第14話


「へくしゅっ、」


「だ……大丈夫ですか?アシュリー様……」


ギルドの受付職員が、アシュリーの様子に慮おもんぱかる。


「別に……誰か噂でもしているんでしょう……」


淡々と冷めたような口調で、報告書を閲覧するアシュリー。


その内容はどれも凄惨なもので、Aランク以下の一般の冒険者には閲覧不可能のものであった。


「やはりここら辺にあ・い・つ・が出没したのは間違いないみたいねーー」


「〝痛みを拡散せし者ペインギヴァー〟……ですか?実際に出会った者は同族やパーティー同士で殺し合う………とか、実際にそんな事できるのでしょうか?」


都市伝説を聞くかのような、どこか不安そうに聞き返すギルド職員。


そんな様子を汲み取るそぶりすらなく、アシュリーは答える。


「さあね……。実在するかもしれないし、ただの噂話かもしれない……ただーー」


「ただ……?」


ペラペラとめくった報告書の一番最後を差し出しーー


「火のない所に煙は立たないーー」


「っーー!!これは!?」


報告書を凝視するギルド職員を捨て置き、アシュリーは踵を返す。


「っーー!アシュリー様……まさか?」


ガチャッーー


「出会った中での唯一の〝生・き・残・り・〟がいるのなら、そいつの記憶をワタシの《星の魔術》で調べたら何か手がかりが掴めるかもしれないーー」


アシュリーはそう言って、静かにその場を後にしたーー。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「さて、君の部屋を決めないとな。どこがいいポピィーー?」


バッーーと屋敷の地図を広げるカーヴェラ。

否ーー、正確には屋敷の〝見取り図〟のような地図だった。


「今空いているのは5階のユウキの隣の部屋か、6階の中央にある部屋。8階なら右側で、9階ならだいたいどこでも空いているなーー」


改めて屋敷の広さを痛感する。


高さ13階建て、横幅7部屋ほど入る大きさにして、一部屋一部屋に風呂とトイレ、キッチンが備わっており、魔素を使ったエレベーターもあるという。


ちなみにカーヴェラさんが教えてくれたのだが、基本的に生物に宿る魔素を魔気と呼び、自然に流れる純粋なものを魔素と呼ぶらしいーー。


その辺は魔術を使う上で必要とかなんとかかんとか……私の頭にはちんぷんかんぷんだったーー。


「へっーー、何が9階はどこでも空いてるーーだ、こんなとこに住む物好きいねぇっつの(笑)」


口をへの字にして笑い飛ばすユウキーー。


しかし、意外にもグレイスの意見も同意的だった。


「今回ばかりはユウキの意見に賛成だなーー。ポピィ殿、悪い事は言わないから9階はやめておけ」


話の腰を折られたかのようにガッカリするカーヴェラ。


「何故9階は駄目なんですか?というかーー10階以上は何も描かれていないのですが……?」


「それが、理由だーー」


ユウキの端的な説明に未だにピンとこないポピィを見て、補足するようにグレイスが答える。


「10階以上はある種の危険地帯ーーそれこそ御前様ぐらいしかそうそう立ち入らないし、どうしてもと言われて入れるのも俺やユウキくらいのものだ」


「おい……さらっと俺のことカウントしねぇでくれねぇかおやっさん……?あ・ん・な・と・こ・入るもの好きなんてお師匠くらいだっつの」


腕を組み伏して間取り図を眺めるユウキ。


「危険地帯……?」


「ああ……ここには俺やユウキ以外にも数人住んでいるのは知っているか……?」


「そういえばさっきカーヴェラさんが自己紹介する時に、まだ他にもいるって言ってましたね……」


そうして、ずっとだんまりしていたカーヴェラがやれやれと言った感じで説明する。


「10階は、基本的に〝アンデット族〟の階層でな。幽霊とかミイラやゾンビなんかになっちまった奴が住んでるんだーー。まあ……でもなんだ。みんないい奴だから見かけたら仲良くしてやってくれ……」


あ、言ってる意味わかったわ。


そう心の中で察したポピィであったーー。


「ちなみに11階、12階、も似たようなもんだ。13階はそもそも行・っ・た・事・が・無・い・けど……お師匠ーー、結局何があるんだ?」


行ったんだ!12階まで!


