82. こんなの告白する以外の選択肢ある?

「んっ、んっ、ぷはー、ポーション美味しいね」

「うう……こんな使い方して良かったのかなぁ」

「沢山持ってるから大丈夫だよ。それに中級ポーションも入手できたしね」


 お菓子でお腹が膨れても水分が足りない。

 どうしようかと悩んでいたらダイヤが下級ポーションを飲もうと配ったのだ。


 低価格とはいえ回復に使うものを飲料水扱いするのはどうかと桃花は悩んだが、喉の渇きには抗えずチビチビ飲んでいる。


 なお、味的にはさわやかな香草の香りがするただの水である。機会があれば甘味を足すなど工夫してみたいところだが、今回は甘いお菓子とのセットだったので味が無いことで良い感じに口の中をさっぱりできた。


 お菓子を食べ終えて一息ついた時、芙利瑠が手に持っていたポーションの小瓶をコトリと床に置いた。


「皆様、お話がございます」


 それまでの寛いでいた雰囲気から一転して真剣な表情になっている。


「わたくしがどうして洞窟に来てしまったのかをお伝えしようと思います」


 芙利瑠と奈子から謝罪とお礼を告げられた時、ダイヤは詳しい話を知らないから何も言えないと伝えた。そういう小難しい話は落ち着いて話せる場所でしようと。


 セーフティーゾーンであるここであれば、魔物を気にすることなくゆっくりと話が出来るだろう。


「ふりちゃん、無理はしないでね」

「ありがとう。ですがお話しします。それが皆様を巻き込んでしまったわたくしの義務。そこから逃げるだなんて淑女失格ですもの」


 芙利瑠は少しだけ目を伏せると、ポツポツと語り出した。


「皆様はわたくしの家が金銭的な問題を抱えているとお思いでしょうが、実は元はそうでは無かったのです」


 それは彼女の家庭の話だった。


「すべてはわたくしが大富豪の職業に就いて生まれた所から始まったそうです・・・・

「?」


 自分の話なのに何故か伝聞的な表現をしていることにダイヤは首を傾げた。その様子に気付いた芙利瑠は補足をしてくれた。


「わたくしは生まれた後の事しか知りませんので、それ以前のことは母が教えてくれました」


 それもそうかとダイヤは納得し、視線で先を促した。


「わたくしの家はごくごく普通の庶民の家庭だったそうです。特別貧しいわけでも特別富んでいるわけでもなく、どこにでもあるようなありふれた一家。ですが大富豪の私が生まれてから、父が変わってしまったそうです」


 それは『金』が原因だった。


「皆様ご存じの通り、職業とはその人に相応しいものが自動的に付与されると言われてます。つまりわたくしは大富豪になる可能性を秘めているということ。そのことに喜んだ父は、娘が金を呼んでくるのだから貯めなくても大丈夫だと、浪費するようになってしまったのです」


 まるで宝くじに当たったかのような気分だったのだろう。大富豪の仲間入りが確定したと浮かれてしまった。


「ですがわたくしが成長しても、我が家に大金が入ってくる気配すらありません。浪費により貯金が空になりかけた父は、焦ってギャンブルに手を出してしまったのです。宝くじ、競馬、株。わたくしに選ばせれば当たると思ったのでしょう。良く分からないまま適当に選んだ記憶が今もうっすらと残っています」


 その結果がどうなったかなど、分かり切ったことだった。


「わたくしが小学校に入学する直前。寝室で寝ていたわたくしは、リビングから父と母が大声で喧嘩をしている声が聞こえたことで目を覚ましました。母は父に浪費を止めるように再三注意していたそうなのですが、父は母に隠れてこっそりギャンブルに手を出していたそうです。そのことが母にバレたのがあの日の事だと、もっと大きくなってから母から聞かされました」


 父は大富豪のネームバリューに狂ってしまったが、母は冷静でストッパーとなり続けていたのだろう。それでも止めきれなかったのがお金の魔力というものだ。


「翌日、父は涙ながらにわたくしに謝罪しましたが、わたくしは何故謝っているのか全く分かりませんでした。わたくしとしては父が遊んでくれているようにしか思えなかったのですから」


