31. そのころ学校では大騒ぎ
「やはり『勇者』と『聖女』は何としても我がクランに迎え入れなければ」
「『賢者』や『博士』も欲しいわね」
「個人的には『暗殺者』も使えると思うけど、性格がなぁ。ふわぁあ、ねむ」
「今年は当たり年だから悩むよねー」
高ランクのダンジョン素材で作られた豪華な装備で飾られた大きな会議室。
そこで円卓に座る五人の男女が、今年の新入生の勧誘方針について話し合っていた。
好き放題意見が出てくる中で、眼鏡をかけた細めの男が、改めて注力すべき対象について意見を述べた。
「いや、まずは何はともあれ『勇者』と『聖女』です。トップクラン『
クラン。
共通の目的を持って集まったダンジョン探索のための集団。
高ランクダンジョンの制覇を目指すクラン。
高性能なレア装備を作ることを目的とするクラン。
初心者や初級者のサポートをするクラン。
レアアイテムやレア素材の採集を目的とするクラン。
単に仲が良いメンバーで集まっただけのクラン。
少人数であればパーティーを組めば良いだけだが、人数が多くなるとそうはいかない。
クランを結成し、協力し合うのがダンジョン界隈での常識だった。
特にここ、ダンジョン・ハイスクールでは学生のみでクランを結成し、卒業後も一緒に外部の別のクランに入ったり、一緒に新たにクランを作ることが多い。
また、ダンジョン・ハイスクールではクラン同士を競わせる学生イベントも用意されていて、学生生活を最大限楽しむのであればクランに入るべきであろう。
そのクランの一つ『
「でも副だんちょー、『勇者』と『聖女』はクランに入らないかもって話じゃないっすかー」
「そうね。『聖女』の方ははっきりしない態度だけれど、『勇者』の方ははっきりと既存のクランには入らないと宣言しているわ」
眼鏡の男、このクランの副団長に意見するのは、チャラいギャルっぽい感じの女と、優しく真面目そうな雰囲気の女だった。
彼女達の情報によると、『勇者』、つまり望はクランに入るつもりが無いそうだ。
「そこをなんとかするのが勧誘組の役割でしょう!」
「そりゃそうだけどさー」
「どうにも反応が薄いのよねぇ」
二人の女性は新入生勧誘役のリーダーであり、あの手この手を使って有望な新入生達に粉をかけていた。しかし『勇者』と『聖女』は『英光の架橋』に全く興味を示さないらしい。
「はぁ……いいですか。せめて他のクランに取られるだなんてことだけは絶対に阻止するんですよ!」
「はぁーい」
「分かってるわ」
英雄を育てると銘打っているクランが、最強の英雄の卵を取り逃すなど恥でしかない。
副団長は眼鏡のツルを抑え、渋い顔をして頭を軽く振った。
そんな副団長に向けて、髪がボサボサで眠そうな男が意見を言う。
「まぁまだ勧誘期間開始までは時間があるんだ。そいつらが他のクランに入るって話もねーんだろ。なら今は他の奴のことを考えようぜ」
「……そうですね」
新入生をクランに勧誘出来るのはゴールデンウイークを開けてからと、学園のルールで決められている。それまでは水面下でさりげなく新入生に軽いアピールをしたり、他クランと牽制し合うようなことくらいしか出来ない。かといってルール通りにそれまで何もしなければ、勧誘開始と同時に他クランに取られてしまうだろうから、大きく動けない中で何が出来るかがかなり重要だったりする。
「『賢者』と『博士』にアプローチしてるけれど、やっぱり難しそうなのよね」
「やはりそうですか。彼らの多くは学者肌ですから、どうしても考察系クランに行ってしまいます」
「でもさー、『賢者』の方はワンチャンありっぽいよ?」
「なんですって!?」
「研究のために高ランクダンジョンで入手したクランのレア素材を使い放題。こんな条件が『ワンチャン』になるのならですけどね」
「…………論外です!」
トップクランから誘いの声が来たとなれば、普通ならば喜んで受けるものだ。
しかし『英雄』レベルのレア職に就いている人は、一般的な感性とはかけ離れていることが多く、トップクランであっても毎年勧誘に苦労していた。
「ふわぁあ、じゃあやっぱり『暗殺者』が良いんじゃね?」
まだまだ眠そうな男は、あくまでも『暗殺者』を押したいようだ。
「うげー、ジメジメしてるやつキライー」
