第25話 死にゲーへクソデッド

 戦気が、男の肺腑を満たしていた。


 逃げ遅れた血眼十数騎を一呼吸の内に滅ぼし異鬼を追う。危険な敵だ。三騎で三百騎を追うことはさして難しくないが、追われれば即座に殺されかねない。つまり追わされている。


 追いついた背を二つ三つ斬ると、敵が二列、いや、三隊に分かれた。前と左右を塞ぐつもりか。


 徐々に速度を落としてくる敵に合わせて男も減速……馬列を見極めて一気に加速し、右方の敵部隊を襲った。片刃剣の三振りで三騎を、特大剣と太刀がそれぞれ二騎を討つ。さらに斬り込む勢いはその素振りだけ、即座に転進、左方から迫る敵の機先を斬り払った。


 そら、いた。異鬼。すぐにも馬列の奥へ下がろうとしているが。


 強引に斬り込む。こうも接近できたのは初めてだった。漆黒の兜の奥、凍てついた紅が妖気を発している。視られている。虚々実々の駆け引きの中で常にそう感じていた。一挙手一投足に妖しく視線が絡みつくと。


 ―――俺なら退くを装い、不意を衝く。

 

 さらに下がった異鬼を追う。追うための無理を装う。隙をさらす。来た。鋭く迫る切っ先をいなして刺突。ずれた。刃の波打ちで抵抗された。鎖骨付近の装甲を抉ったのみ。


 ―――なんだお前、手負いか。


 異鬼の右腕は肘から先があらぬ方向へとねじれている。どこでどうしてそうなったものか。


 ―――道理で、妙に間合いが遠いわけだ。


 畳みかけるが血眼の妨害が激しい。斬りさばきつつ、機を見て再加速した。押し合いへし合いを嫌っての突破だ。左後方へと異鬼が逃げていく。追いがてら十数騎を撫で切りに。


 ―――次で討つ。


 目は地形を読んでいる。丘の起伏は騎馬を速めも遅めもするし、隠しも現しもする。


 敵勢は二百五十騎余り。ぶつかった当初よりも機動の鋭利さを増していくのは数を減らしたためばかりではない。戦いの中で状況を学び判断を磨いている。


 男もだ。


 妙手を絶妙手で返す攻防のたびに、最善が更新されていく。騎馬の戦景が粒だって見えてくる。風も感じているかもしれない。殺気の風だ。頬のひりつき具合からすら敵が知れる。その丘を登るのは半ばまで……やはり。駆け下りる軌道は尾にかじりつく男への牽制であり、そこに異鬼はいない……ああ、やはり。


 丘を駆け上がった。絶景がそこにあった。


 月の光も冴え冴えとして、立ち昇る煙の元には大火炎。ああも美しいからには木々が焼かれているばかりではない。尊く掛け替えのないものが燃えている。否定すべき不幸があれを灯させるのだから、この世界に神などいない。そう名乗る存在は恥知らずか強がりかのどちらかであろうと思う。


 灰騎の気配もある。火のそばでも、火に照らされる周囲でも、血眼を相手に戦っている。どこかが男に似ていて、しかしどこまでも男とは違う灰騎たちだ。余計なものが多すぎるように思う。僚騎も男とは異なる。力が足りない。


 最も近しい在り様を、そこな異鬼に感じていた。


 醜い血眼を率いて駆ける漆黒の騎兵。戦場を駆けることに最適化したその姿形。


 きっと他に何もない。イモータルレギオンにおける戦闘力以外には何も持っていないから、かくも考えなしに強力なのだ。鋭さを極めた刃物には錆も装飾も付着しやしない。


 ―――さあ、終いだ。


 跳んだ。高低差を利用した騎馬の跳躍だ。月夜を飛翔して倒すべき敵へ。薙刀や長柄であれば容易く迎撃できようが、片手ではそれもできない。しかりしこうして男の刃は届く。


 剣を叩き落した。返す刀で肘から断った。突く。のけぞって避けられた。だが死に体だ。


 ―――なんと!


 とどめを空振りした。異鬼がいない。のけぞったまま馬上から落ちた。そうやって逃れた。二騎の血眼に両脇から抱え上げられて逃げていく。


 ―――無様な。そうまでしたところで。


 統制の緩んだ血眼たちを次々に斬り殺しながら追う。追いながら、男は腹が立ってきた。何かに裏切られたような心持ちだった。有体に言って見苦しい。さっさと斬り捨ててしまおう……いっそ飛び道具で終わらせるかと、腰に下げた投擲斧へ左手を添えた時だった。


 闇が、噴出した。異鬼からだ。


 咄嗟に斧を投げつけた。身の毛がよだつ危機感がそうさせた。弾かれた。反撃が飛んでくる。弾いた。逆反った肉厚の投擲刃だ。馬首を転じて駆ける。二本三本、いや、十本二十本と同様の刃が乱れ飛んでくる。血眼への被害を気にも留めずに。


 ―――まさか、戦闘秘術か?


