第37話大耳賊を大江に溺死させろ!!

江陵城外、江北の岸辺。


すでに岸に停泊している楼船の頂上で、劉備は目の前の江陵城を茫然と見つめていたが、江陵城門は四方に大きく開かれ、城門のところには民が行き交っているだけで、守城の兵士は一人もいなかった。


もちろん、最も目立つのは…


劉備は呆然と頭を上げ、城壁の上に一つの「劉」字の大旗が風に烈々と翻っているのを見た。

これは江陵城なのか?


間違いない、これは曹賊の江陵城だ。自分は公安城におり、江陵を何日何夜も隔てて見てきたから、間違うはずがない。


しかし、城楼に掲げられているその「劉」字は何だ?


劉備の頭の中は混乱し、考えれば考えるほどわからなくなり、彼は独り言をつぶやいた。「空城計!これは間違いなく空城計だ!」


空城計?

隣で同じく呆然としていた諸葛亮は、この三つの言葉に驚かされた。「主公、何が空城計ですか?」


自分はかつて水鏡先生に師事し、軍書や戦策を遍覧し、古今の名将の奇計を見尽くしてきたが、この「空城計」という計策は聞いたことがない。


劉備は目を江陵城から離さずに言った。「空城計とは、敵に弱みを見せて油断させ、敵を城内に誘い込み、捕まえる策だ!この江陵城のように…」


「世間の人々は、江陵城が曹仁に守られており、城内には三万の軍馬がいると知っている。しかし、今は城門が大きく開かれ、城内に兵がいない様子を見せている。これは明らかに敵を城内に誘い込むためのものだ。」


「これは曹仁が私が渡江してくることを察知し、この空城計で私を城内に誘い込もうとしているに違いない!」


劉備はますます確信を深め、まるで曹仁の策略を見破ったかのようだった。


「しかし、主公は渡江してきたのはたった一艘の楼船だけです。」諸葛亮は眉をひそめ、羽扇を軽く揺らしながら言った。「もし曹仁が主公の軽装での到来を本当に知っていたなら、大軍を出して襲撃するだけで済むのに、どうしてこんなに手間をかける必要があるのでしょう?」


そうだ、曹仁が本当に自分の到来を知っていたなら、直接兵を送って捕まえればいいだけだ。どうしてこんなに手間をかける必要があるのか?

それなら、この江陵城は…


劉備は再び茫然とし、どうしたらいいのか分からなかった。


哗!~

諸葛亮は羽扇を急速に揺らし始め、彼の眉はますます深くひそめられた。この江陵城は実におかしい。


城門は大きく開かれている。


守卒がいない。


さらには、城壁の「曹」字の旗が「劉」字の旗に変わっている!

諸葛亮は自分の智謀を過信していたが、曹仁が一体何を企んでいるのかを全く推測できなかった。


本当に主公の言う通り、曹仁が空城計を使っているのか?


空城計…


特にこの三つの言葉を考えると、諸葛亮の心の中でますます説明しがたい不思議な感覚が強まってきた。


彼はもうこれ以上推測したくなかった。「主公、このように考え続けていても良策ではありません。船上にはまだ数十名の護衛がいますので、まず彼らを城内に派遣して調査し、その後に判断するのが良いでしょう。」


「孔明の言う通りだ。」劉備もこれ以上待つことを望まず、すぐに命令を下した。「船上のすべての護衛に下船し、城内の兵馬の有無を調査し、速やかに報告させよ!」


……


呼!~

寒冬の江風は骨まで冷たく感じられたが、劉備と諸葛亮は護衛たちが戻ってくるのを船首で待つことを選び、船室内で寒さを避けようとはしなかった。


ついに、使者が報告に来た。「主公、護衛たちが戻ってまいりました。」


劉備は大いに喜び、「彼らを船に上げて報告させよ。」


護衛たちが船に上がると、劉備は急いで尋ねた。「城内はどうなっている?」


護衛の頭領が答えた。「主公にご報告します。江陵城内は百姓が普段通り生活し、官吏も皆健在ですが、兵士は見当たりません…」


「我々は江陵城内をくまなく探しましたが、一人の兵士も騎兵も見つかりませんでした。」


一人の兵士も騎兵も見つからなかった?

