第6話妻として
「ふぁ……」
朝目を覚ますと、エミリオはベッドにいなかった。
「奥様、旦那様は本日外出されております」
「そう……じゃあ何をしようかしら」
「私共は奥様がなさりたい事をさせるように旦那様から言いつかっております」
エミリオ、色々考えてくれているのね。
「じゃあ、市場に行きたいわ。ジャムを作りたいの」
「ジャム、ですか?」
「ええ、実家で過ごしていた時の数少ない生きがいだったの」
元家族達に見つからないように砂糖をくすねて作ったジャムをボロボロな部屋にかくして堅いパンと合わせて食べていた、数少ない楽しみ。
「──分かりました、では市場まで行きましょう。それと──」
「仮面は、つけておくように、でしょう?」
「はい、仰る通りです」
着替えて化粧をして、仮面をつけると、私は馬車に乗り込み市場へやって来た。
ドレスは控えめなドレス、仮面も控えめな仮面をつけている。
それでも目立つものだ、しかたないでしょうね。
公爵様の妻がこんな市場に来るなんて。
「奥様どの果物が良いでしょうか?」
「このオレンジとイチゴは良いわね、ご主人買わせていただいても?」
「こ、公爵様の奥方様に買ってもらえるなんて夢みたいだよ、本当」
と、果物屋のご主人は言うが、私の顔を見たら仰天するだろう。
あのローランサン家で使用人として買い物に来ていた女だとは思うまい。
ジャムにする分の果物を買い、そのまま公爵家に戻る。
と、屋敷の前に女性がいた。
かなり濃い化粧をし、着飾っている女がいた。
「……」
誰だろうと思っていると侍女が口を開いた。
「ロゼッタ様、何の用ですか?」
そういうと女は私を睨み付け近づいてくる。
侍女と護衛が私を守るように女に立ちはだかる。
「何って、私のエミリオが勝手に知らぬ女と結婚したのよ! 私のエミリオよ!」
「……」
なるほど、エミリオに恋慕を抱いて居るのか。
だから妻である私にそんな敵対心を向きだしにしているのか。
「大体公爵家の妻が市場に行くなんて妻あるまじき行為だわ」
五月蠅いわね。
「ともかく──」
「我が妻に何の用だ」
低く、圧のある声が聞こえた。
その声に女は喜色満面の笑みを浮かべていたが、即座に立ちすくんだ。
「エミ、リオ?」
「私をその名で呼ぶな、呼んで良いのは我が妻と父母、そして友だけだ」
女はエミリオの威圧的な口調を拒絶の言葉に、泣き始めた。
「どうして? 私にそんなことをいうの⁈」
「我が妻に無礼な態度を取ったからだ」
「こんな女──」
私をそう呼んだ女はひゅっと呼吸を飲んだ。
「こんな、女、だと?」
エミリオは怒っている、かなり怒っている。
「フランベルジュ侯爵殿に連絡させて貰う、さっさと失せろ」
「お父様に⁈ やめて‼ 私、好きでも無い男と結婚させられそうになってるの‼ 助けてよエミリオ」
「そのまま、その男と結婚すればいい。私と妻に二度と関わるな」
女は従者達と慌てて立ち去っていった。
その後、エミリオに屋敷に入るように言われて屋敷に入るとリビングで謝罪された。
「すまない、あの女は昔から私に付き纏ってきていた女なんだ」
「そうなの?」
「ああ、昔からしつこくてな。自分の父母を介して連絡してくるから鬱陶しいし、私の心には君がいたから合わないようにしてたんだが、向こうからやってくるから毎回苦情を父が入れていた」
「そう……」
「だが、子どものすることだからと甘く見ていたのは父の失態だったな」
「……」
「これから侯爵家に向かい、直談判してくる待っていてくれ」
「じゃあ、ジャムを作って待っていますわ」
「ジャム?」
「ええ、私の数少ない楽しみの一つなんですの」
「……本邸の果樹の量を増やすべきか」
「え?」
「何でも無い、では言ってくる。カイウス殿下や国王陛下、王妃殿下なら入れてもいいが、他の者は入れぬように戸締まりをしておくように」
「はい、分かりました旦那様」
「では行ってくる」
エミリオはそう言って出掛けていきました。
「……ではジャムを作りましょうか」
「畏まりました」
私はジャム作りを始める。
侍女達は時折手伝ってくれるがほとんど一人で作った。
煮沸消毒した瓶に詰め込み、粗熱を取って蓋をする。
「これでしばらくは持つわ」
「奥様、後でこのジャムで旦那様とスコーンを食べてはいかがでしょう?」
「それはいいわね」
「では、私共が作りますので」
そう言って侍女達はスコーンを作り始めた、私は出されたお茶を飲みゆっくりする。
すっきりとしたお茶を飲み、ふうと息を吐き出す。
「奥様、どうなされましたか?」
「正直不安だったの、彼女がエミリオのことを『私のエミリオ』なんて言うから」
「確かに不安だったでしょう」
「今は交流はないの?」
「父君のフランベルジュ侯爵様とは交流があります。侯爵様は確か本日王宮に呼び出されております」
