月が綺麗ですね
宮藤才
第1話
私は彼女が参加すると聞きつけ「愛姫大学俳句研究会」新歓コンパに参加した。
飲みなれぬ酒と彼女と話せた嬉しさで私はヘンテコに舞い上がった。舞い上がってデタラメに恥ずかしい俳句を詠んだ挙句、記憶が落っこちた。
翌日私の下へ彼女の友人が現れた。
「彼女、軽く無いから」
聞けば彼女に告白したらしい。酔った勢いでの告白とは男子にあるまじき行い。私は猛烈に己を恥じ、話の終わりを待たず逃走した。
以降彼女はおろか彼女の友人知人の視界に入ることも憚られ、半ば逃亡者となった。その後彼女は正式に部に入部したと聞いた。ならばと私も彼女に再び相見える日を夢見てひとり俳句の勉強を始めたが、差は圧倒的に開いていった。ああ、悲しきは独学の孤独さよ。
彼女は今や俳句研究会のみならず、松山で知らぬものは居ない俳句界期待のホープとなっていた。
かくして憧れの彼女に近づく術は見つからず、一年が過ぎた。
バラ色だった(ハズの)キャンパスライフは鈍色となり、錆びて久しい。
道後温泉。
三千年の歴史を持ち、日本三大古泉の一つに数えられる。
松山に来た当初は嬉々として通っていたが、ここしばらくは自粛中だ。彼女は温泉好きを公言している。鉢合わせするリスクが高い。
とはいえ、あれから一年。ほとぼりは十二分に冷めた頃合いだ。
だいたい道後には「椿湯」も「飛鳥乃湯」だってある。そのうえ道後温泉本館は今年になって改修工事が始まり限定営業中だ。そうそう会うこともないと私は踏んだ。
かくして、私は夕暮れの道後温泉駅に降り立った。用心しつつもひとり道後ハイカラ通り商店街を抜け、今は封鎖中の正面玄関から左手の臨時口に回る。
途端。出会ってしまった。
風呂上がりで濡れた下ろし髪、艶やかな浴衣姿。友人と共に出てきた艶々の彼女を見た途端、身を隠すのも忘れ私は卵を温める雄ペンギンさながらに立ち尽くした。まな板の上の鯉、鯛めしの上の鯛。
彼女は私にどのような裁定を下すのか。そもそも私を覚えているのだろうか。
彼女はにっこりと微笑み、去っていった。
恋に落ちた。いや落ちていたのを思い出した。恋の溝にハマってぐるぐると同じところを回っていたのだ。溝から這い出した私は、彼女の足跡を遡り猛烈に道後温泉に分け入った。
実際は礼儀正しくそわそわと入場の列に並んだ。
【つづく】
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