遠い人 ①
今日も今日とて、筒木 美鳥は≪神樹の森≫を冒険していた。
「こらー!! 降りてこーい!!!」
と。槍を構え、血相を変えて右往左往しているのは、決して狂ったからではない。
今回、美鳥はジャッカロープから標的を変え、新たなクリーチャーに挑戦していた。
───ヴヴヴヴヴ。
大気を小刻みに震わせる、羽根の音。
その姿を一言で表すなら、小型犬ほどの大きさのミツバチだ。
名をドッグビー。番犬蜂とも呼ばれている。
蜂としては異例なことに群れることなく一個体で活動し、木の根元などに犬小屋のような巣を作り、蜜を蓄えて暮らしている。
大きな目や、黒と黄色の丸っこいボディはちょっとかわいいけれど、その気性は荒く、巣に近付いた者には容赦なく攻撃を仕掛けるのだ。
そして当然、背中の羽根を使って飛ぶことができる。
それが、ドッグビーを手強い相手にしていた。
「んもぉおおお! ちょこまかちょこまかと!」
美鳥は地団駄を踏んだ。
ドッグビーは、ジャッカロープほど速くはない。だがそれでも機敏で、うまく距離を使っている。
絶妙に槍が届かない高さを保ち、木の幹や枝の向こうに隠れては、美鳥の攻撃を遠ざけていた。
:ツバサちゃんがんばって
:虫に手玉に取られる人間
:ブンブンブンwww
:まあクリーチャーだからな
:ドッグビーの蜂蜜ってうまいの?
:味はそこそこだけど栄養価や体力回復の効果が高い
:普通のミツバチの数倍の量採れるから、養蜂家の人たちがダンジョンの外で飼えないか研究してる
:成功したら小型犬サイズの蜂がそのへん飛び回るってこと?
:絶対やだ……
リスナーが色々言っている気がするが、確認する余裕はない。
ドッグビーは美鳥の視界内から離れるや、上空から体当たりしてくるのだ。
「うぎゃー!!」
脇腹に一発くらい、倒れかける美鳥。痛みをこらえて槍を振り回すも、見事に空振りである。
「うう゛ーっ」
美鳥は涙目で呻いた。
これまではジャッカロープ相手にがんばってきたし、かなり強くなったと思っていたのだ。
それがこの様である。悔しいなんてものではなかった。
「落ち着け、ツバサ。体力を消耗するだけだ」
ヒートアップする一方の美鳥とは対象的に、後方で戦いを見守っている角倉 勲は冷静である。特級である彼からすれば、ドッグビーなどは戦いにすらならないのだろうが。
「ジャッカロープと違い、ドッグビーは空中を自在に移動できる。無闇に追いかけても捕まえるのは難しい」
「じゃーどうすればいいのさっ」
「羽の微妙な動きを見切って進行方向を予測するという手はあるが」
「達人の技~!!」
美鳥は勲に向かって吠えた。
今の自分にそんなスキルは無いし、この先も手に入れられる自信はない。
「体当たりに威力を出すためには勢いが必要な以上、途中で急に軌道は変えられない。攻撃を誘って、そこを……後ろ」
「えっ、グアア!!?」
背中に走る衝撃。ドッグビーが再び体当たりをしてきたのだ。
くの字を描くかのように仰け反り、そのまま前に倒れる美鳥。大の字になった彼女の手から離れて、槍が転がる。
「……大丈夫か?」
「…………」
口内に広がる、土と草の苦味。
勲の心配に無言にて応え、美鳥はむくりと立ち上がった。その両手に、石を握って。
「ウッキィイイイイイ!!」
そうして、美鳥が選んだのは投石だった。
物を投げることは人類において古来からの続く由緒正しい攻撃方法だったが、今の彼女の様子に叡知とかそういうものは一切感じられなかった。
:こ れ は ひ ど い
:ツバサちゃんビーストモード
:そんで一個も当たってないのが悲しい
: 草
:ここ切り抜きにしよう
:大草原
:音声取り出して着信音にしたい
:これで飯三杯はいける
結果を言えば、美鳥はドッグビーを倒すことができた。
投石は華麗にかわされてしまったし、結局辛抱強くタイミングを待つしかなかったのだが。
「うぇえ、ボコボコにされたー……」
と、美鳥はたまたまそこにあったちょうどいい構造物に腰掛けながら、半泣きでサンドイッチを囓った。
バリアブルアーマーのおかげで致命的な傷にはならないにしても、痛いものは痛いし、地を這わされれば悔しいのだ。
「どんなに小さいものでも、飛行できるクリーチャーというのは厄介だ。経験を積んで慣れていくしかない」
そう言って、隣の勲が口にサンドイッチを押し込む。
経験かあ、と美鳥はため息をついた。
今の彼女は、ジャッカロープをさほど苦もなく狩ることができる。
それは勲の指導と日頃の鍛練の賜物であり、つまるところ強くなるための近道は、地道な努力である。
しかし、その上で抜け道を探したくなるのも人間のサガというもの。
「銃使えたら、もっと楽になるのかなー」
ばきゅーん、と美鳥は右手を銃に見立てて言った。
投石は当たらなかったが、さすがのドッグビーでも銃弾はかわせないだろう。
「実戦で、動く相手に当てるのはまた訓練が必要だが……使いたいのか」
「う~ん……でも、二級からなんだよね。何でなんだろ?」
美鳥は首を傾げた。
普通に考えると、剣などの近接武器で怪物と戦う方が難易度は高いはずだ。
それが、レベルを上げて実力をつけてからようやく銃器が解禁されるというのは、どうにも腑に落ちない。
「そもそも国があまり銃を使わせたくないなど、理由としてはいくつかあるが」
サンドイッチの最後の一口を呑み込んでから、勲が言う。
「やはり、銃とは扱いが難しいものだ。誤射や流れ弾の危険もある。二級になれるほどに戦いに慣れ、精神面でも安定した人間でなければ所持は許可できない……というわけだ」
二級になれば自動的に許可が下りるわけでもなく、数度に渡る講習や訓練が義務付けられているという。
その上でも、ダンジョン内における銃のトラブルは多いと、勲は語った。
「ふーん……」
「銃そのものが、ダンジョン界隈ではまだ若い武器だからな。古いウォーカーがあまり使いたがらないこともあるが」
「え、そうなの?」
「ああ。俺も後から学んだ話だが……」
勲が、少し遠い目をする。
「今から、十数年前。まだDウォーカーがいなかった頃―――ダンジョン内で、大勢の自衛隊員が亡くなった」
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