「彼は気弱そうでしたから押せば入ってくれそうですよ。ただ、御せるかどうかは難しいところですが」
やりたくないことを押し付けられたなんて思われて暴走し、仲間相手に暗殺者スキルを放たれたらたまったものではない。力ある陰の者の扱いには細心の注意を払うべし。出来れば関わらないのが吉、というのがこの学園での常識であった。
「ちぇっ、仲間が増えると思ったのになー」
どうやら自分と同じ陰の者をクランに入れたいという魂胆だったようだ。
勧誘リーダー達のテンションが低く希望が通りそうに無いと分かると途端に興味を失ったらしく、机に伏せて寝ようとしてしまった。
すると今度はチャラ女が別の新入生を推薦する。
「ならさー、ヴァルキュリアはどうかな?」
「彼女は無理でしょう」
「なんで?普通の女の子っぽかったよ?」
「知らないのですか?彼女はもう死んでますよ」
「え?もしかしてさっきのやつ?」
どうやらチャラ女はイベントダンジョンに誰が入ったのかをチェックしていなかったらしい。
「うわぁイベダンに入っちゃったの?ばっかだねー」
「本当ですね」
「悲しいわね」
「すやすや」
イベントダンジョンに入ってしまった新入生はほぼ確実に死んでしまう。
彼らもそう思っているため、会議を優先して配信は見ていない。
どうせ大した探索も出来ずに終わってしまい情報など得られないと思っていたため、後で録画されたものを確認すれば良いと軽く考えていた。
しかしその思惑は大いに外れることになる。
丁度ヴァルキュリアの話をしていたタイミングで、会議室の扉が勢いよく開かれ、クランメンバーの男が飛び込んできたのだ。
「た、たた、大変です!」
「なんですか騒々しい。会議中ですよ」
「大変なんです!早く、早く配信をご覧ください!」
「配信?」
副団長が慌てる男を訝しむように睨みつける。
「何があってもここには入らないようにと厳命してあったはずです」
「し、しかし!」
この会議はクランのトップシークレットの話をする場であり、幹部クラスの人しか参加出来ず、他のクランメンバーは会議室に近寄ることすら許されていなかった。そのルールを破って入ってきたことに副団長はお冠だった。
「待て」
ここで初めて、これまで一言も発していなかったもう一人の男が口を開いた。
そしてスマDで配信を開こうとしながら話をする。
「配信で何かあったら連絡しろと俺が指示した。問題ない」
「はっ!」
これまで会議の中心となっていた副団長が、姿勢を正し真剣な表情になって返事をした。
眠そうだった男も、チャラ女も、ほんわかとした女も、全員の表情が硬くなり真剣味を帯びている。
「(やっばー、団長が外で話すなんて何が起きてるの!?)」
チャラ女は内心で戦慄していた。
ダンジョン攻略中以外で、団長が話をするということは彼女達にとって大きな意味を持つことらしい。
「説明しろ」
「は、はい!イベントダンジョンに入った新入生の精霊使いがレッサーデーモンを撃破しました!」
その報告に団長以外の幹部達が怪訝そうな顔を浮かべる。
そんなことがありえるのか、ではない。
どうしてその程度のことで報告をしてくるのか、だ。
確かに驚くべきことだが、あり得ない話ではない。
会議を中断させるような情報では無いのだ。
「その程……」
「そして!」
その程度の話であれば報告など不要だと副団長がばっさりと切り捨てようとしたが、まだ話には続きがあった。
「レッサーデーモンがランスをドロップしました!」
「は?」
レッサーデーモンは武器などドロップしない。
それはここにいる誰もが知っていることだった。
だがこれも異常なことではあるが、後で報告すれば良いレベルの情報だ。
とはいえ副団長は今度は彼を止めようとしなかった。
何故なら彼が次に口にする言葉を躊躇しているかの様子だったから。
報告すべきとんでもない情報が次に語られ、その情報を本人ですら未だ信じられないと感じているであろうことを察せられたから。
ごくり、と男は息を一度強く飲み込んでから、報告を続けた。
「精霊使いが言うには、精霊使いはドロップアイテムを狙ってドロップさせることが出来るそうです!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そんな馬鹿なことなどあり得ない。
