第19話


「ふんふふんふふ〜ん♪」


「ずいぶんノリノリだな、姉ちゃんーー」


聖国の中でも最重要区ーー聖都・《ホーリア》の一角で、ある一つの姉妹が歩いている。


そして姉妹が通る後ろでは、その姿を目を惹かれる町の者たちがザワザワと騒いでいた。


「ねぇねぇ!ルカちゃん!今聖都では〝クラウディア・アイス〟が流行ってるんだって〜。朝に取れたばかりのミルクで作るアイスクリーム……想像するだけでほっぺが落ちるわぁ〜!」


金色のふわふわとした長い髪、水色の大きなくりくりっとした目、白いシルクのワンピースを着てリボンの付いた白い帽子を被る少女ーーアリスの姿は、まるで散歩を楽しむ天使のようだった。


天使が散歩をしていれば、当然周りの者たちは目を惹かれるであろう。現に老若男女問わず全員が、街を散歩するアリスに目を奪われていた。


「あれが……〝黄金の血〟を持った世界最高の《回復師》……Sランク冒険者の《親愛の聖女》ーーアリス様……!!」


「す……すげえオーラだ……お美しい……」


「まるで天使だ……ああ、主よ。彼女に一目見ることができる今日の祝福に感謝します!」


次第に人目が集まり、少々面倒くさそうに隣の少女が呟く。


「ハァ……ったく、少しは自分が注目されてる事ぐらい自覚しろよな……?それにオレだってヒマじゃねぇってのに、そんな事で連れ出して……」


黒髪ショート、アリスと同様水色のつり目の少女ーールカがぶつくさと文句を言っている。


と、その視線が自分にも向けられているとつゆしらずに。


「あっちが世界最高の《付与術師》にしてSランク冒険者、《福音》のルカ様かーー!?」


「やべぇ、いいもん見ちまったーー!俺、今日死んでも文句ねぇわ!」


「姉妹揃ってSランクとかやばすぎるだろ!?しかも《回復師》《付与術師》共にSランクはこの世にあの二人しかいないってのに!」


ザワザワと騒ぎが広まっていく聖都のその一角で、そんな賞賛は二人の耳にも入っていなかった。


「ほらほら〜、そんな事言わないの!みんなもアイスを食べに来たのかな?それに、たまには息抜きしなきゃでしょ〜?ルカちゃん!ほら……はい!あ〜ん!」


いつの間に買ったのか、今にもとろけそうなアイスクリームをルカの口に突っ込むアリス。


「むぐぅっ!?むぅ…………まぁ、…………悪くない」


「でしょ〜!あ〜ん!ーーん〜!おいしい〜♪」


ほっぺたに手を当てて満面の笑みを浮かべるアリス。


周囲で卒倒する人間が続出するのを不思議そうに眺めながら、アリスはふとーー〝何か〟を感じとる。


「…………どうした?ねえちゃん……?」


アイスをペロペロと舐めながら、ルカが問うーー。


するとーー、


「ねぇ…………感じた?」


「……何が?」


意図が読めず、珍しく不思議そうにするルカ。


しかし、アリスはどこか遠くを眺めながら、笑顔のまま続ける。


「〝何かが目覚めた〟ーー。そんな感じがしたんだ!私……感じた!!ルカちゃん!きっとこれは〝運命〟だよーー!ははっ♪」


くるりっ、と一回転して、一瞬遅れてワンピースのスカート部分が風にゆられてふわりと舞う。


「これは〝天啓〟だよ!きっと、私の運命の人なんだーー!男の子なら〜……恋仲ーーかな?女の子なら〜、大親友!……うん!間違いなくこれはお告げだよ!ルカちゃん!」


「は、はぁ……」


(聖女職は稀に〝天啓〟を聞くって言うもんなーー。何が何だかオレにはわかんねぇや……)


ルカの訳わからず具合に全く気がないまま、一人で天を仰ぎ、そよ風を仰ぎながら。


「待ってて〝運命〟の人ーー!絶対に会いに行くからね!」


聖都の日差しに照らされたーーそう言ったアリスの笑顔は、まるで太陽のように満面の笑みなのであったーー。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





茶のダンジョンーーB2階層にて、ユウキは一定の警戒状態を保ちながら、ポピィの側で座っている。


(オレがあの時……守ってやらなきゃならなかったーー)


数十分前に起きた、ゴブリンを一気に殲滅したというーーポピィに起きた急激な〝変化〟に戸惑うユウキ。


しかしそれ以上に、自身の詰めの甘さを悔やんでいた。


(〝現役時代〟の俺ならーーいや、そんなのは関係ない……。妹・弟・子・であるこいつを危うく見殺しにする所だった……)


「すまねぇな……ポピィ」


謝りながら、ポピィの額に手を当てるユウキ。


急な動きの変化に耐えきれなかったのか、あの後すぐにポピィはその場で気を失っていた。


「みゅんみゅん(大丈夫?)」


心配そうに側で見守るスライムの頭に手を置き、ユウキは呟く。


「大丈夫だーー心肺にも異常はねぇし、魔気にも異常はねぇ。ちょっと休めばすぐに起きる」


「みゅい(ユウキが)」


「俺がーー?」


じっと見つめながらユウキに問いかけるスライム。


しかしそんなスライムをあしらうように、ユウキはーー。


「はっ!この程度どうって事ねぇよ……俺を誰だと思ってやがる…………ーーっ!?そうだ!……ここだけの話、俺の正体を教えてやろうか?」


「みゅい(何?)」


ひそひそと、スライムに語りかけるユウキ。


「俺はなーー〝魔王の息子〟ーーなんだぜ!?」


「…………みゅぎい!?(本当!?)」


突然の告白に、スライムは大きく目を見開いた。が、


「……………………ふっーー…………………残念ウソでしたぁーーー!!!」


あっかんべぇ〜、とスライムをからかうユウキ。


固まるスライムを見て、この反応待ってましたとばかりにめちゃくちゃ煽り立てる。


「……………………みゅ〜ぎぃ〜(だましたな〜)」


わなわなと震えながら、我慢しきれなくなったスライムがユウキに突進する。


ボコッバコッボコッバコッーー


「な……なんだよお前ー!?ちょっとからかっただけだろ!?」


「みゅ〜い〜(そういう問題じゃない!)」


ボコッバコッボコッバコッー


「お前モンスターのくせにいっちょまえに主人に逆らいやがってーー!」


「にゅいやぃ(主人はポピィであってユウキは主人じゃないもん!)」


ボコッバコッボコッバコッ


そんな砂煙の立つ大ゲンカをしている中ーー


「…………ねぇ、これ今どう言う状況?」


騒がしい二人の喧騒を見ながら、ゆっくりとポピィが起き上がった。

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