 そう言って芙利瑠は苦笑する。

 芙利瑠にとっては父との遊びでしかなく、自分が何かをしてあげると喜ぶ父の姿を見るのが嬉しかった。


 それなのに謝られたところで困惑するしかない。


「それから父は人が変わったかのように仕事に打ち込み、失ったお金を稼ごうと必死でした。休日も仕事で深夜まで帰って来ないことも多く、事情を分かってないわたくしはとても寂しかったことを良く覚えています」


 それまでは沢山遊んでくれていた父が、ほとんど家に帰って来なくなったのだ。寂しさを覚えるのも当然だ。


「たまに父に会うと言われました。不自由な生活をさせて申し訳ない。芙利瑠に相応しい良い学校に入れてあげたかったと。わたくしは決して不自由と思ってなどいなかったのにと不思議でした」


 ただしもう一つの方は芙利瑠にも理解できた。


「学校に関しては、正直なところ良い思い出がありません。大富豪なのに貧乏なのは変だといじめられてましたから。だからいじめる人がいない学校だったら良かったなとは思っていました。尤も、父が言うわたくしに相応しい学校とは、私立のお金がかかる大富豪らしい学校という意味だったのでしょうけれど」


 職業による差別が社会問題になっている。学校では禁止されているが、大人達が差別をしている現状では簡単には止められない。芙利瑠は大富豪という羨ましがられる職業にも関わらず貧乏ということで、叩きがいがあったのだろう。


「父は沢山働くようになりましたが、貯金が底をついた以上、わたくしの進学費用を捻出するために質素な生活を送らざるを得ません。少額ですが借金もあると聞いています。学校ではいじめられ、家では質素な生活を強いられ、父も母も遅くまで働いていて中々帰って来ない」


 どうして大富豪なのにこんな目に遭わなければならないのか。そうやさぐれてもおかしくない環境だった。


「これがわたくしが置かれていた環境です」


 だからこそお金が欲しかった。


 大富豪になりいじめっ子を見返したい。

 貧乏生活から脱却したい。

 父の浪費の被害者仲間である母を楽にしてあげたい。


 金、金、金。


 金があれば今の状況をひっくりかえせる。


 そんなことを芙利瑠は微塵たりとも考えていなかった・・・・・・・・


「勘違いしないで頂きたいのですが、わたくしはこれまでの環境について全く不満を抱いていません」

「え?」


 話の流れ上、お金を入手するために危険を犯して洞窟まで来た理由は彼女の環境によるものとなるのが自然だ。だが彼女はそれは違うと断言し、静かに聞いていた桃花が思わず疑問の声をあげてしまった。


「皆様が後でわたくしの境遇を知った時、それが真の原因だと思ってもらいたくなかったのです」


 本当の原因はまだ不明だが、後で芙利瑠の過去を知った時に、実はそれこそが無茶をした原因だと考えてしまう可能性は確かにある。傍から見ると実際にそうなってもおかしくないと思える環境なのだ。


「わたくしは父も母も愛してます。わたくしの行動が家族のせいだと非難してもらいたくなかったのです」


 ゆえに先んじて家族の話を伝え、そうではないと知ってもらいたかった。


「もちろん父がやらかしてしまったことは非難されるべきでしょうが、それとわたくしの今回の行動は全く別なのです」

「ふりちゃんはお父さんのことを嫌いになってないんだね」

「はい」


 お金に振り回されて暴走してしまった父だが、芙利瑠はそのことを恨むようなことは無かった。


「理由は自分でも分かりません。ただ一つ思うのは、父が決してわたくしを責めなかったことでしょうか」


 大富豪だなんて言いながらもお金を呼んでこないでは無いか。

 お前がギャンブルで当てていればこんなことにならなかったのに。


 娘に対してそのような逆恨みの視線は全く向けなかった。

 あくまでも愛する娘として接し続けた。


 歪んでいたとはいえ家族に向けての愛情を忘れていなかったことが、芙利瑠の心を繋ぎ留めたのかもしれない。


「わたくしが小学校に入学してからしばらくして、父も母もわたくしが大富豪という職業に捕らわれる必要は無いと言ってくれました。ですがわたくしは大富豪なのに貧乏だからといじめられていたことが悔しくて、大富豪になって見返してやろうと思い母に相談したのです。大富豪になりたいと」


