メルセゲルは瞬いて

山城渉

戴冠編

暁都の章

プロローグ

 砂一粒も舞っていない、澄んだ青空。お手本のような晴れの日だった。思わず顔を顰めたくなるほどの熱い陽射しを、磨かれた石が白く照らし返していた。

 砂漠にそびえ立つ都は今日も暑く、気を抜いて肺いっぱいに息をしようとすると、むせ返りそうになる。

今日こんにち、太陽の御許、新たな歓びが我らを照らす」

 高らかに神官の声が響き渡る。

 神官に応えるように割れんばかりの拍手と、息を揃えた観衆の声が砂の都を震わせた。

「めでたき王の婚礼!」

 腹に響く大音声。新婦はゆっくり瞬きをした。

 神殿の鐘が撞かれたのを合図に、新郎と思わしき男が新婦の手を取り、恭しくひざまずく。

「汝らに陽光の祝福を。命と繁栄、果てなき河の終わるまで」

 神官の言葉が、砂地を滑って街を揺らす度、そこかしこで賑やかしの笛が轟いた。

 とても肌触りの良い生地だなどと、どこか上の空で新婦はそこに突っ立っていた。

 額にじわりと汗が滲む。暑さでどうにかなりそうだった。

「暁都の門出に、赤き導きよあれ!」

 身を屈める新郎を、ただぼんやりと見下ろしていた。柔く握られていた両手の平がそのまま彼の額に押し当てられ、思い出す。これが婚姻を誓う仕草なのだという。地域によって違うものだなと、また他人事のように考える。額から伝わる熱はたじろぐほどに高かった。ひざまずく彼もまた、やはり少し汗ばんでいた。

「彼らの愛に喝采を!」

 歓声はほとんど地響きのようになり、乾いた肌がびりびりと骨から剥がされるかと錯覚するほどだ。周囲の盛り上がりはいよいよ最高潮となり、都を包む民衆の熱気で巻き起こる風によってさらに喉が渇いた。

 群衆が歓喜に沸く中、新婦はかすかに唇を開いた。熱狂のさなか、新婦の言葉に新郎が瞼をぴくりと動かす。聞こえたらしかった。けれど彼は追求しなかった。無理もない、聞こえたとてそれは暁都の言語ではないのだから。

 彼の伏せていた視線が新婦と合う。曇天の夜の始まりの色。新婦は再び瞬きをした。都じゅうが浮き足だつ中で、最も喜ばしいはずの二人だけは、粛々と、互いを見つめ合うのみだった。

「愛なぞあってたまるかよ」

 彼女のからりとした声は誰に届くこともなく、鳴り響くファンファーレにさらわれていった。

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