~未春(みしゅん)の残花(ざんか)~(『夢時代』より)

天川裕司

~未春(みしゅん)の残花(ざんか)~(『夢時代』より)

~未春(みしゅん)の残花(ざんか)~

 蜥蜴の躰が地面を這い活き、砂の温(ぬく)みにその実(み)を見た儘、厚い砂嵐(あらし)に気弱く成り行く無効の独裁(ドグマ)に嗣業を乗り継ぎ、未払いだらけの〝借金(かね)〟を見立てた不納(ふのう)の元気に消沈して居た。女性(おんな)の立場を絶大(おお)きくしたまま現世(このよ)の光明(ひかり)に減退して行く〝不納渡(ふのうわた)り〟の片(かた)の理性(はどめ)は無機へ見送(おく)られ総身を知り往き、無論の目的(あて)から身憶(みおく)が成り立つ無線の正義は目下(ふもと)を観た儘、現代人(ひと)の精神(こころ)を無造(むぞう)に見定(さだ)める自暴(じぼう)の宮(みやこ)に感覚(いしき)を欠いた。自体(おのれ)の精神(こころ)に素描(すがお)に無審(むしん)を問ううち事始(こと)の生憶(きおく)に堂々巡れる、宙(そら)の目下(ふもと)の概(おお)きな内実(なかみ)は真昼(ひる)の最中(さなか)に人間(ひと)と出逢って、旧い倣いに〝紐〟を解(と)け得る小春(はる)の独裁(ドグマ)にこじ付け入(い)った。一女(おんな)の四肢(てあし)に〝世間〟を戯(あそ)べる旧い家屋は満笑(えみ)を浮べて、現代人(ひと)の過憶(かおく)と今日を認(みと)める現行人(ひと)の従順(すなお)に私欲(よく)を棄(な)げ付け、旧い手長に夜半(よわ)を囀る孤独の水面(みなも)を上手(じょうず)に発(た)つのは、厚い兆しへ大いに幻見(ゆめみ)る「億万長者」の勇気へ没する。不能に成らない俺の肢体(からだ)は律儀を廃して俗世を排し、幻想(ゆめ)の孤独を未踏(みとう)に帰(き)すまま身軽(かる)い寝覚めに眩暈を感じて、男性(おとこ)と女性(おんな)の鈍(くも)りの両眼(まなこ)を良く良く顰めて謁見して居た。自然(あるじ)の過敏へ謁見するまま現代人(ひと)の母性(はは)から未来が取り次ぎ、人の宙(そら)から宙(ちゅう)が見得生く旧来(むかしながら)が延々乗り足し、明日(あす)の集成(シグマ)が見定(さだ)まる間際に一人(ひと)の身欲(みよく)は曖昧差を識(し)り、幻(ゆめ)の果(さ)きから未来を透せる旧い見方を低吟(ていぎん)して居た。未完(みじゅく)の旧巣(ふるす)を日々に講じて幻夢(ゆめ)の見定(さだ)めは空転しながら、粗い空野(そらの)の常緑(みどり)の上では人間(ひと)の緩みが揺蕩(ゆらぎ)を呈して、厚い人陰(かげ)から詩吟が挙がれる旧(ふる)びた生茂(せいも)の次元の概(おお)くは、人間(ひと)の恨みの未純(みじゅん)を見定(さだ)める川面(かわも)の「縁(えにし)」を望遠して居る…。幻想(ゆめ)の孤独に幻句(ことば)が萎(しな)びて〝喜怒哀楽〟から成る神秘(ふしぎ)の井蛙は、人間(ひと)の許容(うち)から萎びた瞳(め)をした未活(みかつ)の脱着(だつぎ)を嗣業に延ばし、明日(あす)の身軽を幻想(ゆめ)に秀出(ひいだ)す矛盾の生果を律儀に追う内、旧(むかし)に好く観た成人(おとな)の〝敗者〟は暗夜(よる)に感けた路傍に伏せた…。…伏せた果(さ)きから〝龍(りゅう)〟が這い出し孤高の順路に概(おお)きく成るのは事始(こと)の無活(むかつ)に創業して生く遥か彼方の生憶(きおく)に象(と)られて、〝併鏡(あわせかがみ)〟に照準(ピント)を合せる無為の眼(め)をした一女(おんな)に紐解き、白亜(しろ)い孤独に精神(こころ)を没せる手厚(あつ)い〝奈落〟に太陽さえ射る…。一男(おとこ)の発声(こえ)から狭筵(むしろ)が紐解く事始(こと)の展開(ながれ)に宙(ちゅう)を観るのは「孤独と王佐」は半々ながらに一幻(ゆめ)の生茂(せいも)を訴えながら、一男(おとこ)の孤憶(こおく)に伝えて幻見(ゆめみ)る〝謳い続きの文言(もんごん)〟から観て、手厚(あつ)い独語(かたり)の「精華(はな)の短舞曲(ワルツ)」は無限を呈して自主(あるじ)を識(し)った。

      *

 俺はこの夢を見る前、久し振りの金縛りに逢って居た。右向きに寝て居て、それまでパソコンをカタカタ、いつものように明け方までやって、疲れて居たのだろう、それからチャーハンとカップラーメンとお握り煎餅を食い、『釣りキチ三平』を読み、くたくたになった体を休めると、体の方が先に寝てしまったのか、息苦しさがこれまでの金縛りの際と同様にやって来て、俺は計三回程、この金縛りに逢って居た。それから俺は身体的に怖くなって、テレビを点け、ディスカバリーチャンネルからアニマルプラネットへチャンネルを回して、それを点けながら今度は仰向けになって調子を整え、寝て居たのだ。今度は、金縛りに逢う事無く、眠れたようだ。

      *

 文言(ことば)の弛(たる)みを器用に失(け)し掛け、女性(おんな)の意固地が自由を得るころ無適(むてき)の仕種が異業(いぎょう)を唱え、在る事無い事暗黙(やみ)に見出す二性(ふたつ)の呼吸を雑音(ノイズ)に消した。幻(ゆめ)の〝王佐〟を躰に従え鋭い身重を陰府(よみ)に返せる無適の操舵を基準に添えたが、漆黒(くろ)い葦から無己(むこ)から理屈が仕上がる身軽(かる)い〝旧巣(ふるす)〟が呆(ぼ)んやり仕上がり、幻想(ゆめ)に跨る空気(しとね)の白亜は一体(からだ)を揺さ振り概(おお)きく成った。自体(おのれ)の未完(みじゅく)を個々に見出す旧い刹那は「経過」を練り出し、速水を想わす空気(しとね)の揺蕩(ゆれ)には女性(おんな)を弄(あそ)べる基準(レベル)が独歩(ある)き、幻想(ゆめ)の身辺(あたり)へ群がる気楼は男・女(だんじょ)を掌(て)にした〝一味〟を見出し昨日から観た夕日の紅(あか)には死相に芽生えた火照りが堕ち出し、厚い経過(とき)から朝日を投げ遣る一女(おんな)の理性(はどめ)が男性(おとこ)を識(し)った。私事(しごと)の幾つが仕事と成り出し、憂き世の孤独を離散に阿る白亜(しろ)い産毛が真面に相(あい)した一女(おんな)を脚色付(いろづ)け、男性(おとこ)の一通(とおり)を真面に燻らす旧い果実は概(おお)きく成り活き、日々の経過に精神(こころ)を保(も)たせる旧い宮(みや)から一女(おんな)を観て居る…。淋しい景色に未屈(みくつ)を語れる浮気を込め生く律儀の様子は、これまで観て来た「過去の惨事」に幻想(ゆめ)の聾唖が醜く成り立ち、一男(おとこ)の孤独を回想して生く日々の疲れは無益に満ちた…。

 一女(おんな)の様子が一体(かたち)を射止める経過(とき)の流行(ながれ)は孤高を射止めて、人体(ひとのからだ)を未完(みじゅく)に浄(きよ)める無想の独歩(あゆみ)は理知を問い出し、「併鏡(あわせかがみ)」に生果(さき)を看果(みは)てる〝不良娘〟の身重の生果(はて)には人に纏わる無頼の孤独が破亘(はこう)を追い立て真髄さえ観た。…自己(おのれ)の〝白亜〟を貴重に燃やせる幻想(ゆめ)の絶大(おお)きな孤独を芽にして、俗世(このよ)の成果(はて)から律儀を隠せる幻覚(ゆめ)の空転(まろび)に追憶するのは、意味を画さず感覚(いしき)を画せる不通の程度を堂々巡らせ、旧い家屋の未憶(みおく)に灯せる思断(しだん)の再起へ運送して行く。苦境に伴う未完(みじゅく)の個録(ころく)が日々の余韻(あまり)を身陰(みかげ)に観る時、余程に産れた一人(ひとり)の孤独が一女(おんな)の眼をして自然(あるじ)へ対し、男性(おとこ)の無機から女性(おんな)を透せる私断(しだん)の刹那を概(おお)きく保(も)った。苦悩仕立ての快楽主義から一層逆らい自由を求めて、明日(あす)の有利へ一切活き尽(き)る夢限(むげん)の刹那を一杯採っては、男性(おとこ)の孤独と女性(おんな)の無機には明日(あす)へ棚引く想起が窺え、気楼の網羅に経過(とき)を観るまま不動の一宮(みやこ)は〝男児〟を片付け、一女(おんな)の所以(ありか)を一層照輝(てか)らす無理を通せぬ脆味(よわみ)を保(も)った…。熱い陽明(あかり)が宙(そら)へ表れ旧(ふる)びた身陰(みかげ)が陽(よう)を呑む時、月光(あかり)の全野(すべて)が人間(ひと)を静める無断の〝一家(いっか)〟を気丈に従え、陽(よう)の向きから真白(しろ)い気色を堂々巡りに真壁(かべ)へ火照らす選り取り見取りの孤独が吠え出し、人体(ひとのからだ)を労わり続ける自然(しぜん)の主観(あるじ)に進化を観るのは、古い都の〝郷里〟を忘れる不望(ふぼう)の進化を逆算していた…。―――…器用に揺れ生く旧(ふる)びた私算(しさん)は未(いま)を脱(ぬ)け出せ、〝陽よう)〟を問えずの日曜大工を無言の許容(うち)にて身屈(みくつ)と識(し)りつつ、苦労に絶えない事始(こと)への深化はまったりして居る無言を付け出し、自体(おのれ)の感覚(いしき)に夢中を気取れる孤高の臭味(しゅうみ)を〝人間味(にんげんみ)〟に観た…。

      *

 …家に米が無かった。発注し忘れて居たようで、俺は一瞬、父を恨んだ。俺は腹が減って居り、飯時に米を食おうとしたら先ず炊飯器の保温のランプが点いておらず、ははーんこれは炊いてないな、と俺は感じ、食いたい時に米が無く思い通りに成らなかった事に腹立てたのだ。(実際この夢を見る前、現実の世界の朝にも、俺は同じような経験をして居る。何時いつもの自分の仕事が終り階下へ降り、カップラーメンとおにぎりで朝飯にしようと、米を取って握り飯を作ろうと炊飯器を見た時、保温ランプが点いておらず、夢と同じ事が起っており、俺は仕方無く冷蔵庫に在ったチャーハンを見付け、それをジャンジャン炒めて食べたのだ。結局、焼き飯は美味かった)。父が米を何時(いつ)も発注して居たのだ。しかし、少し米の届く日が遅れていた(ずれていた)だけで、米は後日直ぐに来た。自然に、ゲームの様(よう)に、米の数が「兵糧=○○数」の形で左上に浮かぶ。パララララとなり、○から一二〇と米数は増え、何時(いつ)もの豊かさが我が家へやって来た。

      *

 無機の利益に微妙に載り生く空気(しとね)の思春(はる)には気丈が仕上がり、地道の最上(うえ)では孤踏(ことう)が赴く随分気安い孤独が活きた。「気安い孤独」は無残に失(け)されて人間(ひと)の「赤字」を翌朝(あさ)に費やし、身重の獄(ごく)から貴重を費やす旧い習癖(くせ)から奇行が跳び出し、幻(ゆめ)の無宿(むじゅく)が陽光(ひかり)を掴める思春(はる)の早朝(あさ)での人間(ひと)の行為は、無断の小春(こはる)にそっと見出す心機を見付けた千夜(とばり)の連鎖に、揚々並べた琥珀の芳香(かおり)を無駄に仕上げる〝地道〟を識(し)った…。一女(おんな)の表情(かお)から色気が仕上がる無重の感覚(いしき)に芳香(かおり)が成り立ち、「明日(あす)の行方」を気楼に採らせる無穏(むおん)の独義(ドグマ)を延長して居た…。

 地道に強がる自体(おのれのからだ)が「俺」を概(おお)きく仕上げて行って、無地に仕上げた小春(はる)の信仰(まよい)は独裁しながら我を忘れた。小春(はる)の挙句に人間(ひと)を観るのは無言で飛び立つ無造の所以(ありか)で、自己(おのれ)の精神(こころ)が私欲(よく)に敗け出す不従(ふじゅう)の〝身重〟に自然(あるじ)を仕留めた、幻想(ゆめ)の極みに温味(ぬくみ)を識(し)れ得る陽(よう)の余裕(ゆとり)の成り立ちでもある。…無想の腑分けを路肩で観て居る不忠の〝浮気〟を揚々見付けて、女性(おんな)の全体(からだ)を具に見て行く不装(ふそう)の進路の一女(おんな)の手先は、未知に彩(と)られた未想(みそう)の許容(なか)から嗣業の常識(かたち)が精神(こころ)に透り、女性(おんな)の所以(ありか)を天(そら)へ手向ける思惑(こころ)の〝旧巣(ふるす)〟が還って行った。幻想(ゆめ)の一滴(しずく)が向きに添え得る一幻(ゆめ)の始動(うごき)に見事を観る時、男性(おとこ)の〝向き〟から主観(あるじ)を治せる無垢の人見(ひとみ)は算段しながら、宙(そら)の許容(なか)へと無欲を偽る浮遊の憶(おく)には過調(かちょう)が漲り、紺(あお)い空野(くうや)に思春(はる)を匂わす無適(むてき)の自然(あるじ)を現行人(ひと)に観て居た。感覚(いしき)の内(うち)から呆(ぼ)んやり仕上がる不良の幾度が滅法肥え活き、旧い四肢(てあし)に醜い屍(かばね)が見様(みよう)を保(も)たされ篩を識(し)った。現代人(ひと)の前途が哀れに見得出し気骨に埋れた夢遊の言霊(こだま)は、無垢の信途(しんと)に小躍(おど)り忘れた女性(おんな)の我欲が恨めしくも成り、一男(おとこ)と一女(おんな)が殺し合うのが自然(しぜん)に正しい事である等、…俺の精神(こころ)は俗世(このよ)に病み過ぎ女性(おんな)の全部(すべて)に嫌気が差した。俗世(このよ)の女性(おんな)の総ての独気(オーラ)に後目が付き活き、真白(しろ)い併鏡(かがみ)に矛盾を感じる旧い根暗を器用に観たのは、茶色い目下(ふもと)が自由を繋げる〝自己(おのれ)の信途(しんと)〟の歪曲(ゆがみ)の儘にて、孤独と孤独が「月(つき)」に這い出る三日月(つき)の夜空に躰が見得た。人間(ひと)の暗転(まろび)が未知の狭間に気配を残して、白亜(しろ)い生気に逆生(もどり)を呈(しめ)せる一夢(ゆめ)の未覚(みかく)に乱れを仕留めて、自体(おのれ)の盛期が暗黙(やみ)へ伏すのに三年ばかりの歳月さえ経つ。旧く成り行く未知の柔裸(やわら)が女性(おんな)の文句(ことば)をちらほら聴き付け、昨日の寝間から今日の寝屋まで、夢遊に佇む〝今日の延命(いのち)〟は不当の利益を宙(そら)に観て居た…。他(ひと)の誰も彼もが嫌悪の極みを揚々射止めて、俺の前方(まえ)から現行(いま)へ逆行(もど)れる不毛の利益に準ずる総出は、「俺の一体(からだ)」を小さく揮わす無信(むしん)の一灯(あかり)を事毎見分けて、幻想(ゆめ)の恋女(れんにょ)を俗世(このよ)で失(け)し生く正当ばかりの温度が燃えた。真白(しろ)い覇気から延命(いのち)を見限る幻(ゆめ)の網羅は極貧だけ観て、昨日の恨みを今日に呑み生く勝手仕立ての内輪(うちわ)の許容(なか)から、人の分身(からだ)が遥かに蠢く脆(よわ)い〝野菊〟を見付けて、幻想(ゆめ)の一宮(みやこ)が極論だけ観る無己(むこ)の美白を〝調度〟に保(も)った。無謀を絡めた一人(ひと)の独創(こごと)が白昼間際に凛として発(た)ち、真白(しろ)い花火が一人(ひと)へ宿れる一色(いろ)を込め得た無能の主観(あるじ)は、純白(しろ)い軋みの向日の概(おお)さに孤独を仕留める連鎖を幻見(ゆめみ)て、一女(おんな)の身辺(あたり)が不毛に片付く陽(よう)の個録(ころく)を俺まで出した。黄土の人煙(けむり)が黒髪(かみ)へ落ち着く俗世(このよ)の主宴(うたげ)の最頂(さいちょう)から観て、手厚(あつ)い火照りに幸先(さき)を識(し)らない孤高の信仰(まよい)を無純に帰(き)す内、凡気(ぼんき)を宿せる無頂(むちょう)の独気(オーラ)は厄(やく)に付かれぬ強靭(つよ)さを見出せ、舐めて掛かれる小柄を殺せる俗世(このよ)の獣の無益を識(し)った。事態(おのれのからだ)がすんなり透れる白亜の許容(うち)から〝幸先気取り〟が有頂を嗅ぎ付け、身重を呈した一女(おんな)の素描(すがお)を死太(ふと)く延ばせる王佐に寄り付き、俗世(このよ)の成果(はて)から未来(さき)を脚色取(いろど)る無機の格差を自由に睨(ね)めては、幻想(ゆめ)の概(おお)さを無造に見定(さだ)める〝殺人紛いの脅威〟を強いた…。

