雨上がりが好きの種類

櫛田こころ

第1話

 私、夏芽なつめ和香わかは雨上がりの匂いが好きだ。

 具体的に言えと言われると難しいが、土や草の匂いとかが雨が降る前より強く濃く感じる。そんな匂いが小さい頃から好きで、好きな季節が当たり前のように夏とか秋だった。

 さすがに、台風の時は危険だから雨上がりでも外の匂いを嗅ぎにはいかないが、落ち着けば散歩がてらにスニーカーを汚すほどに堪能しに行く。

 そんな趣味を、誰にも共感してもらえなかったし、して欲しいとも思わなかった。

 友達も恋人も、誰もが肯定する人間はいなかった。

 大学に入学して二年目の春が来るまでは。



「夏芽の趣味、面白いな」



 二年生のゼミクラスで、たまたま気が合った男子学生。天羽あもうけいと自己紹介タイムで趣味を説明した直後、いい笑顔でそう言われた。異性同士の会話で、そんな事を言われたのは初めてだったから、いわゆる目から鱗がこぼれ落ちるくらいの衝撃を受けた。



「……そう?」

「うん。匂いフェチにしても、香水とかじゃなくて自然のだろ? いいと思う」

「天羽くんには、そう言うのあるの?」

「うーん。匂いじゃなくて、現象かな?」

「現象?」

「雨の降り方とか? 真っ直ぐもあるけど、横殴りとか面白い。冬は雪の結晶とか、降り方の違いかな」

「へぇ~」



 匂いではないけれど、自然についての良し悪しを共感してくれる相手が見つかるだなんて思わなかった。きっかけはゼミの時間だったが、終了後にLINEのIDを交換して、学食でランチを一緒に食べるという展開までいった。講義関係なく、話は同じ内容でも飽きることなくテンポよく進んでいくのが楽しく感じたくらい。今までの友人関係が希薄だったわけではないが、初対面でここまで通じるのは正直言って楽しいし嬉しかった。



「今度雨の日にさ? いっしょに出かけない? 夏芽の言う雨上がりの匂い、改めて知りたい」

「いいの? めちゃくちゃ暇だよ?」

「それに合わせて、時間つぶしはいくらでも出来るだろ? 映画とかショッピングとか」

「なにそれ。デートみたい」

「ま、言い換えればそうだけど。付き合うかどうかは、まだお互いわかんないじゃん。とりあえず、趣味の共有からの友だちでよくない?」

「ん。いいね」



 そんな切り出し方をしてくれる相手が今までいなかった私にとって、その提案は魅力的だった。

 異性とか、恋人とか関係ない。

 ただ、『お試しの友だち』のようなくくりで交流関係を深めていくのが新鮮に思えて。しかも、趣味を共有してくれるような男の子からの魅力的な提案に心が弾んでいく気がした。

 だから、いつも確認する天気予報のアプリを念入りにチェックするようにもなった。まるで恋する少女のようだと行き着いた時に、まさか……と思ったりしたが、彼とは出会ったばかりなのだからと意識し過ぎないように気をつけた。趣味を熱中し過ぎて自然消滅になったケースもあったから、天羽くんとも疎遠になるかもしれないのは嫌だったのだ。その時点で既に沼にはまりかけている気もしたが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る