11. 精霊使いの可能性

「有罪」

「ちがうんですしんじてくださいぼくはむじつです」

「有罪」

「ちがうんだああああああああ!」


 初心者ダンジョンの中、正座で怒られるダイヤと腕を組み鬼のような形相で激怒する躑躅つつじ

 その原因となった幼女は、躑躅つつじが持っていたマントを身に纏い彼らから少し離れた所でぼぉっと立っている。


『お願い離して!』


 そうダイヤが強く願ったら幼女は手を離してくれたものの、全裸を隠そうともせずに立ち尽くしているため服を着せてあげようと考えたのだが、ダイヤは手ごろな服を持って無かったので躑躅つつじにお願いした形だ。


「はぁ……冗談はこのくらいにして、何がどうなってるのか考えましょ」

「はーい」


 どうやら躑躅つつじは不条理激怒タイプではなく、単にノリで怒っていただけのようだ。

 ダイヤもそのことは分かっていて、怒られながらも『腕組みで胸が持ち上がるのってどうしてこんなにエロく見えるのだろう』などと不埒なことを考えていたりする。


 立ち上がったダイヤと躑躅つつじは、改めて幼女の様子を確認する。


「見た目は普通の女の子よね」

「背丈的には小学校低学年くらいでしょうか」

「流石に貴石君よりは小さく見えるね」

「比べるだなんて酷い!」

「いや、ワンチャン同学年の可能性も?」

「僕はそこまで幼くないよ! でもそこまで幼く見えるなら鳳凰院先輩の胸を揉んでもワンチャン怒られない可能性が?」

「ぶっ殺すよ」

「ひえ」


 どうしてもついふざけ合ってしまうところ、少なくとも会話の相性は良いのだろう。


「鳳凰院先輩は、心当たりありますか?」

「ボスを倒すと生物が出現するだなんて聞いたことが無いよ。もしかしたら秘匿されているだけかもしれないけれど」

「外の鉱山みたいな感じですか?」

「あれ、知ってるんだ。やるじゃん」

「本当にあるんですね……」


 ダンジョンは未知の部分が多く、自分達の利益になるからと他者に公開されていない情報も多数ありそうだと、ダイヤは望と話をしていた。この幼女も似たようなパターンで、知っている人がいるのだろうか。


「でも自分で言っててなんだけど、あり得ないと思う。ここまでの大発見を隠し通せるとは思えないもん」


 外に鉱山があることが漏れてしまっているように、発見した物が大きければ大きいほど隠し通すのは難しい。もしも世界中のダンジョンで何人もの人的存在が生まれたとして、数十年もそれが隠され続けているとは躑躅つつじには思えなかった。


「だからおそらく、歴史的な発見になるかもしれないね」

「おー」


 呑気に驚くダイヤを見て、躑躅つつじは内心で戦慄していた。


「(まさかこんなにも早く新発見をするだなんて。もってるだけ? それともこの子に何か秘密があるの?)」


 しかも見つけたのはダンジョン産新アイテムをゲットする、程度のものではない。

 人的存在が突如出現するという常識破りの異常に出会えるなど、余程の豪運が必要だ。


 それをダンジョン初回攻略で見つけてしまうダイヤのことを勘ぐってしまうのは仕方ないことだろう。


「それで貴石君の見解は?」


 躑躅つつじにはこれ以上、幼女のことについて考えられることは無く、彼女の正体を知りたいのならば学校や専門家に調査を依頼するしか無いと思っていた。

 それゆえ考えることを止め、思考のバトンをダイヤに手渡した。


 ダイヤも何が起こっているかまでは分かっていないだろう。

 そう思っていた躑躅つつじだが、バトンを渡されたダイヤはとんでもない発言をしたのであった。




「多分あの子、精霊です」

「は?」




 どうやらダイヤは幼女の正体に察しがついているらしい。


「待って待って。精霊ってあの、小さくてぼんやり光ってて、精霊使いにしか見えないのでしょ」

「はい」

「それがどうして私にも見えてるのよ。それにあんなに大きな人型の精霊がいるの!?」

「何で見えてるんですかね。後、あそこまで大きな精霊を視たのは初めてです」

「そう……そうよね。見つかってたらとっくに大騒ぎになってるものね」


 『精霊使い』は何が可能な職業なのか。本当に精霊に動いてもらう能力しかないのか。そう考えた多くのダンジョン学者が徹底的に調べ上げたが、成果が無かったと言われている。

 また、『精霊使い』は最弱だと虐げられることもあるため、『精霊使い』に就いてしまった人は新しい発見があれば堂々と世間に公開して立場改善を望むはずだ。それが無いと言うことは、やはりこの幼女の出現はこれまでに無かったことなのだろう。


