第3話
幽霊の父と浸かっていたら、いくら半身浴でも湯あたりしてしまう。
「無理するなよ」と言う言葉を背に、僕は湯船を出た。
【第3話】
道後温泉駅から電車に乗った。風呂上がりだからだろうか。流れる景色を見ていると、夏だというのに秋の夕暮れのようなほんのりしたさみしさがこみ上げてくる。
僕は一人暮らしを考えたりもする。
あの偏屈な母の最大の理解者を気取る僕でも、我慢ならないことはある。それでも僕の留守中に母が事故か何かで死んでしまうことを想像しただけで泣きそうになる僕は、認めたくはないがマザコンというやつなのかもしれない。
大学に着き、午後の講義に出た。
いつものように一番後ろの席に座る。いまだに友達一人も作れない寂しいやつだと言われそうだが、今は友達やら彼女やらを作る気持ちの余裕もないし、作ったら作ったで母への愚痴など言いそうでその気になれない。自己嫌悪になること請け合いだ。
講義を終え、僕は松山城へと向かった。東雲口から長者ヶ平へと向かうリフトに乗る。久々に乗ったリフトはたわみ、小さく揺れた。
「ほら、しっかり掴まないと落っこちるわよ」
不意に母の声が頭に響いた。
僕が小さかった頃、家族三人で来たことがあった。
僕の前のリフトに父、後ろのリフトに母が座り、下から僕と父の写真を撮ってくれた。「母さんは写らなくていいの?」と僕が言ったら「あなたが大きくなったら、私たちを撮って」と母は言った。
「結局叶わなかったな」
声に出してみると妙に切なくなった。
天守閣から松山市内を一望すると、夕暮れを告げるように夏と秋を繋ぐ間の風が吹いた。
「夕飯前には帰らないと」そう考えると、少し憂鬱になる。
きっと一言も喋らない母の為に。
【つづく】
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