 無垢の湯浴みを行(ぎょう)に観るうち無感の習癖(くせ)から独気(オーラ)が跳び発(た)ち、自滅ばかりに「自分」が滅びる浮遊の正義を未有(みゆう)に従え、不毛の小敗地(アジト)に熱気を保(も)ち生く旧い気色は霧散に散り過ぎ、分厚(あつ)い静寂(しじま)に有無を云わせぬ夢遊の長者を親しく成った…。一女(おんな)の気色に感覚(いしき)を観る内「明日(あす)の定め」が過去を呼び付け、在る事無い事「夢想」の限りを幻想(ゆめ)の花月(かげつ)に順折り追う儘、幻想(ゆめ)の躰が肢体(したい)に問うのは人物(もの)の概(おお)くを称賛した後(のち)、明日(あす)の空間(すきま)へ自重を識(し)るのは〝遊山の体(てい)〟した銀幕だった。手厚(あつ)い装飾(かざり)が無機を追うまま無理の体(てい)した白亜は静まり、阪(さか)を気取れる都(みやこ)の遠方(とおく)は人間(ひと)の塒で沢山とも成り、一人(ひと)の肢体(からだ)に情緒を観るのが文言(ことば)の限りに有頂を見付けて、孤独と今日とが夢限(むげん)に華咲く進化を見上げて、使途(しと)の狭間(あいだ)で旧着(ふるぎ)を纏える悪魔の小躍(おどり)に魅惑を知った。嫌な出来事(こと)だけ一体(からだ)を過ぎ去り自己(おのれ)を安(やす)めて他(ひと)を毛嫌う夢中の嫉妬は煩悩(なやみ)を識(し)り貫(ぬ)き、無断の景色が日々を送れる〝快活気取り〟は不問の彼方に、…自己(おのれ)の感覚(いしき)を不夜(ふや)に脆(よわ)める未来(さき)の孤独を安易に知った…。死太(しぶと)い成人(おとな)が静寂(せいじゃく)から成る無想を取り換え、黄土の寝言を散々振り撒く幻想(ゆめ)の三夜(さんや)は不倖(ふこう)を運ばせ、脆弱(よわ)い成人(おとな)が気弱に耐え行く旧い気色の強靭(つよ)さを従え、幻想(ゆめ)の無己(むこ)から死相を見出す現世(このよ)の愚行(おろか)の「人間図(にんげんず)」を観た…。他(ひと)の八頭(あたま)が白蛇(おろち)を識(し)り往く無想の独歩が一体(からだ)を投げ掛け、陰府(よみ)の理郷(くに)への自由を掠めて呆(ぼ)んやりして居る孤独の諸刃(やいば)は、現世(このよ)で屍(かばね)を自在に詠み取る〝不良仕立て〟の永久(えいきゅう)から観て、協歩(きょうほ)に成り得ぬ一女(おんな)の〝都〟の「俗世(このよ)の全野(すべて)」を真っ平(たいら)にした…。男性(おとこ)の吐息と一女(おんな)の呼気(こき)とが微妙に絡まる無像の一座は、明日(あす)の併鏡(かがみ)に感覚(いしき)を掬える不良の過度にて〝坊主〟を仕合せ、一幻(ゆめ)の白衣に喪中を紡げる私欲(しよく)ばかりが減退して活き、選り取り見取りに「思記(しき)」を稼げる不当の配慮へ新参して居た。陰府(よみ)から一男(おとこ)が成り立つ神秘(ふしぎ)の八頭(おろち)が無垢を詠む内、自体(おのれ)の未完(みじゅく)へ気色が変れる旧い未覚(みかく)が呆(ぼ)んやり寄り付き、「明日(あす)の見定(さだ)め」を奇想に先見る幻(ゆめ)の白亜が平凡から観て、紺(あお)い感覚(いしき)を自由に詠み取る無想の一派に綱渡りをした。

 改訂して行く精神(こころ)の〝詠み〟から無応(むおう)に差し込む陽(よう)の一光(ひかり)は、人物(もの)の斬新(あらた)の惚(ぼ)けた矢先狂々(くるくる)廻れる生転(せいてん)さえ観て、孤高の歩先(ほさき)に俗世(このよ)を好く観る不正の撤廃地(アジト)に身送(みおく)りするのは、俺の背後に楽園(パラダイス)が成る人間(ひと)の生気の具現化だった…。…明日(あす)の感覚(いしき)に世界が流行(なが)れる二重(ふたえ)の信途(しんと)の扱いから観て、孤独の目下(ふもと)に活力(ちから)を凄める孤独の主観(あるじ)は鉄砲さえ採り、現代人(ひと)の総てを毛嫌いして生く無脳の大器(うつわ)を構築して活き、旧い雅に少なく彩(と)るのは「夢の長門(ながと)」の阿婆擦れだった。―――活きる苦悩を目の当たりにした現世(このよ)の主観(あるじ)の禿冠(かむろ)の辺りは、真白(しろ)い固式(こしき)が自在を掌(て)にして居治り続ける一男(おとこ)の狂苦(きょうく)を目の当たりにして、明日(あす)の孤憶(こおく)を無想に彩る無機の両刃(やいば)を概(おお)きくした儘、「咲いた、咲いた…」で今日を透れる一幻(ゆめ)の主宴(うたげ)に幻句(げんく)を出した…。

      *

 …幹夫とS太(えすた)と誰か懐かしい友人等が家に居り、俺や元気な頃の母親、父親と居た(父親は多分居た)。幹夫は懐かしかったが鬱陶しかった。矢張り何時(いつ)も通りに、自分の大学時(京都商業大学時)の最終試験(さいごのしけん)の時の自分の成績が良かった、と言うので、それに就いての話ばかり我が家へ集まった人等に話して居た。俺は「ま~たかい」てな具合に彼の話に耳を傾けて遣って居た様(よう)だ。少しの間だったが、幹夫は一生懸命に自分の勇姿に就いて話して居た。S太は、何か外で自分に起きた事を、我が家の玄関を上がって直ぐの所に胡坐を搔いて座りつつ、ぼそぼそぼそぼそ、流行の誰かを一生懸命真似して、何か、自分に起こった事故の事に就いて喋って居た様(よう)だった。

      *

 …虚しい幻句(げんく)に不応(ふおう)を包(くる)めて、俺の文言(ことば)が俗世(このよ)に蠢く現代人(ひと)の総てを生きなくする頃、〝芥子の実(み)〟を取る柔裸(やわら)の精華(はな)から造躯(ぞうく)を引き出し、幻想(ゆめ)の弛(たる)みに無想の奏でる孤独の感覚(いしき)を無頼に観て居る…。幻視(ゆめ)の四肢(てあし)に未想(みそう)が跳び出る孤独の一躯(からだ)が現世(このよ)を振り分け、〝水と霊と…〟の弛(たゆ)みの許容(うち)から自己(おのれ)の感覚(いしき)を通話に見送り、事始(こと)の最初(はじめ)に小さく気取れる夢遊の主体(からだ)が主観(あるじ)を取り添え、一幻(ゆめ)の身塵(みくず)に奇想を射止める不埒の小躍(おどり)を上手(じょうず)に問うた…。俺の文言(ことば)が宙(そら)へ浮く頃「独我(どくが)の奈落」は陰府(よみ)へと降(くだ)り、俗世(このよ)の定律(おきて)と人間(ひと)の法律(おきて)を夢遊に帰(き)すまま白痴(はくち)に襲われ、明日(あす)の経過に細(ほっそ)り名高い孤軍の動機を両掌(りょうて)に採った。白亜(しろ)い小宙(そら)から無駄が成り立つ無音の馬蹄(ひづめ)に向日を観ながら、呼吸の乱れを景色に取り込む無想の振度(しんど)に汽笛を鳴らし、幻(ゆめ)の上手(じょうず)に気孔を辿れる〝旧い過去(むかし)〟を上手(じょうず)に保(も)った。孤踏(ことう)の変化(へんか)に小石(いし)を棄て得る無断の過憶(かおく)に、男性(おとこ)と女性(おんな)が奇妙に倒れる旧(むかし)の独義(ドグマ)を上手(じょうず)に観る内、明日(あす)の生憶(きおく)へ追随して生く白夜の物語(はなし)は延々留(と)められ、幻想(ゆめ)の憶(おく)から次第に広まる事始(こと)の進みに不安を盛(も)った…。

 明日(あす)の物語(はなし)の自己(おのれ)が仕上がる無様(むよう)に無欲の歪(ひず)みの許容(うち)から、遠方(とおく)に集まる人間(ひと)の集成(シグマ)は無応に包(くる)まる弾力(ちから)を育み、明日(あす)の文言(ことば)を揚々聴くうち酷い〝家屋〟に寝耳を観るのは、事始(こと)との生絆(きずな)に自由を這わせる幻想(ゆめ)の自活(かて)から不安を解いた…。人間(ひと)の孤独に自由を観るうち無人の〝家屋〟に死相を観た儘、事始(こと)の真偽に揚々見送る派手の八頭(おろち)に心機を見て取り、事始(こと)を統(たば)ねる無感の明日(あす)には自体(おのれ)の身欲(よく)から孤高が暗転(ころ)がり、暗黙(やみ)の許容(うち)から悪魔を仕上げる白雲(そら)の未活(みかつ)を非道(ひど)く想った。―――決死の自覚(かくご)で一幻(ゆめ)を窄める孤独の従者は〝裏目〟を識(し)り貫(ぬ)き、常識外れの言動(うごき)を掴める〝坊の主観(あるじ)〟を大事(だいじ)にした儘、熟女の発する色香(いろか)の〝宮(さと)〟から仄(ほ)んのり漂う未知を愉しめ、坊の縁(ふち)から小僧が吹き出る男性(おとこ)の脆差(よわさ)がすんなり発(た)った…。一女(おんな)の如きは俗世(このよ)の縁(ふち)にて端正(きれい)な眼(め)をした一条(ひとつ)の自主(あるじ)を得意顔して冒険しながら、男性(おとこ)の両腕(かいな)を広く浄(きよ)める厚い巨躯から〝無人〟を織り成し、幻想(ゆめ)の縁(ふち)へと小さく見積もる孤独の晴嵐(あらし)を小さく保(も)った。白夜(よる)の許容(うち)から女人(ひと)が跳び出し遍く天下(てんか)を目下(した)にしたのは、孤高の過憶(かおく)に寸分違(たが)わぬ未有(みゆう)の暴嵐(あらし)の総理(そうり)に基づき、幻想(ゆめ)の一端(はし)から〝理郷(さと)〟へ還れる旧い自主(あるじ)の振動等には、無傷の自己(おのれ)が無己(むこ)を気取れる夜半(よわ)の小敗地(アジト)を創造して居た。漆黒(くろ)い人力(ちから)を構造させ行く旧(ふる)びた名句が「自分」を培い、男性(おとこ)の口から路途(ろと)を呟く幻(ゆめ)の言動(うごき)に切先(きさき)を識(し)る儘、女性(おんな)の体(からだ)は徐々に零れて言動(うごき)を取り止め、幻想(ゆめ)の自然(あるじ)に望遠して生く〝旧巣(ふるす)の合図〟を構築して居た。俺の〝藻屑〟は一体(からだ)の振動(うごき)へ帳尻合せて、自活の人渦(うみ)から無言を彩る浮遊の主宴(うたげ)を連動(ドラマ)に観る内、明日(あす)への孤独を始動に詠むのは幻(ゆめ)の刹那の感動から見て、白亜(しろ)い〝砂〟から人指(ゆび)を擡げる仮想の自主(あるじ)を投稿して居た。純心(こころ)の内実(なかみ)を器用に観るうち自己(おのれ)の感覚(いしき)は矢庭に成り立ち、幻(ゆめ)と現(うつつ)の境界(はざま)に成るのは〝坊(ぼう)〟の一体(からだ)の熱意の落下で、明日(あす)の一通(とおり)へ静かに撓(たわ)める無動の景色を上手(じょうず)に観たのち純心(こころ)の丈夫を端正(きれい)に断つのは、現世(こころ)に降(お)り立つ不純の生果の曖昧ばかりの気力であった…。

      *

 …それから、俺と、幹夫と、S太と、他の母親や父親や大事な友人・知人等(母親・父親、友人知人等は確かに居たように感じた)と共に、日本の何処(どこ)か、確か京都の何処(どこ)だったかと思うが、の場所に居り、ピクニック(?)をしようとして居た。海が近いようで川が近いようで、俺達の前方は少々だだっ広い砂煙の舞う沿道のような広場が在った。俺は妙な胸騒ぎがして居り、きっと竜巻が来る、そう予感して居た。風が結構緊(きつ)く鳴り始め、良く在る、春や、夏の台風時期の頃に吹く風のように心地良く、わくわくさせてくれるような気候であって、段々強く成ったり、弱まったりする風の中に俺達は居る事と成った。そんな俺の目前で、初め、ふわっと黒っぽい砂埃が捻られるようになり、極々小さい竜巻が出来そうだった。俺は「ああっ」と言ったが、幹夫とS太は信じなかった(この頃からS太の姿はワトスン君のような、はたまた性格含めて、ウィリアム・ガルのような、一見大人しい殺人鬼のようなていして俺達と行動を共にして居た)。俺が「あぁっ」と言って見たそのミニ竜巻の黒っぽい小さな捻れを、端(はた)で見ていた女の子が居た。二人程居たようだった。

