02.僕を傷つけない人

 銀色が僕の頭上に来て、頭を庇うように丸まった。それでも痛いと思う。堪えるためにぐっと力を込める。


 まだ? もしかして、やめてくれたのかな。


 固まっていた体を緩めて、抱えた腕の間から覗きみた。銀色を掲げた男の人は床に転がっている。代わりに知らない人が立っていた。背中に羽がある? 廊下の灯りで影になってるけど、この人も僕と同じで羽があるんだ!


「……おとう、さん?」


「いや、違うが……俺を呼んだのはお前か?」


「わかんない」


 首を横に振った。この人の名前も知らないし、呼んでないと思う。お父さんじゃなかった。そのことがショックで、すんと鼻を啜る。立っている人の後ろに転がるのは、銀の棒で叩く人だ。危ないんだよと必死で伝えた。


 叩かれたら痛いし、蹴ったり殴ったりもする。今はなぜか寝ちゃってるけど、起きたら痛いことされるよ。身振り手振りも加えて話したら、目の前の人がしゃがんでくれた。僕に合わせるように低い位置から、僕の目を見て話す。


 お母さんの言葉を思い出した。子供であるあなたの目を見て話す人は、信用できるわ。だから困った時は、そういう人に助けを求めなさいって。


「あのね、僕……助けてほしいの。お父さんとお母さんのとこへ帰りたい」


 お願いしますと頭を下げた。顔を上げて気づく。すごく綺麗な人だ。お母さんと同じくらい綺麗かも。きっと優しいんじゃないかな。見つめる僕に手を伸ばした。


 ひょいっと軽そうに抱き上げられる。いつの間にか立ち上がった人はツノがあった。立派なツノで、色も金色で綺麗。


「ツノ、きれぇ」


 褒めた僕は、ずきんと痛んだ体に顔を顰める。足も腕も全部痛い。涙が出ちゃった。ごしごしと乱暴に手で擦ると、そっと止められた。


「名はなんと言う?」


「僕、ルンだよ」


 この人の髪の毛、すごく綺麗な色だ。真っ赤な色は、夜が来る前の空と同じかな。燃えてる火の色も似ている。強そうな感じがして、僕は好き。目の色はツノと同じ金色だった。


「そうか、俺はディアボロスだ」


「ディ?」


「それでいい」


 ちゃんと名前を覚えられなかったのに、許してくれた。嬉しくて笑顔になれば、濡れた頬をぐいと指腹で拭われる。頬の傷に沁みた。痛いけど我慢だよ。


「親を探してやる」


「うん!」


 お父さんとお母さんを見つけると言ってくれた。嬉しくて頷いた僕だけど、転がる怖い人に気づいてびくりと体が揺れる。振り返ったディーが、僕に笑いかけた。


「安心しろ、これは俺が処分する」


 処理とは違うのかな。自分が向けられた言葉と似ているのに、響きがちょっと違う。首を傾げる僕に「ちょっとこうしていろ」と目を両手で隠すよう伝えた。言われた通りにした僕は、すぐに聞こえた痛そうな声に固まる。指をわずかにずらして、隙間から覗いたのは秘密。


 僕に痛いことをした人が燃えていた。でも知らない色の火だ。動きは火みたいだけど、色は青い。驚いて手を離したら、「こら」と叱られた。でも叩かれたりしなくて、そのまま抱っこして体で隠す。


 僕が見ちゃいけないの? 不思議に思ったけれど、今度はきちんと両手で目を塞いだ。

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