エピローグ

 薄い雲がかかろうと、暁都の賑わいは翳ることを知らない。王妃は手にした星鑑と共に星を読む。夕暮れ間近の薄紫に透ける星の光が幻想的に映った。

「……ネブラトゥム」

 熱い手に抱えられるのも、浮遊感に襲われるのも、灰色の肌にだいぶ馴染んできた。彼女の予想した通り、背後の王はしかめ面。

「式は」

「終わった。お前こそは」

「とった」

「ならばよし」

「おまえこそ。睡眠は?」

「腹立たしいことに体が軽い」

「ならば、よし」

 日常となったやり取りの中、王妃が彼の口癖を真似てみせ、王はわずかに眉を上げた。

 乾いた緩い風が王の錦糸の髪を撫ぜ、同じ目線にある王妃の耳飾りも揺らしてゆく。

「星はなんと言っている」

「どう聴こえる?」

 王は答えず、抱き上げていた王妃をそっと砂地に着地させ、自身もその場に腰を下ろして彼女に寄り添う。星鑑…陽光の民に星時計と呼ばれたそれは…王妃の腕の中で美しい黄金の光を放っていた。

 空を見上げて、王は眠たげに瞼を緩めた。

「婚礼で、何か言ったろう。東の響きだった」

「あれは……愛なぞあってたまるか、と」

「ふは」

 王が破顔したのに、王妃も目を見開き、それから柔和な笑みを湛えた。互いの機微で意思疎通をしていた彼らにとって、初めてのことだった。彼が肩を震わせると、辺りの砂が低く共鳴した。心地よさそうに目を伏せる王妃の顎を、王の指が掬い取る。瞳を合わせた彼女はそっと自らの手を王の頬へと延ばした。

 彼女を飾る金細工が品良く耳を打つ。

「眩しいな、お前は」

 王妃は彼の顔に向けた手の甲で、鼻筋と唇をなぞり。

「赤き導きよあれ」

 聴こえないほどの声で囁いて、満足げにまた空を見た。首を傾げる王の眉間に再び深い皺が刻まれる。なんだそれは、と吐息と共に尋ねられても、王妃は答えなかった。ただその漆黒の双眸に、静かな星図を煌めかせるだけだった。

 王の指が彼女のとった行動を反芻する。押し当てられた感触を確かめるように、唇を揉んだ。いくら待っても王妃が何も言わないので、逡巡した彼はそのまま上体を倒して仰向けに寝転がった。砂に沈む感覚が好きなのか、彼の目つきが柔らかくなる。彼は王妃の頭を優しく小突き、呟いた。

「寝る」

「いいことだ」

 王妃はいつもと同じ調子で言った。

 鼻筋から口元へと手の甲でなぞり、最後に唇へ押し当てる仕草。月影の隣人が行う誓いの立て方だった。

「……」

 しばし王妃は視線を空から外し、傍に置かれっぱなしの銀の杯を空に掲げる。それから一息に飲み干した。ヴェールが灯火に透け、妖艶に揺らめく。

「“出逢いに乾杯”」

 呼吸を深くし夜空の下、王は眠りへと落ちゆき。妖女まじょに喫した今宵の問いの答え、そのいずれも知らない……今は、まだ。

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