      *

 孤独の概(おお)さに揉まれて居ながら俺の主観(あるじ)が通底(そこ)に活き着く不応(ふおう)の小言を同時に追い駆け、少女(おんな)の身辺(あたり)に色気を擡げた無力の価値から進化が飛び交い、明日(あす)の火照りで自由が草生(めぶ)ける〝行方知らずの恋〟を想った…。幼稚な輩が不望(ふもう)を呈する幼い遊戯に感けて居ながら、一幻(ゆめ)の白亜(しろ)さへ仄(ぼ)んやり解け入る不能の上手(じょうず)は強張りながらも、自己(おのれ)の心機を無望(むぼう)に覗ける古びた〝深夜〟に律儀を観る内、非道(ひど)く撓(たわ)めた主観(あるじ)の一姿(すがた)を無心を相(あい)して一連(ドラマ)に識(し)った…。家長の生憶(きおく)に人物(もの)を観るうち無応(むおう)の素朴を上手(じょうず)に感じて、男性(おとこ)の記憶が余りに概(おお)くを鵜呑みにして生く無望(むぼう)の信途(しんと)に屈服しながら、意味を解(かい)して意味を気取れぬ、無応の進化に日々を費やす―――。―――不能の主観(あるじ)を多感へ貶め、少女(おんな)の両脚(あし)から潮味(あじ)を舐め取る夢遊の孤独に現(うつつ)に識(し)る内、自体(おのれ)の凸(とつ)には〝進化〟が深まり、事始(こと)を詠み取る鈍(にぶ)い深化の独創(こごと)を併せて横転して居る…。大児(こども)の身重に幻(ゆめ)を彩る旧(ふる)びた〝深化〟は、一幻(ゆめ)の翳りに呼応を気取れぬ孤独の脚色(いろ)から堂々深まり、事始(こと)を根付かす〝併鏡(あわせかがみ)〟の向こうの所以(ありか)は、人物(もの)を動かし物理を拝する小宙(そら)の寝床を構築して居た。流行り歌から独裁(ドグマ)の進歩が流行(ながれ)に沿い生く自主(あるじ)を剥くのは、文言(ことば)要らずの父性(ちち)の形跡(あと)から背後(うしろ)へ成り立つ無言を細めて、私用(しよう)に細めた文句(ことば)の限りは幼女(おんな)に襲われ無駄と成り果て、駆逐を講じて鈍(にぶ)りを握らす旧い忍びは無益を知り活き、孤独の迷路が行水して生く透明色した〝孤高〟を識(し)った…。旧い常識(かたち)に私欲(よく)を張(ば)ら撒き不当の利益を鵜呑みにする内、現世(このよ)の一目(ひとめ)に俗を愛せる「届かぬ理想」を終ぞ追い駆け、事始(こと)の記憶に劈く連想(ドラマ)が奇想の身元に緩む朝には、幻想(ゆめ)の自主(あるじ)に白亜を牛耳る無想の天秤(はかり)に上々解け得た。

 一男(おとこ)の孤独に具体(からだ)を詠み込む無相(むそう)の相図(あいず)に虚無を観る内、一幻(ゆめ)の虚構(ドラマ)に少女(しょうじょ)を見守る不審の所以(ありか)が呆(ぼ)んやりしながら、透明色した遥かな〝宙(そら)〟から人物(もの)を見送る夢遊を紅(あか)らめ、人間(ひと)の奇想に順繰り直れる幻(ゆめ)の〝王佐〟を床屯(とことん)知った。

 孤独の許容(うち)にて理己(りこ)を這い擦(ず)る不毛の暴嵐(あらし)は小宙(そら)を追い駆け、寝言ばかりで人体(からだ)を衝動(うご)かす〝寝屋〟の退屈(ひま)から臥龍(りゅう)が成り立ち、緊(きつ)く縛れる旧い涼風(かぜ)から幻想(ゆめ)の緩みがそっと表れ、明日(あす)の不意から一体(からだ)を想わす〝寝屋〟の自覚(かくご)を八倒(たお)して生く内、素人ばかりが人体(からだ)を揮わす気流の進化が滅法発(た)った…。

 人間(ひと)の定型(かた)からそっと外れる未知の行方が俺へ寄らずに、斬新(あらた)な真価を〝鍵〟に仕向ける不毛の自覚(かくご)を得手に識(し)るのは、人間(ひと)の許容(うち)にて常識さえ無い愚図に統(たば)ねた「田舎の男児(おとこ)」で、事始(こと)の痩躯に身重を問わせる旧(ふる)びた文句の成果(なれのはて)では、男性(おとこ)と女性(おんな)が一局(ひとつ)に成り得ぬ未亡の晴嵐(あらし)に総乱(そうらん)して居た。男性(おとこ)の美辞句(びじく)は外方(そと)を向き出し、慌てる日々から無戒(むかい)が発(た)つのは、自体(おのれ)の感覚(いしき)が細(ほっそ)り限れる無創(むそう)の進度(しんど)の高果(こうか)の先にて、無駄に省ける一人(ひと)の連想(ドラマ)は葦に感ける無欲と成り活き、晴嵐(あらし)の目下(ふもと)で自己(おのれ)に片付く無銭の自主(あるじ)は幻(ゆめ)を観ぬ儘、無体に仕上がる一重(ひとえ)の連動(ドラマ)は過去に降り着き未想(みそう)を操(と)った…。

 女性(おんな)の集成(シグマ)が浴衣を着るうち一男(おとこ)の体鱗(うろこ)は司業(しぎょう)を見出せ、事始(ことのはじめ)に幻(ゆめ)を見果てる自体(おのれ)の感覚(いしき)は盲者(もうじゃ)を見出せ、安い文言(ことば)に体躯を並べる不要の思惑(こころ)は未知を識(し)れども、事始(こと)の記憶に連動するのは幻想(ゆめ)の王者の加減であった。―――、無垢の生茂(しげみ)に見様(みよう)を観るうち事始(こと)への正義に美容を識(し)るのは、小(こ)じんまりした少女(おんな)の一姿(すがた)の生気に蔓延る主腕(しゅわん)の一(ひとつ)で、自己(おのれ)の夜半(よわ)から無想に成り立つ旧(ふる)びた連想(ドラマ)の再現等には、事始(ことのはじめ)に一男(おとこ)が失(き)え往く「無垢の一連(ドラマ)」の想起であった。…経過(とき)の流行(なが)れる儘にて幻(ゆめ)の虚ろを虚無に伏すのは、未完(みじゅく)な肢体(からだ)を無機へ変じる〝謳い屋同士〟の寝ずの番にて、白亜(しろ)い人煙(けむり)に「世間」を尋ねる不毛の論議は貴いながら、幻想(ゆめ)の使途から流言(るげん)が生くのは無垢の所以(ありか)の病的だった。過去へ暗転(ころ)がる人間(ひと)の独裁(ドグマ)を妙に気にして相対するのは、宙(そら)の彼方に集う両眼(まなこ)の労苦を想わす無断の果実で、詰らぬ男女(ひと)との交際等には無実の加齢が滔々流れ、明日(あす)の孤独を感覚(いしき)に束ねる未知の気力は無力に依った…。〝出来た人〟から〝出来ない人〟へと、自分の才知を自認しながら「街行く人間(ひと)」との距離を講じる不断の〝空野(くうや)〟は未想(みそう)に阿り、自己(おのれ)の白紙(こころ)に長寿を感じる宙(そら)の鈍(くも)りは遥かに傾き、人間(ひと)の陰にて辛気(しんき)を紛らす不意の水面(みなも)にふらりと寄った。

 自己(おのれ)の経過(けいか)を明日(あす)へ並べる拙い遊戯の心音(おと)の便りは、無知に引き継ぐ無想の心機に統(たば)ねた無理を相(あい)した自慢の自覚(かくご)で、悪しきを庇護して齢(よわい)を砕ける暗黙(やみ)の路途(ルーツ)を試算に投じて、鈍(くも)り眼(まなこ)に従来して行く不動の感覚(いしき)を上手(じょうず)に保(も)った。紺(あお)い葦から旧(ふる)びた四肢(てあし)へ自体(おのれ)の熱気を器用に操(あやつ)る、無言を総じて敵を射止めた苦労の一端(はし)には御託が拡がり、旧い気色に未知が輝く「無言」を真似する人間(ひと)の冷気は、不審を掌(て)にして感覚(いしき)を独語(かた)れる斬新(あらた)な一宮(みやこ)を創造して居た。…倦怠ばかりが俗世(このよ)を貫く旧(ふる)びた宮(みやこ)の創造ばかりは、自己(おのれ)の独創(こごと)を地道に稼げる不安の未知から一人(ひと)を擦(す)り挙げ、自体(おのれ)の文言(ことば)を上手(じょうず)に採るのは無垢の純心(こころ)に本能(ちから)を通し、一人(ひと)の脚力(ちから)を呆(ぼ)んやり保てる「地球の最期」をしっかり観て居た…。男性(おとこ)と女性(おんな)の虚無の許容(うち)から未完(みじゅく)に強める未来(さき)への走力(ちから)は、一女(おんな)の界(かぎり)に宙(そら)を撓(たわ)める旧い怒(いか)りが俗世(このよ)を堕(お)としめ、人間(ひと)の自覚(かくご)が貴く流行(なが)れる無知の速水はしんどいながらに、男性(おとこ)の躰が虚無に与(あずか)る女性(おんな)の〝理知〟には活歩(かつほ)が在った。未完(みじゅく)を灯(とも)らす不意の感覚(いしき)が活歩(かつほ)に赴く行儀を掌(て)にして、無名の感覚(いしき)に翻弄され行く神秘(ふしぎ)の〝気の実(み)〟が一女(おんな)に浮べた自信に目を付け、明日(あす)への返りを不動に欲しがる〝有難見たさ〟の感受の暴途(ぼうと)は、陰府(よみ)の感覚(いしき)に周囲(まわり)を灯らす向きの儀式を踏襲して居た。人間(ひと)との交流(ながれ)が生涯鈍(くも)れる無為の欲望(のぞみ)に親(ちか)しさなど観て、明日(あす)の回転(まわり)に暴挙を仕向ける一宙(そら)の辺りは間(ま)に間(ま)に鋭く、幻想(ゆめ)に始まる自己(おのれ)の感覚(いしき)は不変に片付く意志を得ながら、疲れた間際に〝陰府(よみ)〟を感じる無動(むどう)の刃渡(わたり)をぽつんと識(し)った。現代人(ひと)を噂を総て棄て去り未応(みおう)の辛苦に自体(おのれ)を観るのは、一体(からだ)に羽(は)ためく古い電波(ラジオ)が無線の一夜(とばり)で、明日(あす)の身憶(みおく)を故郷へ変じる孤高の自主(あるじ)の堂々巡りは、幻想(ゆめ)の流行(ながれ)にふっと囁く未来(さき)の小敗地(アジト)へ透って入(い)った…。

 明日(あす)の不動(うごき)を微かに幻見(ゆめみ)と旧い態度に〝人間(ひと)〟を識(し)るのは、無言で活き生く苦悩の溜まりの「活歩(かつほ)」を呈せぬ未完(みじゅく)の羅針(はり)にて、厚い経過(とき)から他(ひと)を呼び込む無心(こころ)の上下は「俺」に名高く、幻想(ゆめ)の感覚(いしき)へ身軽(かる)く透せる冬の進路の不変の脚色(いろ)には、人間(ひと)の撤廃地(アジト)に揚々焼き付く〝苦悩の揺蕩(ゆれ)〟等久しく在った。真白(しろ)い病理が未来(さき)に現れ自体(おのれ)の過去から無機を採るのは、明日(あす)の近さを無重に和らぐ人間(ひと)の交流(ながれ)の切先(さき)の大手で、明日(あす)に始まる無言の晴嵐(あらし)は次第に高まる信途(しんと)に就いた…。幻(ゆめ)の矛から至難が稼げる不用の傀儡(どうぐ)は熱気に集まり、明日(あす)と現行(いま)との狂気の境(はざま)に男女(ひと)の想いは独走して活き、萎びた進化が宙(そら)に舞い散る旧い人陰(かげ)から一通(とおり)を識(し)るのは、俺の自覚(かくご)が余談を配さぬ未来(さき)に活き尽(き)る挿話(はなし)であった。白亜(しろ)い気色に厚味(あつみ)を束ねる固陋の小敗地(アジト)は現行(いま)に寝そべり、地上で呼吸(いき)する旧い現代人(ひと)には総ての分野で憎しみさえ湧き、気楼の火照りが上気と識(し)るのを未(いま)の間近に把握しながら、苦労ばかりの痴人の恋には身欲(よく)を毛嫌う感覚(いしき)が生い立ち、我信(エゴ)に始まる自体(おのれ)の本能(ちから)を無心に欲して逡巡さえした。無形(かたち)を射止めて後退して生く旧い葦には〝男・女(だんじょ)〟が現れ、自体(おのれのからだ)が女性(おんな)に呼吸(いき)する未覚(みかく)の歩陰(ほかげ)はいともすんなり、白亜(はくあ)の孤独を精神(こころ)に透せる惨い景色をずんぐり擡げて、俗世(このよ)の現代人(ひと)から一切平和に共存出来ない身陰(みかげ)の深化を独断して行く。恰好(かたち)と一夜(とばり)が先行して生く幻想(ゆめ)の脆差(もろさ)を低くしながら、男女(ひと)の動作に追随して生く嫉妬(ほのお)の人陰(かげ)では瞬く間に観る能力(ちから)が蠢き、脆(よわ)い小宙(そら)から独り立ちする自活の術(すべ)など現行(ここ)で憶えて、現行人(ひと)と現代人(ひと)との五月蠅(あわ)い空間(すきま)に私欲(よく)を亘(わた)せる謳歌を仰いで、理知に対する無従(むじゅう)の過憶(かおく)を精神(こころ)に見付けて傍観して居た。現代人(ひと)に成るのを〝我が身〟に観ながら〝苦労話〟に精華(はな)が咲くのは、自己(おのれ)の無知から進化を尖らす浮遊の主宴(うたげ)の最中(さなか)であって、過去の憶(おく)から気配を探れる夢遊の主観(あるじ)の軽動(けいどう)等には、明日(あす)の身欲(よく)から我聞が切り裂く夢中の行事が薄(うっす)ら在った。幻想(ゆめ)の白亜(はくあ)に未知が片付き旧い脳裏へ一女(おんな)が跳ぶのは、現世(このよ)の未来(さき)から〝固定〟が称する無知の古差(ふるさ)へその実(み)を呈(しめ)し、明日(あす)の孤独を陰府(よみ)に相(あい)せる旧(ふる)びた〝煉瓦〟は精神(こころ)に積まれて、独歩(ある)き始めた記憶の人陰(かげ)には夢中に躓く一灯(あかり)を識(し)った…。

      *

 …それから本当間も無く、見る見る内に空が黒く成り行き、気候は春から初夏っぽいのに、風が緩まり空気が冷たく成り、正(まさ)に竜巻が発生しそうな天候に成っていた。先程と同じように、俺と共に竜巻の発生を見て居てくれる彼女等(おそらくピクニックに来て居た観客の内の数人)は目撃して居てくれた。一度目の細い竜巻の時はその発生を全く信じなかった幹夫とS太だったが、此処(ここ)まで来ると、信じ始めて、乗って来た車を置いた場所まで戻ろうとした時、空中で物陰に隠れる形で、竜巻の下半分の黒っぽい渦だけ空中に見て居た。結構、でかそうだった。F2~3はある。