「そう……どうして?」
「娘であるロゼッタお嬢様がエミリオ様に執着しすぎていることで呼び出されていると、エミリオ様は今日の件を報告するでしょう」
「……好きでもない人と結婚するなんて可哀想」
ぽつりと呟いてしまう。
「いいえ、ロゼッタ様は色々とやらかしてしまったのです」
「何を?」
「結婚が決まり旦那様に挨拶に来たとある婚約者の内の女性のドレスを台無しにしたり、顔に傷をつけようとしたり、そう言ったことから旦那様が激昂し、毛嫌いに拍車がかかるようになりました」
「……それは……同情できないわね」
「ですから今回の婚約は仕方ないものなのです」
「結婚相手はどんな方なの?」
「自他共に厳しい方と聞いています、今回の結婚は体の良い厄介払いだと聞いているようで、その御方はそのような妻なら厳しくしがいがあると笑っていたそうです」
「……」
まるで教会に入れられるみたいね。
と思ったけど言わないでおきました。
そしてエミリオが帰ってきました。
「エミリオ!」
「フィミア、遅くなって済まなかった」
エミリオに抱きつくと、彼は仮面を外し微笑んで抱きしめ返してくれました。
「旦那様、奥様が作ったジャムでスコーンなどはいかがでしょう?」
「フィミア、君が作ったジャムかい?」
「ええ……」
「嬉しいとも、是非いただこう」
「エミリオ……」
私達はジャムをスコーンに塗り、紅茶を堪能しました。
エミリオはあの令嬢の話を一切しませんでした。
夜、眠る時間になるとエミリオは私を抱きしめます。
「フィミア……」
「エミリオ……実は不安なの……だって、私のエミリオなのに……」
「フィミア……不安にさせて済まなかった」
エミリオの言葉に首を横に振ります。
「いいの。エミリオが私を大事にしてくれているから、私は怖くなんて無いのでも……」
「たまに、不安になってしまうの。私なんかでいいのかしらって」
そう言うとエミリオは私をぎゅうと抱きしめ、うなじに口づけをしてきました。
「大丈夫だよ、フィミア。もしこれから君と私を引き裂こうという輩が現れても私はそれを許しはしない。君だけが私の妻なのだから」
「エミリオ……」
「さぁ、寝ようか」
「ええ」
その夜、私はエミリオに抱かれて眠りに落ちました──
私は不始末の責任を取って貰うべく王宮へと向かっていた。
責任を取って貰うべき相手が今は王宮にいるからだ。
「おお、これはドラキュリア公爵様! どうなさいましたか?」
あの女──ロゼッタの父フランベルジュ侯爵は首をかしげて問いかけてきた。
「フランベルジュ侯爵殿、早々に貴殿の娘を嫁入りさせろオーギュスト辺境伯の元へ」
「そ、その予定ですが、どうなさいましたか?」
「貴殿の娘が我が妻を侮辱した、これ以上にない屈辱だ。私は我が妻を侮辱されることに耐えられない」
威圧感を放ちながら言えば、フランベルジュ侯爵は顔を真っ青にした。
「い、急ぎ屋敷と本邸に連絡をしろ! 娘の荷物を今日中にまとめさせて、オーギュスト辺境伯の元に送り出せと!」
「し、しかしこの件に渋っている奥様はどうなさいますか……⁈」
執事が困惑した表情でいう。
「馬鹿者、ドラキュリア公の妻を侮辱したことが原因で家を取り潰しになったらどうする‼」
次期国王であるカイウスと私が仲が良い事はしられているし、国王陛下達とも親しき仲だ。
この間のあの愚者共の件は広まっている。
私に逆らって家を取り潰されたくは無い、そういう思いなのだろう。
「妻には、この件で私にこれ以上文句を言うなら離縁すると言っておくのだ!」
フランベルジュ侯爵殿の夫人は、貧乏伯爵と言われる家の出。
離縁してしまえば、財を失う。
逆らうことはできないだろう、これで。
「貴殿の娘の顔は二度と見たくない、私の妻を不安にさせるような女。私の友人の恋人を傷つけようとした女の顔は見たくない」
私が圧をかけると、フランベルジュ侯爵は何度も頭を下げ。
「申し訳ございません! 申し訳座居ません!」
と謝罪を繰り返していた。
家に帰り、スコーンと妻の作ったジャムを堪能し、仕事に集中していると「影」が現れた。
「旦那様」
「どうした?」
「フランベルジュ侯爵は娘の荷物を持たせて家から追い出し、オーギュスト辺境伯の元へ行かせたそうです」
「そうか、何か変わったことがないか見張りを頼む」
「は!」
私の言葉に「影」は居なくなり、少しだけ無言になる。
「フィミア、君を傷つける者は居なくなった」
「だから笑ってくれ、フィミア、昔のように、天使の微笑みを私に見せてくれ」
幼い頃のフィミアの笑顔が頭をよぎる。
今のフィミアの微笑みが頭に浮かぶ。
彼女の笑顔を守りたい、幸せを守りたい、そのためなら何だってできる気がした──
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