まだ見ぬ恐怖に既に軽い絶望を体感するポピィ。


と、その横でカーヴェラは真顔のままバツが悪そうな表情で答える。


「…………それは聞かない方がいいな。何度も言うが、お前たちの為だーー。13階には何があるのか言わないし、立ち入りは禁止のままだ。」


今更だからか、特段顔色を変えずふ〜ん、と聞き流すユウキ。


と、話を変えようとグレイスが提案をした。


「そうだ、確か空いている6階の部屋はアシュリーの隣の部屋だろう?そこにしてはどうだ?」


「グレイス君ーーさすがだねえ!」


パチンッーーと指を鳴らしウィンクをするカーヴェラ。


「ちょうど2部屋空いてるからーーポピィとヒュイとで一部屋ずつしてもいいんじゃない?」


そう言ってポピィに目線を送るカーヴェラ。


「確かに……うん。とっても良さそうです!ぜひそこでお願いします!」


深々とお辞儀をして鍵を受け取るポピィーー。


そこには605号室と書かれていた。


「あ、それと……。あ・の・子・に・よ・ろ・し・く・ね・ーー」


「?」


カーヴェラの意味深な言葉を理解するのは、そのすぐ後のことだったーー。



私の新しい新居ーー。


ポピィとヒュイはウキウキと、605号室の部屋の前まで来ていたーー。


ガチャリッーー


「お邪魔しま〜す!」


誇り被った部屋、ゴミや段ボールが散らかり、掃除に費やす一日ーー。


そう覚悟していたポピィの予想は完全に裏切られたその部屋は、綺麗に整頓されており、ベッドやソファはふかふか。ピカピカしており、誇り一つ被ってはいなかったーー。


「うおおおおおおおお」


「うおおおおおお」


「「新しいお部屋ーー!!」」


ヒュイの部屋は隣の606号室なのだが、先に私の部屋を見たいとのことで、姉妹揃って新しいお部屋内見&寛ぎタイムにやって来ていたーー。


ソファでゴロゴロゴロゴロ


ベッドへダ〜イブ!!


ボフッと程よい反発感があり、クッションに頬っぺたを擦り付ける。


「う〜ん……もふもふで気持ちい〜」


夢見心地なまま寝落ちしそうになるけれど、ヒュイに裾を引っ張られて現実に意識を戻す。


「となり、行こ?」


キョトッ、と顔を斜めに傾げるヒュイ。


未だに姉が小さくなった事に実感が湧かないが……なんだろうか。


「か……かわいい〜ーー!」


かつて前世で妹がひっついて来ていたものに近しい感情を思い出しながら、庇護欲ひごよくをかきたてられていたーー。




左隣隣の部屋はヒュイの新しい部屋。


606号室と書かれた鍵を使い、開けようとすると、ふと左隣の部屋から何者かが出てくる。


「っーー!?」


「っーー!!」


バッーーと後ろに下がるその隣人は、行き場の無い突き当たりに追い詰められるような形になったーー。


「ふっーー、この我の背後を取るとは……我もまだまだ未熟という事か……不覚ーー!!」


ちょっと意味がわからない。


鬼気迫るように右手を顔面に当てて、クワッーーとこちらに視線を送りつける少女……。


左目に眼帯をし、トンガリハットを被り、魔術師のローブを纏ったその少女は包帯でぐるぐる巻きの左手を差し出してこう言ったーー。


「〝我が名はドロシー〟!!いずれ恩師カーヴェラを超え、世界に名を轟かさる〝大魔導士〟になる者ーー!とっさに我を引かせたお主はなかなかの手練れと見たーー褒めてやろう」


ちょっと意味がわからない。


いや、やっぱりすっごく意味がわからない!!


勝手に満足そうにうんうんと納得する白金色の髪の少女ーードロシーの目には、どうやら呆れ顔のポピィの姿はきちんと映っていないようだったーー。

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