「車は危ない!」

 そう俺が思った瞬間、幹夫もS太もくるりと身を翻(かえ)して、俺に付いて来て、とにかく逃げた。母親が此処(ここ)で、突然、弱者と成って現れた。そのでかそうな竜巻は遂に皆の前に現れる竜巻と成って、逃げ惑う人々の中を「ごーっ」と走って行った。それに襲われそうに成った俺達、母親、のシーンに成った時、母親が物凄い恐怖の顔をして、俺の前で怯えて居たのだ。俺達は竜巻には巻き込まれなかった。

      *

 手厚(あつ)い見守(まも)りに護られながらも俺の肢体(からだ)は四肢(てあし)を牛耳り、先に述べ生く倦怠なんかを事毎(ことごと)同じに堂々観ながら、見送る自覚(かくご)が芯の髄まで得体知れずの不問を問い生く〝老いの一姿(すがた)〟を揚々観て居た…。事態(おのれ)の自覚(かくご)を手玉に取りつつ無能の主観(あるじ)に幻想(ゆめ)を問うのは、孤高の身重に蹂躙され行く不意の〝王佐〟に加減を守られ、萎びた自主(あるじ)の競歩を観た儘、幻視(ゆめ)の暗転(まろび)に化粧を施す無用の深化を好く好く手伝う…。無明(むめい)の明日(あかり)を揚々観ながら幻(ゆめ)の背後の孤独の自主(あるじ)は、幻(ゆめ)の間近の無毛の僻地で進化を超え生く派相(はそう)を観ながら、郷里と明日(あす)との矮小(ちいさ)な自明(あかり)を遁々(とんとん)点(つ)け行き、昨日の画(え)を観た鼓動の自主(あるじ)は巨躯の身陰(みかげ)で〝大樹〟を識(し)った。「苦悩の宮(みやこ)が俗世(このよ)なのだ」と小さく頷き不貞を考え、忙(せわ)しい教里(きょうり)の現代人(ひと)の群れから終局(おわり)を見ぬまま向日を覗けて、人間(ひと)の躰が駆逐に病むのを自慰を徹して継続して活き、普遍を講じる不屈の柔裸(やわら)は保身を呈して好演(こうえん)して居る…。

 自己(おのれ)の景色を宙(そら)に観るうち無効に暑がる気迫の総ては、明日(あす)の定型(かたち)に白亜(しろ)さを見守(みまも)る幻(ゆめ)の強靭(つよ)さの凡庸ながらに、倖せばかりを自己(じこ)に夢見る不動の自主(あるじ)の漠然等には、現行(いま)を信じて遠方(とおく)を描(えが)けぬ幻(ゆめ)の病理の奇想が発(た)った。俺の〝歯車(くるま)〟を心身(からだ)が目にして未完(みじゅく)を灯せる一幻(ゆめ)の柔らは、一女(おんな)の体(からだ)を好(よ)く好(よ)く掌(て)にする幻(ゆめ)の身重に蹂躙され行く、文言(ことば)限りに不動を寄せ合う事態(おのれ)の辛苦の余韻の人陰(かげ)にて、精神(こころ)の穂陰(ほかげ)に〝労(ろう)〟を落せる無名の自主(あるじ)の狂苦(きょうく)の成果(はて)には、不従(ふじゅう)に脚色取(いろど)る無純(むじゅん)の顔色(いろ)した身近の網羅が孤独を割いた。生憶(きおく)の縁(ふち)から〝小間送(こまおく)り〟を観て「死去のニュース」を延々観る後、不倖(ふこう)を牛耳る〝生死の悪魔〟が矢庭に挙がって挙動を呼んだ…。惨い生憶(きおく)を常時(いつ)も気にして漆黒(くろ)い産物(もの)から気楼を目にして、移り変れる〝人の世〟に発(た)つ〝向日の景色〟の存分詠む後、幻想(ゆめ)の未完(みじゅく)が端正(きれい)に欲しがる「向い合せの葛藤」等には、未知の光明(あかり)が余程に点(つ)いた…。「向い合せの幻(ゆめ)の局(きょく)」から無動(むどう)の理性(はどめ)が宙(そら)に跳ね活き、男性(おとこ)の背後に女性(おんな)が居残る妙な展開(ながれ)がずんずん活きて、無謀を想わす〝親身〟の許容(うち)には白亜(しろ)い気色が滔々流れる。無知を掌(て)にして無力に安(やす)まる不動の感覚(いしき)は後光(ひかり)に呼び捨て、一男(おとこ)の冥利へ尽きる間際に私運(しうん)の見定(さだ)める男・女(だんじょ)の規律(ルール)は無理を跳び越え大器を着飾り、明日(あす)の〝洋句(ようく)〟へ独奏(こごと)を描(か)き遣る独自の端正(きれい)に〝夕日〟を備え、俗世(このよ)の無駄から奇妙を省ける白亜(しろ)い宙(そら)には〝幕開け〟さえ在る。余分の屯(たむろ)が無造に息衝く未知の〝昼間〟を未解に置き捨て、明日(あす)へ幻見(ゆめみ)る死相の孤独を一女(おんな)の視(め)に立て無欲を欲し、微妙に絡まる執(しつ)の〝独理(ドグマ)〟に一体(からだ)を運べる宇宙を感じて、無用の息吹を体内(うち)に潜(ひそ)める孤独の純化は奇妙に寝て居た…。白亜(しろ)い白紙(こころ)に無想を奏でて人間(ひと)の記憶に一人(ひと)を成すうち孤独の刹那が〝向き〟を通せる無様(むよう)の生憶(きおく)を不安に練り出し、明日(あす)への純化を自体(からだ)に匂わす無明(むめい)の悪事をちょいちょい識(し)った。手厚(あつ)い経過(ながれ)に一人(ひと)を見出せ脆(よわ)い者へは〝弱者〟を懐ける〝曰く〟を退(の)け得る代謝の概(おお)くは、旧い装飾(かざり)を遂に棄て得る未完(みかん)の主観(あるじ)を事始(こと)の調子に投げ遣り出した。夢中(ゆめのなか)から自然(あるじ)を引き出す〝小人(こびと)〟の群れには虚空が表れ、明日(あす)の光明(あかり)に「染み」を透せる孤独の進歩は経過(とき)を跳び越え、一女(おんな)の膣からすっと飛び生く不毛の男・女(だんじょ)の人塊(かたまり)等には、経過(とき)の駆逐にのっそり倒れる〝向日の生憶(きおく)〟を調度に観て居る…。

 旧(むかし)の軋轢(ひび)から日々が始まり手厚(あつ)い看護に無理強いされ行く〝夢想の一波(いっぱ)〟の程好い囁(こえ)には、翌朝(あさ)の日差しを間(ま)に間(ま)に承け得る私力(しりょく)の活歩(かつほ)が無断で活き着け、葦を識(し)らない〝真中(まなか)の原理〟は無効を報せる孤独を識(し)った…。紺(あお)い景色の思想の表裏(うら)には一人(ひと)の生憶(きおく)が一体(からだ)を蹴散らせ、旧い寝屋から〝微妙〟を仕上げる苦闘の妙味を平々(ひらひら)訓(おし)えて、明日(あす)の姿勢(すがた)を明日(あす)へ創れる〝旧い気色〟を徒党に盛(も)った。真面目の振りした幼女(おんな)の姿勢(すがた)が宙(そら)に舞い込む景色へ流行(なが)され、初めに観て来た〝裏切り〟等には私労(しろう)の気色が吟味をし忘れ、手厚(あつ)い孤独の〝内と外〟には、はにかみ屋に成る蒼い人煙(けむり)が延々木霊し蜷局を巻いた。…孤独に見積もる縁(えにし)を幻見(ゆめみ)て文言(ことば)限りの苦労を過ぎれど、自体(おのれ)の未完(みじゅく)が人傘(かさ)に消え行く明日(あす)の展開(ながれ)にその実(み)を任され、幻(ゆめ)の概(おお)きに気楼を重ねる孤独の吟味を配して在った。苦労話の余談の隅には〝在る事無い事〟幻(ゆめ)へ重なり、人間(ひと)の寝床を遠方(とおく)へ三重(かさ)ねる見様(みよう)の奥地が踏ん反り返り、白亜(しろ)い形見の人体(からだ)の四隅は無言に居座る人労(じんろう)さえ見て、「明日(あす)の洋句(ようく)を幻想(ゆめ)に忘れる〝男児〟の様子を描いて在った。無理を通せぬ嗣業の緩みは二言・三言(ふたことみこと)の泡沫(あぶく)を掌(て)に取り、齢(よわい)を超え行く経過(とき)の流行(ながれ)は未完(みじゅく)を問わずに延々咲いた。一女(おんな)の主宴(うたげ)が現代人(ひと)に蹴上がり竜胆(はな)の首(こうべ)に〝時期〟を観るのは、無碍に出来ない孤独の主観(あるじ)の徒党に紛れた信頼でもある。幻想(ゆめ)へ独歩(ある)ける〝岐路〟を想わす逆(さか)さの揺蕩(ゆらぎ)は、一(いち)に概(おお)くを三に緻密を、俗世(このよ)の無駄から一端(はし)を退(の)け得る事始(こと)の真偽を大して保(も)った。精神(こころ)の主観(あるじ)が人体(からだ)を想わす無空(むくう)の瘴気は、人間(ひと)の正気を真面に発狂(くる)わす出来事(こと)の千夜(とばり)に多少を見積もり、神秘(ふしぎ)の精華(はな)から陰府(よみ)へ侍らす無適(むてき)の〝奥地〟へ長閑を観て居た…。一幻(ゆめ)の禿冠(かむろ)は暗黙(やみ)に仕上がり〝無空(むくう)〟の瘴気を真実(こどく)に観る内、幻想(ゆめ)の二重(ふたえ)が身重に寄り添う事始(こと)の独理(ドグマ)を上手(じょうず)に採りつつ、明日(あす)への上気を撰集出来ない幻想(ゆめ)の白亜が真横に跳んだ。孤独の王佐と身重の黄泉には、旧(むかし)に好く似た思考の下りが〝寝ずの番〟から無視を始める現代人(ひと)の自然(あるじ)に狂句(きょうく)を訴え、紺(あお)い小宙(そら)から白雲(くも)が降(お)り立つ無数の瘴気を努めて編んだ…。一女(おんな)の柔裸(やわら)が真面に肥え生く気楼の〝勝負〟は向きに成り出し、明日(あす)の行方を一体(からだ)に企図する「云々下(くだ)り」を滔々詠みつつ、天川(かわ)の下りに〝真面〟を見るうち男性(おとこ)の孤独を概(おお)きく問うのは、丸味(まるみ)を帯び生く〝旧来独語(むかしがたり)〟の未完(みじゅく)を酔わせる瞬間だった。

 一男(おとこ)の手腕(うで)から〝一女(おんな)〟が成り立つ不毛の主観(あるじ)に渾進(こんしん)するのは、自主(おのれ)の両腕(かいな)に幸先(さき)を識(し)れない未曽有の出来事(こと)への自覚(かくご)に変らず、無知の行方に時間が経つのは一男(おとこ)の孤独に揚々報され、初めて解(と)い生く幻(ゆめ)の自覚(かくご)は〝門前払い〟の事前を知った。…女性(おんな)の一体(からだ)に虚無が湧き立つ「発狂(くる)う限りの虫唾の合図」は、逆上(のぼ)り語(がた)りが〝逆さ〟に成れない旧い構図の〝小敗地(アジト)〟を知らされ、幻想(ゆめ)に問い生く無感の相図(そうず)は自体(おのれ)の感覚(いしき)に揚々採られて、事始(こと)の有機に屹立して生く無断の空野(くうや)に同調している…。

      *

 …我(が)の強い長兄と引っ込み思案で声優お宅の次兄が出て来て、二人共、散髪屋に成って居た。次兄の散髪屋姿はそのとき初めて見たので、俺は何だかわくわくしながら、今、正に客の頭髪をカットして居る次兄の後ろ姿を見て居た。次兄が、黒い服を着て、髪はパーマを当て、結構お洒落して居るのが嬉しかったのである。長兄とはその時、あの気不味く別れた時以来、久し振りに会った。三年は過ぎて居た。まだ怒って居るように、俺の顔は見なかった。ちらっちらっと見た事が在ったかも知れない。俺は、こんな頑なで、妙に気難しく、執拗(しつこ)く我(が)の強さを(絶対に)収めようとはしない長兄の姿勢(すがた)にむかつきを覚え、嫌って居た。

      *

 透る宙(そら)から〝女神〟が降り立ち〝向日〟の景色を真面に詠む頃、未知の苦力(くりき)を矛盾に発(た)たせる非力の主観(あるじ)を見捨てる間際に、無知の定律(おきて)を身軽(かる)く観るのは〝無視〟に根強い採択だった。初めから無い未有(みゆう)の景色に悶絶して生く起死の幻(ゆめ)には、幻想(ゆめ)の無己(むこ)から気力を誘(いざな)う明日(あす)の〝再起〟の揚々間近で、幻視(ゆめ)の魅惑に近付く仕手には無想に名高い感覚(いしき)が芽生え、旧い定律(おきて)に幻(ゆめ)を乞うのは幾多も成らない身重であった。無想の間(ま)に間(ま)に自由を突くのは無垢に彩る無識(むしき)であって、男性(おとこ)と女性(おんな)の許容の間(ま)に間(ま)に未知へ脚色付(いろづ)く毛相(けそう)の表情(かお)には、自己(おのれ)の無理から思想が絡める陽(よう)の自然(あるじ)が巨躯を従え、未刻(みこく)に遣られた孤高の人渦(うず)から堂々巡りの不忠の一声(こえ)には、明日(あす)の身欲(よく)から私用が成り立つ旧来(むかし)ばかりの密かな空虚が暗黙(やみ)を免れ緻密を相(あい)し、今日(きょう)と現行(いま)との柔らの美声(こえ)まで「無想」へ投げ棄て貪欲すら得た。真白(しろ)い刹那を空気に透せる幻(ゆめ)の逆生(もどり)の覚醒迄には、未屈(みくつ)の仄香(ほのか)が柔和(やんわ)り省み、明日(あす)の〝熊手(くまで)〟を夢中に相(あい)せる黄泉の界(かぎり)をこの掌(て)で仕留めて、明日(あす)の還りを真面にして行く孤高の小敗地(アジト)に凡化(ぼんか)を観て居た。純白(しろ)い気色に有頂を観ながら人の穴から男・女(だんじょ)が零れる無想の主観(あるじ)の手段の構図は、翌朝(あさ)の一夜(とばり)に幻(ゆめ)を直せる孤独の側(そば)から活気を灯し、分厚(あつ)い精神(こころ)に精華(はな)が咲くのは自体(おのれ)の感覚(いしき)の上達さえ識(し)る…。一男(おとこ)と一女(おんな)の孤高の純度は宙(そら)の四隅(すみ)へと身陰(みかげ)を愛し、男性(おとこ)と女性(おんな)の思惑(こころ)の姑息に幻想(ゆめ)を配せる怜悧(つめ)たい手当は、無理を云わずに無己(むこ)を相(あい)せる〝無難の掃除〟を幾多も遣った。白亜(しろ)い独理(ドグマ)の〝応用記録〟は無心の餌食を用途に見立てて、精神(こころ)の隅へと一幻(ゆめ)を追い遣る無痛の回路の遠方(とおく)の暗黙(やみ)には、「昨日」の美声(こえ)から男・女(だんじょ)が透れる無信(むしん)の定型(かたち)を調節して居た。無暗の両眼(まなこ)に男・女(だんじょ)が表れ、幻想(ゆめ)の未憶(みおく)が散らばる孤高の刹那は〝損の利益〟を空野(くうや)へ置き去り、一宙(そら)の彼方の紺(あお)の内(なか)から児(こども)へ還れる無心を成せた…。

