第19話 二次選考。
昼休み。
いつもの空き教室で選考通過を知らせる。
「一次選考通過おめでとう!」
やおいが飛び上がらんばかりに栄子の手を握ってよろこぶ。
「やったにゃ~!」
ニャアちゃんが万歳し、コンも。
「吾輩の一眼レフのおかげですな」
ふふふっと笑う。
「やっぱり撮り直してよかったわね!」
「悔しいけどその通りにゃ。やおいの提案に乗ってよかったにゃ」
「にしても、ギャップ萌えの攻撃力えげつないですな」
書類選考のための写真は二枚。一枚はバストアップ、二枚は全身と決められていた。
栄子たちは一枚目を人好きのする笑顔で、二枚目を等身大の高級なビスクドールのような「無表情と見紛うかすかな笑み」で撮った。
人間であるが時に人形にもなれる。
動と静を併せ持つ稀有な生き物としてアピールしたのだ。
「で、二次選考の内容は?」
やおいが栄子に質問し、答える。
「一芸を披露して欲しいとのことですわ」
昨今のアイドルは歌って踊るだけでなくトークも必要だし、時には芸人ばりに身体をはらなくてはならないときもある。
オーディションでは総合的なスキルをはかっているのだ。
「栄子氏の習い事が役立ちそうですな」
「どんなことができるにゃ?」
栄子は己の習い事を脳裏に思い浮かべた。
プール、ピアノ、社交ダンス、絵画。
「会場にプールはないでしょうし、社交ダンスも相手がいなければできませんし……ピアノがあったらそれを弾けますけど……あとは絵画でしょうか」
やおいたち三人は「はぁ~」と疲れたようなため息を吐いた。
「よくそんなたくさんこなせるね」
「まったくにゃ」
「吾輩なら息ができなくてあの世にボッシュートですわ」
物心つく前からこのような生活を送っていた栄子は、三人の反応こそ不思議で小首をかしげた。
「ところで、スケッチブックに絵を画くとして、何分ぐらいかかるの?」
「さすがやおい。そこ大事にゃ。制限時間内に披露できなきゃ上手くても意味ないにゃ」
コンも二人の意見に頷く。栄子は。
「本格的に風景画や静物画を描こうとしたら数日かかりますけれど、即興の似顔絵なら五分内でできますわ。特徴のある部分をクローズアップすればいいだけですから」
と答えた。
やおいたち三人は「それでいこう!」とこぶしを突き上げた。
以降、二次選考のある日まで栄子は毎日彼女たちの似顔絵で腕を磨いていった。
*****
二次選考当日。
栄子はパイプ椅子に座って順番が来るのを待っていた。
胸に抱えているのはスケッチブックと色鉛筆だ。
心臓がドンドコと暴れて仕方がない。
周囲を見渡す余裕もなく、床に目線を固定したまま動けなかった。
横に座っていた人が呼ばれ、ドアの向こうに消えていく。
次は栄子の番だ。
緊張は頂点に達し、腕に力を入れすぎてスケッチブックが曲がりそうになったとき。
「月夜野栄子さん、お入りください」
スタッフの声にひときわ大きく心臓が跳ね、ひっくり返った「はい」があたりに響いた。
恥ずかしい。
栄子は身を縮こませ泣きたくなりながら入室した。
部屋は広かった。
およそ二十畳はあるだろうか。
壁も床も真っ白で、審査員の髪や服の色が強調されている。
「お名前をお聞かせください」
審査員は三人。
今栄子に名前を尋いたのは中央に座っている人物だ。
「月夜野栄子です」
審査員は書類に目を落とし、間違いなく本人であることを確認したのか「おかけください」と着席を促した。
「君の写真は印象に残ったよ。まるで別人のように雰囲気が違う。なかなかに魅力的だった」
そう発言したのは栄子から見て左側に座っている人物だった。
栄子は「おそれいります」と頭を下げる。
「さて、本題だ。一芸を披露してもらいたい」
今度口を開いたのは右側の審査員だ。
「わたくしの一芸は似顔絵です」
審査員が三人とも「ほぉ」と意外そうな表情をし、同時に「私を描いてください」と言った。
三人は顔を見合わせて「私だ」「いや俺だ」「お前たちはすっこんでろ」と口喧嘩をはじめてしまう。
栄子はあわてて。
「一枚描くのに五分とかかりませんから、お望みなら全員分お描きしますよ」
と提案した。
これには審査員たちもにっこりだ。
栄子はやれやれと左側から順番に三人の似顔絵を描き、渡した。
「上手いもんだ」
「部屋に飾ろうっと」
「興味深いね」
どうやら全員気にいってくれたようだ。
他にもいくつか質問に答えて持ち時間が終了した。
「では、結果は後日また郵送します」
スタッフに告げられ、栄子は家路についた。
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