 芙利瑠は学校でいじめられていることを決して両親に伝えなかった。自分の力でどうにかしたいと考えるタイプであり、単に大富豪になりたいとだけ相談した。


「そうしたら母は言いました。お母さんは芙利瑠が大富豪になるよりも淑女になってくれる方が嬉しいわって」


 お金に惑わされて狂ってしまった父のことを想えば、お金よりも大事なことがあると伝えたかったのだろう。だが頭ごなしに娘の夢を否定することは出来ず、それならばと淑女という表現を使うことで良い方向へと導こうとしたのだ。


「わたくしは淑女について調べ、その有り方に心から惚れました。大富豪ではなく淑女になろうとすぐに決心し、周囲の人に何を言われようとも淑女になるのだと努力を続けました。このドレスはそんなわたくしのために、母が手作りしてくれたものなんです」

「(だからボロボロになっても着続けているんだね)」


 何かこだわりがあるのだろうとは思っていたが、想像以上にエモい理由だと分かりほっこりするダイヤであった。


「そしてわたくしは淑女となるためにこの島に来ました。ダンジョンに入り心を鍛えるために」


 魔物との戦いと言われると野蛮であり淑女とは程遠いと思われそうだが、芙利瑠はその戦いの中に淑女としての何かを見出したのだろう。


「ですがわたくしにとって想定外のことが起きてしまったのです」


 それは入学してすぐのことだった。


「ここでは類似の職業の生徒が同じクラスに集められます。わたくしは富豪に関する職業のクラスに入ることになり、そこには本物の富豪の方々ばかりがいたのです」


 芙利瑠の様に職業と実体が乖離している生徒がいなかったのだ。


「それだけならば何も問題が無かったでしょう。ですがわたくしが大富豪であることが大きな問題となってしまったのです」

「どういうこと?」


 その桃花の問いには、職業に詳しいダイヤが答えた。


「お金持ち系の職業は裕福、資産家、富豪、成金とか色々あるけど、大富豪はその中でも一番レアな職業なんだ」

「その通りです。そして彼らは皆、大富豪になることを夢見ています」

「それなのにまだお金持ちじゃないふりちゃんが大富豪になってるから嫉妬されちゃったんだね」


 裕福だから心が豊かになるとは限らない。人の欲望は限りなく、どこまでも上を目指そうとする。そして既に上にいる人物に羨望と嫉妬の心を抱くものだ。

 だが相手が本物の大富豪であるならば、下の人間がネガティブな感情をぶつけようが潰されるだけだ。しかし芙利瑠は大富豪でありながら貧乏であり、攻撃しても反撃されることはない。ゆえにネガティブな感情をぶつける格好の的となってしまっていた。


「クラス変更を申請した方が良いんじゃない?」


 話を聞く感じ、芙利瑠にとって今の環境が良いとは到底思えない。ダンジョン・ハイスクールではクラス変更は容易であり、特に芙利瑠のように明らかに不利益を被っている場合はすぐに申請が通るだろう。


「いいえ、わたくしは気にしていません」

「え?」

「彼らがわたくしを良く思わない理由は理解していますし、仕方のないことですから」

「そんな! 仕方なくなんかないよ! ふりちゃんは何も悪いことしてないのに、どうして酷い目に遭わなきゃならないの!」

「桃花さん、ありがとうございます」


 桃花が自分の事のように怒ってくれたことが芙利瑠にはとても嬉しく、心からの笑顔を浮かべるのであった。その様子に桃花は毒気を抜かれ静かになってしまう。


 ここでダイヤがあることに気が付いた。


「あれ、でもそれじゃあどうして洞窟に来たの?」


 家庭は原因でない。

 クラスメイトとの関係も原因でない。


 それならば何故、お金を求めて洞窟に向かってしまったのか。


「クラスメイトの中にはわたくしを良く扱ってくださる方々もいました」


 ダイヤの疑問に対する直接の答えでは無いが、この後にそれがあるのだろうと思いダイヤは口を挟まないことにした。


「しかしわたくしと彼らとでは住む世界があまりにも違い、まともな交流にならないのです」


 本物の金持ちとして育った彼らと、貧乏な庶民として育った芙利瑠。

 そこには心以外の壁があったのだ。


「たとえばクラスの女子に遊びに誘われても、彼女達はお金を気にせず高級な店に向かおうとしますがわたくしは支払えないため同行できません。かといって彼女達をわたくしが通うような安い店に連れて行くのも失礼でしょう」


