第8-1話 質問

「バッド君。ちょっと入ってきてくれる」


 暗い声のケイトに、俺は呼び出された。

 全てを受け入れると誓った俺は恐る恐る、ドアを開け中へと入る。


 そこには、お母さんの部屋着に着替えたケイトの後ろ姿があった。


「あ、あの! け、ケイト、ち、違うんだ……」


 俺が焦って言い訳をしようとしたその時だった。


「バッド君ってさ……? 私といる時……私の事どんな風に思ってるの?」


 この質問に答えがあるのか、と言われれば恐らくノーだ。

 これはただ、ケイトの考える正解を当てる簡単な質問だ。


 でも、かなり難しい。俺にとってはかなりかなり難しい。


「ど、どんな風にって……?」


「私はね。バッド君といるとすごく楽しいし、安心するの」


 返事を考える間を与えないように、ケイトはすぐ口を開く。


「だからさ。もし、今私が……」


 そう言ってケイトは着ている部屋着に手をかける。


「待って待って!」


 俺は咄嗟に止めに入る。

 今、ケイトが何を考えて何をしようとしているのか、正直全くもって分からない。


 きっと何かあるのだろう。過去に、今に。そして未来にも。


「今……脱いであなたを誘ったら……どうするの……?」


 ケイトは泣きながら部屋着にかけた手を下ろした。


「何もしないし、すぐ服着させるよ」


 何をすればいいか分からない。でも、なにかしなきゃいけない。


「だから、どうにかして欲しい時はちゃんと教えて欲しい」


 そう言って俺は、震える彼女を後ろから抱きしめた。


 ケイトは後ろから回された腕を両手でギュッ、と掴み、震えた声で話し始める。


「バッド君って本当に……優しいんだね」


「優しいとかの問題じゃない。俺は君を大切にしたいだけだよ」


「……ありがとね」


 だんだんと震えが止まっていくケイト。俺は彼女の正解になれたのだろうか。そして、何を思ってこの質問をしたのだろうか。


 少なくとも、本気で俺を誘っていたということでは無いことは分かる。知りたい。俺の知らない彼女のことを。でも、でも。今じゃないかな。


 俺はゆっくり手を離し、ケイトに話しかけた。


「俺もケイトといると楽しいし安心する。あと怪我、治してくれたしな。優しい人だって思うよ。これが最初の質問の答え」


 ケイトはクルっと振り返った。


「ありがとっ!」


 もう、大丈夫そうかな。


「ま、本気で誘ってくるって言うならもっと雰囲気が大事かな〜?」


 軽くからかったつもりだったのだが、ケイトは顔を赤らめさせながら、少し動揺した表情を隠しながらモジモジし始めた。


 ……あれ? これってそう言う展開?


「……まだ……はやい……よ? ……ダメっ!」


「ダメって俺は何もダメなんて言わせること言ってないぞ?」


 冷静を装え、俺よ。耐えるんだ。ここで耐えなきゃ未来は無いぞ。


 ケイトは顔を隠すようにさっき向いていた方へと振り返った。少ししてから、またこっちを向いて話を始める。


「まぁ……もうちょっと大人になったら。またそう言う話しましょ」


 ケイトはそういった。大人になったら。俺たちが付き合って、結婚してから。


 前世の俺にできたんだから今の俺にもできるはずだ。頑張れ俺。そして、頑張れ……ケイト。


「じゃ、忘れずにな」


「ふふ、忘れちゃうかもね。ベッド座っていい?」


 こうして俺たちは、お母さんが帰って来るまで2人で話をした。




 エッチなことはしてないぞ!


 ☆☆☆


「ケイトっていいます……」


「バッドのお友達なんて初めてだからね〜。しかもこんなに可愛い女の子〜」


「バッド……お前も男になったな……」


「ちょっと! 恥ずかしいし本人まだいるから目の前に!」


 俺とケイトと俺の両親は、食卓についていた。

 愛想笑いを続けるケイトを助けようと俺は頑張っていた。


 てか……こんな豪華なご飯なに!? 俺の誕生日よりも豪華だぞ!?


「とりあえず食べよう。ケイトも……ごめんね。遠慮せず頂いて」


「う、うん」


 4人でいただきます、と声をあわせ言い、みんなで食べ始める。


「おいしい……!」


 そう言うと、ケイトはバクバクと料理を食べ始めた。

 お母さんたちも、もう何も言わず静かに食べ始めた。


 嬉しそうにご飯を食べる彼女に俺は見とれてしまっていた。

 彼女に今、何があるのか。知りたくて知りたくて仕方がない。前世の俺も知らない事実。


 でも、今じゃないかな。

 ちゃんと教えて欲しいとも伝えたし。もし伝えてくれないならその程度の男だってことだ。


「バッド〜あなたも食べなさい〜」


「あ、うん。食べるよ」


 お母さんに話しかけられ、魔法が解けたようにご飯を食べ始めた。


 今日は大切な日だ。これからに向けての。

 無駄にするなバッド。


 てか、いつもより美味いな……


 ☆☆☆


「ごめん待たせた」


「全然大丈夫だし、本当に家まで送ってくれなくて大丈夫だよ」


「じゃ、隣町にだけでも」


 トイレを済ませ、彼女の帰る時間。玄関でそんな会話をしていると、リビングからお母さん達が出てきた。


「また、いつでも遊びに来てね〜。ご馳走するから〜」


「バッドが変なことしたら……教えてくれよ……」


「はい! 今日は本当にありがとうございました!」


 深く頭を下げたケイトは、ドアを開けて外に出た。俺もそれにとりあえずついて行き、外に出る。


「まぁ、ケイトが嫌ならここでバイバイだな」


「……嫌じゃない」


「ん?」


「じゃ、隣町まで送ってくれる?」


「あぁ。もちろんだよ」


 こうして俺たちは歩き出した。

 30分程歩き、隣町に着く。


「それじゃ……またね」


「おう。またな」


 俺は手を振り、彼女の帰路を見送ろうとした。

 その時。


「次は来週ね」


 彼女は俺の耳元に近付き、小さな声でそう言った。

 驚いた俺はすぐに返事を出来なかった。


「じゃ! またね!!」


 気が付いた時にはもう手を振り、俺から離れていっていた。


 はぁ……来週か……

 遠いなぁ……


 この世界の人達はこうやって惚れていくのだろう。

 俺は再確認した。いや、再確認させられた。


 寂しい気持ちをぐっ、とこらえ、走り出した。


「くっそーーー!」


 何がクソなのか分からないが、自分の気を紛らわせるために叫びながら帰った。

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