第43話 愛人と婚約者
「リロイ家の聖女」、別名リリィ・リロイは街の騒動が落ち着くと、今年の冬の食糧計画を考え始めた。というのも、エイダ軍の侵略のせいで農地も村の食糧庫もめちゃくちゃになっていたのだ。貴族も都市民も農民も、今年の冬を飢え死せずに乗りこえねばならない。無計画に消費すれば大惨事になることは目に見えている。
一方で、メアリーは単身でアレックスを探しに行くつもりだった。北エイダに向かうつもりだ。テリー公の領地にアレックスがいるのではないか。
が、リリィが引き止めた。エイダ軍の「爆発粉」への治療をしてほしかったのだ。すでに皇帝の捜索隊は出発しているし、女の一人旅は危険だ。どうにか帝都にとどまって英雄たちの治療にあたってほしい。
帝都には病人が溢れかえっており、惨状をきわめた。皇家が治療のために城の建物を開放したほどである。病人は悪霊に取り憑かれたように叫び声をあげるので、見ている方もまいってしまうのだ。
「あの輝き、なんだか見覚えがあるわ。ずっと昔のことだけれど」
メアリーは
やきもきする。あと少しで思い出せそうなのに。
「ええ、恐ろしいくらいきれいだもの。タチアナ妃の宝石みたい。いわくつきの宝石なんだけど、とっても美しいの」
メトシェラはピョンとはねて抱きついてこようとする病人の腕から、たくみに逃れながら言う。
メアリーはそれでピンときた。
まだ少女だったころ、ヘレナに〈七光石〉を見せられた。ヘレナがなぜ〈七光石〉に執着したのか。あれは武器だったのだ。
エイダの鉱山では大量に〈七光石〉がとれると言う。エズラにとってはお手軽な武器だったのだ。それも致命的で、ごく効果的な。
捕虜は新種の武器による症状を発症しなかった。彼らは意気消沈しきっていて、口を割らせるのにたいして時間をとらせなかった。
戦いの前に軍からある薬を支給された。冗談か本気かわからないが、人魚を殺戮して手に入れたものらしい。
風の噂で皇帝が婚約者をともなって港に現れた、という情報が入ってきた。イリヤ人たちは興奮して、人だかりが港に押し寄せている。信じられない気持ちだ。
だが、メアリーが馬で駆けつけると、たしかにアレックスの姿があったのだ。メアリーは微笑もうとした。アレックスは無事だったのだ。大切な彼が生きていたのだ。
彼は美しい青空の下、テリー公とドレントの「女王」モードをつれて、船から陸へ降りてきた。以前よりもまして日焼けして、健康そのものだ。モードの後ろから鷲鼻の男、ヤロブアムがおりてくる。妙な男だ。
民衆は皇帝と、その腕にすがるようにして歩いているモードにむかって野次をとばした。アレックスはイリヤ人を裏切ったのだ。浅黒い肌の美少女、モードも人々は気に入らなかった。あまりに若すぎる。イリヤの皇妃など、つとまらないだろう。きっとモードは馬鹿な小娘なのだ。
メアリーは港にやってきたはいいものの、アレックスに声をかけられなかった。本当は彼を抱きしめたかったのに。苦い失望が胸に広がる。
皇帝はイリヤ城に戻っても、モードをもてなすのに忙しくて、メアリーをわざわざ呼ぼうともしなかった。それどころか、彼にかわって祖国を救った義妹にもロクな挨拶をしなかったのだ。
思慮のたりない民衆は好き勝手うわさした。アレックスはドレントの小娘にまいってしまったのだ。だから昔の愛人にも顔を合わせようとしない。
「今度じゃあ、私は同情されてるのね。無様に皇帝に捨てられた女だって!世間ってなんて嫌なんでしょう。本当は私を憐れむのを楽しんでるだけなのに。同情するだけで、自分は優しい心をもってるって思えるものね。実際はただ、通俗的なだけよ」
メアリーはリリィの寝室に入ってくるなり、大声で言った。
「それに、私は捨てられてないわよ。アレックスとは最近、ずっと友人だったんですもの。まるで彼が私に飽きて、運命の女に乗り換えたみたい!」
「あなたとの友情を、たかが婚約者のために捨ててしまうなんて、アレックスもどうにかしてるわ」
リリィも憤慨して言う。
彼女がアレックスを非難するのは珍しかった。義兄にはいつも甘いのだ。
「ほんとう。アレックスもおかしいわ」
メアリーがそう言って不意に顔をしかめる。
おかしいのはアレックスだけではなかった。モードはメトシェラにそっくりなのだ!まるで生き別れの双子みたい……
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