そう言いたいけれど、彼のあまりにも真剣な姿がそう言わせてくれない。
もし伝えられたことが真実であるならば、ダンジョン界に激震が走る。
ダンジョン・ハイスクールだけではなく、世界を震撼させる出来事だ。
慌てて他の四人も配信を確認し始める。
すると丁度、ダイヤ達がレッサーデーモン狩りを開始したところだった。
「嘘……」
「ホントに欲しいのドロップさせてらー」
「すっごーい!」
「な、なな、なんですかこれは!」
レッサーデーモンを倒すたびに、狙った装備がドロップしているではないか。
しかも倒す前にダイヤが何をドロップするか宣言している時もある。
ありえないことが、画面の向こうで起きている。
「精霊使いを確保しろ」
低い声で団長がそう指示した。
「お、お言葉ですが団長。これだけで『精霊使い』がドロップアイテムを操作できると判断するのは早計かと!」
特殊なアイテムを持っているなどのトリックがあるか、未発見の特殊スキルをダイヤが持っている可能性だってある。ここで『精霊使い』を勧誘し、外れだったらお荷物を抱えてしまうだけだ。
「ここで見逃して、事実だった時の損失が大きすぎる」
「うっ……」
それゆえ外れのリスクを度外視させても動くべきだ。
ダンジョン探索の在り方を一変させるかもしれない程の可能性があるのだ、その程度のリスクを恐れる必要など全くない。
「急げ。急がねば囲われてしまいかねない」
「囲われる、ですか?」
「俺なら『精霊使い』を他のクランになどいれん。保護する」
「何故ですか!我々は『悪鬼夜行』のような生徒を使い潰す連中とは違うのですよ!」
クランの中にはいわゆる悪徳クランのようなものも存在する。
もちろん学校にバレたら即解散させられるため表立って悪事は働けないが、ハードなノルマを課したり必要以上に雑用を押し付けたりクランに大量に寄付する生徒を優遇したりと、グレーなことをするのだ。
英光の架橋は、問題児はいるものの、真っ当なクランで人気がある。
誘われたら喜んで入り、先輩方の手厚い指導の下で、順風満帆な探索生活を送れるだろう。
「なら彼らが転職したいと願ったらどうする?」
「それは……」
『精霊使い』としての旨味が欲しいために勧誘するのだ。何が何でも説得して阻止するだろう。そしてそれが力あるトップクランからの指示となればほぼ『強制』であり、諦める選択肢しか無くなってしまう。
そうならないために、『精霊使い』を保護しようと考える人が出て来てもおかしくなかった。
「多少強引なことをしても構わない。それでクランの評判が下がろうとも構わない。今は何が何でも彼らを取り込むことが最優先だ」
「分かりました」
副団長は納得し、改めて幹部メンバーと報告に来た男に指示をしようとする。
その時。
『待って、本当に何をドロップさせたの!?』
配信画面の向こうでヴァルキュリアの少女が慌てていた。
ダイヤがドロップさせたのは謎の液体。
この場の誰もがそれに心当たりがなく、新種のアイテムのように見える。
しかも狙ってドロップさせたはずの精霊使いがあまりにも緊張しているでは無いか。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
会議室の緊張感が最高潮に高まった。
一体何が飛び出してくるのか。
どんな異常な出来事が起きるのか。
もしかしたら、自分達は今、歴史の証人となっているのかもしれない。
そんな予感を胸に配信画面を食い入るように見つめていた。
そして。
『どうしよう。製薬スキルを覚えちゃった』
その瞬間、時が止まった。
その数秒後。
「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええ!」」」」」
学校中から、島内から、とてつもない程の驚愕の声が響いた。
それはこの会議室の中でも同じだったのだが、一人だけ叫ばなかった男がいた。
その男、団長は勢い良く立ち上がり語気を荒げて告げる。
「絶対に精霊使いを取り入れろ!急げ!」
この時から『精霊使い』争奪戦が始まり、他に新情報は無いのかと、誰もが配信を全力で注視するようになった。そしてこの後、ダイヤがさらなる情報を
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