私小説

foxhanger

第1話

「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。


「日本SF作家クラブ主催の『さなコン』も3回目、今回のテーマは、これか」

「そうだ……思えばおれは、10年前にその言葉を聞いたような気がする」

「……あれからもう、10年になろうとしているんじゃないか。でもって今回が三回目、ということになるのか」

「自分の年齢やらを考えると、この時点でチャンスは3回しかないというのは妥当なところかもしれない。綾川書房のSFコンテストが再開したのが10年前。そのときもう一度本腰を入れてみようと思ったわけだ」


「最初のチャンス。それは推賞に入選したことだろうな。推賞はショートショートの神様と謳われた推真一名を冠して、「SF」でなく「理系文学」を謳った賞。某新聞が主催というかたちになっていて、新聞社の冠がついていたが、仕切っていたのは広告代理店の電流だった。AIが生成した作品の応募も可、という昨今の事情を先取りしたような触れ込みだった。立ち上げには当時SF作家クラブの会長だったS氏が関わっていた」

「チャンスだと思ったのか」

「ああ、これは絶対応募しなければ、と決めたんだ。同じ頃、綾川書房のSFコンテストで一次選考を通過して、その勢いのままに書き始めた」

「夏に交通事故に遭って、自宅療養中に書き上げたんだよな」

「痛い目には遭ったが、思わぬ空き時間が出来たのは怪我の功名だな。応募してからは期待せずにいたが、年が明けて最終選考に残ったという連絡が来たときは驚いた。メールを見て足が震えたよ。それからしばらくジェットコースターに乗ったような気分で過ごした。2月の終わりに、入選したという電話連絡を受けた。ちょうど見ていた『アイカツ!』の台詞じゃないけど、まさに、穏やかじゃない状況だった」

「しかし、それからの展開は、きみにとってあまりよくなかったんじゃないか」


「悪い予感はしていたよ。受賞式の数日前、職場で同僚にいきなり訊かれたんだ。きみ、小説で賞取ったんだって、って」

「どこから漏れたんだ?」

「その同僚は教えてくれなかったんだが……考えられることはひとつだけだな」

「しかし、きみのところは問題にならなかったようだけど、職場によっては微妙なことにもなりかねないぞ。兼業問題にも触れるからな」

「電流にはその辺のノウハウがなかったんだろうな。それで晴れて受賞式を迎えた。礼服を新調して前日は高い床屋へ行った。会場では予選委員の方に声を掛けてもらって嬉しかったが、『入選』の自分は、なにか、おまけのような扱いを受けた」

「正式な『入賞』ではなく中途半端な『入選』になった理由も、ちょっとどうかと思ってしまうものだったというが」

「これは授賞式のあとのパーティーである選考委員の方から伺った話なんだが、評価そのものは高かったが、拙作の内容が『チベット仏教の宗教テロ』を彷彿とさせて、新聞社的に推せないということだった」

「なんだよ、それ」

「二回目以降『入選』がなくなったのは、そのあたりの絡みもあるかもも知れないな」


「そのあとも、何やかやとあったんじゃないか」

「ああ、入選作の扱いをどうするかが決まっていなかったんだ。選評もないし、入賞作を載せた電子書籍にも収録されなかった。結局賞状とキーホルダーをくれただけなんだ」

「それはちょっと、ひどくないか」

「うん、そうだな。以前から作家クラブ関係でいろいろあって、この件でももみくちゃになったSさんは、疲弊してSF界隈に絶望し、離れてしまった。結局、だれも幸福になっていない」

「でも作品は、SF作家クラブが運営するサイトに載せてくれたんじゃないか」

「それはよかったし、尽力された方々には感謝している。でも、結果としてノーカンっぽい微妙な扱いになってしまった。同じ入選ですぐに別の新人賞を取った方もいたな。その方は有名アニメ作品でSF考証をしている」

「推真一賞は順調に回を重ねてはいるけどね、でも結局、新人作家の登竜門とはちょっと違った色合いのものになったな」

「それじたいは悪いことではないのかもしれないが……結局おれの立場は?」


「でも、自信がついたのはよかったじゃないかな」

「自信ね……それはともかく、翌年以降は隆元社の新人賞で2回一次予選を通過した、数年後だがSFコンテストでもう一回一次選考を通過した。成果はそれきりだ」

「で、SF創作講座を受講したわけか」

「そうだな。結構気合いを入れて書いた作品が一次予選落ちして、これはマズいと思ったのだ」

「なるほど、創作講座はどんな感じだった?」

「まず創作講座のシステムだが、まず課題が出され、受講生は梗概を提出して上位3人が実作を書く権利を得る。そして実作を提出して講師が読み点数がつく。安くない金を払ってハードスケジュールで梗概を出させるので、実力あるひとはどんどんうまくなるけど、ついて行けない受講者も出る。梗概が選ばれても実作が書けずにこなくなった受講者も、いたからな」

「きみはそれなりの自信があったんだろう」

「まあね。でも大違い。梗概が全然取り上げられなくて、回が進むにつれ梗概を評する講師の言葉数も減っていった。何回目かにこれではいかんとヤケクソで書いた梗概が思わぬ好評で、実作審査まで進むことが出来た。次に書いた梗概、最終審査前最後の梗概が最高評価で、これはいける、と思ったな」

「それからは?」

「うん、よくない。思わぬ高評価に気を良くして張り切ったんだが、やっぱりオーバーワークだったんだ。本職の方にしわ寄せが来てしまった。毎日夜中まで執筆、朝早く起きて仕事に行ったが、そのせいでミスを連発し、酷い迷惑を掛けてしまった。どうにか書き上げた実作はメタメタ、自信を喪失して最終課題も失速、戦わずして負けたようなものだ。会社の方も、それから程なくしてやめることになってしまった」

「それが、2回か……ところで、きみは今年、綾川のコンテストに応募するって言っていなかったか。去年辺りから、かなり力を入れていたろう」

「ああ、去年の秋くらいから書き始めて、アイデアとプロットの段階で、これはいけるかもしれない、と思ったが、書いても書いてもまとまらず、一月くらい残して完成を諦めたんだ」

「3回目になるのか、じゃあ、不戦敗だな」

「そうかもしれない……」


「それにしても……」

「なんだ?」

「言いにくいが、言ってしまおう。きみはそこまでしてSFのお仲間に入りたいのか? きみにとっては昔の話かもしれないが、Web日記をやっていた頃、SF界隈のやつらに偽名で中傷されたあげく公然と犯罪者呼ばわりされたことがあっただろう」

「それか。忘れるはずもない。あの件に関与した手合いは、まだ界隈でとぐろを巻いているよ。終わった話だなんて、勝手にあいつらが言ってるだけだ」

「あまつさえコソコソと仲良しアピールの茶番で幕引きを図ったんだろう」

「メールをよこせみたいなことを表のBLOGで匂わせていたひともいたな。しかし、こんな手合いと水面下でやりとりをして、信じられるはずもなかろう……」

「……きみはまだ、未練があるのか? あいつらのクツを舐めても、お仲間に入る気なのか?」

「そんな気持ちはさらさらないよ。だいたい、SFを読んだり書いたりすることと、界隈のお仲間になることは違うだろう……あちらはそう思ってるのかもしれんが」

「まあ、そうだな……しかしどうして、今になってこんなことを書く? だいたい、SFとは真逆の代物じゃないか。コンテストに応募するなら、カテエラだろ」

「この際だから、言いたいことを言っておくのもいいかもしれない、と思ってな」

「……好きにすればいいんじゃないか」


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