      *

 …そうして居る間に、見た事の在る大きい風呂へ俺は行って居た。かなり近代化された、恰好良い、入り心地の良さそうな風呂だ。プールも隣室に付いており、都会女の真似も出来そうだったが、何故かプールのサイドには蛇口が沢山付いていた。何に使うか、その時は分らなかった。あの、以前(まえ)に夢で見た、段々畑の様(よう)に四角い石の箱が螺旋に並んだトイレの事を思い出して居た。

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 孤高の下(くだ)りに幻想(ゆめ)を追ううち無垢の生憶(きおく)が幻々(ゆめゆめ)廃れて、自体(おのれ)の感覚(いしき)へ蓋をするのは無謀の文句(ことば)の相(あい)の甲(こう)にて、翌朝(あさ)の空間(すきま)へ現(うつつ)を吐(ぬ)かせる幻(ゆめ)の亘(わたり)は微妙に根を張る、明日(あす)の孤独を孤憶(こおく)へ気遣う永い間延びに感覚(いしき)を保(も)った。白亜(しろ)い妙句(みょうく)が幻成(げんな)りするうち明日(あす)の〝旧巣(ふるす)〟は過去へ寄り付き、母性(はは)と女性(おんな)の交互の上戸が一体(からだ)を揮わす未覚(みかく)を安らげ、勢いばかりの白紙(こころ)の四隅(すみ)では〝気分の間延び〟に暫く耐えた…。男性(おとこ)の〝木の葉〟を自由に観ながら明日(あす)へ震える未活(みかつ)の独歩は、奇妙に馴らせる幻(ゆめ)の輪廻(ロンド)の孤高の従者に齷齪しながら、厚い経過(けいか)へ流行(ながれ)を問うのは自己(おのれ)の悪事の凡退だった。

 一女(おんな)へ迫れる一体(からだ)の内(なか)から見様見真似の〝悪意〟が差し向き、問わず語りの既応(きおう)の概(おお)さは未有(みゆう)に敷かれた〝夕日〟に纏わり、明日(あす)の屍(かばね)を自由に遣るのは一人(ひと)の延命(いのち)に滔々流れて、記憶を喪(そう)して無根を脚色取(いろど)る幻(ゆめ)の賛美が協歩(ある)いて行った。純白(しろ)い界(かぎり)に延命(いのち)を観て生く孤高の記憶が一体(からだ)を保(も)ち出し、幻(ゆめ)と現(うつつ)の旧来独白(むかしがたり)は一幻(ゆめ)の感覚(いしき)へ努々(つとつと)堕ちては、微妙に逆巻く明日(あす)の〝思乱(あらし)〟に紺(あお)い小鳥(とり)など一匹飛ばして、黄土の瞳(め)をした轍(てつ)の脚色(いろ)から無戒(むかい)の概(おお)くを憤算(ふんさん)して居た…。一女(おんな)の労途(ろうと)に詩吟を招ける無垢の文言(ことば)が微妙に成り立ち、生憶(きおく)の相(そう)から「層(そう)」が観得行く旧い白蛇(おろち)は充分煌(かがや)く…。分厚(あつ)い幻(ゆめ)から美貌が先立ち魅惑の幻(ゆめ)には思惑(こころ)を咲かせる〝速水〟を異(い)にした経過(ながれ)が遠退き、茶色い人煙(けむり)に未屈(みくつ)を灯せる黄土の両腕(かいな)は舞台を講じて、画(かく)し尽(き)れない旧い〝伝手〟には幻(ゆめ)の感覚(いしき)が自由に零れて、〝肥(ふと)い男児(おとこ)〟の虚空の使途(しと)には成果(はて)を識(し)れない孤独が跳んだ。一男(おとこ)の行李は一女(おんな)を酔わせて無己(むこ)に纏わる美麗(びれい)の仕手には、見様(みよう)の景色を孤独へ安(やす)める神秘(ふしぎ)の大蛇(おろち)が間遠(まどお)を突き出し、純心(こころ)の要局(かなめ)に美辞を培う気楼の独歩(どっぽ)は延々富んだ。白亜(しろ)い自覚(かくご)を揚々統(たば)ねる旧い屍(かばね)が紋様(もよう)の概(おお)くに、幻想(ゆめ)の一通(とおり)を端正(きれい)に着飾る広い「明日(あす)」から文句(ことば)を認(したた)め、容易(やす)い繋ぎの連動(ドラマ)の成果(はて)には幻(ゆめ)の孤独がついつい発(た)った…。

      *

 …俺は、又、下肢の肥(ふと)い知的障害の娘と会って居た。中々俺も娘もしつこかった。

 でも俺は、娘の豊満な尻と太(ぶ)っと過ぎる太腿に恋をして居り、堪らなくむしゃぶり尽(つ)きたいほど堪らなく成って、正気が働かず、今、一緒に歩いて居る娘を、どうしても離せぬ程にその体(Sex)にしがみ付いて居た。娘の容姿は、以前、俺とまだ付き合って居た頃のように、体が少々細く成ったようで、女としての、女特有の可細(かぼそ)い可愛らしさがきちんと具わり俺の横に居て、俺はそんな彼女を観て嬉しかった。しかし、脚は、太(ぶ)っとい太腿は健在で、相変らず下半身は太かった。又、娘特有の、精神障碍者が成す、男服従への性質をもしっかり具えて居り、男性(おとこ)として嬉しいものだった。

      *

 分厚(あつ)い自覚(かくご)に胸を打ちつつ、無垢の夕べは潮騒(おと)を聴き付け、紫陽花ばかりが人路(みち)に咲き生く無動の挙句に鼓(つづみ)を打つのは、一幻(ゆめ)の両腕(かいな)に肢体(からだ)を与(あず)ける後光(ひかり)の旧(ふる)さに身震いして居た。一女(おんな)の自覚(かくご)が轟々鳴っては男性(おとこ)の生憶(きおく)は相乗して活き、白亜(しろ)い景色へ凡庸(ふつう)を観て居た児(こども)の姿勢(すがた)が遠くに呆(ぼ)んやり、厚い〝吐息〟に寝相を固めた不定(ふてい)の帰路から歪曲(ゆがみ)を識(し)った。紺(あお)い宙(そら)から延命(いのち)が長引く無用の八頭(おろち)は逡巡しながら、孤独の概(おお)さにそっと並べた「無想」の一滴(しずく)は未有(みゆう)に照り映え、自由自適を画(え)にも観て行く幻(ゆめ)の淡路(みち)には感覚(いしき)がほとほと緩まり、幻(ゆめ)の未覚(みかく)を並べた縁(ふち)には五月蠅(あわ)い孤独が留(と)まって行った。白紙(こころ)の白痴(はくち)に御託を並べる無用の景色は幻(ゆめ)に照り添え、旧来(むかしながら)の白亜(しろ)い〝界(かぎり)〟は無己(むこ)の感覚(いしき)を悶々観(み)せられ、旧い淡路を陰府(よみ)に向かせる奇妙の文句を揚々採っては、言葉限りの見様(みよう)の園(その)から「明日(あす)の眼(め)」をした無効が飛んだ。旧(ふる)びた葦から凪(なぎ)が倒され淡い幻路(ゆめぢ)の事始(こと)への臭気は、白紙(こころ)の脚色(いろ)から白亜味(しろみ)が透れる無用の主観(あるじ)が欠員して活き、現代人(ひと)に相(あい)して現代人(ひと)を殺せる〝毛嫌い〟ばかりの無用の空気(しとね)が、世渡り上手(じょうず)を上手(じょうず)に識(し)る内、一つ、二つ、幻(ゆめ)に纏わる暗黙(やみ)の集成(シグマ)を程好く象(と)った。同じ身軽(かる)さの葦の小窓(まど)から朝陽に透れる旧(ふる)びた大蛇(おろち)は八頭(あたま)の目下(もと)から器用を通せる現行人(ひと)の逆生(もどり)の現(うつつ)に眼(め)を遣り、事始(こと)の孤独へ奔走して生く旧(むかし)の意図から一体(からだ)がしわがれ、到底延命(いのち)の結託(しばり)の足元(もと)では陽(よう)を問わずの幻想(ゆめ)が煌(ひか)った。一女(おんな)の労苦が億尾を濁らす無地の魂(たまり)は主観(あるじ)を跳び越え、自己(おのれ)の無垢から私見が還らぬ古い孤独は斬新(あらた)を呼び寄せ、自体(おのれ)の生録(きろく)を自在に空転(ころ)がす不装(ふそう)の主観(あるじ)の孤奏(こそう)の許容(なか)では、孤踏(ことう)に跳び込む嗣業の概(おお)くは無闇に働く無念を識(し)れた。確かめ合うのが無謀の幻(ゆめ)なら現行人(ひと)の〝哀れ〟が髑髏を呑むのは未知の理郷(くに)での分業(ノルマ)であって、白亜(しろ)い気色に現代人(ひと)が降(お)り立つ無能の所以(ありか)の誤算の上では、理想(ゆめ)に概(おお)きな故郷の還りは無境(むきょう)の主観(あるじ)の冒険だった。白亜(しろ)い興味に夢中に成りつつ虚空(そら)の一通(とおり)は孤立無援で、男性(おとこ)の脳裏に焼き付く発音(おと)から理郷(くに)の一女(おんな)が悠々立ち活き、純白(しろ)い小悪(こあく)がちょこちょこ付き生く筵の空間(すきま)が矮小(ちいさ)く燃えた…。現代人(ひと)の独創(こごと)が悪魔を見付けて現代人(ひと)と悪と小さく見分ける無様(むよう)の気配をどんどん識(し)り活き、現行人(ひと)の活き血が緩々通れる現(うつつ)の物語(かたり)は長夜(ながや)に続き、現行人(ひと)の概(おお)くを無数に保(たも)てる無業の自主(あるじ)が概算(がいさん)された。

 分厚(あつ)い独語(かたり)が白亜(はくあ)を幻見(ゆめみ)て幻想(ゆめ)の逆生(もどり)が地下に住む頃、孤高の小敗地(アジト)に精(せい)が活き得る〝独り〟の輪廻(ロンド)が微塵に帰(き)した。明日(あす)の〝界(かぎり)〟が見様(みよう)に生き着く「自然(あるじ)」の経過が未完(みじゅく)に緩まり、挨拶がてら「未完(みじゅく)の輪廻(ロンド)」が無己(むこ)に纏わる生気を発され、明日(あす)の孤独へ纏わる空気(しとね)は〝別〟に活き生く至闘(しとう)を発する無碍の生憶(きおく)を蹂躙して居る…。白亜(しろ)い姑息を現代人(ひと)へ透せる旧(ふる)びた景色は無造(むぞう)に表れ、明日(あす)と今日(きょう)との微かな〝晴れ間〟に小さく呼吸(いき)する未曾有が固まる…。旧い現代人(ひと)から夢中が気取れる暗黙(やみ)の歩合は透明色して、分厚(あつ)い経過(ながれ)に死相が失(け)された幻(ゆめ)の定律(おきて)は間(ま)に間(ま)に流行(なが)れた。無理を通せぬ無戒(むかい)の大窓(まど)から理屈に届かぬ魔笛(まてき)が流行(なが)れて、自由気儘に自然(あるじ)を求める幻想(ゆめ)の主観(あるじ)は今日の間(ま)に間(ま)に、純白(しろ)い景色に変身(かわりみ)さえ観る男性(おとこ)の幼稚を程々識(し)った。端麗(きれい)な瞳(め)をした無言の主観(あるじ)は俗世(ゆめ)での感覚(いしき)を滔々保(も)てない奔走(はし)る自覚(かくご)を延々見定め、厚い〝途切り〟に宙(ちゅう)を彷徨う〝悪しき傀儡(どうぐ)〟を計算して居た。精神(こころ)の小窓(まど)から幻(ゆめ)を問い生く旧い景色は〝上手(じょうず)〟を知らずに、淡い上気を一女(おんな)へ宿せる無戒(むかい)の冗句は三々(さんさん)限りで白亜(しろ)さを保(たも)ち、淡い孤独を可笑しく話せる深い自然(あるじ)の滑稽等には、幻想(ゆめ)の危険(リスク)が上限(かぎり)を見知らぬ旧い〝落ち度〟を通算して居る…。一女(おんな)の気色を無理に透せる幻想(ゆめ)の気色は呆(ぼ)んやりしながら、分厚(あつ)い経過(ながれ)は陰府(よみ)を相(あい)する無垢の調子に鬱積しながら、幻想(ゆめ)の目下(ふもと)を調整出来ない〝孤独の自然(あるじ)〟を散々観て居る…。一男(おとこ)の孤独が白亜(しろ)さに巻かれる一男(おとこ)の逆生(もどり)は凡庸(ふつう)を直され、旧(ふる)びた一連(ドラマ)を仁王に咲かせる虚空の信義は審議を忘れて呆(ぼ)んやり集まり、自体(おのれ)の生果を何処(どこ)へも遣れない未憶(みおく)の樞(しかけ)は未(いま)を集めて〝逆生(もどり)〟を知った。孤高に還れる旧(ふる)びた社(やしろ)は既知の事始(こと)から無垢を取り上げ、自然(あるじ)の目下(もと)から自由を気取れる旧(ふる)びた〝杜〟には未想(みそう)が挙げられ、懸命ながらに言葉を発する幼女の姿勢(すがた)何とも愛しい…。幻句(ことば)の要素が如何(どう)とも出来ない未知の姿勢(すがた)が遠方(とおく)で成り立ち、古い記憶は新参して生く端正(きれい)な姿勢(すがた)を構築した儘、老女(おんな)の魂(たまり)を俗世(このよ)に挙げ生く孤高の進度(しんど)は無頼を発し、一男(おとこ)の優(ゆう)から無理を通せる一幻(ゆめ)の温度は通算され得た…。