「あの子が精霊だって思った根拠は?」

「他の精霊と雰囲気が似ていることと、僕のお願いを聞いてくれることですね」

「お願い……ああ、離れてってやつね。じゃあ試しに他のお願いをしてみてくれる?」

「はい。右手を挙げて欲しいな」


 しかし幼女は右手を挙げようとしない。


「あれ?」

「ダメじゃん」


 ということはダイヤの考えも間違っていたということなのだろうか。


「おかしいな。こうやって手を挙げてってば」

「…………」


 再びお願いするけれど、幼女は動いてくれない。

 そもそも言葉が通じているのか分からない様子で、ダイヤをじっと見ているだけでピクりとも動こうとしない。


「(あれ、言葉が通じない?)」


 その様子にダイヤは閃いた。

 本当に言葉が通じていないのならば、言葉でお願いしてもダメなのではないかと。


 それなら先ほどの『離れて』は何故通じたのか。

 確かあの時は、離れる様子を強くイメージした。


「(そうだイメージだ。精霊にお願いする時はいつもそうだった)」


 相手が人型だからつい言葉に頼ってしまったが、小さな精霊にお願いする時は脳内でイメージしていた。その感覚を思い出し、ダイヤはもう一度お願いをした。


「僕がイメージしている通りに右手をあげて」


 すると幼女はゆっくりと右手をあげた。

 しかも手を握り、人差し指で天を指すポーズだ。


「嘘、動いた……というか何よあのポーズ」

「細かいイメージをしたらやってくれるかと思いまして」

「やってくれちゃったんだ」

「くれちゃいました」


 これで幼女が精霊である可能性が高くなったと言えよう。


「あれ、待って。もしあの子が精霊だとすると、今みたいに貴石君の指示通りに動いてくれるってことだよね」

「指示というよりお願いって感じですけどね」

「さっき貴石君、あの子の手を振りほどけなかったけど、もしそれが本当ならヤバくない?」

「…………ヤバすぎですね。僕よりも力仕事が得意ってことになっちゃう」


 命令を聞いてくれて、青少年よりも力がある人型の存在。


 それはつまり、人間の代わりに仕事をしてくれる可能性があるということ。

 あるいは人間の代わりにダンジョンで戦ってもらうなんてことも出来るかもしれない。


 もしそうだとしたら『精霊使い』の価値は激増するだろう。


「(この子、もう私の条件を満たそうとしている。なんてことなの)」


 『精霊使い』の可能性を一年以内に世界に示すこと。

 躑躅つつじが提示したハーレム入りの条件の一つだが、ダイヤ以外の『精霊使い』も同じように人型の精霊を使役することが出来るようになったとしたら、そしてそれが人間社会やダンジョンで役立つと判明したのなら、条件をクリアしたと言っても良いだろう。


「どうにかして隠しておかないとダメですね」

「え?」


 しかしダイヤは幼女精霊のことを世間に公開するつもりは無いようだ。


「公開すれば精霊使いの可能性を世界に示せるんだよ。どうして隠すの?」


 ハーレムハーレムだなんて連呼している癖に、時々こっそり躑躅つつじの身体をエロい目で見てくる癖に、それを実現する道を自分から閉ざそうとする。何故そんな意味の分からない選択をするのだろうか。


「そりゃあ隠しますよ。このままだと皆が幼女ばかり召喚するでしょ。あんな可愛い子に危険な仕事なんてさせられません」

「…………確かに。皆は唯一の成功例を真似ると思う。そしてあの子をダンジョンに入れて戦わせる人も出てくるかもしれない。いくら人でないからと言って気分が良いものじゃない」


 人でない精霊を使役する人の方が『人でなし』になってしまうだろう。

 ダイヤはそれを認める訳には行かなかった。


「(どうしてこういう気遣いは出来るのにハーレム志望なのよ!)」


 それがなければ、好感度など簡単に上がるだろうに、唯一にして最大の欠点が素直に好感を抱かせてくれなかった。


「少なくともあの子以外の精霊を召喚する方法が分かるまでは隠したいです」

「それが良いと思うよ。でも、どうやって隠すつもり?」

「そうなんですよね……」


 このダンジョンの外にはおばあちゃん先生やすでに攻略を終えている同級生、指導員の上級生や施設の人など沢山いる。幼女と一緒に出たらその時点で見つかってしまう。


「(他の精霊みたいに曖昧な姿になってくれれば他の人に見えずに……いや、それだと精霊使いのクラスメイトに見られちゃうかも。じゃあ僕の体の中に入って隠れてもらうとか……そんなこと出来るのかな?)」


 精霊使いにしか見えないこれまで通りの精霊の姿に変化してもらい、それが体の中に吸収されるイメージをダイヤは描いた。


「あ!」

「うそ!」


 すると幼女はイメージした通りに消えて、ダイヤの体の中に入ってきた。


「消えちゃった……」


 地面には躑躅つつじのマントだけが落ちていて、幼女の姿は完全に消え去っていた。


「ええと、今度は出て来て!」


 逆に体内の精霊が外に出て来て幼女の身体として具現化するようにお願いしてみる。


「良かった。出て来てくれた」


 すると願い通りに幼女は再度出現した。

 全裸で。


「…………」

「鳳凰院先輩そんな目で見ないで! ほ、ほらマントを羽織って!」


 慌ててマントを着せるダイヤを躑躅つつじは冷めた目で見つめていた。


「それで貴石君。その子をこれからどうするつもり?」

「どうって、僕の中で隠れてもらうしかないですかね。後は時間があったら調べてみます」

「一体ナニを調べるのかな」

「何度も言いますが、僕はペドじゃありません!」

「どうだか」

「うう、どうしてこんなことに」

「連れ帰って召喚して体の隅々まで調査するんだよね。うわぁ」

「ガチでドン引きしないでくれませんか!?」


 などとダイヤを弄りながら躑躅つつじは考える。


「(この子は本当に『精霊使い』のまま頂きに手を伸ばせるのかもしれない)」


 停滞しつつあるダンジョン攻略。

 そこに今、大きな楔が撃ち込まれようとしているような予感がするのであった。

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