第8-2話 ケイト

「バッド君。ちょっと入ってきてくれる」


 私はバッド君を呼んだ。きっと普段よりも暗い声になっていたと思う。


 恐る恐る入るバッド君。


「あ、あの! け、ケイト、ち、違うんだ……」


「バッド君ってさ……私といる時……私の事どんな風に思ってるの?」


 私は何も考えずに質問をしてしまった。

 本当の私を伝えるべきなのか。でも、もしこのことを伝えて嫌われたりしたら。


「ど、どんな風にって……?」


「私はね。バッド君といるとすごく楽しいし、安心するの」


 嘘偽りのない事を言う。でも、私が伝えなきゃ行けないことはこれじゃない。


「だからさ。もし、今私が……」


 その時私は無意識に脱ごうとしていた。バッド君とやりたい。そういう考えで脱ごうとしたわけじゃなかった。


 実際、やりたいと言われたらやってしまうかもしれない。


 でも、私は初めてじゃない。これが一番バッド君に伝えなければいけないことなのに。


 だからと言って、大切な人としたことがあるかと言われたら。


 答えはノー。


 今、バッド君にしている行為は、私が押し付けられた当たり前が、本当に当たり前なのか確認したい、いや、当たり前じゃないと言って欲しかった。


 私の下着姿を見たバッド君の表情は、私の見てきた男の人の誰よりも優しく見えたから。


「待って待って!」


「今……脱いであなたを誘ったら……どうするの……?」


 止めてくれたバッド君の声はとても優しかった。


「何もしないよ」


 私の初めては呆気なく奪われてしまった。

 今でも思い出す。あの嫌な思い出を。


 そして、今も続く最悪を。


「だから、どうにかして欲しい時はちゃんと教えて欲しい」


 私は後ろから抱きしめられた。

 暖かい腕が私を包み込む。


 初めてだった。人の手がこんなにも暖かくて、優しくて、安心するものだと感じることが。


 無意識に私は腕を掴んでいた。


「バッド君って本当に……優しいんだね」


「優しいとかの問題じゃない。俺は君を大切にしたいだけだよ」


 バッド君に助けを求めていいのだろうか。

 今、バッド君に伝えていいのだろうか。


 今日じゃないかもしれない。また今度、しっかり聞いてもらおう。


 いや、しっかり聞いてもらいたい。

 ただ助けを求めてちゃダメなんだ。私も頑張らなきゃ。


「……ありがとね」


 だんだんと身体の震えが止まっていく。それに気が付いたのか、バッド君はゆっくりと手を離した。もっと抱きしめてて欲しい、そんな事なんて言えるはずもなかった。


「俺もケイトといると楽しいし安心する。あと怪我、治してくれたしな。優しい人だって思うよ。これが最初の質問の答え」


 涙をバレないように拭い、私は振り返る。


「ありがとっ!」


 もう、大丈夫。


「ま、本気で誘ってくるって言うならもっと雰囲気が大事かな〜?」


 なにそれ……!

 私は顔を隠してしまった。


「……まだ……はやい……よ? ……ダメっ!」


「ダメって俺は何もダメなんて言わせること言ってないぞ?」


 はぁ……何やってるの私……恥ずかしい……


 私は咄嗟にまた振り返った。なんだろうこの気持ち……落ち着こう。うん。大丈夫。

 私はまたバッド君の方へと振り返った。


「まぁ……もうちょっと大人になったら。またそう言う話しましょ」


 私は誤魔化すように少し顔を隠し、これからもよろしくね、と言うことを遠回しに伝えた。


「じゃ、忘れずにな」


「ふふ、忘れちゃうかもね。ベッド座っていい?」


 私は彼のことが好きなのだろうか。まだ分からない。好きとか嫌いとかじゃなくて、なんだか一緒にいると安心出来る。


 きっと彼は優しいから。優しすぎるから。私なんかが好きになっちゃダメだってわかってる。


 でも、きっと、いつか。いや、絶対その日は来ちゃうんだろう。


 今はどちらかと言えば好きかな。


 ☆☆☆


 夕飯をご馳走になり、私が帰る前に彼がトイレに行っている間。


「今日は本当にありがとうございました。夜ご飯もすごく美味しかったです」


「いやいや、いいのよ」


「バッドも男らしくなったって事なのかなぁ」


 両親もとてもいい人たちで、バッド君もこの人たちに似て育ったのかな、とか思ったりした。


 加えて思ったのは、バッド君をとても大切にしているんだな、ということだ。


 ちゃんと親から愛を受けて育つ。それが当たり前。でも、当たり前じゃない家庭だってある。


 ……何考えてるんだろう私。もし、私がこの家に生まれて、バッド君と兄弟で……


 もうやめよう。よそはよそうちはうちだ。


 そんなこと考えいると、お母さんがこっちに近付いて来た。


「もし、何かあったら教えてちょうだいね。あと……バッドの事よろしくね」


 私は何故か溢れ出てしまいそうな涙をグッ、とこらえた。


「はい。私で良かったら任せてください」


「ふふ。頼もしいわ〜。こんなに可愛い子が」


 少し話をし、私は1人玄関で待っていた。

 その時やっとバッド君が帰ってきた。


「ごめん待たせた」


「全然大丈夫だし、本当に家まで送ってくれなくて大丈夫だよ」


「じゃ、隣町にだけでも」


 頑なに送ろうとする彼に、私は申し訳ないと思い意地を張っていた。


 本当は一緒に帰りたい。送って欲しいのに。


「また、いつでも遊びに来てね〜。ご馳走するから〜」


「バッドが変なことしたら……教えてくれよ……」


「はい! 今日は本当にありがとうございました!」


 深く頭を下げ、家を出る。外へ出た私は無言を貫いた。


「まぁ、ケイトが嫌ならここでバイバイだな」


「……嫌じゃない」


「ん?」


「じゃ、隣町まで送ってくれる?」


「あぁ。もちろんだよ」


 やっぱりダメだった……欲望には抗えない……

 でも、バッド君も送るって言ってくれてたし? これはまだマイナス点じゃないかな?



 帰り道の30分。とても短く感じた。

 とくに楽しい話を沢山してた訳でもない。でも、何故だろう。疲れは無い。


「それじゃ……またね」


「おう。またな」


 ここで終わっちゃう。そんなのは嫌だ。


「次は来週ね」


 私はバッド君の耳元に近付き、小さな声でそう言った。

 驚いた表情のバッド君を見た私は、勝った、と思いすぐさまUターンして、手を振った。


「じゃ! またね!!」


 私の友達はとても優しくて、安心出来る、最高の友達なんだ。

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