ep014.『ベータテスト』
ラビットフットと手を組んだ翌朝。
「――……」
探偵社の名を掲げるビルの裏で、今にも足ダンしそうな不機嫌ウサギが腕組しながら待っていた。
――癇癪も呪いの一部なのか……厄介だな。
触れても面倒なことになるだけ。ゆえに、
「何か言うことがあるんじゃない?」
――特にない。
強いて言うなら「発情期が終わったようで安心した」だが、そのことに触れたら蹴ると言われている以上、この場で話すことなど何もない。
――これが俗に言う"察しろ"というやつか……知るか。
「――」
少し待ってみても腕を組んだまま微動だにしない不機嫌ウサギ。
このまま時間を無駄にするのも馬鹿らしいので諦めて声をかけることにする。
「――……『何かと』はなんだ?」
「今何時?」
「九時二十分前後だが?」
確認するまでもなく即答する。
宗は渡りを開いて探偵社まで来ているので、直近で確認した時間に大きな狂いはないはずだからだ。
「九時に来いって言ったのはどこの誰だっけ!? ついでに遅れるなって言ったのはどこの誰だっけ!!?」
――そんなことか。
徐々にボルテージが上がって行く不機嫌ウサギに反し、宗の方は呆れ交じりに冷めていく。
「昨日の俺だな」
「昨日のあんたも今日のあんたでしょ!」
昨日、散々時間を無駄にした側の棚上げウサギは、どうやら集合時間がズレたことに不満があるらしい。正直意味が分からない。
大体、遅れた理由の大本を辿れば結局のところラビットフットに行き着く。
話は昨日に遡る。
癇癪兎と別れた後、連日の恩恵使用で疲労困憊になり、一人つかの間の休息をとっていたところ
※※※ ※※※ ※※※
「助けてお兄ちゃん! 花さんに殺される!」
息を切らし、どうやら逼迫した様子の妹。
ただ事ではない状況と思い蝕まれる体に鞭を打ち急いで渡ってみたらどうだろう。
なんてことはない――、
「ゆきちゃんはどうなったの!? 無事なんだよね!? 宗は!? ねぇナズちゃん!!」
珍獣が兎のその後を知りたくて妹を襲(くすぐ)っているだけだった。
※※※ ※※※ ※※※
もみくちゃにされ涙目になっている妹から珍獣を引きはがし、一通り説明してから探偵社に向かってみればこの時間というわけだ。
そもそも、時間の話をするなら昨日時点、遅くとも日中までにカフェにきていれば今日を待たずに連携の確認は終わっていたはずだった。だというのに、この棚上げウサギとくればこれだ。まったく誰のせいでこうなったと思っている。
「"遅れるな"じゃない、"今度は遅れるな"だ。つまりお前に言った話であって俺に当てはまる話じゃない。到着がズレたのはお前の友人に事情を説明していたせいだ。むしろ今回もこちらが被害者だ。それとこれは忠告だが――友達は選べ」
事実の陳列のついでに、いつか思ったアドバイスをくれてやる。
「落ち着け私、これも願いのため……!」
またしてもワナワナ手を怒らせているラビットフット。
これに付き合っていたら一日単位で時間が無駄になるのは昨日で確認済みだ。なので今回は行動をもって事を進める。
「コン」
「え……?」
小さな黒狐へと変化した宗がラビットフットのベルトバッグから顔を出す。
「くだらない話をしている暇はない。予定より遅れた分急ぐぞ」
「ねぇ……おかしくない? 私がおかしいの?」
誰に聞いてるのかわからない問いに、とりあえず心の中で、
――おかしいのはお前だ。
と、言い放ち、そそくさとバッグのフタを閉めてうるさいウサギをシャットアウトするのだった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
子狐宗を乗せ件の憑神の下へと向かうラビットフット。
「今回相手にする憑神の憑代はスマホだ。恩恵は魂を対価にランダムな能力を発現するものとでも思えばいい」