劉備は信じられない表情を浮かべた。「曹仁は三万の大軍を江陵に駐留させているのに、どうして一人もいないのか?」


護衛の頭領は答えた。「我々は密かに城内の校場や軍営に潜入しましたが、すべて空っぽで、兵馬は見当たりませんでした。」


江陵城内に曹仁の兵馬がいない?


それでは、この江陵は本当に空城ということか?

劉備は呆然と立ち尽くしていた…


江陵は西は巴蜀に接し、東は呉越に連なり、北は襄漢に接する、まさに兵家必争の要地である。孔明がかつて隆中で三分天下の策を練った時、最も重要な一環は巴蜀を取ることだった。


もし孔明が荊益を跨ぎ、荊州の軍を宛や洛に向ける計画を実現するためには、江陵を取ることが不可欠だ。


劉備は頭を上げ、その「劉」字の大旗を見つめ…


彼の心は突然燃え上がった。


「すぐに公安に戻り、私の命令を伝えよ!」劉備は決心し、迷うことなく言った。「関張両将軍に自分の部隊を率いて直ちに渡江し、江陵を取るよう命じよ!」


護衛の首領:「承知しました!」


その言葉を残し、彼は急いで船を下りた。


「主公、江陵は怪しげですので…」


「孔明!天が与えたものを取らずして、反ってその禍を受けることになる!」


諸葛亮はさらに劉備を説得しようとしたが、劉備は彼の言葉を遮った。「孔明、隆中での『荊益を跨ぎ、上将を命じて荊州の軍を宛や洛に向ける』という論がまだ耳に残っている!」


「江陵を得れば、荊益を跨ぐことが望める!今、江陵城門が開いているのは、天が我々を助けている証だ。何をためらう必要があるのか?」


劉備の言葉が終わらぬうちに、彼はすでに十数名の護衛を率いて船を下り、江陵城門へと向かっていた。


「主公…」諸葛亮はさらに説得しようとしたが、劉備はすでに遠くへ行ってしまった。

楼船の上で、諸葛亮は劉備の背中を見つめ、不安が胸中に満ちていた。江陵城のような重要な地を、曹仁がまるで無用のもののようにあっさりと放棄したのは何故だろうか?


「曹仁は一体何を企んでいるのだ?」


江陵城門の近くでは、商人や労働者たちが絶え間なく行き来し、賑やかな喧騒が広がっていた。


劉備はまるで夢の中にいるかのように、一歩一歩、群衆の中に紛れながら城門を通り過ぎた。


江陵城内に入り、劉備は振り返り、通り過ぎた城門を見つめ、その目には困惑が浮かんでいた。


「周公瑾が大軍を率いて猛攻し、激戦を繰り広げ、多くの犠牲を払っても得られなかった江陵城に、私はこうして入ったのか?」


劉備は再び頭を上げ、城内でまだ見える「劉」の字が描かれた大旗を見つめると、突然目が赤くなり、袖で顔を覆って泣き出した。「ううう……江陵城の父老たちよ、備が遅くなったのだ!」


「曹賊の治下で、水深火熱の中で生き抜こうとする諸父老たち、その中で命を顧みず、城壁に『劉』の大旗を掲げ、劉備を迎えたいという心を示してくれた義士たち、備は本当に申し訳ない!申し訳ないのだ!ううう……」