 幻想(ゆめ)の感覚(いしき)に律儀が活き得る孤独の集成(シグマ)がどんより成る内、明日(あす)の孤独を自由に揮える分厚(あつ)い末路は幻(ゆめ)への白壁(かべ)から〝一女(おんな)〟を取り去る不適(ふてき)の相図(あいず)を自在に取り持ち、日々の生果へ蓋をして行く無在(むざい)の辛苦に旧い憂慮は診断され得て、「気味の悪さ」を滔々問い生く滑稽(おかし)な吐息は「無罪」を培い慌てて失(き)えた…。幼女(おんな)の形成(なり)から感覚(いしき)が流行(なが)れる不穏の感覚(いしき)は突(とつ)に活き出し、分厚(あつ)い幻視(ゆめ)から女性(おんな)が翻(かえ)れる無踏(むとう)の協議は幻(ゆめ)の間(ま)に間(ま)に早産にも在り、孤高の主観(あるじ)の瞳の奥から「無理」に徹する斬新(あらた)の幻(ゆめ)には、一女(おんな)の分身(からだ)が孤独を欲する「無理」を透さぬ孤独に降(お)り立つ…。無言の感覚(いしき)へ苛まれて生く〝初め〟に成り立つ孤独の〝笑み〟には旧(ふる)びた景色がどんより表れ、分厚(あつ)めの気色に孤高が降り立つ神秘(ふしぎ)の憂慮は幻想(ゆめ)の感覚(いしき)に無残を識(し)り生く孤高の同調(シンパ)に〝相(あい)〟を見限り、途轍も無いほど気性を捜せる無毛の小敗地(アジト)は凝(こご)りを得るうち不装(ふそう)に寄り添う相槌さえ打つ―――、「気味」を敷かない不適(ふてき)の延路(えんろ)は幻想(ゆめ)の一通(とおり)を真面に割け得る、発言(ことば)の透りへ宙(そら)を保(も)たない旧(ふる)びた無活(むかつ)は遠路を脱し、不適の魅惑を宙(そら)へ保(たも)つは未来(さき)へ逆上(のぼ)せる不快を取り上げ、未来(さき)の憶から行儀を射止めた男性(おとこ)の生録(きろく)を豪華に置いた。純白(しろ)い孤独が気色へ翻(かえ)れる身欲(よく)の身元(もと)には自在が跳び付き、苦労ばかりの俗世(このよ)の章(しょう)には浅い感覚(いしき)が自由を取り次ぎ「孤独」の間(ま)に間(ま)に感覚(いしき)を返せる人の〝家来〟を自由に紐解き、分厚(あつ)い定律(おきて)に音頭を射止めた幼女(ようじょ)の地味には未完(みじゅく)を保(たも)てる「私欲(よく)」の旧巣(ふるす)が充分在った。明日(あす)への孤独を男性(こどく)が問うのは女性(おんな)の上気が死算(しさん)に阿る、旧い軒夜(のきよ)の宙(そら)に仕留めた孤独の懶惰の身軽であって、死闘に降(お)り着く無頼の一幻(ゆめ)には未知の幼児(こども)が遠方(とおく)で成り立ち、幻(ゆめ)の警句へ成り立つ〝旧巣〟は俗世(このよ)を活き得る未活を取り次ぎ、明日(あす)の目下(ふもと)へ「自由」を報せる既存の自主(あるじ)を円滑にも観た。一女(おんな)の日元(ひもと)を急いで降(お)り発(た)つ不毛の未活が自由に成るのは、幻(ゆめ)の不活に敏(あざと)く見詰める幻(ゆめ)の主観(あるじ)の「孤独へ接する無為の予感」で、気楼の絵夢(えむ)から未像(みぞう)が寄り立つ不意の感覚(いしき)の傍観等には、旧(むかし)に好く観た孤独の質(たち)から一男(おとこ)の上気が段々募れる、旧(ふる)びた葦への不毛の〝宮(みやこ)〟の「幻覚(ゆめ)の極み」を礼賛して居た…。危篤の幼女を下天に観るうち旧(ふる)びた目的(さかな)が器量を差すのは「幻(ゆめ)に仕上がる無言の気迫」の宙(そら)へ留まる旧い試算にて、幻(ゆめ)の究(きわ)みに「自由」を織り成す〝活(かつ)〟を差さない不毛の純度は、無想を欲しがる孤独の〝首(こうべ)〟の身欲(よく)の身許をゆっくり保(も)った。孤独に相(あい)した未活(みかつ)の坊主は〝苦労〟を逆手(さかて)に殉教しながら、幻(ゆめ)の白紙(こころ)へ無残を呈(しめ)せる快活気取りで無想に降(お)り立ち、旧(ふる)びた生憶(きおく)を「自由」に愛する孤高の身憶(みおく)が宙(ちゅう)へ跳び付き、「旧い人」へは未来(さき)が見得ない家畜の予算(よざん)が心機に立った。

 白亜(しろ)い人煙(けむり)が茶色く成るのは一人(ひと)の本気が段々遠退く、旧い〝乞食〟の感覚(いしき)から成る死相の純度に追随して活き、一幻(ゆめ)の身憶(みおく)が感覚(いしき)を透せる旧(むかし)の〝夜風〟は孤独を感じて紺差(あおさ)を識(し)り貫(ぬ)く…。一人(ひと)の孤独が五月蠅(あわ)さを見詰める望遠から観た孤活(こかつ)の純度は、宙(そら)の明度に児(こども)を遺棄する無望(むぼう)の思乱(あらし)に沈着して居る…。俺の背後(うしろ)へ揚々空転(ころ)げる〝娘〟の延命(いのち)が間延びを相(あい)し、幻(ゆめ)の白亜(しろ)さに移り気から成る孤高の主観(あるじ)は歪曲(まがり)を問いつつ、幻(ゆめ)の神秘(ふしぎ」を〝相(あい)〟に観て生く旧(ふる)びた初歩(はじめ)が未想(みそう)を思わせ、「快活気取り」が無戒(むかい)を呈(しめ)せる幻想(ゆめ)の輪廻(ロンド)を提唱して居た。

 …競争して生く旧(ふる)びた連想(ドラマ)は俗世(このよ)の生活(かて)から未想(みそう)を統(たば)ねる「自己(おのれ)の無欲」の思想の最中(なか)から広い黄土を段々取り巻く「事始(こと)の終始」に孤独を二重(かさ)ねて、一女(おんな)の行李を無謀に三重(かさ)ねる無頼の盲者(もうじゃ)は生憶(きおく)に留(とど)まり、分厚(あつ)い傀儡(どうぐ)に〝思想〟を四重(かさ)ねる未来(さき)の糧から無想(むそう)を観て居た。一人(ひと)の生果(さき)から一宙(そら)が仕上がる不頼(ふらい)の感覚(いしき)は真傍(まよこ)に降(お)り立ち、旧い孤独へ無謀を二重(かさ)ねる幻(ゆめ)の感覚(いしき)は気楼を欲張り、純白(しろ)い生活(かて)から身欲(みよく)を匂わす旧い辛苦は未来(さき)を想わせ、幻覚(ゆめ)の仕種に孤独を見詰めた〝悪しき盲者(もうじゃ)〟が加減を知った。―――、女性(おんな)の一覚(かくご)が孤独を揺らせる「宙(そら)の惑味(まどみ)」は感覚(いしき)を鈍(くも)らせ、神秘(ふしぎ)に幻見(ゆめみ)る独りの盲者は〝子孫〟を高(たか)らめ主観(あるじ)を困らせ、孤独の所以(ありか)を堂々巡りに自由に費やす「明日(あす)の屍(かばね)」は辛苦を匂わせ、漆黒(くろ)い世界(かぎり)の真昼の宙(そら)から自在に鈍(くも)らす未完(みじゅく)の自然(あるじ)は、孤独の〝少(すく)な〟に老いを感じる不頼(ふらい)の盲者を斡旋して居た。

      *

 歩きながら娘は、何時(いつ)ものように、気不味い事を言う時に必ず見せる笑いを以て、

「あんのー~…私もう一人お兄ちゃんがっ、あっ、弟が出来ました~~ ひまわりの弟、あれからよう見たら(考えたら)なぁ、ひまわりは竹田か○○(今も京都に住んで居る娘の知る誰か男の名前が入る)の子みたいやってなぁ(実の浮気相手の名は矢張り言わなかった)」

と、今更ながらに、今年(二〇一四年)で六~七歳に成る女の子の実父が神奈川県に住んで居る男だと主張し始め、尚、そのひまわり(女の子六歳)に、弟が出来たと、何時(いつ)もの辿々(たどたど)しい日本語で言って来た。弟の名前は、「のんき」か何か言って居たが、気忙しさも在り、はっきり覚えちゃ居ない。取り敢えず、まだ、京都に住む男による、娘輪姦が続いて居るのか、と言う事実だけが重く伸し掛かって来たのだ。娘は、これまた何時(いつ)も通りに、Sexが好きだから、自分が廻されて弄ばれて居る事に気付かず、唯、楽しんで居る。これ迄と全く同じ光景・情景に居た。俺に、男に対する、少々の恐怖が伸し掛かる。俺と娘は、何処(どこ)か、知ったような駅の構内の、少々細い廊下(通路)のような所を歩いて居り、娘と又付き合える場所まで歩いて行く様(よう)だった。

      *

 明日(あす)に繋げる無垢の星から未完(みじゅく)を想わす無類が仕上がり、昨日(きのう)に活き得た未曾有の鈍(にぶ)りに幻想(ゆめ)の衒いが愚鈍を告げた。一幻(ゆめ)の白亜(しろ)さに呆(ぼ)んやり灯れる未想(みそう)の神話に翌朝(あさ)が成り立ち、興(きょう)を想わす過去(むかし)の生憶(きおく)は夢中に疾駆(はし)れる一体(からだ)を保(も)った。明日(あす)の賛美を堕落に謳わす未有(みゆう)の自覚(かくご)をそうっと観ながら、俺の体躯が苦労を見知らぬ他人行儀の一縷を想わせ、幻(ゆめ)の純白(しろ)さに想定され得る文言(ことば)の概(おお)くの成り立ち等には、以前(むかし)の界(かぎり)が思中(しちゅう)を酔わせる翌朝(あさ)の一界(かぎり)の紋章さえ観た。気楼の許容(うち)にてどんより留(と)まれる無想の行儀は未(いま)でも明るく、その場凌ぎに未曾有に朗(あか)るい三者の姿勢(すがた)を遍く相(あい)して未(いま)へ名足(なだた)る分厚(あつ)い集成(シグマ)は地上に成り立つ思乱(あらし)の規矩より躰が仕上がり、幻想(ゆめ)の粗隅(そぐう)は俺と一女(おんな)に未亡を想わす旧い主宴(うたげ)を貴重に採った。白亜(しろ)い幻想(ゆめ)から一人(ひと)が這い出る「以前凌(むかししの)ぎ」の場末の小窓(まど)には、大児(こども)と一体(からだ)が実に概(おお)きな宙(そら)の模様と一致して居り、活き活きして行く虚空の疾駆(はしり)に幻想(ゆめ)の孤独が吟味するのは、明日(あす)の空気(しとね)へ良く観た相図(あいず)の孤独の鳴りへの司業(しぎょう)であった。明日(あす)の「妃」を冠(かむろ)に名付ける幻想(ゆめ)の小躍(おどり)は夢中を蹴散らせ、昨日の初歩(はじめ)に自体(からだ)を見送る一男(おとこ)の王佐は至純(しじゅん)を想わせ、初歩(はじめ)から得た未完(みじゅく)の譲渡は以前(むかし)の展開(ながれ)に一女(おんな)を観た儘、幻(ゆめ)の許容(うち)から真横へ辿れる拙い一体(からだ)の滑稽(おかし)な集体(シグマ)は、〝向き〟を通して「無機」を愛せぬ幻覚(ゆめ)の翻(かえ)りをそっくり真似た…。

 分厚(あつ)い幻想(ゆめ)から無頼が仕上がり無茶を失くせる自己(おのれ)の〝相図(あいず)〟は、陰府(よみ)の理郷(くに)から身近(みぢか)く挙がれる翌朝(あさ)に講じた人間(ひと)の八頭(おろち)で、白亜(しろ)い点から無様(むよう)を相(あい)せる事始(こと)の一集(シグマ)は無戒(むかい)を蹴忘(けわす)れ、一男(おとこ)の可能(かぎり)が夢中を酔わせる過去(かこ)の思乱(あらし)を占有して居る。

      *

 見た事も無い、まるで何処(どこ)かの施設のような、マンションのような、白い壁を呈した一室の内へ、俺と娘は何時(いつ)の間にか入って居た。緩やかな春の微風が一室の内を吹き抜け、何処(どこ)か懐かしい、嬉しくなるムードが漂って居た。その一室は又、何階か、高い位置に在ったと思ったが、一階に在ったようであり、窓を開(あ)けたベランダからそのマンション(社宅?)の庭のような所へも行けそうでもある。

      *

 分厚(あつ)い気楼の暈(ぼや)けた集成(シグマ)は幻想(ゆめ)を透せる一体(からだ)を仕向けて、凝(こご)りを保てる紅陽(くれない)ばかりを事始(こと)の生憶(きおく)へ夢中に仕上げて、一夏(なつ)の間を孤独に相(あい)せる分厚(あつ)い幻想(ゆめ)には男気(だんき)が挙がり、幻想(ゆめ)の過憶(かおく)に夢中を気取れる旧い「明日(あす)」から有限(かぎり)を観て居た。無頼を想わす無想の進度(しんど)は幻(ゆめ)に掛かれる無業の生憶(きおく)と母性(はは)の目前(まえ)での思乱(あらし)と、…孤独の概(おお)さに進退して生く無業の隣人(ひと)への自主(あるじ)を見付けて、合わぬ女性(おんな)の倦怠ばかりが一宙(そら)を通れる旧巣(ふるす)を目掛けて、明日(あす)の労苦を無産(むさん)に換え往く私牢(しろう)の朝日に三日月(つき)を観て居た。幻(ゆめ)の孤独に男・女(だんじょ)を侍らす無応(むおう)の八頭(おろち)が減退しながら、幻想(ゆめ)と今日との思想の間(ま)に間(ま)に未屈(みくつ)に従う古吸(こきゅう)の思乱(あらし)は朝陽に掛かれる無己(むこ)の乱(らん)にて、背広を着たまま無活(むかつ)の記憶は孤踏(ことう)の優美に錯乱して居る…。一人(ひと)の独理(ドグマ)を許容に相(あい)せる旧い〝葦〟には活路が先立ち、古様(こよう)の仕種に〝向き〟を染め遣る無応の賛(さん)には文言(ことば)を囃し、男性(おとこ)の生憶(きおく)が翳りを報せる女性(おんな)の殺気は活気を保(も)ち出し、幻(ゆめ)の過程(さなか)の見様(みよう)の許容(うち)には「無己(むこ)」に期せ得る嗣業が在った。橙色した街の灯元(ひもと)は一女(おんな)の出元(でもと)をこよなく愛して、古都の残朗(あかり)を払拭して往く「明日(あす)」の孤憶(こおく)を賛辞に述べさせ、体裁(かたち)の着かない白亜(はくあ)の人煙(のろし)は角(かど)を握らせ幻滅して居た…。男性(おとこ)の自覚(かくご)を夢中に侍らす無己(むこ)の自主(あるじ)は自己(おのれ)を見始め、事始(こと)の展開(ながれ)に幻想(ゆめ)を配せる旧来(むかしながら)の理想(ゆめ)の暗転(まろび)は事始(こと)の目下(ふもと)へ可笑しく気取れる夢遊の調子へ埋没して活き、孤独を称する常盤の匣から三龍(りゅう)が飛び出て身屈(みくつ)を観るのは、自体(おのれ)と今日(きょう)との淡い空間(すきま)を理想(ゆめ)に追い駆け夢想に見上げる、孤独の情緒を五月蠅(あわ)い調子の身陰(みかげ)から出た錯乱だった。―――

 幻(ゆめ)の淡路を催す間際に素人ばかりの俗世(このよ)の域には、明日(あす)の調子を孤独へ看破(みやぶ)る破調(はちょう)の豪華を身近に観て活き、幻(ゆめ)の独創(こごと)を未想(みそう)に招ける幻想(ゆめ)の網羅は試算を講じて、淡白から成る心中(こころ)の四角(かど)には人間(ひと)の惑いが凡庸(ふつう)に在った…。幻想(ゆめ)に弄(あそ)べる思想の三角(かど)には身近に接した夢遊が拡がり、一女(おんな)の得手から器用を相(あい)せる「陰府(よみ)の下(くだ)り」は孤独を看破(みやぶ)り男根ばかりが畑(はたけ)に発(た)ち生く奇想の翳りが生果を追い駆け、明日(あす)と現行(いま)との倣いの共鳴(さけび)は未想(みそう)に問い掛け自主(あるじ)を保(も)った。分厚(あつ)い白壁(かべ)から延命(いのち)が流行(なが)れる無用の刹那は〝空間(すきま)〟を相(あい)し、孤独の成就に孤高が突き刺す旧(ふる)びた孤憶(こおく)を呼び寄せ、旧来(むかしながら)の思惟の欠片は孤独に応じて吟味を足(た)らしめ、旧い白壁(とびら)は一宙(そら)を相(あい)する俗世(このよ)の仕種を純度に盛(も)った。孤独の白亜(しろ)さを走馬(そうま)に観て取る不良仕立ての一見(ひとみ)の奥では、発条(ばね)の利かない人体(からだ)の老いから旧来(むかし)凌ぎの〝場末〟を揮わせ、幻(ゆめ)の初歩(しょほ)から身活(みかつ)を呈する旧い上着の危惧の様子は、分厚(あつ)い透りを生壁(かべ)に観て居る私闘の軋轢(ひび)から活路を引いた。