移動の僅かな時間、かかる重力に耐えながら必要最低限の情報を共有する。
「どんなものが出るかわからないのは厄介ね」
「観察した限りは、回数、範囲制限、時間で消えるものがほとんどだが、永続するものもある。隠し玉がある前提で挑むべきだろうが、お得意の勘で致命的な結果は避けられるはずだ」
「見た中で一番警戒すべきものは何?」
ルバンシュのときを思うと蹴ってから考えるタイプなのかと少し不安があった。
ただ、話てる限りでは事前に敵の情報を仕入れてから行動しているようで安心した。
――恩恵に胡坐をかくようでは先が知れているからな。
「前触れもなく影響する自動迎撃タイプの能力だ。奴と戦った半数以上がそれで殺られている。が、お前の脚なら問題ないはずだ。後は範囲タイプのものだ。ただスマホの画面を操作する必要があるらしい、お前ならタップ音を拾ってから範囲外まで離脱できるだろう」
「だといいけど。それで? あんたはどうするの? まさかただ見てるだけってわけじゃないよね?」
「今回は連携を確認するためのテストだ。当然俺もやる」
「具体的にはどの程度やれるの?」
これもまた必要な確認だ。
昨日、宗は共闘において恩恵はできる限り使わないと伝えた。これから戦闘になるのだから、力を使わない味方にどの程度の仕事ができるか把握しておきたいと思うのがまともな考えだ。
「身体能力を多少強化できる。余程近接戦に特化した憑神でなければそれで対処できるはずだ。それにお前の脚と同じで実体のない恩恵は俺には通用しない」
ラビットフットを含め、物理的な恩恵持ちは幻術などの特殊能力に弱い。
逆に宗は、自分以上の肉体スペックを持つものに歯が立たない代わりに、特殊能力を使う相手には一方的に勝つことができる。
実際には、強力な認識阻害を利用した不意打ちができるので、物理的な恩恵持ちを狩れないわけではない。しかし、隙を伺う時間、範囲攻撃に巻き込まれる可能性などコストとリスクを考えると如何せん効率が悪い。だからこそのラビットフットというわけだ。
「じゃあ、被害とか人目は? あんたは良いだろうけど、長期戦を考慮するなら色々制限しながら戦わなきゃなんだけど?」
やはりこの少女、戦闘に関しては女子高生とは思えないほど目端が利く。この点では既に合格点に達しているが問題は連携の方だ。むしろ今回のテストはそちらを調べる意味合いが大きい。
「結界を張る。詳しい説明をするつもりはない。が、小規模の衝撃波なら問題ない」
「大体わかった」
――そっちからは何かないの?
そんな目でこちらを見てくる。
これもまた当たり前の反応だ。テストである以上、前提もあれば条件もあるのが普通なのだから。
「作戦はこうだ。お前が奇襲をかけた後、俺がもう一度奇襲を仕掛ける。これで決着がつかなければ俺が奴を揺さぶり厄介な能力を吐き出させる。お前は奴の物理的な攻撃から俺を守りつつ、隙を見て憑代を奪い取れ。俺も狙えるときは狙う」
本来ならばもっと時間をかけて作戦を練り、すり合わせを行いたいところだが、時間がないのだからしょうがない。
互いを知らず、なおかつぶっつけ本場に近いともなればこれくらいのが限度だ。
「……簡単にいうわね」
「ただでさえ譲渡するには多すぎる魂だ。くれぐれもお前が憑代を破壊するなんてことがないようにな」
宗は訳あって憑代を直接破壊しなければ魂を奪えない。厳密にはできないわけじゃないがそういっても過言じゃない。憑代を持たない徒人相手になると恩恵を使う必要すらあるので御霊狩りは論外だ。
宗がラビットフットの願いを叶えるのであれば、今彼女が持つ魂は使うことのない貯金のようなもの。だがその魂を貰おうとすれば彼女の憑代を破壊――すなわち殺さなければならない。つまり、ラビットフットが魂を集めれば集めるほど、宗が彼女を殺す理由が強くなってしまうということである。
