第4話 王馬小学校の遠足

 アタシが六年生になって、五月。

 王馬おうま小学校では、この時期、遠足がある。

 アタシのいる六年一組はさんかく山に登ることになっていた。

 さんかく山はそこまで高い山ではない。

 小学生でも簡単に登れるような場所だ。

 そこの頂上についたら、お弁当とお菓子を食べて帰るだけ。

 うれしいことに、引率の先生たちの中に、曜子ようこ先生もいた。

「ケガをしたり、気分が悪くなったら、すぐに言ってね」

 曜子先生は相変わらずの優しい笑顔を、子どもたちに向ける。

「一列にならんで、先生たちにちゃんとついてくるんだぞ」

 担任の池田いけだ先生が一番先を歩いて、子どもたちを引き連れて山に登ったのだ。

 曜子先生は子どもに万が一のことがあったらすぐにかけつけられるように、一番うしろを歩いていた。

 アタシは山を登るペースを落として、曜子先生といっしょに列の最後を歩く。

「曜子先生、一年生とか小さい子たちの引率をすると思ってました」

「小さい子たちは街の中の安全な場所に遠足に行くから、山登りをするような上級生のほうが私の出番があるみたい」

 曜子先生の服装は、山登りだから当たり前だけど、いつもの白衣やロングスカートではない。

 水色のパーカーに白いズボン、背中にはオレンジ色の大きなリュックサックをせおっている。

 多分、このリュックの中に手当てのための道具が入ってるんだろう。

 アタシもこの日のために、両親にねだって登山のための洋服を買ってもらった。

「山に登るときは黒い服は避けたほうがいい」と言われている。

 なぜかというと、黒色は、スズメバチなどの危険な生き物に狙われやすいから。

 それから、山の中でもすぐにわかるように、目立つ色の服がいいというので、派手な蛍光ピンクのパーカーを選んだ。

 曜子先生も「かわいい」とほめてくれて、アタシは最高の気分になっていた。

 アタシたちが山の頂上につくのに、十分くらいかかる。

 山のてっぺんでは、もうクラスのみんながお弁当を食べていた。

 この日のためにお菓子を買ってきた子もいて、お弁当を食べたあとに、なかよし同士でお菓子をとりかえっこするらしい。

「こころちゃん、いっしょに食べよう」

 クラスメイトにさそわれて、アタシはくつを脱いでレジャーシートに座った。

 曜子先生は、他の先生たちといっしょに食べるみたい。

 他の先生の紙コップにお茶を注いでいるのが見えた。

 担任の池田先生は曜子先生にしきりに話しかけている。

「最近、ペットを飼い始めたんです。八雲やくも先生、よかったらウチに見に来ませんか?」

「すみません、私、動物苦手なんですよ」

 曜子先生は眉を下げた優しい笑顔で申し訳無さそうに断っていた。

 すると、「えっ、じゃあ私が行きたいです!」「私も!」と他の女の先生たちが池田先生に詰め寄る。

 池田先生は名前を「池田いけだ面太郎めんたろう」という。

 それを略すと「イケメン」になることから、生徒から「イケメン先生」と呼ばれていた。

 そして、そのイケメン先生は女の先生からも大人気というわけ。

 でも、曜子先生だけは、池田先生にあまり興味がないみたい。

 オバケだからなのかな?

 アタシは、曜子先生のひみつを知っているのは、ここにいるうちのたった一人、自分だけなんだということに気づいて、自然とニコニコしていた。

 なんだか、みんなに「ここだけの話なんだけどね……」と言いふらしたくなってしまう。

 でも、ガマン、ガマン。

 そんなことしたら、曜子先生に嫌われちゃう。

「こころちゃん、なにニヤニヤしてるの?」

「えっ!? アタシ、ニヤニヤしてた?」

「気持ち悪いくらい笑ってた」

「あ、あはは……遠足が楽しくて……」

 アタシはなんとかごまかして、額の汗をぬぐう。

 ひみつをひみつのままにするって、難しいんだなあ。

 思わず、ふうとため息が出た。


〈続く〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る