第05話.『のっとノンデリ』



 「驚きました……まさか別世界から召喚者だったんですね」


 ここは地球か?

 日本という地名はあるか?

 黒髪黒目の人種が多い国はあるか?


 諸々聞いたが彼女が首を縦に振ることはなかった。


 この辺では、王都の専門機関の次に地理や伝承には詳しいという彼女の話を聞く限り、思った通り異世界召喚というやつらしい。


 そもそもだ、


 太い生木を突進でへし折るバケモノ。

 クレーターを作った大槍。

 魔法のようなアレ。

 好意的な超絶美少女。

 素人でもわかる切断必定だったはずの足がまだ付いてるということ。

 

 どう考えても日本じゃない。


 「異世界召喚。聞くとワクワクするけど……実際召喚されると困惑しかないな。そもそも俺はどこに召喚されたんだ?」


 襲われて生き残っても今後の目途が立っていなければそれは死に瀕していることと何ら変わりがないわけで、トラウマ以前にこの先どうしようって思いのほうが強い。

 というか、トラウマというならあのバケモノより桃髪のお姉さんの方がよっぽどトラウマだったりする。


 「逆の立場なら私も困惑すると思います」


 「多分、日本なら大丈夫だと……いや、召喚場所に悪意があったからやばいかも。多分魔法っぽいアレも使えないだろうから……」


 「ニホン? はマナが希薄なんですか?」


 言いなれてない「日本」のイントネーションを日本語で聞くという頭がバグりそうな状況に、やっぱりここは異世界で、目の前の超絶美少女は異世界人なんだと実感する。


 「多分、マナってのが存在してないと思う」


 「想像もつきませんね。私たちにとってマナはすべてに宿る必要不可欠な要素ですから」


 「緑のアレとか岩の槍? みたいなのはやっぱり魔法だったりするのか?」


 「厳密には魔法ではなくて魔術なんですけど、話が逸れてしまうのでそのお話はまた後日に。えっと、カナメのいるここがどこだかお話しても?」


 魔法や魔術も気になるけど、確かに今は状況把握が最優先だ。

 セフィリアと話す口実ができたと思えばお預けはむしろ望むところというものだ。


 「確かにまずそこから聞きたいかな。よろしくお願いします! セフィリア先生!」


 「うむ。カナメ君の状況からすると、覚えることはたくさんあるだろうからね。大変だろうけど逃げちゃだめだよ?」


 「えっと……? はい! セフィリア先生!」


 「いい返事だ。ではまずここはどこだというところだが――」


 なんのキャラかわからないけど、やたらと堂に入っている。

 セフィリアの先生がこんな教え方だったのだろうか?


 その後も、セフィリア演じる謎の先生と、若干置いてけぼりを食らっている生徒の講義が進む。

 

 これはこれで愛らしいのでいいのだが、ぶっちゃけ身内ネタの知らない誰かよりいつものセフィリアを所望したい。こちらから変なノリを吹っかけてしまった手前、それは憚られるのだが。


 何より、楽しそうに演じるセフィリアに冷や水をかけられるほどカナメはノンデリではない……と自分では思っている。



 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



 「なるほど。なんとなくわかったけど、開拓村が防衛線ってどうなんだ? 王国と魔族は中が良くて歓待用の村を作ってるとか?」


 聞くに、ここはマクスア王国という国の最北東部にある開拓村らしい。

 開拓村とは名ばかりで、隣接する魔族領との国境沿いにある防衛線なのだとか。


 「いえ、王国と魔族は常に小競り合いをしてます」


 シビアな話だからか、セフィリアが真面目トーンに戻った。

 内容は重めだが、いつものセフィリアに戻ったので良しとする。

 まぁ、”いつもの”なんて言えるほど彼女を知っているわけではないのだが。


 「じゃあ、魔族ってそんなに強くない相手とか?」


 「それも違います。魔族は数ある種族の中で最強と言われていますから。肉体も魔術適正も人族と魔族では比べ物になりません」


 「余計意味がわからないんだが……」


 それなら国家予算をそのまま積み上げましたと言わんばかりの仰々し大砦を建てるべきではないだろうか。


 実際に魔術を体験した身としては、あんな木製の塀などないも同然に思う。ましてや魔族は人族なんかと比べ物にならない魔術適正があると言うではないか。

 辺鄙な開拓村など、そこらの雑草のように踏みつぶされる未来ビジョンしか浮かばない。


 「召喚者なら知らないのも当然ですよね。いきなりこんな話、不安になると思いますが安心してください! この村にはソーンたちがいますから!」


 確か、あの露出度が高い褐色のお姉さんがそう呼ばれていたような気がする。

 大船に乗ったつもりでと言わんばかりに『フンス』と息を荒げているが、魔族の話を聞いた後だと正直疑わざるを得ないというのが本音だ。


 「えっと、あのお姉さん一人で肉体派魔術師の大軍をどうにかするのは、流石に無理があると思うんだが……」


 「ふふ、あ、えっと、実際に一人で魔族軍を相手にするのは難しいと思います。ただ、みんなもいますし、防衛戦に限ればいくらでも時間は稼げますから。その頃には守護者ガーディアンが派遣されるので、よほどの不運が重ならなければ大丈夫ですよ」

 

 思わず出てしまった笑いをハッと隠す美少女。

 どこがおかしかったのだろうか? 