殺し合いという不確定要素が多い中、誤って憑代を破壊してしまえば殺されるリスクが増えるような協力関係など余りにデメリットが多い。
ここで、カフェで協力を持ち掛けた時に話した"別の憑神にラビットフットの魂を譲渡"する方法の出番だ。譲渡先の憑代を宗が破壊する事でラビットフットから宗への疑似的な譲渡を行う。これならば、誤ってラビットフットが憑代を破壊し、その魂を奪ってしまってもカバーできる。ただ、この方法も完全ではない。
まず、魂の譲渡は双方の合意が必要なうえに、互いの憑代に触れ合う必要がある。
それは、腹を空かせた肉食獣同士がそれぞれの首筋に牙をあてがう様なもので、信頼か打算、少なくともどちらかがなければ成り立たない。そして、ラビットフットが魂を譲渡した後にその相手の憑代を宗が破壊する以上、信頼の上の譲渡は難しいだろう。
騙せるような馬鹿で、ラビットフットが保有する大量の魂を譲渡されても届かないような願い、かつ問題なく排除できる憑神。お目当ての物件を見つけるのはかなり厳しいといえる。
それに、このウサギも馬鹿じゃない。自分の願いが叶うまでは魂の譲渡はしないはずだ。
そんな都合のいい憑神が見つかる前にタイムリミットが来てしまう可能性も考慮すれば、ラビットフットが魂を得るのは避けなければならない。
「魂の譲渡なんて、何度もやってらんないしね」
ラビットフットはこう言うが、これを素直に信じるのは馬鹿と言うものだ。
これは彼女にとっても魂を得る絶好のチャンスだ。
相手を殺さずに憑代を奪い取る。それは通常の戦闘より遥かに高いリスクが付きまとう。そのリスクがあるなら”譲渡するから問題ない”という最もな理由を盾に、事故を装って魂を得る方が賢い選択だと思うはずだ。
宗が願いを叶えればよし。そうでなくても楽に魂を集められる。そうしない理由がない。
「そこのビルに登れ」
「命令しないで。せめて登って"くれ"でしょ?」
口ではそう言いつつも、周囲にバレないように最短経路でビルの屋上に向かう。
屋上に到着すると同時に狭いベルトバックから飛び出し、元の姿で少女と並び立つ。
「あいつだ」
道路を一つ挟んだ先の公園。そのベンチでこちらに背を向けながらスマホを弄っている学ランを着た中学生を顎でしゃくり、今回の獲物を共有しておく。
「――……」
気になることでもあるのか、やけに残念そうな顔のラビットフット。何にしても戦闘前に確認できるだけマシというものだ。
「どうした?」
「なんでもない!」
――あれで何でもないならお前の情緒はどうなっている。今も少し語調が強い。これはアレか? 生理か? だがナズは気まぐれな猫のように擦り寄っては離れてを繰り返すだけで情緒は安定している……やれやれ、また癇癪兎がでてきたか。
「じゃなくて始める前に一ついい?」
――おい、さっきの『なんでもない』は何だったんだ。手の平を出すと同時に返すな。
「……なんだ」
「このテストに合格したら話をさせて。話せなくても、私の望んだ答えじゃなくても協力の話はなし」
――大方、どちらの目的を優先するかと言ったところだろう。
話があると言っている以上、ラビットフットの望みにはある程度余裕があると考えるべきだ。となればここで強気に出るのは逆効果。
「記憶には留めておく」
「おっけー。じゃあさっさと終わらせる」
「相手が子供だからと油断するな。それなりに厄介な
「わかってる」
すぐに終わらせるとは言っているが焦りが出ているわけじゃない。
「準備はいいか発情兎?」
「うっさい狐野郎」
呪いが響いてるわけでもなさそうだな。
なら問題ない。
後は殺るだけだ。
スタートを切るように、二人並んでビルの縁へと足をかける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます