才を振るなら舞台の上で
守宮 泉
第1場 天才と凡才の夕涼み
俺は自他共に認める才のない人間だ。だから、練習のない日も放課後はトレーニングをする。腹筋に背筋に走り込み。文化系体育会部と称されるように、演劇部では基礎体力が大切だ。裏方である俺はそこまでシビアにトレーニングする必要はないのだが、部長を指名されてしまったからには手本を示さなければという思いもあった。まあ、体力のなさ過ぎる身体を鍛えたいという自分勝手な理由が一番だ。
校外をしばらく走っていると、川向こうの河川敷に見知った人影があった。コースを変更し、橋へと向かう。首にかけたタオルで顔を拭いながら、ずるずると土手を下った。
「先輩。珍しいですね、こんなところで」
同じジャージ姿で寝転がり、夕日を見つめていた人影がこちらを向いた。
「お、やってんねえ」
「先輩もします?」
「私はやらない。汗かくと全身かゆくなるから」
あー考えただけでかゆくなる、とごろごろしている彼女は、俺の先輩である。所属は演劇部、のはずだが、今まで一度も顔を出したことはない。そもそも学校に来ること自体稀なので、顔を知っている人も少ないはずだ。
「体力作りとかしてんですか」
俺は土手に腰を下ろし、水分補給をする。川から流れてくる風が火照った肌に振れて心地いい。
「してるに決まってるだろう。家にウォーキングマシンあるし、ダンベルも持ってる」
「へえ」
「意外って顔したろ」
「別にしてません」
「書くのにも体力いるんだぞ。ほら、腹筋だって」
とか言いながら腹筋運動を始める。動きも喋りも妙に軽やかで、何かを隠しているような不審さがあった。
「で、進んでるんですか」
あからさまに目を逸らす先輩に、俺はため息をつく。
「明日初稿をくれるって言ってたじゃないですか」
「それは変わらない。明日までには終わる」
「今の進捗は」
「ゼロだ」
はああ、と大きく息が漏れる。俺は頭を抱えた。先輩は約束を破ったことがない。今の発言も嘘偽りないものだとわかる。だからこそ、嫌になる。不可能なことを可能にしてしまう才能、それに嫉妬してしまう俺の浅はかさが。
「これだから天才は」
「すまんね、凡才くん」
ぶわり、と風が強く吹き込み、河川敷の雑草を巻き上げて渦になる。日が沈む前の停滞した空気が揺れ、夜になる準備を始める時間。ぎらぎらに照りつけていた日差しが噓のように穏やかになり、カラスと子どもの声だけが空高く響く。
これはとある天才と、それを間近に見ながら必死にもがく凡才の俺の物語だ。
「おい凡才、誰か呼んでるぞ」
「空耳じゃないですか」
「……お前、学校に友達いないだろ」
「先輩にだけは言われたくないですね」
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