20 恋心
放課後、蒼君に会えた。一緒に学校近くの歩道を家の方向へ歩いていた。朝、己花さんに伝えられた事案を蒼君に相談する。彼は既に知っていたのかもしれないけど。銀河君と己花さんが付き合っている件について。
蒼君は私の話に「ああ……」と、さして驚いていないようなリアクションをしていた。
「蒼君は私が……中身は己花さんだったとしても体は同じな訳で……ほかの……銀河君とその……色々親密になっても……嫌じゃないの?」
質問すると蒼君は口元にこぶしを当て考えている素振りだった。
「逆に音芽ちゃんは?」
「えっ? 私っ?」
蒼君は笑顔で言う。
「俺が己花さんと親密になったら……どう思う?」
「えっと……」
そうか。己花さんと体をシェアしている訳だから……そういう見方もできる……のかな?
「うーん? 複雑かも」
答える私に眼差しが注がれている。慎重に窺っているような瞳に笑みはなかった。彼は僅かに目を伏せ私の視線を躱した。小さく紡がれた言葉が聞こえる。
「俺は……どっちも好きだよ」
顔を上げ、もう一度蒼君を見つめた。私も……己花さんも好きっていう意味……だよね?
『まぁー! まぁまぁ! 蒼様はお優しい事!』
私の内部で己花さんが喋り始めた。声に刺がある。己花さん何か怒ってる?
『わたくしに遠慮しなくていいんですのよ? 音芽が世界一大好きって顔に書いてありますわ! 嘘を伝えられるより本音を聞きたいですわ!』
「フンッ!」と鼻息が聞こえてきそうな勢いで蒼君へ愚痴っている彼女に苦笑した。己花さんって蒼君に当たりきつくない?
己花さんの言っている内容を蒼君にも伝えた。彼も苦笑いしていた。
――兄の件は話せなかった。
お盆も近くなった頃、兄が帰郷した。一階の部屋へ入った際にソファに座っていた彼がこちらへ手を振ってくれた。
「音芽! 久しぶり」
立ち上がって近付いて来る。兄は相変わらず格好いい。背が高くスラッとした体型で、弟と同じ少し茶色っぽい髪色のイケメンだ。一部、寝癖なのか髪の房が撥ねている。
「大きくなったな」
屈託なく笑って頭を撫でてくれる。
「お兄ちゃんは変わってないね」
嬉しくなって笑顔で返した。何故か兄の表情が曇った。
「……音芽は変わったな」
兄の発した言葉の意味を考えた。不穏な雰囲気を感じ取っていた。
「お兄ちゃん……?」
その日の夜は兄が家にいるという、変に興奮めいた妙な気分で中々眠れなかった。布団の中で兄との出来事を思い返していた。
私が中学二年生の時……大学生になった兄がドライブに連れて行ってくれた。「どこに行きたい?」って聞かれて甘えた。「お墓に行きたい」と。
当時はまだ己花さんの現れる前だったから……何となく自分がクラスでも浮いているように感じていた。居場所を見つけ損ねた部外者のような感覚だった。
自分で処理できずにいた。不安や心細さで曇っている心模様を抱えたまま家族にも相談できなかった。
伊沙さんや和沙お兄ちゃん、伊織は大切な家族だ。でも。やっぱりどこかで両親に会いたいと望んでいた。強く。帰って来てほしいと数え切れないくらい願った。
両親の眠るお墓の前でみっともなく泣いてしまった。
その時、兄が抱きしめてくれた事を……私は一生忘れない。
「俺……音芽の事、妹以上に思ってる」
兄の腕の中で目を見開いた。
「家を出て……いずれ就職して、音芽が高校を卒業する頃に迎えに来るから。……返事を聞かせて」
当時の私はまだよく分かっていなかった。後になって事の重大さに思い至って困った。和沙お兄ちゃんの事はずっと「家族」だと考えていたし、私には密かに憧れている人がいた。
『彼女』の記憶にいる男の子に抱く感情こそ恋だと、自覚があった。
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