雷公、襲来 ⑥
相対する、二人の特級───美鳥は、勲がそうであることを思い出した。
美鳥にとって、神那は特級の象徴だ。神那こそ特級で、特級こそ神那だった。
Dウォーカー業界における輝ける星。
(角倉くんが言ってた知り合いって……)
そして、身近過ぎて忘れがちだが、勲も特級なのだ。
神那と面識があってもおかしくはないが、しかし。
「わたくし、言いましたわよね? 今すぐ来なさいと。こんな有象無象に囲まれるまで待たせるなんて、とんだ不敬ですわ!」
「待たせたのは謝るが。それなら、天ヶ原の方から来てくれれば一瞬だっただろう」
「先ほども言ったでしょう? 他人の配信に乱入するつもりはないと。もっとも、お凡人の方々はわたくしが一瞬映っただけで狂喜乱舞するでしょうけれど。おほほほほほ」
「……相変わらずだな……」
誰がどう見ても、ただの顔見知りという仲ではない。少なくとも神那の方には、美鳥さえ初めて見る気安さがあった。
「ちょっとアンタ、何よ神那様に向かってそんな口! 引っ込みなさいよブサイク!!」
そう言ったのは、美鳥ではない。二人の特級のやりとりを遠巻きに見ていたギャラリーから勲に向かって飛んできた声だ。
女性らしいこと以外はわからないし、人数が人数で特定のしようもない。
だが、神那は違ったようだった。
「―――あなた、ムカつきますわね」
誰もが惹かれる美貌が敵意を帯びたならば、それはもう恐怖でしかない。
神那の視線に射抜かれた、Dウォーカーらしい女性の顔が、見る見るうちに青ざめてゆく。
それまで騒いでいた他の連中も、一斉に口を閉ざした。誰も、不意な一言で≪雷公≫の勘気に触れたくはないのだ。
間近にいる美鳥も、知らずのうちに息を止めていた。
「か、神那さま……?」
「なんの権利があって、わたくしたちのお喋りに割り込んできましたの? 黙っていてもお凡人さんたちの耳目を集めてしまうのがこのわたくしなので、近寄らなければ群がるくらいは許してあげましたが、プライベートを邪魔されて怒らないとでも? ましてや、勲さんに向かってあの物言い……引っ込め、ですって?」
美鳥の背筋を、氷柱で撫でられたかのような悪寒が走る。
神那が笑う。より正確に表現するならば、それは―――牙を剥いた、と言うべきだった。
「ねえ、あなた。この社会から、永遠に引っ込ませて差し上げましょうか?」
ひ、と。
誰かが、あるいは全員が息を呑む。
売り言葉に買い言葉のような脅し文句の、何がそんなに恐ろしいのか。
それは、神那がその気になれば、そこらの人間の人生などいくらでも好きにできるからだ。
美鳥は、固唾を飲んだ。
憧れの相手が目の前にいるという興奮は、とっくに消え去っていた。
神那に何ができるのか、多くの人間がそれを知っている。
誰かの人生を破滅に追いやるために、違法な手段を使う必要すらないだろう。
野次を飛ばした女性ウォーカーの顔は、青を通り越して白くなっていた。
荒ぶる神の怒りに触れた者の末路など、ただ一つなのだから。
「そこまでだ」
故に、それを止められるのは別の神だけだった。神那の視線を遮るように、勲が移動する。
「怒ってくれたのはうれしいが……無闇に人を脅かすのはよくない。俺達のような者なら、特に」
神那が「ふん」と鼻を鳴らす。
まるで、悪戯に失敗した子供のように。
「あなたも相変わらず、お凡人の方々にお優しいこと。迂闊な発言にも責任が伴うことを学ばせるべきだと思いますわよ」
「だとしても、俺たちが裁くことではないだろう。……そもそも、今日は何の用で来たんだ」
勲に問われて、神那は周囲を見回した。
おそらくは、彼女の視界に僅かでも入ることができたなら死んでも良いと思っていたであろうギャラリーたちが、皆無言で一歩後ろに下がる。
神那が一睨みしてやれば、泣いて命乞いでもするに違いない。
もしかすれば、この件がネットで広まってフォロワー数が減るかもしれない。
だが、そんなことはきっと気にしないんだろうな、と美鳥は思った。
真に力ある者とは、そういうものなのだろう。
「ここは空気が悪いですわね。場所を移しましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます