完全犯罪マニュアル

みなもとあるた

完全犯罪マニュアル

いかがだったでしょうか!

このマニュアルをここまで読んだということは、アナタは無事に誰かを殺し終えたということでしょう。


「いやいや、私は今マニュアルを読み始めたばかりで誰も殺してないぞ?」

きっとそうお考えかと存じます。


ですがご安心ください!アナタは既に完全犯罪を実行し終えています!


ここに書かれたトリックの数々を利用して誰かを殺害したアナタは、全ての証拠を誰にも気付かれることなく隠滅したのです。


もちろん“全ての証拠”の中には、アナタの記憶、そしてこのマニュアルの一部も含まれます。


一切の証拠を残さなかったアナタの犯行は、もうアナタでさえ暴くことはできません。

犯行の一部始終を、被害者の姿を、そのトリックを、アナタは思い出すことはありません。


誰かを殺したというその事実。

そしてアナタが、いつ、どこで、誰を、どのように殺したのか。

どうやって隠蔽したのか。


アナタは何も思い出すことができません。


犯人すらも記憶を無くし、まるでただの不運な事故だったかのように誰にも認識されない犯罪こそ、最上級の完全犯罪。

そうは思いませんか?



「そんなはずはない。私は誰も殺してなどいない」

アナタは今そんな風にお考えのことでしょう。当然です。なにせ人を殺した記憶も証拠も実感も、何一つ残されていないのですから。


完全犯罪なのですから、証拠は誰にも見つけることができません。

それは、犯人であるアナタにさえも。


完全犯罪において、“アナタが人を殺したという証拠”が見つからないのは当然のこと。

誰かが証拠をどれだけ探そうとしたところで、一切の証拠は見つかることがありません。


あんなに苦労して偽装したのですから当然でしょう。


もはや、アナタが人を殺したことは証明不可能なのです。



「では、本当に私は捕まらないのだろうか?」

ご安心ください。これは完全犯罪マニュアルです。


確かに昨今は科学捜査技術も格段に進歩しており、ごくわずかでも証拠を残せば正義の手から逃れることはできません。


ですが、このマニュアルに書かれていた通りの方法を実施したアナタは、その弱点を的確に突いた上で、誰にも気付かれずに計画を実行することができたのです。


もしどこかの監視カメラに写っていたら?

もし誰かに見られていたら?

もし物音を聞かれていたら?

もし現場に証拠を残してしまっていたら?


これらの対処方法はすべて、マニュアルに書いてありましたよね?

といっても、記憶を無くしたアナタはもう思い出すことはできないと思いますが。



今のアナタには罪の意識もないことでしょう。

被害者に関するアナタの記憶は、被害者に対して持っていた感情は、もはや一切アナタの中には残されていないのです。


犯行を理由に捕まることも、罪の意識に苛まれることもない。

絶対的安全圏から、一方的に犯罪を実行する。

そんな理想的な犯罪こそ、完全犯罪と言えるのではないでしょうか。


アナタがなぜ誰かを殺害しようと思い立ったのか、それはここでは問わないこととしましょう。

それでも、アナタが殺したいほど憎んでいた誰かはもういません。

明日からはさぞ素晴らしい日々が待っているはずです。



最後に、もしこのマニュアルが完全な状態で世に広まれば、各地で次々と完全犯罪が起こり多数の被害者が出ることでしょう。


もしその被害者になりたくないのならどうすればよいか、一度殺人を実行した側のアナタならもうお分かりですね。



完全犯罪を実行しようとする誰かに目を付けられないよう、なるべく外出は控えましょう。

それでも外出しなければならない時は、マスクで顔を隠すのを忘れずに。

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