 孤独の恋慕が無難を遂げ往く旧(ふる)びた連呼は意思を遂げさせ、人体(からだ)の通底(そこ)から〝男・女(だんじょ)〟を採り生く思想の「旧巣(ふるす)」は減退して活き、九尾を想わす空気(しとね)の論理は、男性(おとこ)と女性(おんな)の一体(からだ)を腐らす無業の発破をどしどし得て居た…。―――幻想(ゆめ)の無活に未活を信じ、男女(ひと)の自主(あるじ)を世界(かぎり)に牛耳る無謀の進理(しんり)は訝しくも成り、分厚(あつ)い道理を未来(さき)へ沈める宙(そら)に根付けた無頼の独理(ドグマ)は、未知の頭上(うえ)から幻(ゆめ)を富ませる暗黙(やみ)の無己(むこ)から気色を識(し)った。男性(おとこ)の行李を一女(おんな)へ手向ける夢遊の真理(しんり)の泡沫(あぶく)の道上(うえ)では、気分の私欲(よく)から宙(そら)を保(たも)てる白い雲へと未潤(みじゅん)が割かれて、一男(おとこ)の暗転(まろび)に気性を割かせた無駄に富めない一女(おんな)の進理は、安い孤独へ〝活路〟を見出す旧い活路の新参だった。未知の頭上(うえ)から奇想を割かせる無業の主観(あるじ)は凡滅(ぼんめつ)して居り、幻覚(ゆめ)の景色を謳歌へ匂わす萎びた自覚(かくご)は児(こども)の自覚(かくご)へ減退して活き、幻想(ゆめ)の過程(さなか)へそっと塞がる孤独の気色が左往する内、女性(おんな)の公転(まろび)が宙(ちゅう)へ手向ける「男性(おとこ)の正味」を呑み干す自覚(かくご)は、幻(ゆめ)の感覚(いしき)へすっと透れる旧い葦火(あしび)の成り立ちだった…。窮屈ながらに俗世(このよ)に活き生く一女(おんな)の一体(からだ)は感覚(いしき)を足らしめ、旧い孤独へ孤憶(こおく)を試せる白亜(しろ)い朝陽は嗣業の許容(うち)より寝言を見出し、一男(おとこ)と女性(おんな)の孤独の廻りは分厚(あつ)い気色の成り立ちから観て、一幻(ゆめ)の独歩を見様(みよう)に蹴散らす旧い網羅の交わりさえ在る。

「直感は一番鋭い…。」

 幻想(ゆめ)の剥離が男・女(だんじょ)を固める行李の四隅(すみ)にて白亜(しろ)さを焚き付け、幻(ゆめ)の道理を微塵に着せ行く独創(こごと)の音頭は冗句(ことば)を棄て置き、孤独と孤高が未知の生憶(きおく)に新参するのは、明日(あす)の一室(へや)にて器用が敷かれた旧い小敗地(アジト)の独走だった。公然さえ成る幻想(ゆめ)の小器(うつわ)の誤算の程度は、未有(みゆう)の八頭(おろち)に段々通じる幻覚(ゆめ)の躍動(うごき)の程度に在った。

      *

 娘と俺は、娘の部屋のベッドの上で、ディープで、濃厚なキスをして居る。初め、娘のあの豊満な太腿をもにゅもにゅむにゅむにゅ揉み続けて居たかに思えたが、何時(いつ)の間にか、娘を上位に構え騎乗位をして居た様(よう)でもあり、娘の白い、ノースリーブのシャツを、一度脱がした後で、やっぱり着て居た方が良い、と思い返して、も一回着直させて、まるで騎乗位を楽しんで居た。

      *

 孤独の小敗地(アジト)に幻(ゆめ)を揺るがす無機の仕種が烏有を敷きつつ、暗(やみ)の呼気(こき)から一女(おんな)を仕上げる虚空の暗器(あんき)は堂々照り映え、幻想(ゆめ)の側(そば)から意味も分らず旧(むかし)の生憶(きおく)は如何(どう)でも廻れず、旧い墓地から身嵩(みかさ)を繕う孤独の遊戯に賛嘆して居た。幻想(ゆめ)の州(しま)からわんさか跳び出す虚空の宙(そら)から無意図が除かれ、初歩(はじめ)を見知らぬ虚空の安堵は「俺」を総じて女性(おんな)に看破り、分厚(あつ)い古色(こしき)の旧(ふる)びた経過は異様に組まれて度疑魔疑(どぎまぎ)した儘、幻想(ゆめ)の王佐に八倒して生く無限の主観(あるじ)を劣って観(み)せた。白亜(しろ)い空間(すきま)に億尾を挙げない一女(おんな)の手管(てくだ)を脚色した儘、旧(ふる)びた精神(こころ)は無為を通せる女性(おんな)の狂句(きょうく)を吟味して活き、俗世(このよ)の幻(ゆめ)から男女(ひと)を吟味(あじ)わう滑稽(おかし)な文句(もんく)は自然(あるじ)から漏れ、安い自覚(かくご)の〝遊山〟に駆られた貴い自主(あるじ)の独創(こごと)の概句(おおく)は、一男(おとこ)と女性(おんな)に〝無理〟を魅せ往く悪魔の手先と未来(さき)を紐解き、分厚(あつ)い空壁(かべ)から微塵に帰(き)さない「人間(ひと)の残香(かおり)」を見る見る平らげ人山(やま)へと入(い)った…。明日(あす)へ蔓延る宇宙(うちゅう)の塵(ちり)から人形(ひとのかたち)の「宇宙(うちゅう)」が表れ、真白(しろ)い破片(かけら)が人間(ひと)へ問い生く呆(ぼ)けた〝小敗地(アジト)〟の宙(そら)の端(はし)には、一女(おんな)の未覚(みかく)を烏有へ寄越せた人物(もの)の孤独がしっかり在った…。

 夜半(よわ)の理郷(くに)から八頭(おろち)が這い出す幻想(ゆめ)の脚色(いろ)には男・女(だんじょ)が息衝き、自己(おのれ)の無知から柔裸(やわら)を紐解く無謀の孤憶(こおく)は人間(ひと)の眼(め)を見て感覚(いしき)を狂わせ、幻(ゆめ)の未完(みじゅく)と今日(きょう)の自覚(かくご)が御殿を紐解き宙(ちゅう)を観るのは、分厚(あつ)い展開(ながれ)の私欲(よく)へ突き出る孤高の暴露の推参(すいざん)だった。幻(ゆめ)の葦から男・女(だんじょ)が湧き立ち、孤高の〝身重〟に幻想(ゆめ)を観るのは、自体(おのれ)の身欲(よく)から銀路(ぎんろ)を恋する宙(ちゅう)の高嶺の芝居であって、俺の一体(からだ)は宙(そら)を睨(ね)め奪(と)る司業(しぎょう)の幻覚(ゆめ)から旧然(むかし)が拡がり、孤独の好(よしみ)で定型(かたち)を費やす人間(ひと)の分業(ノルマ)の全体等には、男性(おとこ)と一女(おんな)の精神(こころ)の孤独が現世(このよ)に対して大きく成り生く旧来独語(むかしがたり)の健全さえ在る。無駄の自覚(かくご)をこの実(み)に観て生く酷く空転(ころ)がる空気(しとね)の紅(あか)には、血色すら無い現代人(ひと)の〝夜風〟の倦怠から成る無想が在った…。

 一女(おんな)の一体(からだ)が律儀を識(し)りつつ幻想(ゆめ)の禿冠(かむろ)を未完(みじゅく)へ問うのは、孤高の一夜(とばり)が概(おお)くを独語(かた)れぬ分厚(あつ)い静寂(しじま)のどんよりでもあり、男・女(だんじょ)の法被を一々繕う身欲(よく)の空根(そらね)は蝶を捕りつつ、「俺」の一体(からだ)を脚色して行く一女(おんな)の孤独に熱中して居た。無残に報せる波動の宿痾は惰性を跳び越え、幻想(ゆめ)の八頭(おろち)の往(い)き来(き)を遮る孤独の〝宙(そら)〟から未想(みそう)を従え、如何(どう)でも女性(おんな)を手中へ収める旧来独白(むかしがたり)の炎熱(ねつ)の暑さは、日々の理性(はどめ)に〝人間(ひと)〟を見送る孤高の勇者の小敗地(アジト)を識(し)った。

 孤独を詠み取る「自由の眼(め)をした無断」に先駆け、自体(おのれ)の白亜(しろ)さに呑日(のんび)りして生く旧(むかし)の媚びには毛相(けそう)が拡がり、黄土を呈した宙(そら)の悪事は現代人(ひと)を透して罪を射止めず、遥かな夢限(かぎり)を俗世(このよ)に射止める概(おお)きな安堵を揚々摘み取る。

      *

 して居る内に、一室へ入るドアの傍(そば)に誰か見知らぬ男が立って居た。その男が、この部屋の管理人に許されたのか、何時(いつ)の間にか、俺達のベッドの横に笑いながら立って居る。その男がおそらくえげつない嫉妬の男である事に、その男がベッド横に来てくれた事で漸く気付けた。俺達は急に恥ずかしくなり、行為を止(や)めた。その男を皮切りに、どしどしと、我体(がたい)のおそらくでかい、四角い角張った顔をした男を始めに、まるでその男の手下のような男達が釣られて入って来て居た。

      *

 無邪気を相(あい)する理想の女性(おんな)は「俺の精神(こころ)」を丸くしながら、暑い炎天(そら)から「自由」を切り裂く無重の跳力(ちから)を如何(どう)でも観て居る…。一男(おとこ)の〝葦〟から気相(きそう)が破れて事始(こと)の効果を安易に遣る頃、幻想(ゆめ)の向きから未覚(みじゅく)に割けない〝徒労の空虚〟が撤退して居た…。暑い夏日(なつび)が幻(ゆめ)に活き出て、孤独と謳歌と両生(りょうせい)するころ以前(むかし)の概(おお)くは概算(がいさん)され行き、幻想(ゆめ)の大樹(みき)から〝目下(ふもと)〟を覆える〝初の小躍(おどり)〟の初歩(いろは)の総ては、俺の孤独を瞬間(とき)に射止める見様(みよう)の延命(いのち)を通算して居た…。

 延命(いのち)を与(あず)けて宙(そら)を識(し)れない不束通(ふつつかどお)りの〝花王(かおう)〟の初歩(いろは)は、身欲(よく)に爛れて独創(こごと)を吐けない昨日の側(そば)から木霊を還らせ、独房から観た幻想(ゆめ)の幽体(からだ)が人を呑み込み吐き出す迄には、人の形が孤独に冴えない小宙(そら)の魅惑が上々だった。一幻(ゆめ)の未完(みじゅく)に気色を募らす「無断の自然(あるじ)」は苦肉を捧げて、人間(ひと)の一体(からだ)を陰府(よみ)に捧げる紺(あお)い塊(たまり)は身欲を吸い上げ、無表情から脚色(いろ)を付け生く「明日(あす)の併鏡(かがみ)」の映りの概(おお)くは、一幻(ゆめ)に集まり幻視(ゆめ)へ留(と)まれる晴れた孤独と同等だった…。

 一女(おんな)の思惑(こころ)に男性(おとこ)が失(け)されて幻(ゆめ)の泡沫(あぶく)は未信(みしん)を知らねど、浅い幻想(ゆめ)には大児(こども)が紐解く事始(こと)の概(おお)きな自然(あるじ)が活き着け、一女(おんな)の火照りを無為に失(け)し生く旧い界(かぎり)の人間(ひと)の恋には、幻想(ゆめ)の概(おお)くが孤独を忘れるしどろもどろの暗器が発(た)った。児(こども)の眼(め)をした宙(そら)の小人(こびと)が孤独の歩陰(ほかげ)に人体(からだ)を観る時、幻想(ゆめ)の感覚(いしき)に文言(ことば)を見送る不意の自主(あるじ)は小言を置き去り、分厚(あつ)い目的(さかな)に経過を看破る気楼の宮(みやこ)を絶賛して居た…。瞬間(とき)の進理(しんり)へその実(み)を遣るのは思春(はる)の陽気を滔々見て取り、白亜(しろ)い孤独を延々観て居る孤独の空間(すきま)を上位に採った。一体(からだ)の生憶(きおく)が中日(なかび)を観るとき孤独の概(おお)さに強靭(つよ)さを識(し)るのは幻想(ゆめ)の白衣(ころも)を上手(じょうず)に見て取る分厚(あつ)い手先(さき)の魔人の棲家で、俺の〝棲家〟が宙(そら)へ頼れる不意の所以(ありか)を希少に採るのは、一女(おんな)の容姿に段々溜まれる無言の〝一羽〟に想像して居た。一男(おとこ)の言語(ごんご)を陰府(よみ)へ観るうち無想の質(たち)から億尾を観るのは「孤独の概(おお)さ」に無価値が観得ない至当の自然(あるじ)に通算して居り、陰府(よみ)の小言が無機に問わせる旧い夜風の下(しも)の方(ほう)では、女性(おんな)の主観(あるじ)が虚無に勝たない「左廻りの夢想」を識(し)った…。

 孤独ばかりが〝波紋〟に見え行く嫉妬(ほのお)の小敗地(アジト)は身陰(みかげ)を突き刺し、幻想(ゆめ)の最中(さなか)に人陰(かげ)を残さぬ夜半(よわ)の旅路は男性(おとこ)を棄(な)げ捨て、幻想(ゆめ)の感覚(いしき)の概(おお)きな奈落は京(きょう)の〝奈落〟に密々(ひそひそ)陥り、「明日(あす)」の旧(ふる)さを孤独に酔わせる発狂(くる)い咲(ざ)きする身重の幻想(ゆめ)では、俺と一女(おんな)の気楼の刹那は何処(どこ)まで入(い)っても無断に繋がり、明日(あす)を見送り今日を待てない白亜(しろ)い「撤廃地(アジト)」を吸収して居た。

      *

 俺はぴんと来て、〝ああ、こいつ等が娘を廻した奴等か。そうか、謝罪と言って此処(ここ)へ来ながら、又、娘を弄ぶ心算(つもり)なんだろうな…〟と予測し、彼等もそんな風貌をして居る。しかし良く良く聞けば、違った。彼等は野球の好きな、高校生だと言う。此処(ここ)へ来たのは、野球をするのに適した空き地が庭に在るから、とか何とかで、それには、娘の親父さえ絡んで居そうだった。四角い顔をした我体(がたい)の良い男は、灰色のジャケットを着、内には白のTシャツを着て居た。話す時は、俺の両目を睨(ね)め付けるように、じいっと見て来る。そうした男達は、五人くらい居た。しかし俺は俄かに彼等の言う事を信じられず、これだけの数が娘を慰(い)み者にして居たのかと思うと、遣り切れなさと、娘と彼等とのドラマが薄(うっす)ら観えて、俺は矢張りそこへ入って行けそうになかった。

      *

 孤独の瞳(め)をした無造の芥(あくた)が日輪(ひのわ)を観るとき幻(ゆめ)の孤独が「自由」を欲する無機の造作を『思記(しき)』に看破り、拙い灰汁から未練を紐解く無己(むこ)を透した未完(みじゅく)の連想(ドラマ)は、女性(おんな)の自覚(かくご)を御供に幻見(ゆめみ)る孤独の〝上手(じょうず)〟にすんなり似て居る。人物(もの)の相図(あいず)が〝合図〟を観るとき無己(むこ)を訓(おし)える未活の愚図には、夢中を遮る不断の連想(ドラマ)と明日(あす)の生句(せいく)に段々呼吸(いき)する不通の混沌(たむろ)にしっかり漕ぎ付け、重い葦から堂々巡れる小春(はる)の陽気は幻覚(ゆめ)を静(しず)ませ、〝快活気取り〟が無断を呈した「明日(あす)の脆(もろ)さ」を揚々問うた…。