劉備は泣き声を次第に大きくし、城門の内外の民衆は目を見開いて驚いた。


「この人は誰なんだ?」


「大通りで泣き叫んで、発狂したのか、かわいそうな人だ。」


「何を言ってるんだ?さっぱり分からない。」


「水とか火とか言ってるが、江陵城は大江の近くで水には困らないだろうし、どこに火があるんだ?」


城門のところには、劉備を見物する人々がどんどん集まってきた。


その時、轟音が城門外から響き渡り、黄塵が巻き上がり、江陵城に迫ってきた。


黄塵が城に近づくにつれ、江風が吹き、塵が散らされると、無数の鋭い槍や刃の煌めきが露わになった。


「これは、軍隊だ!」


「大変だ!江陵城が襲われる!」


「逃げろ!早く逃げろ!」


一瞬にして、城門の辺りは恐怖に包まれ、元々密集していた民衆は四散して逃げ去り、劉備一人がその場に残って顔を覆って泣いていた。


数千の兵士が城門の外で止まり、先頭の二人の将軍が馬を駆って城内に入ってきた。


それは張飛と関羽が兵を率いて駆けつけたのだった。


「兄貴!この江陵城に本当に兵がいないのか?」張飛は馬から飛び降り、劉備の前に駆け寄り、顔に信じられない表情を浮かべていた。


二人は劉備の命令を受けた後、その侍衛の首領が軍令を偽ったと思い、もう少しで彼を斬るところだった。相手が何度も説明した後、二人は半信半疑で兵を率いて渡江した。


まさか、江陵城が本当に一兵も配置されていないとは。


一方の関雲長は眉をひそめて言った。「兄者、江陵城には三万の兵がいたはずだ。どうして突然姿を消したのか、曹仁の策略ではないか?」


劉備はすでに涙を拭き取り、満面の笑みを浮かべた。「二弟三弟よ、城中の校場と大営は兄が人を遣わせて調べ尽くしたが、一兵一卒もいなかった。」


「今日から、この江陵城は我が劉備の治下となり、この江陵を得たことで、我々兄弟は巴蜀に進軍するのも遠くない!」


劉備は非常に興奮していたが、張飛はさらに興奮していた。「あの周瑜の小僧はいつも自負していたが、激戦を繰り広げた江陵で大きな損害を受けただけで何も得られなかった。兄者は一兵も費やさずに江陵を手に入れたのだ。」


「今後、あの周瑜の小僧に会ったら、俺はきっと大いに笑ってやる!」


「残念ながら曹仁を逃がしてしまった。もし捕まえていたら、必ずや曹賊の弟の首を斬ってやったのに!」


関羽は張飛以上に江陵城が劉備にとってどれほど重要であるかを理解していた。彼は眉をひそめ、微笑みながら劉備に手を拱いて言った。「兄者が江陵を手に入れたことで、大業が成就する日は遠くないでしょう!」


劉備はさらに心が満たされ、「大漢の天命は尽きていない!天意は劉を助け、曹を助けないのだ!」


岸辺の楼船上、三兄弟が喜びに浸る様子を諸葛亮は見つめていたが、その心中の不安は増すばかりだった。この江陵城には何か異常があるに違いない。


彼は羽扇を軽く揺らしながら、低くつぶやいた。「異常だ、本当に異常だ……だが、この異常は一体どこにあるのか?」


襄陽城!

それは華夏の歴史においても、極めて重要な戦略的要地である。


かつて、単騎で荊州に入り、九郡を手に入れた劉景升はここで荊襄九郡を統治していた。


当時、魏延もこの城で門を開け、劉備を迎え入れようとしたが、文聘に斬られそうになった……


「何だと?!」


曹孟徳は困惑した表情を浮かべ、さっき聞いた報告が信じられなかった。


今や襄陽城の主人、大漢の曹丞相である彼は、完全に信じられなかった!

曹孟徳だけでなく、周囲の群臣武将もみな目を見開き、信じられない、理解できないという表情を浮かべていた。


今回の八万大軍の南下は、江北で威を振るい、士気を振るい立たせ、孫劉両家の勢いを挫くためだった。


でなければ、小さな西陵城を攻めるためにこんなにも大軍を動員することはなかっただろう。


曹仁の三万大軍が先鋒を務め、その後曹操の八万大軍が到着し、泰山が圧し掛かるような勢いで西陵を破るつもりだった!

その時には江北で威を振るい、南征の態勢を整えるつもりだった……


「小人は決して嘘をつくつもりはありません!」


「三万大軍が西陵城外で孫劉の連合軍に敗れ、子孝将軍が捕虜となり、生死は不明です!」


轟!

曹孟徳はめまいを感じ、そのまま後ろに倒れこんだ。


「丞相!」


「丞相!!」


府内の文臣たちは雨のように集まり、諸々の謀士たちも群がり、彼を支えた。


曹操は頭を押さえ込み、目を見開いて、頭風の発作が起きた。「子孝はどうしたのだ、もう一度言え!」

小卒は地面に跪き、声を震わせながら言った。「子孝将軍は乱軍の中で捕虜となり、生死は不明です……」


言い終わると、


ドン!

