ep019.『不純物』
(――そういう訳だ。迷惑をかける――)
う
(――構いません。それでは買い出しに行ってきます。きっと長くなるでしょうから――)
(――すまないがよろしく頼む――)
念話の相手はもちろん
――無駄話がないのがこんなにも楽だとはな。
無駄な粗探しや文句もなければ、癇癪を起こすこともない。
それに比べてあの兎と猿はどうだろう?
本当に同じ女子高生なのか?
はっきり言って小学生と高校生くらいの差がある。
いや、この場合は
――さて、俺も休むか。
どうでもいい事が頭を占めてきたので休むことにする。
最近は少々無理が多かった。たとえ一時間程度でも休めるときに休んだほうがいい。わかってはいるのだが、こういう時こそ考えが頭を巡ってしまう。
――戦闘が続くな……。
この先は憑神狩りと
――弟兎の残り猶予次第だが、もたもたしてられないのは確かだ。
それまでの間に、ラビットフットがいなくても問題ない程度は魂を集める必要がある。となれば必然、かなりのハイペースが予想される。
――兎にも角にも練度を上げるのが目先の目標か。
連携は及第点。正直ラビットフットのセンスと頭に頼りすぎてると言える。
他にも、本来恩恵を使わなければならない相手に対して、恩恵なしで戦う方法がまだまだ拙い。
――踏ん張りどころ、か。
そんなことを考えながら、
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「お兄ちゃん」
――しまったな……。
「大丈夫、ですか……?」
大丈夫であろうとなかろうと時間は待ってくれない。そしてこの先、呪いが進行することはあっても改善することはない。
今日より明日、明日よりその次の方が悪くなっていくのだ。何が大丈夫でどれが問題なのか、そんなことなど最早意味がない。であれば、ここで
「大丈夫だ。それよりナズに連絡してからどのくらいたった?」
これまで通り、触れられても互いに不幸になるだけの会話は、直ぐに別の話題にすり替える。
「三時間は経っていないと思いますけど……」
「すまない。ラビットフット連絡する」
――兎に文句を言われるのは確実だな……。
ラビットフットの状況を確認するために、一時的に切断していた念話を再び接続するが――、
(――出ろよ
接続した瞬間、ラビットフットの怒りに満ちた魂の叫びが
「――ぐっ!!」
あまりの大声に頭を抱えて膝を付く。
耳元で会話しているように聞こえる念話だが、音が伝わる仕組みを霊力で代用しているに過ぎない。そして、叫びなどのイメージは相応の音量として変換され、電気信号として脳へと届けられる。
スマホなどと違い、音源を物理的に遠ざけることができない念話で大声を出された日には、二日酔いの頭に爆音のスピーカーを叩きこまれたかのような衝撃が走るのだ。
「お兄ちゃん!!」
心配して駆け寄ろうとする
(――悪かった! だからそんな叫ぶな!――)
(――え!? 嘘! 繋がった!? ぁぁごめん、じゃなくて! 何してたのよ!?――)
叫ぶなと言っているのに後半またも声を荒げる騒音兎。
鎮静化は失敗。このまま念話を続けていたのでは、終わる頃には聴覚を失いかねない。なので、念話を手短に終わらせる方向へと切り替える。
(――事情は後で説明する。直ぐに迎えに行くが、俺が来ても直接は話しかけるな――)
(――ほんと一方的ね……わかった。じゃあ今朝と同じ場所で待ってるから――)
無事に念話は終了し、なんとか
「起きろ」
――ペリッ!
このまま静かにしていてもらいたいのが本音だが、この
ここは不本意だが、やかましいモンスターの封印を解くしかない。
「あれ……?」
「これからラビットフットを連れてくる」
「これから!? 何の準備もしてないよ!? 宗のバカ!」
あくまでもここは
家の中でイノシシを放し飼いにしたら多分こんな感じだ。
「迷惑をかける」
手の施しようがない
「気にしないでください兄上」
「すまないな、ナズ――コン」
素晴らしき妹の頭を撫で、気が立っていると思われる兎の元へと渡る。
探偵社の裏で兎を拾い直ぐさま妹の部屋に戻ってくる。文句を言う隙は与えない。
「へ……?」
何が起こったか理解が染みていない兎。
――よし。
文句を言われる前に速攻作戦は成功だ。
「ゆきぃ~~~!!!」
渡るや否や準備など忘れたらしい
「ちょっ!」
兎の手を掴み、ケダモノとの間に壁を作る。
巻き添えを食らわないよう、すかさず突進経路から離脱。同時に妹が術でソファーを移動させる。
「っわぷ!」
二つの大きな肉塊とソファーに挟まれた窒息兎が、酸素を求めて
「あぁ、ごみんゆきちゃん」
「――ぷぁ! もぅ……無事でよかっ――ちょっとハナ!?」
突然、
「アレ……?」
「
――お
「んん~??」
「ちょっとっ……! ホント、だめぇ!」
まさか再開相手から感動に水を差されると思っていなかった兎は、頬を真っ赤に染め、目じりに薄っすらと涙を浮かべながら困惑するという器用な顔芸を晒していた。
「ゆきちゃん。なんで中に何も来てないの? もしかして変なことされた?」
こちらをジーっと見ながら根拠のない考えで他人を吊るし上げようとしてくる。
その上、兎は兎で「説明しなさいよ」と言わんばかりこっちを睨んでくる始末だ。
――……面倒だ。
「その前にいいですか?」
「どしたのなずちゃん?」
――どうしたじゃないだろ。
部屋の主と客人が、互いを知らないまま話が進むなどあっていいものか。
「じゃなくてハナ。あの可愛い子はどなたか紹介してもらってないんだけど」
「やっぱり! ちぃ~ちゃくてかわちいよね! えっと、この子は
――危ない。