      *

 …此処(ここ)まで来るのに、二度寝する前か後かで、俺は、英語科の神学生君か名古屋生れで短髪の同じく神学生と、学生修養会の催される場所を探して走り回って居た光景が在った。それから、何処(どこ)か施設の内に着き、妙な学生の女達が居るのを後目(しりめ)にしながら俺は、風呂か何処(どこ)かへ行く事を、懸命になってし続けて居た。

      *

 分厚(あつ)い幻想(ゆめ)から無言(ことば)が降(お)り立つ旧来(むかしながら)の気長の人陰(かげ)には、虚空の調度が人間(ひと)に寄れない旧い弄(あそ)びが盲走(もうそう)して居た。弄(あそ)び疲れた無言(むごん)の騒音(おと)には小春(はる)の気色が児(こども)を引き連れ、在る事無い事夢幻(むげん)に通じる孤独の快無(オルガ)をずっと睨(ね)め付け、女性(おんな)の悪事が故郷を潤す無知の強味(つよみ)は一男(おとこ)の脳裏へ下(くだ)って入(い)った。家族の形跡(あと)から矢庭に流行(なが)れる気楼が目覚めて「明日(あす)」の音頭を痛感して行く一幻(ゆめ)の合図は何気に彷徨い、気楼に息衝く孤独の労途(ろうと)は朝陽に照らされ人間(ひと)を発狂(くる)わせ、独創(こごと)の順序が常に保(も)たない初歩(はじめ)の色地(いろぢ)を丁寧にも観た。五月蠅(あわ)い幻想(ゆめ)から身塵(みくず)が零れる日々の〝狡さ〟は現代人(ひと)を足らしめ、分厚(あつ)い経過に諦念(おもい)が零れる一夏(なつ)の上気が宙(そら)に突き出て、俗世(このよ)の女性(おんな)に殺されながらも女性(おんな)を無視して一女(おんな)に焦がれる旧い〝悪しき〟が通底(そこ)を呈(しめ)せる。…人群(むれ)の内から厚味(あつみ)を磨ける「明日(あす)の描理(びょうり)」を孤高に得ながら、何時(いつ)まで経っても信(しん)を置けない現代人(ひと)の人影(かげ)から無想(むそう)が跳び出て、分厚(あつ)い景色に人象(むれ)が仕上がる成果(はて)の成らずを浮気に観て居た。

「誰にも会わない。」

 明日(あす)の常識(かたち)を花王(かおう)に蹴散らす孤独が寝転び、分厚(あつ)い葦から〝論理〟が跳び出る夢想の拍車は転々(ころころ)空転(ころ)がり、黄土に目掛けて暗夜(よる)へ突き出る暗黙(やみ)の安転(まろび)は景色を象り、現行人(ひと)の泡さを一体(からだ)に留(と)め得る未知の揺蕩(ゆらぎ)は「石」に見惚れて不動を期した。孤独と現行(いま)との微妙の空間(すきま)が幻想(ゆめ)を哀れに寝かせた儘にて、一体(からだ)を宙(そら)へと呆(ぼ)んやり観て生く独り善がりの夢想の〝笑窪〟は、孤独を毛嫌い幻想(ゆめ)を総嘗(そうな)め、白紙(こころ)の像から端正(きれい)に仕舞える一男(おとこ)の小敗地(アジト)が初夏(なつ)へ向くのは、「宿借(やどか)り」にも似た奇妙の温度の徒歩の〝上手(じょうず)〟に値踏みして居る。…既知の行為に概(おお)いを観て居り、経過(とき)の鳴らずに孤独を識(し)るのは、自体(おのれ)の無機から「経過」を漏らせる不意の律儀を確認した儘、白亜(しろ)い気色を両手に載せ活き人間(ひと)の一角(かど)から体が立つのは、自己(おのれ)の向きから幻夜(よる)が懐けぬ孤高の自主(あるじ)が撰判(せんぱん)して居た。幻想(ゆめ)に置き去る無憶(むおく)の装飾(かざり)が陽(よう)の相図(あいず)を日々に見た儘、厚い経過(けいか)に愛撫が這うのを事態(おのれ)の感覚(いしき)へ充分問うのは、加工して行く幻(ゆめ)の感覚(いしき)の無類の自覚(かくご)の自由な描理(びょうり)に、一切合財生憶(きおく)を留(とど)めぬ「無己(むこ)」を見送る古学(こがく)であった。女性(おんな)の四肢(てあし)が延命(いのち)に感覚(いしき)が集まる〝倦怠〟ばかりを既視(おおめ)に観て取り、幻覚(ゆめ)の相場へ賢く倣える無己(むこ)の〝重味(おもみ)〟の床しい情苦(じょうく)は、分厚(あつ)い静寂(しじま)に段々突き出る旧い弄(あそ)びの亘(わた)りであった。気候を問わずの滑稽(おかし)な記憶は人山(やま)を醒ませず細(ほっそ)り立っては、事始(こと)の初歩(はじめ)に企図を託せる幻覚(ゆめ)の原野にそのまま呈(てい)され、無重を呈(しめ)せる旧い情緒は一女(おんな)の気色を堂々摩り替え、幻想(ゆめ)の自然(あるじ)の孤独を企図した堂々巡りの環(かん)さえ保(も)った。しどろもどろの自由の葦から旧(ふる)びた孤独が上手(じょうず)に発(た)つのは、紺(あお)い宙(そら)から無下(むげ)に通れる一男(おとこ)の揺蕩(ゆらぎ)に理路を観て居り、孤独の空間(すきま)に理然(りぜん)を観て生く現行人(ひと)の精神(こころ)は調(ととの)う儘にて、秋の宙(そら)から嫉妬(ほのお)を揺さ振る事始(こと)の軌跡(きおく)を充分保(も)った。分厚(あつ)い空間(すきま)に一夏(なつ)が仕上がり人間(ひと)の活き血に理論が棲むのは、一幻(ゆめ)の概(おお)さにその実(み)を統(たば)ねる未完(みじゅく)の奥義(おく)へと追随した儘、一女(おんな)を助けて女体(おんな)に切られる幻視(ゆめ)の見定(さだ)めの末路に依った。孤独を想わす陸の亀には、初春(はる)の両掌(りょうて)に王佐を観た儘、翌朝(あさ)に蔓延る人間(ひと)の旧(ふる)さを私欲(よく)に見立てて豪遊して活き、現代人(ひと)の強靭(つよ)さは事毎廃れて理想(ゆめ)を知らない凡庸(ふつう)を愛した…。灰色(ぐれーいろ)した無価値の宙(そら)から現行人(ひと)の流行(ながれ)が未覚(みかく)に活き発(た)ち、無類を報され無垢を棄(な)げ出す男性(おとこ)の生憶(きおく)が常套(いつも)を呼び込み、女性(おんな)の正理(せいり)を描理(びょうり)に化(か)え生く旧(ふる)びた生茂(せいも)を充分採った…。一男(おとこ)の過憶(かおく)に不断が疾駆(はし)れる無想の〝先祖〟は感嘆しながら、孤独を掌(て)にして厳めしくもある無様(むよう)の朝日に追随した儘、浅い思慮から男女(ひと)が死に逝く至当の言動(うごき)が矢庭に発(た)った…。透明色した男女(ひと)の柔裸(やわら)が貴志(きし)を投げ掛け〝自己(おのれ)〟を問うても、分厚(あつ)い景色の展開(ながれ)の際(きわ)では以前(むかし)の孤独が男女(ひと)を相(あい)せた不動の想念(おもい)に躰を象(と)られて、幻想(ゆめ)と未(いま)との〝視界〟の際(きわ)では、幻想(ゆめ)の千夜(とばり)が向日を識(し)らない厚い遠方(とおく)をうっとり観た儘、幻想(ゆめ)の独りをどんどん追い出す初春(はる)の空気(しとね)へ讃美を識(し)った。電子の欠片(かけら)が犠牲を閉め出す自己(おのれ)の空間(すきま)が云々言うのは、孤独の空間(すきま)で自主(あるじ)を畳める斑(むら)の乗り気で有頂を識(し)り付け、浅い自然(あるじ)の描句(びょうく)の展開(ながれ)を至当に採らせる結果であった。幻想(ゆめ)に蔓延る律儀の徳(とく)には女性(おんな)の覇気から無言を培う、「昨日(きのう)の社(やしろ)」の無様(ぶざま)を信じた幸先(さき)に講じる効果が影響(ひび)き、事始(こと)を通せる〝日々の揺蕩(ゆらぎ)〟に未知を冠した大きな傀儡(どうぐ)は、「無視」を片手に堂々跳び付く無垢の上気の小敗地(アジト)に在った。一女(おんな)の弄(あそ)びは男性(おとこ)へ寄らずに自然(あるじ)へ傾き、事始(こと)の暴利を傾聴したまま無音(おと)を忍べる無頼を知り付け、「明日(あす)」の日元(ひもと)を〝葦〟に棄(な)げ出す旧い一宮(みやこ)は女性(おんな)を借り出し、男性(おとこ)と一女(おんな)の情事(こと)の連鎖を自然(あるじ)へ手渡し夢想を毛嫌う。

 無根の〝滝〟から情緒が蹴流(けなが)れ、葦の見事は〝私事(しごと)〟を承け出し、分厚(あつ)い道理へ独創(こごと)を酔わせる無音(むおん)の自覚(かくご)は粉砕した儘、白紙(こころ)の生憶(きおく)が無垢を着飾る不通の幻見(ゆめみ)はまったり活き付け、旧い「私事(しごと)」に落ち着く間際は理想(ゆめ)の進理(しんり)へ追討して居た。浅い独言(ことば)が真横に据え立つ幻(ゆめ)の感覚(いしき)は宙(そら)に浮き立ち、交し文句(ことば)が翌朝(あさ)に透れる幻想(ゆめ)の両腕(かいな)が四季(しき)を観て採り、〝慌てた乞食〟に人間(ひと)が懐ける「暴利の目下(ふもと)」は俚諺を吐く儘、男性(おとこ)と一女(おんな)の盲理(もうり)の〝寝言〟は男女(ひと)に対して浅墓だった。苦労を掌(て)にした現行人(ひと)の独理(ドグマ)の有頂(いただき)等には幻想(ゆめ)の日々から暗理(あんり)を射止める旧い野傷(やきず)が土工を被(こうむ)り、「浅墓」成れども気相(きそう)の空間(あいだ)の人選等には、幻想(ゆめ)の腕力(ちから)が結局保(も)たない強靭(つよ)い「奈落」がずんと構えた…。未刻(みこく)の主宴(うたげ)と貴重の印(しるし)が日々の小窓(まど)から一体(からだ)を曲げ出し、幻想(ゆめ)の初音(はつね)を空間(すきま)相(あい)せる旧い夜露(よつゆ)は無限を報され、「挨拶」ばかりで自己(おのれ)を識(し)らない独創(こごと)の寝息は平気を掌(て)にして、幻(ゆめ)を観ながら一幻(ゆめ)に失(き)えない至当の「讃美」が熱中して居た…。一女(おんな)の悪事が無機を信じて無言に幻見(ゆめみ)て理想(りそう)を発(た)て得る、現代人(ひと)の全肢(からだ)を自由に殺せる不意を知れない無価値の八頭(おろち)は、男女(ひと)の寝耳に弄(あそ)びで呆(ほう)けるしどろもどろの具体(からだ)の内実(なかみ)に、宙(そら)と俗世(このよ)を自由に換え生く旧い「王者」の輝彩(きさい)を観て居た…。愉しい弄(あそ)びを無知の余韻(あまり)へ追随させては、事始(こと)の倣いに一女(おんな)を遊べる夢限(むげん)の独歩(どっぽ)に整体をも知る…。八頭(おろち)の吟(ぎん)には幻(ゆめ)の〝身重〟がその身を欠けては、夜々(よよ)に亘(わた)れる詩吟の出元(でもと)は無理を通せぬ悪態など吐く…。明日(あす)の流行(ながれ)に歪曲(まがり)を失くせる孤高の自主(あるじ)は確認され得ず、無数の無憶(むおく)に人間(ひと)を翳(かげ)らす追想ばかりで厄介だった。「一女(おんな)の子守」が夜々(よよ)へ流行(なが)れる幻想(ゆめ)の白亜を信じた後(のち)にて、白夜の純白差(しろさ)に無言を三重(かさ)ねた一人(ひと)の身軽が感覚(いしき)に直り、一女(おんな)の大児(こども)と男性(おとこ)の主観(あるじ)は白虎に跨る純心(こころ)を識(し)り得た。滔々流れる主観(あるじ)の形跡(あと)では出来事(こと)の驕りは無知に病み活き、「何度も…何度も…卒業して行く俗世(ぞくせ)の優美」に無感を発し、人体(からだ)に右翼を感じる人物(もの)の概(おお)くはよちよち競歩(ある)きで、事始(こと)と現行(いま)との微妙の空間(すきま)で孤独を愛せる延命(いのち)が発(た)った…。一女(おんな)の虚無から暗転(まろび)が空転(ころ)がり、欲する「動作」は華厳を呈して、「挨拶廻り」で男女(ひと)を知らない無活(むかつ)に良く似た男児(だんじ)の主観(あるじ)は、一女(おんな)の孤独を破棄に観たまま現代人(ひと)の概(おお)くを欲して死んだ…。病める精神(こころ)は俗世(このよ)を培い俗世(このよ)を根絶やし、快晴(は)れた空から初秋(あき)を見下げる自体(おのれ)の未活(みかつ)をこっそり振り分け、機嫌を損ねた〝女児〟の所以(ありか)を不装(ふそう)に見上げて呼気(こき)に調え、脆弱(よわ)い純心(こころ)は「理想」を培い、諸歯(もろは)の限りに暗黙(やみ)へと入(い)った。「艶めかしさ」から不意に波(わた)れる理己(りこ)を相(あい)して、不如意に投げ得る「理解の窪(くぼ)」には無数の「限度」が常識(かたち)を整え、旧然(むかし)に好く観た幸先知らずの分厚(ぶあつ)い「路地」には、迂回ばかりで辿り着けない格子(しま)の斑気(むらき)が細(ほっそ)り独歩(ある)ける…。

 十歳(とお)の頃から女性(おんな)に慕われ、一女(おんな)の体(からだ)を理想(ゆめ)に彩る無数の巨躯には不相(ふそう)が息衝き、相(あい)する間際に自己(おのれ)の体がぼろぼろ零れる幻視(ゆめ)の無欲は準じて息(いき)して、旧い審議を〝身重〟に識(し)り行く幻覚(ゆめ)の快無(オルガ)は無想(むそう)に馴らされ、破れた理想(ゆめ)から化身(かわり)が跳び出る私欲(よく)の合理が俗世(このよ)で死んだ。自体(おのれ)の独創(こごと)が身欲(よく)を統(たば)ねる無想の銀河は〝河(かわ)〟を掌(て)に観て整体(からだ)を成らせて、幸先(さき)に息衝く馬鹿の身欲(みよく)は現代人(ひと)の寝床に実元(みもと)を顕し、無明(むめい)に活き得る古い呼気(こき)から理算(りさん)が発(た)つのは、軽々しく成る厳冬(ふゆ)の時期(ころ)から思春(はる)に掛けての生業(なりわい)だった。

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~未春(みしゅん)の残花(ざんか)~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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