 ゆえに放課後や休日はいつも一人で過ごしていた。


「彼女達と世間話をしようとも、話題となるのは高級品や経済など裕福な方々の視点が必要な話題ばかりでわたくしはついていけません」


 ゆえに教室でもいつもポツンと一人で過ごしていた。


「わたくしを気遣って声をかけて下さっていると言うのに、わたくしは彼女達のその心遣いを受け取ることがどうしても出来ないのです。それがあまりにも申し訳なくて、少しでも早くお金を入手して彼女達に報いたいと焦ってしまったのです。せめて一緒に遊びに行けるようにはなりたいと」

「それで洞窟に?」

「はい。本日食堂で休憩していたら、近くの席に三人の女性がやってきて、ここの洞窟にグラの木が生えている噂は本当だと話していたのです。今ならまだ人が少ないから取り放題だと」

「(あれ?)」


 その話にダイヤは違和感を覚えたが、後で確認しようと今は芙利瑠の話を最後まで聞くことにした。


「桃花さんからその噂は絶対に嘘だから騙されないようにと言われてましたが、彼女達の話がどうしても気になってしまい、愚かにも向かってしまったのです」


 それが芙利瑠が洞窟に来た理由だった。


 彼女は家族のためでもなく、金持ちになるためでもなく、親切にしてくれたクラスメイトに応えるためにお金を欲していたのだ。それだけのために騙されていると分かっていても万が一を期待して危険に飛び込んでしまったのだ。


「改めて、愚かなわたくしの行動に巻き込んでしまい、大変申し訳ございませんでした」

「…………」

「…………」

「…………」


 話を聞き終えたダイヤ達は各々心の中で彼女の話を反芻した。そしてどんな言葉をかければ良いのかを考える。


 最初に口を開いたのは桃花だった。

 芙利瑠の話を聞いて、桃花にはどうしても分からないことがあり、それを確認したかった。


「ねぇふりちゃん。どうして私に電話して来たの?」


 それは芙利瑠が洞窟に向かう直前、彼女はそのことを桃花に電話で伝えたのだ。どう考えても止められることは明らかなのにどうして電話して来たのか。なお、もちろん桃花は電話で猛反対したが芙利瑠は『申し訳ありません』と言って電話を切ってしまった。


「もしもわたくしが何らかの理由で行方不明になったとしたら、多くの方を長らく心配させてしまいます。ですから行方だけでも伝えておこうと思ったのです」

「えぇ……」

「それが余計に心配をかける行為だったことは今なら分かってますが、あの時のわたくしはそんなことも分からないくらい焦ってたみたいです」


 今から危険なところに行くけど心配しないでね、なんて言われて心配しない訳が無い。


「そのせいで助けられたから良かったけど……ふりちゃんって凄い良い子なのに変なところで抜けてるね?」

「ぴゃ!?よ、良い子などではありません!皆さんを心配させる淑女らしからぬダメな女です!」

「遊びに誘ってくれたクラスメイトに申し訳ないからって理由だけで危険なところに飛び込めるような人を良い子って言わずに誰を言うの」


 単に自分も遊びたいとか、仲間外れになるのが嫌だから、という理由であれば普通なのだが、相手の親切心に応えたいからという理由なのがポイントである。


「ね、ダイヤ君」


 心配かけさせられたお仕置きで沢山褒め称えて困らせてやろうと、桃花は悪戯顔でダイヤに応援を要請した。だがてっきり軽くノってくれるかと思ったダイヤは、真剣な表情で何かを考えている。


「ダイヤ君?」


 桃花に声をかけられ、ダイヤは真剣な表情のまま芙利瑠を正面から見つめた。


「金持さん」

「は、はい!」


 気迫に押されたのか芙利瑠は声を上擦らせながら返事をする。

 一体何を言われるのかとドキドキしながら続きを待つ。




「僕のハーレムに入ってください!」

「ぴゃあ!」




 まさかここでハーレム勧誘が来るとは思わず芙利瑠は顔を真っ赤にして驚いてしまう。そこにダイヤは畳みかけた。


「金持さんのことが大好きです!」

「な、なな、にゃんで」

「本当は怖がりなのにクラスメイトや仲間のために危険に立ち向かう勇敢さが素敵です。家族が好きなのもポイント高いし、何より可愛い。今回みたいに無茶して皆を心配させてしまうのも、僕がフォローして守ってあげたいです。サウンドウェイブケイブバットと最初に戦ってた時も勇気を出して助けに出てくれたし、その後も僕達をフォローしようとすっごい考えてくれてたよね。優しくて思いやりがあってちょっと抜けててとっても良い子な金持さんと一緒に幸せになりたいです!」

