第36話 半分の血筋
ベッドの白いシーツの上に置いて、剣を見つめていた。
初めてこの剣を手にした時、うっとりとため息をついたものだ。父が特別に作らせたものだった。
だしぬけに部屋の扉が開いてメアリーが入ってきた。顔が涙にぬれている。
「ハーバートがここに来るけれどね、彼と話しちゃだめ。エズラなの」
何を伝えたいのかわからなかい。
「メアリー、あなた大丈夫?」
リリィがたずねる。
「ええ、大丈夫よ。大丈夫じゃないけれど」
よろめいていた。何かにつかまらなければ倒れてしまいそうだ。
「メアリー、座ってちょうだい。ほら、水を飲んで」
蒼ざめたメアリーを椅子に座らせ、水の入ったグラスを差し出す。涙ぐんでいた。
「エズラには会わないで。恐ろしいことをしようとしているから」
彼女は必死になって言う。
「ハーバートの指示からエズラに会わないわけにはいかないわ。それよりもあなた大丈夫なの?アレックスやお母さまのことで落ち込んでいるんでしょう?」
リリィが心配する
「リリィ様、トマス卿がお呼びです」
ビリーがやってきて言う。
リリィは彼についてハーバートの書斎に行った。
「メアリーが落ち込んでるわ。何か知らない?」
道すがら、ビリーにたずねる。
「母親の死で思い詰めてるんです。皇帝が失踪したのも自分のせいだと思い込んでいる」
彼は回廊の前で立ち止まって言った。
「メアリーのせいじゃないわ。それに、自分を責めるなんてメアリーらしくない。心配よ」
リリィが言う。
ビリーの顔に
二人の間に何かあったのかもしれない。いや、これまで何もないほうがおかしいのではないか。二人はこれまでずっと行動を共にしてきていた。メアリーは魅力あふれる美人で、ビリーは若く
それにこの人の
「メアリーは孤独なんです」
ビリーが言った。その顔に何かを読み取ろうとしたけれど、彼は無表情そのものだ。
「彼女を愛してるの」と聞こうとして思いとどまった。ビリーのことはよく知らない。女主人を愛してるかどうかなんて、行き過ぎた質問だ。それに、あんなにも長い時間、一緒にいるのだからアレックスとの関係だって勘づいているだろう。
「リリィ様、中庭を歩きましょう」
唐突にビリーが言った。少し、投げやりで乱暴な
リリィはビリーに従って中庭に入った。親しさをよそおって彼と腕もくむ。ちらちらと横顔をうかがった。今度は彼が
「リリィ様、俺はメアリーを愛してます。それを隠してきたつもりもない」
かわいた声で言った。
「きっとメアリーも知っているでしょうね。でもどうして私に言うんです?」
リリィが落ち着いた声で言う。
「昨夜、メアリーと関係を持ちそうになりました。メアリーは孤独で慰めが欲しかったんでしょう。俺が彼女と寝ることを拒むはずがないと思っていた……」
ビリーは冷静だった。
愛する女がゆうべどんな風な様子だったか、自分がどういう風にはやる欲望をおさえたか。
メアリーを気の毒に思っていた。
「でも、あなたは断ったのね。どうして?アレックスのせい?」
リリィがまっすぐビリーの目を見つめる。
その瞳の奥に苦悩のかげが浮かんだような気がした。
「いや、皇帝に遠慮なんかしませんよ。それに俺はメアリーに純潔も行き過ぎた貞節も求めていないし、他の未婚の娘たちが処女でないからと言って、軽蔑することもありません。そんなことじゃない。彼女は知らないんです。俺が義理の弟だっていうことを……」
ビリーはかぶりを振ると、リリィの視線をさけて宙を見つめていた。
「あなたが義理の弟ですって?」
リリィがびっくりして言う。
「でも、じゃあ」
「俺はリー・トマスの私生児です。ずっと前から知っていた。子どもの頃、正妻の娘として豊かな暮らしをするメアリーが羨ましかった。メアリーは成長するにつれて、ますます美しくなる。羨望はいつのまにか恋心に変わっていた。遠くから彼女を眺めるだけの日々だった。それがある日、父の命令で近くでメアリーを守ることになったんです。嬉しかった。だけど、ゾッとする。自分と同じ父親をもつ女に欲情しているんだ。でも想いはどうすることもできない」
「まあ」
リリィは同情の目でビリーを見た。
実際、こんなに切ないことってあるだろうか。
「メアリーに話すべきでは?」
「それはできない」
ビリーがリリィの手を強くつかんで言う。リリィの細い手がつぶれてしまいそうなくらい。
「彼女から離れることはできないの?だってきっと、あなただって他の魅力的な娘たちに会うわ。あなたは若く、強いんですもの。どこか遠くへ行ったらメアリーのことも忘れるわ」
「彼女を愛してるんです」
ビリーが言った。
真剣なのだ。
「あなたが近くにいても、メアリーに必要な愛は与えてあげられないのよ。あなただって苦しむだけ」
リリィができるだけ優しく言う。
「昨日だってメアリーは傷ついたわ」
「この戦争が終わったら、海に出ます」
しばらくして、ビリーが言った。
「それで、彼女には二度と会わない」
彼は晴れやかな顔をしていた。
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