 灰騎が一つきり保有する切り札、それが戦闘秘術である。希少性の一乗が威力に比例し、二乗が熱力消費量に比例する。術によっては単騎で戦況へ大きく影響しうる。


 ―――もしもそうなら、お前のそれは!


 暗い暗い深淵から生み捨てられるようにして、新たな敵騎が出現した。異鬼をやや簡略化したような姿のそれ……それらは、三種の刃も携え次々と出現してくる。十……四十……百二十……二百騎。一騎一騎が血眼を凌駕する強者の気配を隠しもしない。並みの灰騎でも歯が立つまい。


 男はその術をよく知っている。


 稀有にして強力無比な戦闘秘術―――軍影発現。


 あれら騎馬は秘術使用者の分身であり、何を命じずとも意図を汲み取り意思のままに戦う……そういう触れ込みであり、事実、そうとしか思えない使い心地だった。発動には桁外れの熱力を要するため、まだ数えるほどしか使ったことがない。今も、まるで熱力値が足りていない。


 ―――俺の他にも使い手がいたか……!


 僚騎を従え離脱する。群れに堕した血眼を削りつつ駆ける。背に殺意の視線が集中してくる。痛みすら感じる。丘の陰へ逃れた。夜が暗く、寒く、重くなっていく。


 ―――駄目だ。どうにもならん。


 勝ち筋はなく、もはや逃げ回る時間を記録するばかりとなった。みじめでつまらない状況だ。弄ばれている可能性すらある。十騎ずつにでも分散されたなら数分とたたず捕捉され、すぐさま押し潰されるだろう。


 ―――クソデッド。


 丘と丘の谷間だけを縫うように駆けて、つい、平坦な場所へ出てしまった。それもいいかと思う。逃げ隠れするためにイモータルレギオンをしているわけではない。派手に死ぬのも醍醐味である。食いしん坊少女は逃がしてあるのだし、今回はもう戦いを捨ててしまってもいいのかもしれない。


 意気込んでいた諸々を吐き出そうとした、その時だった。


 火が見えた。林を全焼させようかという勢いの大火炎が。


 どうしてか熱い。召喚元の火ではないから熱力に関与するものではないが、しかし、あまりにも輝かしく力強い。誇りも名誉も栄光も一緒くたにまとめたかのような威風が、熱感を伴って吹き付けてくる。


 鼓動が一つ鳴った。衝撃が全身へ走った。


 遠く、NPCたちが身を寄せ合い退避していく。殿軍はたった一騎の灰騎のようだ。閃光が炸裂して血眼の二十体ほどが吹き飛んだ。ならばあれは勇者のR2か。戦闘秘術「爆裂光」は単体攻撃力の最高峰だ。範囲攻撃に転用してもあれくらいにはなろう。


 また胸が鳴る。拍動が何かを急き立てる。


 近く、颯爽と灰騎たちが駆けつけてきた。一本角のR6を筆頭とした三十七騎である。見れば髭飾りのR3と二本角のR4もいるが、それら三騎以外の灰騎たちが妙に挙動不審だ。槍で天を突く踊りをしたり、両手を天へとⅤの字に伸ばしたり。どれも男へアピールするように繰り返すから鬱陶しい。一番目障りに踊るのは一本角だった。蹴った。


 クツクツと喉が鳴り視界が揺れる。男は笑う。猛る戦意を笑ってなだめている。


 愉快だった。たまにならば、こういうイモータルレギオンがあってもいい。


 ―――合わせて四十騎か。


 ごく自然と全体を掌握し、男は思う。勝てまいと。


 灰騎たちはどの一騎も異鬼に及ばず、その分身である二百騎に対しても優位性のある灰騎はわずかだろう。馬の性能差もネックだ。最も低速な馬に合わせなければ連携に支障をきたすし、隊の統制自体も妖精システムでは限界があろう。


 ―――それでも、やれることはあるさ。


 先頭になって駆け出す。炎が背を照らし熱しているから、応えるべく剣を掲げた。なぜか灰騎たちが真似をし、無言ながらも盛り上がっている風だった。

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