144. 初戦の相手は大きな象さんだぞう

「荒野……なのかな?」


 扉の中で何が待ち受けているのか。入った途端に急襲されるのではないか。

 最大級の警戒をしながら中に入ったダイヤ達が見たのは、草の一本も生えていない荒野だった。


「それよりも気にするところがあるんじゃない?」

「……空が……黒い」


 ヒロインズが言う通り、空が真っ黒だった。だが夜という訳ではなく、光源が不明だが晴れた昼間の外のように周囲は非常に明るい。


「どうやら空だけではなく、この場所は黒い何かでドーム状に覆われているらしいですね」


 望が注目したのは上ではなく地平線の先。

 そちらにも黒い壁のようなものがあり、天井の黒い何かと繋がっていたのだ。


「なぁダイヤ。俺はアレが壁に見えないんだが。じゃあ何かって言われると分かんねーけどさ」

「分かる分かる。僕も似たような感覚だよ」


 蠢くことも無く、何かが混じることなく、ただただ純粋に黒いだけの何か。荒野の部分が相当に広そうなのでそれに接近することはまずないとは思うが、それでもそれが目に入ってしまうだけで猛烈な不安に襲われそうになる。


「俯角先輩はアレが何か分かりますか?」

「さっぱりや。あんなん見たこと無いし、これまでの調査で存在すら匂ってなかったわ。狩須磨先生はどうや?」

「私も様々なダンジョンに入りましたが、これは初めての経験ですね」


 どうやらダンジョンに関して最も詳しい俯角と、ダンジョン探索経験が最も豊富な狩須磨でもそれの正体はつかめないらしい。


「あれも気になるけど、お出迎えは無いの?」

「何も来ないな」


 黒い何かよりも、急な攻撃を警戒する密と暗黒。

 しかし何かが起きる気配は全く無い。


「そもそもこんな何も無い場所で何をしろって言うのかな?」


 躑躅つつじは純粋な疑問を抱き素直に首を傾げた。


 黒いドーム以外は目印も何も無い荒野が広がっているだけであり、何かをするにしても指針を立て辛い。手分けして情報を探すにしても相当広そうで、だからと言って部隊を分けるのは戦力的にも厳しいところだ。