 ちょっと気になるが、向こうがサラッと流していることを話の腰を折ってまで追及するのは憚られる。もう一度言うが、ヤマト・カナメはノンデリではないのだ。

 

 ここは一旦、天使のような微笑以外は忘れたことにして、何やら飛び出てきたファンタジーな単語について言及しよう。


 「守護者ガーディアン?」


 「ああ、そうでしたね。すみません。わかるものだと話してしまって。えっと、守護者ガーディアンは、大陸唯一の条約『避滅条約』に基づいて選ばれた人や魔族などを含めた人類全体の護り手のことで、各々が国家の一軍に匹敵する戦力なんです」

 

 なるほど。いわゆる人間核兵器か。流石は異世界ファンタジー。


 「それなら安心だな。ってことは魔族に守護者ガーディアンはいないんだよな?」

 

 「現魔王が守護者ガーディアンです」

 「――」

 

 ダメだ……処理が追い付かない。

 なんだよ? 人類の守り手が魔王って?

 そんなラスボスまっしぐらな肩書で守護者は矛盾してるだろ。

 

 すでにバグっているカナメの頭だが、聞けば聞くほどさらなるエラーが蓄積されていく。

 

 「ええっとー……。それなら、向こうもその魔王様が出てくるんじゃないのか?」


 「それは大丈夫です。守護者ガーディアンは国家間の問題において自衛戦争を除く一切の戦闘行為を行ってはならないと条約に定められているんです。それに、守護者ガーディアンは世界で唯一『穢レ』に対抗できる存在ですから、どの国も失うわけにはいかないんです」 


 「穢レ? そういえば俺もそんなこと言われて殺されそうになったんだよな……あっ」


 ふと気になる単語が出てきて、反射的に口にしてしまった。

 セフィリアの立場からすれば身内が罪を犯したようなものだ。

 そんな彼女の前で今のようなことを言ってしまえば、だ。


 「そのことは本当にごめんなさい」


 結果はお察しの通りだ。

 和気藹々とした講義風景が一転してお通夜気分に早変わり。

 ノンデリじゃないなどと一体どの口でそんなことが言えたのか。

 いや、別に言ってはいないんだけども。


 「でも、みんなはああするしかなかったんです。今回は違いましたけど、もし『穢レ』が現れたら、少しの迷いがこの村を……いえ、世界を滅ぼすことになりかねないので……」


 「いやいや! 事情はなんとなくだけど察してるから! それに何だかんだで五体満足で無事だしさ! そもそも関係ないセフィリアが思い詰める必要なんてないのにこうしてみんなを代表して謝ってくれたわけだろ? それで俺は十分だから。だからさ、そんなに思い詰めないでほしいというか」


 世界で唯一の条約が締結されるほどのヤバいやつ。

 人間核兵器である守護者ガーディアンでなければ対抗できない超級のバケモノ。

 そりゃあテンパるだろうし必死にもなる。攻撃だってするだろう。


 「カナメは優しいですね」


 別に優しいなんてことはない。

 結果的に五体満足で何もなかったからいいが、足の一本でもなくなっていれば言わないにしても暗い感情を抱いていたと思う。

 だが実際はそんなことにはならなかったし、誤解の件はそれがすべてだ。

 それに、文句を言ったところで解決する類のものでもない。感情に身を任せた結果、村から追い出されるようなことになれば困るのは自分だ。

 

 「――」

 「――」

 

 少しの間、何ともいえない気まずい雰囲気が流れる。

 このままでは居た堪れない。ぶっちゃけ耐えられない。

 なのでいっそのこと穢レについて聞いてみることにする。


 「あーでも気にはなるかな? その『穢レ』ってやつ」


 殺されかけた話はもう終わったのだが、それはそれとして超人でなければ対処できないバケモノと一体どうして間違われたのか、その理由くらいは聞いてみたい。


 「それは――」


 セフィリアが話を始めようとしたその時だった。

 

 ――ガタンッ!


 勢いよく扉を開ける大きな音と、それに負けない険のある声が響いた。



 「目覚めたのなら話があります! つべこべ言わず付いてきなさい!」



 異世界最初の桃髪トラウマが現れた。

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