第14話 思い出の城
マントを脱いで寝台に腰かけると、自然と頬がゆるんだ。赤い
「あなたのために、部屋をそのままにしておいたの」
皇妃が部屋に入ってきて言う。
アビゲイルは疲れた顔をしていた。顔は黄色っぽく、くまが浮かび、長いまっすぐな赤毛もいつもより色褪せて見える。
とはいえ、リリィが戻ってきて嬉しそうだった。乳母として誰よりもリリィを気にかけていたのだ。
「アビゲイル、嬉しいわ」
リリィがアビゲイルを抱きしめて言う。
「ここで皇女として暮らしていた頃が懐かしいわ。アレックスやジョンは
「そして、あなたはイリヤ中の誰よりもきれいな
皇妃がそう言って微笑む。
「時々、この城から出るべきじゃなかったと思うのよ。そうすれば父が死ぬことも、戦争が起こって多くの人が犠牲になることもなかった。そうすれば、あんなつらい思いをすることだって……」
だが現実ではリリィはイリヤ城を去り、レネーと結婚し、エズラの妻となった。戦争は防げず、もはやイリヤの皇女でもない。
「ええ、あなたをずっとこの城にいさせてやりたかったわ」
アビゲイルが優しい目をして言う。
リリィは22歳。もう子どもではなかった。だが、もうこの城を離れたいとは思わない。エイダに行ってイリヤを愛してることがわかった。断崖も、人魚の伝説も子守唄も、
「きっと、ここで暮らしていけるわ。アレックスやイリヤ人のために役に立ちたいの。もちろん、
イリヤの人たちの生活を豊かにしたかった。そして、リリィも経験したような、虐待や暴力が起こらないよう。
「イネス、いらっしゃい。皇帝陛下の
金髪の少女がうつむいて立っていた。ビリーが村から連れてきた少女だ。
「もう知っているわ。イネスは大変な目に遭ったのでしょうね。じゃあ、あなたの侍女に……?」
リリィがイネスを見やって言う。
「ええ、アレックスがちょうど良いだろうって言うの。それにしても……」
アビゲイルはそう言って言葉を切った。
イネスは
「イネスは養女みたいね。農民の子がお城で育てられるなんて」
リリィがアビゲイルにささやく。
「父は村長でした」
イネスが消え入りそうな声で言った。
「でもエイダ人たちがやってきた時は武器をとって勇敢に戦ったわ。そのせいで殺されてしまったけれど。でもかまわない。エイダ人たちは最初から父を殺すつもりだった。黙って村が焼かれるのを見ているなんて」
メアリーを探すには苦労した。〈皇妃の館〉にはどうやら泊まっていないらしい。中庭で皇妃と立ち話をするビリーが見える。リリィに気づくと、ビリーは話を切り上げてこちらにやってきた。
「メアリーの姿が見当たらないの」
リリィが言う。
「
ビリーがちょっと親しげな様子で聞いた。
「ええ。あなたはメアリーと親しいの?なんていうか……まるで護衛みたいね」
「当たらずとも遠からず、です。生まれた瞬間からなきトマス卿につかえてきました。彼女はもうエル城の城主ではないけれど、ハーバートに仕える気はない。娘のメアリーにつかえます」
ビリーが朗らかな感じで言った。
「あなたってメアリーを大切に思っているのね。でもどうしてメアリーはアビゲイルに会わないのかしら?宿屋を探して泊まるなんて、自分の母親を避けてるみたいよ」
リリィはメアリーが魔女と呼ばれていることも、アビゲイルがタイロンの死を娘のせいにしたことも、そもそもタイロンが生まれていたことも知らなかったのだ。
ビリーは気まずそうな顔をした。女主人に不本意ながら同情しているような。
「皇妃はメアリーを疑っておられる。魔女だと、そして自分の息子の命を奪ったのは彼女だと」
「魔女なのは本当よ。あなただって、きっと知っているでしょ。でもメアリーは自分の弟を殺したりしない」
リリィが驚いて言う。
アビゲイルはずっと優しかった。昔からメアリーとの親子仲は悪かったが、それでも娘のことは愛していたはずだ。
リリィにはわからなかったのだ。メアリーはいまだにアレックスの目をひく。プラトニックを貫いていても、二人の間には色っぽい何かがある。恋のライバルへの感情が認識をゆがめたとて、不自然なことではない。
「姫君、メアリーは帝都にいては危険です。一度群衆に石打ちで殺されかけました。俺が止めなかったら命はなかったでしょう」
「でも、戦争の起こりそうな今、帝都を出ても危険ではないかしら」
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