのことだったのだ。


 何ができなくとも、何を喪っても良い、ただ――小説を書くことができない自分だけは、認めたくはなかった。


 過去作を見返してみて、吐き気がしたのは初めてである。


 同じような内容、つまらない主題、意味の無い駄文、一体私は何を書いていて、何を書いてきたのだろう。より一層、消えてしまいたくなった。


 だからといって、その希死念慮を行動に移すことはしなかった。


 痛いし、もし自傷行為の結果生き残ったとしても、後始末が大変だからである。病院に行かなくてはならない、まず病院を探さねばならない、通わねばならない、それは面倒だと、思考回路が働いた。


 だから、だらだらと思考の渦と澱の中に浸潤されながら、私はこの世界で二か月間、小説を書かずに生き続けた。


 そして久方ぶりに、月を跨いだこと、仕事やら家庭やらの用事が終わったので、こうして戻って来ることにした。


 小説を書かなくとも、生きることができた。


 それはとても短い期間ではあったけれど、私の心に刻まれることになるのだろうと思う。


 決して意味の無い時間などではなかったと、そう思いたい。


 キーボードに言葉を打鍵しながら、相変わらず陰鬱な文章を羅列させながら。


 私はまた今日から、小説を書く。



(「再会」――了)

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