『スピ、ここからどうすれば良いのか分かる?』


 この場所への誘い役を任されたスピであれば何かを知っているかもしれない。ダイヤはそう考えて脳内で彼女に問いかけた。


『来ます』

「え?」


 すると彼女は答えどころか、もうすぐ変化があることを端的に伝えたでは無いか。驚きがつい口から洩れてしまい、メンバーは意味が分からなかったが反射的に警戒を強めた。


 その直後。


『ようこそお越しくださいました』


 機械的で、クリアで、活舌良く、中性的。


 そんな声が周囲に響き渡った。


「貴石ダイヤです。貴方が僕を呼んだ方でしょうか?」

『はい。お手数をおかけしました』


 感情がまったく感じられない機械音声で謝罪されても何も伝わらない。


 果たしてこの声の持ち主は意志ある生物なのだろうか。

 ダイヤ達が中に入ったら自動的に音声が流れる仕組みになっているだけではないか。


 そう疑心暗鬼になってしまうのも不思議ではない。


 ゆえにダイヤは二つの事を求めた。


「あの、貴方は一体どなたなのでしょうか? 僕達の前に姿を現して説明してもらえませんか?」


 俯角も知りたがっていた、謎の存在の正体を知るための質問だ。

 スピのように実体化して意思疎通してもらえるのであれば、情報収集がぐっとやりやすくなるに違いない。


『かしこまりました、と申し上げたいところですが』

「ダメなの?」


 しかし思った通りにはいかなそうだ。


 謎の存在が実体化してくれない理由を告げる時。


『そのためには抵抗を排除する必要がございます』


 それが彼らの戦いの開幕の合図だった。


「来るよ!」


 思えばスピが何度も警告していた。

 話をすると魔物に襲われると。


 まずはそれを倒さなければ話にもならないのだ。


 彼らの目の前の地面から、突如赤黒いオーラが立ち昇った。そしてそれは徐々に濃密になり、オーラを纏った一つの巨大な生物を形取る。


「キングメカエレファントやて!?」

「いきなり大物が出てきましたね」


 俯角と狩須磨が驚愕し、引き攣った笑みを浮かべた。

 そしてすぐに魔物の情報を共有しようとするのだが。


「気を付けてください、アレは……」

「うああああ!」

「な、なな、なななななななななななな」

「ぐうっ、こ、これは……」


 ダイヤ、朋、暗黒の『精霊使い』組が恐怖でパニックに陥りそうになったのだ。

 キングコブラの時と同様に、赤黒いオーラを纏った強敵と対峙する時、どういうわけか『精霊使い』が異常に恐怖する。


 もちろんこうなる可能性は事前に共有済みだ。


「女王の名において命ず、恐れず励め!」

「たとえ相手がどれだけ強くても、絶対に諦めるものか!」


 躑躅つつじの女王スキル、激励。

 望の勇者スキル、勇往邁進。


 それらによりパーティーメンバーの精神力を劇的に向上させ、恐怖への異常耐性を付与した。


「ふぅ、ふぅ、た、助かりました」

「いける……これならいける!」

「確かにこれなら足手纏いにはならなくて済みそうだ」


 『精霊使い』組はまだ少し恐怖感が残ってはいるが、十分に戦えそうな程には回復した。他のメンバーからも抱いていた恐怖心を一気に振りほどくことが出来た。


「来るぞ!」


 だがそうこうしている間にキングメカエレファントは攻撃態勢に入ってしまった。


 キングメカエレファントはアフリカゾウの五倍ほども大きく、三本の長い鼻を持っている。

 メカと名前がついているが正面は生身であり、メカ部分は胴体だ。


 背中には機械的な鋭いトゲが乱立し、上に乗ることを許さない。

 様々な場所に銃器が埋め込まれ、サイドからの攻撃者に容赦なく乱発する。

 長い尻尾の先は鋭く尖りしかも伸び縮みし、背後からの攻撃を迎撃する。


 あらゆる角度からの攻撃に対応可能な強敵だ。


『パオオオオン!』


 キングメカエレファントは大きく嘶き、三つの鼻先をダイヤ達に向けた。


「三属性のビームが来るぞ、備えろ!」


 炎、氷、雷。

 鼻先からの極太レーザーがダイヤ達を襲う。


「顕現せよ!あらゆる災厄を防ぐ至高の盾!」


 狩須磨の叫びに一早く反応したのは奈子だった。

 しかも驚くことに一度の詠唱で成功したのだ。


「でかした!」


 猛烈な勢いのレーザーが何度も何本も襲ってくるが、ダイヤ達全体を覆うような不可視の大盾に弾かれる。


「これでしばらく時間を稼げるがどうするか。どうやらアレは貴石さん達が遭遇したキングコブラとは違い、トップトゥエンティの中の魔物と同等のタイプだ。オーラによって格段に強化されていると考えて良いだろう」