小卒は頭を低くして地面に叩きつけ、もう顔を上げることはなかった。


「子孝、子孝……」曹操は群臣の手を振り払い、体が揺らめき、呆然とした様子を見せた。


「わが従弟曹子孝よ!」曹孟徳は胸を叩いて泣き叫んだ。


曹仁は多年にわたり曹操に従い、多くの功績を立てた。


袁術を破り、陶謙を攻め、呂布を捕え、劉備を敗り、さらには官渡の戦いにも参加した!


赤壁の戦いの後、曹仁は再び江陵を守り、周瑜の攻撃を耐え忍び、曹操に顔を立てた……


曹仁は単なる曹操の従弟ではなく、曹操の麾下でも有数の大将であった!

場内の群臣たちは皆黙り込んだ。


誰も曹仁がまだ生きていると言わなかった。


曹仁はすでに死んでいた……


全員が知っていた。曹操の麾下の諸多の文臣謀士の中で、曹仁のような人物が降伏することは絶対にない。捕虜になったということは、ただ一つの可能性しかない。

すなわち、死。


天下の英雄は誰が敵手か。曹操と劉備、多くの場合、曹操も劉備と同じく演技をしていた。曹孟徳の演技も劉備に劣らない。


だが今回、全員が知っていた。曹仁を失った曹孟徳は、本当に心から泣いていた。三万の大軍を失う以上に痛んでいたのだ!

ちょうどその時、また斥候が城内に入ってきた。「報告!」


「緊急報告!!」


曹操の軍師荀攸が手を挙げて言った。「何の緊急報告だ、早く言え!」


斥候:「江陵城が陥落しました!」


荀攸:「江陵城が陥落しただと?!」


江陵城が陥落した?!!


場内の文臣武将たちは顔を見合わせた。


西陵城を失ったばかりで、曹仁が敗北し捕虜となり、今や江陵城まで失われたのか?!


短期間で、次々と軍を失い、城を失い、失ったのは曹操の従弟であり、失われたのは江陵、西陵の二つの江北で最も重要な拠点!!


泣いていた曹孟徳は突然振り返り、目が赤く染まり、全身が震えながら言った。「江陵はどうやって失われたのか?!」


この時の曹孟徳は、まるで幼い子を失ったライオンのようだった。


斥候は実情を報告した。「丞相、公安城に駐留していた劉備が機を見て……」


曹孟徳は急に前に出て言った。「たとえ子孝が西陵を攻撃していたとしても、江陵には守軍がいるはずだ。どうして劉備に簡単に取られたのか?!」


彼の胸は激しく上下していた。


「かつて子孝が周瑜と江陵で戦った時、劉備はじっとしていて、屁一つ放たなかった。今どうして江陵城を取る勇気があるのか?!」


斥候は勇気を振り絞って言った。「しかし、今や江陵城には確かに劉の旗が掲げられています。」


「なんということだ!」


「無礼な大耳賊め!!」


「かつてあの男を殺すべきだった!!」


曹孟徳は激怒していた。


「主公……」


軍師荀攸が前に出ようとしたその時、


チャンチャン!

鋭い剣の音が響き、曹操は目を赤くして腰の剣を抜いた。「夏侯淵!」


直ちに一虎将が前に出た。「主公!」


曹孟徳はやや気持ちを落ち着けて冷然と言った。「お前を総帥に任命し、兵を発して江陵を攻め、大耳賊を討て!」


夏侯淵は昂然と拱手して言った。「末将、命を受けます!」


これだけで終わるか?

否!

次の瞬間、曹孟徳は将を指名した。「張遼!楽進!于禁!張郃!徐晃!」


その場で五将が前に出た。


「お前たちは襄陽から各々一万の軍を率い、夏侯淵に従って劉備を討て。」


五子良将が揃った……


襄陽には全体で八万の兵がいたが、そのうち五万を劉備討伐に動員した……


この時、曹孟徳はまだ歯を食いしばっていた。「大耳賊が江を渡る勇気があるなら、北岸に来るなら、彼を江に溺れさせてしまえ!」

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