「ぴゃあああああああああ!」


 ダイヤ渾身の告白であった。

 告白云々もそうだが、これほどまでに全力で褒められたことが無かったこともあり、あまりの気恥ずかしさに両手で顔を覆って俯いてしまった。


「す、すごい。ダイヤ君がそこまで言うだなんて」

「だってこんなに素敵な女性、滅多に出会えないよ。攻めるしかないでしょ」

「っ!!」


 ナチュラルに追加で攻めてくるダイヤの言葉が耳に入り、俯いたままの芙利瑠の顔は更に赤みを増してしまう。


「それにちょっと心配なんだよね。悪い男の人に騙されそうで」

「あ~それは分かるかも」


 仲間の為に躊躇なく危険に飛び込んでしまうということは、騙されやすいということでもある。その性格を狙われて彼女の心が汚される未来が訪れる可能性は決して低くは無いだろう。


「金持さんが不幸になるだなんて、絶対に嫌だもん。僕がたっぷり幸せにしたい。一緒に幸せになりたい」

「そ、それ以上は……ご勘弁を……」


 強い想いを受けすぎて芙利瑠はどうにかなってしまいそうだった。


「ふりちゃん的にはハーレムはどうなの?」


 このままだと勢いに押されてOKを出してしまいそうだったため、流石にそれは可哀想だと桃花が間に入って質問し、考える時間を提供してあげた。


「き、気にしませんわ」

「マジで……?」


 少しは考えるかと思いきや即答されたことに、聞き役に徹していた奈子が心底驚いた。


「あの配信と今回のことから、貴石さんが素敵な方だというのは間違いありません。優れた男性が複数の女性を娶るのは当然のことですし、選ばれることは淑女として誉れですので」

「(ふりちゃん、淑女の参考文献間違ってるよ。でも面白いから黙っておこ)」

「そんな……あり得ない……」


 ハーレムが法的に解禁されているとはいえ、世の中では否定派がほとんどだ。多くの家族を養わなければならないため既存のハーレムは富裕層にしか存在しないのだが、その富裕層であっても肯定的な文化があるわけではない。つまりは現実的な話を参考にして淑女とあろうとしたならば、ハーレムを受け入れる訳が無いのである。一体何を参考にして育ってしまったのかはお察しである。


「じゃあふりちゃんはOKなんだ!」


 何故か喜ぶ桃花の反応に、芙利瑠は小さく顔を横に振った。


「わたくしごときが貴石さんのハーレムに入るだなど烏滸がましくて……」

「そんなことないよ!むしろ僕の方が金持さんを見習わなきゃ!」

「ぴゃあ!」


 真っ赤になる芙利瑠。

 ガンガン攻めるダイヤ。

 信じられないと茫然とする奈子。


 ハーレムに気を取られている三人を横目に桃花は大事なことに気が付いた。


「(そっか、ふりちゃんは自己評価が低すぎるんだ)」


 他人のことを想い行動できる芙利瑠が、どうして桃花達に心配をかけるような無謀なことをしたのかが桃花にはどうしても納得できなかった。クラスメイトの優しさに応えるためというのは芙利瑠らしいなとは思うが、だからといって自分の身を危険に晒して他人を心配させる行動をすることが信じられなかったのだ。


 しかし先ほどの芙利瑠の言葉で、桃花はその理由にピンと来た。


「(これまでずっといじめられていて褒められた機会があまりないから、自分の価値を低く思っちゃってるのかも。大切に想われてるってことが分からないから、自分を大事にしないで危険に飛び込んじゃう)」


 それこそが彼女が抱える致命的な欠点だった。

 このままでは、何かの拍子に彼女はまた危険に飛び込んでしまうだろう。


 だが桃花は不安には思わなかった。


「(ダイヤ君がふりちゃんを変えてくれるからきっと大丈夫)」


 ハーレムのターゲットとして狙いを定めたダイヤは徹底して攻めるだろう。そして自分がどれほど大切に想われているのかを身に染みて分からせられるに違いない。そして己の価値を刻み込まれるだろう。


「(それに私も友達として、ううん、ハーレム仲間・・・・・・として全力で愛でちゃうもんね)」


 真っ赤になって戸惑う芙利瑠は、桃花がそんなことを考えているなど知る由も無かった。

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