 Aランク探索者達が束になっても攻略できないダンジョンに出現する魔物と同等。それを駆け出しが大半のこのメンバーでどう攻略するか。


『ご安心ください。ここでは十全に力を発揮できないでしょう』

「そうなのか!」


 だとすると勝機は十分にある。


「前衛は正面からぶつかりあの鼻を斬り落とせ!だが気をつけろよ!あいつはノーモーションで突撃してくるからな!」


 いつもの冷静な口調とは違う狩須磨の様子に気付いたのはダイヤだけだった。


「(やっぱりこっちが素なんじゃん)」


 なんてことを考えながら、いんと朋と並んで突撃の準備をする。


「なぁダイヤ、猪呂さん。俺に考えがあるんだ」

「考え?」

「何かしら?」

「俺がタンク役をするからその間にアレを斬ってくれ」

「タンク……アレを使うんだ!」

「分かったわ。でも気を付けてね」


 役割を決めた三人は盾から離れて前に飛び出した。

 その途端にキングメカエレファントの鼻先がダイヤ達をロックオンする。


「お前の相手は俺だ!」


 ダイヤといんは朋を盾にするように縦に並んで疾走する。この形だと三本の鼻の攻撃が全て先頭の朋に集中する。


「こい!」


 朋は刃の幅が広い大剣を手にしている。そしてその大剣の腹の部分を盾にするようにして三属性ビームを受け止めた。


「ぐっ……いける!」


 初弾こそ不安と驚きにより一瞬走る勢いが削がれてしまったが、ビームを完璧に受け止めきった朋はそのままキングメカエレファントに向けて走り続けた。


 あらゆる攻撃を防ぐことが可能だが、攻撃力がゼロの魔剣。


 風変わりな性能を持つ魔剣を扱える『異剣使い』スキルを駆使したタンクムーブである。


「やるぅ!」


 いくら防げると分かっていても、強敵の攻撃相手に本当に耐えられるかどうかは不安のはず。それにも関わらず踏み込んだ朋の勇気をダイヤは心から賞賛した。もしも朋が少しでも怖がって避けるそぶりをみせてしまったら、背後のダイヤやいんに攻撃が当たってしまうかもしれないのだ。これもまた勇気を出した踏み込みが大事な場面であった。


「後ろにお前らがいるんだ。ビビってられっかよ!」

「逃げたら夏野さんに幻滅されちゃうもんね」

「あいつのことは今は良いだろ!?」


 連続ビームを受け止めながら前進しているとは思えない会話である。


「よし、後は任せた!」


 ここからはダイヤといんの出番だ。

 厄介な長鼻を排除する。


「うわ!うわわ!」

「届かない!」


 だが、キングメカエレファントはダイヤ達の攻撃が届かないように鼻を上にあげて、シャワーのようにビームを降らせてきたでは無いか。


 こうなってしまっては朋が代表して全てを防ぐことは出来ず、ダイヤもいんも慌てて逃げまどう。


「(近づいたらこんなことしてくるなんて聞いてないよ! もしかしてオーラのせいで知能も高くなってる?)」


 ダイヤはキングメカエレファントの行動パターンを知っていたが、いきなりそれが外されて慌ててしまう。だが今更退くわけにはいかず、この状況で工夫してなんとかするしかない。


いん!レーザービームでなんとかならない!?」

「ダメ!避けるのに精いっぱいで狙いを定められない!」

「(こいつ、ビームの威力を落として数とスピードを増やしてる。僕達の攻撃態勢を整わせないようにするつもりだな!)」


 その効果は覿面で、ダイヤといんは何も出来ずにスタミナを消費させられ、かすり傷も増えて行く。


「(もう少し弾幕が薄ければドリルを使うのに!)」


 上部の鼻に攻撃する手段はいくつか思いついているが、そのいずれも放つ余裕が無い。

 このままでは成すすべなくやられてしまうだろう。


 前衛だけならば、の話だが。


「(今の僕達には仲間が沢山いる!)」


 ダイヤといんの視界にあるものが目に入った。

 すると二人は迷わずジャンプし、それに足をかけた。


「先輩ありがとう!」


 それは宙に浮いた本だった。

 複数の本がレーザーを避けながら階段の様に浮き、足場となっている。


 俯角の本スキルの一つ、浮遊スキルの効果だ。

 彼女が後方からダイヤ達をサポートするために本を飛ばしてくれたのだった。


「よっ、ほっ、はっ、とね!」


 二人ともレーザーを避けながら軽快なステップで足場を登り、ついには鼻の根元まで辿り着いた。


『パオオオオン!』


 ピンチであると気付いたのだろう。キングメカエレファントがまた嘶いたがもう遅い。


 二人は上昇しながら力を溜め、すでにスキルを発動する準備は出来ていた。


「「パワー」」

「クロオオオオウ!」

「スラストオオオオ!」


 左右からの全力の一撃がキングメカエレファントの鼻を一本ずつぶっちぎる。そしてその勢いのまま中央の三本目を両側から半分ずつ斬り取った。二人の完璧な力加減により、お互いの武器をぶつけることなく綺麗に三本の鼻を斬り落としたのだ。


『パオオオオン!』


 あまりの痛みにキングメカエレファントがのたうち回り始めた。


「退避!」

「ええ!」


 慌ててダイヤといんは地面に降り、朋と一緒に距離を取る。


「うわぁえぐぅ」


 彼らの目の前で、切断された鼻の代わりに鋭い巨大な角が生えて来た。それと同時に口元から二本の鋭い牙まで生えて来たでは無いか。


「一旦距離を取るよ!」


 この状況で体当たりされたらひとたまりもない。


 ダイヤ達はキングメカエレファントから少し離れ、第二ラウンドに向けて心の準備をするのであった。

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