第25話 四次選考。

 四次選考は夏休み終盤に行われた。

 指定された時間の三十分前に面接会場に入った栄子は、案内された席に座るとバッグに入れていた汗拭きシートで額や首の汗をぬぐう。


 テーブルの上には一枚の紙が伏せた状態で置かれており、スタッフの女性に「時間が来るまでめくらないでおいてください」と言われた。


 栄子は持参していた詩集を読みながら時間になるのを待った。

 やがて黒いスーツ姿の男性が入室して来て「テーブルの上の紙をめくってください」と指示してきたので従う。


「簡単な国語と算数の問題を解いてもらいます。最後の余白には志望動機を記入してください」


 はじめ、と号令がかかり、栄子は問題をしっかり読み込んで回答していく。

 国語は読解力を、算数は論理的思考能力をはかっているのだと知れた。

 あっという間に解いた栄子は、志望動機に時間を割いた。


 きっかけはライブに連れて行ってもらって、アイドルとファンの一体感に魅せられたから。


 これまで習い事をたくさんこなしてきたけれど、好きでも嫌いでもなかったこと。


 けれどアイドルになるために技能が活かされると思ったらとことん頑張れるようになったことなど、一生懸命に詳しく記入していくうちに余白が足りなくなり、裏面まで続いてしまった。


 ようやく「ファンに夢を与え、自分も輝きたい」という願いで最後の行を結んだ。


 直後「終了」とスタッフの声が響き、ギリギリ時間内に間に合ったことにホッとする。


 栄子は「やりきった」という達成感に満たされて会場を後にした。


 これで最終面接まで行けなかったら、落ち込むどころか母の許可が永遠に取れなくなるので絶体絶命なのだが、なぜかそのような不安は微塵もなかった。


 ただただ、未来への希望で胸が膨らむのだった。


*****


 夏休みは終了したが、残暑の厳しさはまだ残っている。


「学校に着くと冷房のありがたさが染みるにゃ~」

「マジで登下校の時間って釜茹で地獄だよね」


 栄子は冷暖房完備のリムジンで送迎されているので、ニャアちゃんとやおいの語るつらさが実感として伝わってこない。


 ただ「ああ、やはり自分は贅沢なご身分なのだな」とわけもなく罪悪感に浸ってしまうだけだ。


「ところで、四次選考の手ごたえはどうだった?」


 やおいに尋ねられて、栄子は正直に答える。


「簡単な国語と算数の問題、それと志望動機の記述でしたわ。けれど、普通に解いてしまいましたから、珍回答など個性を求められていたなら落選してしまうでしょうね。まあ、それでもわたくしの個人的な達成感は満たされましたわ」


 ニャアちゃんが。


「何を求められているかにゃんて、いくら考えても正解がわからないんにゃから、全力でやり切ったのにゃらそれで良いんじゃにゃいかな」


 と見解を述べると、やおいも。


「そうだね。あとは結果を待つのみ。これが通ってたらついに最終選考なわけだけど……緊張してる?」


 栄子はふっと不敵に笑い。


「ここまで来たら、お母様も仰天するようなぶっちぎりのトップ通過を目指しますわ」


 やおいとニャアちゃんが「お~!」と拍手する。


「さすが!」

「何様お嬢さま栄子さまって感じにゃ」


 そこに。


「なに盛り上がってんの」


 声をかけてきたのは、子熊に似た田舎臭い女子かつ栄子のライバルだった。

 やおいが。


「里美、なんか用?」


 里美はあきれ顔で。


「あんたねぇ。この間貸した彫刻刀返してよ。次授業で使うんだから」


 やおいは机の中に手を突っ込みごそごそとあさって「こりゃ悪いことしたね。はい」と返した。


 受け取った里美はすぐには踵を返さず、やおいに「さっきの質問の答えは」と要求する。


「栄子ちゃんに四次選考の手ごたえを聞いてたのよ」


 里美は「へぇ」と何が面白いのかニヤニヤし。


「月夜野栄子、あんたがトップアイドルになった暁には、あたしが本を書いてあげるわ」


 一瞬きょとんとしたあと、歴史上の人物が伝記として書かれるようなものか、と栄子は判断する。


 里美は栄子が四次選考どころか最終選考を通過して、ただのアイドルではなくトップアイドルになると信じているのか。


 それならばと負けじと栄子も高慢に顎をそらし、手でゆるくカールのかかっている髪を払い。


「ま、あなたがベストセラー作家になってたら許可してあげてもいいですわよ」


 と宣言した。里美と栄子はしばしそのまま互いに見つめ合い……ふっと笑う。

 ライバル同士だからこそ通じるものがある。

 そんなやり取りであった。


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