兎が助け船を出したおかげで話が正常な流れに乗ったと思ったらこれだ。
「どういうつもり」
怒りを堪えながら確認するように問いかけてくる兎。破裂寸前の圧力鍋みたいな怒り様から、兎が
だがこれにはちゃんとした理由があるので、何彼構わず怒りを向けるのは止めてもらいたい。
「俺の名前を口走りそうだったから抑えただけだ。そんな殺気を向けられる謂れはない」
「そう。話の腰を折った立場で申し訳ないんだけど、この可愛い子はあんたの妹さんってことでいいの?」
それに首肯で答え、ついでに補足説明する。
「妹は代行者クラスの陰陽師だ。余計な誤解を生む前に言っておくが、憑神でも解魂衆でもない」
「代行者……!」
これで仮に
「それで、この呆けているのがラビットフットだ」
妹はすでに兎の詳細を知っているが、体裁上、一応紹介の形をとっておく。
「それは勝手に呼ばれてるだけ! 私は月野 美雪です。よろしくね、ナズナちゃん」
「兄ともどもよろしくお願いいたします――美雪さん」
知り合ってそんなに日が経ってないであろう
――グダグダだな。
「ねえ、なんでハナには名前を教えたの? 協力者には教えてくれないのに?」
「信用を得るためだ。お前――」
「――ムンッ!!」
――これもダメなのか……。
「ミ・ユ・キ・ちゃん!」
「ミ・ユ・キに教えないのは隠密の問題だ。この部屋は妹の結界で感知できないようになっている。この部屋を出ないハナは問題ないが、ミ・ユ・キは外に出ないわけにはいかないだろ」
ここまで来れば宗に残るのは諦念だ。
馬鹿と阿呆がいたのでは会話もクソもあったものではない。
これ以上馬鹿がうるさくならない様にこれでもかと名前を強調し、半ばヤケクソ気味に説明する。
「そ、そ、そうね。そうゆうことね」
――何をモジモジしているんだこの兎は、気持ちの悪い奴だな。
「あれれ~ゆきちゃ~ん?」
――何をニヤニヤしているんだこの猿は、気持ちの悪い奴だな。
「それに、ハナとミユキの話が終わったらゲームに関する記憶は消す約束だ。じゃなきゃハナの身が危険だからな。ゲームに参加しても最悪な結果になるのは目に見えてる」
ここで、
「ハナ……」
案の定、
――後はお前次第だ。
それから、
「俺とナズは席を外す。話が終わったら念話で知らせろ」
部外者は席を外す。
「うん……」
気分が沈んでいるところ悪いが、これはkの序にしかできない。
一番面倒なのは、いざ記憶を消去しようとしたときに、感情が暴発してしまうことだ。
断絶の術にしても同じことで、このタイミングで施そうものなら不信感が強い
それが願いとなるほど強いものでもあれば、その瞬間、彼女はこの下らない殺し合いに巻き込まれてしまう。
そして
だからこそ、この場は家族みたいな親友に任せるとする。
「ナズ。頼む」
「は、はい……う゛ぅん゛……」
ここで、別に喉の調子が悪いわけでもないナズが、大袈裟で、それでいて少々無理のある咳ばらいを一つ。
「……ニャン」
キョトンとする二人の少女を置き去りに、
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
「そ、それで、お兄ちゃんから見て月野さんはどうでした?」
若干顔が赤い妹のもっともな質問に答える。
共闘できる相手を兄妹で探してきたのだ、結果が気になるのは当然のことだろう。
「傍観者の名は本物だった――文句なしの合格だ。噂以上の強力な恩恵に弱い呪い、頭も切れる、度胸も割り切りの良さも高校生とは思えないレベルだ。まぁ、少し人が良すぎるのとお節介ではある。信頼に足る人の良さと言い変えられなくもないが……あれだと同時に厄介ごとも引き込んでくる怖さがあるな」
「高評価ですね。同じ女性としてあの呪いが弱いかは議論の余地がある気がしますが、確かに恩恵は強力です」
発情しても処理すれば元に戻るのだから弱い呪いだと思うが、妹がいうのだからそうなのかもしれない。そういわれると、憑神や解魂衆に発情する危険、思考の低下など厄介な呪いではある気がしてきた……でもやはり強くはないと思う。
「姉弟揃って純粋なんだろうな」
妹がコーヒーを口に運び、一口飲む。
「
妹の言う通り、仮に第三者に知られたとしてもそこまで大きな問題にはならない。問題なのは名前の方ではないからだ。だが何故かと理由を問われると、
「慣れあうべきじゃないと思ったからだ。理由はわからないが、あいつ相手だと情が出る」
そう、正直なところ明確な理由はわからない。そういった感情を抱いたことが初めてなのはもちろんだが、その感情が湧いてくることが一番不可解だ。
「それは……異性として惹かれるってことですか?」
「そうだな」
妹が目を丸くしている。
驚くのも無理はない。
何せ当の本人が一番驚いているのだから。
自分が男だったと思い出すくらいには驚いている。
「まぁ、問題ない。要は慣れあわなければ良いだけの話だ。それに、向こうもそんな感情を向けられていい気はしないだろ。適切な距離感ってやつだ」
――何を言ってるんだ。
自分でもわからない事を
――疲れてるのかもな……。
「……すまないが少し休んでもいいか?」
「月野さんから連絡があったら声をかけますね……」
――とりあえず、何かあっても躊躇なく殺せる距離感はキープしないとな。
「頼む……――」
薺(なずな)は兄の隣に寄り添い、慈しむように呟く。
「お休み、お兄ちゃん……」
少女は、自らの頬に流れる涙をそっと拭う。
兄が目覚めたとき、その足を引いてしまわないように。
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