究極の生命

彼岸花

究極の文明

 銀色の惑星が、宇宙空間にぽつんと浮かんでいる。

 惑星の直径は約二十万キロ。巨大なガス惑星並の大きさをしているが、惑星を形成するのはガスではなく固体の金属。表面は非常に滑らかで、全体を見渡しても原子一つ分の凹凸もないほど均一だ。切れ目や繋ぎ目さえもない、完全な球形をしている。例外はあちこちに備え付けられた赤いライト。一定間隔で明滅を繰り返し、その輝きは五十万光年彼方にも届くほど強い。

 惑星でありながら、その傍に光り輝く恒星の姿はない。それどころか数百万光年もの広大な範囲内に他の星の姿すらない。何故ならこの金属惑星は銀河の外……いや、無数の銀河の集まりである銀河団の外に存在する、虚空の領域に漂っているからだ。

 普通の惑星ならば、周りの銀河が生み出す重力に引かれ、こんな殺風景な場所からはゆっくりとだが動いてしまう。何十億年もの時間を掛けて、やがて銀河の一員となるだろう。しかしこの惑星は動かない。、重力に逆らうような動きを見せる。この金属惑星は、自らの力でこの場に留まっているのだ。

 そしてこの星には、宇宙のあらゆる方角から『船』がやってきていた。

 船の見た目は様々。金属的な見た目のもの、有機的な見た目のもの、エネルギー的な見た目のもの……形態どころか技術的な共通点すらもない。多様性と呼ぶにはあまりにも無秩序なのだが、全てが共通のルールに従うように、ぶつかる事もなく整列して飛んでいる。

 それらの船が近付くと、金属惑星の表面の一部が開く。まるで最初から粘土かゼリーだったかのように一部分がぐにゃりと変形。船の幅の数倍はある『入口』を作る。金属惑星の内側には大気が存在していたが、開いた入口から空気が溢れ出す事はない。まるで見えない壁に阻まれているように、気体は惑星内部に留まる。

 けれども壁などない事は、入口を通る船達が証明していた。なんの抵抗もなく船は金属惑星の中へと進入。惑星内部も金属で出来ていて、長く続く直線の道を船は通り……やがて大きな『でっぱり』が見えてくる。

 四角く出来たそのでっぱりは、港だ。船は港の傍で止まると、扉(船によって有ったり無かったりするが)が開く。

 開いた扉から、透明な足場が張り出す。すると船の中から生命体が姿を現し、続々と港へと降りていった。

 生命体の姿も千差万別だ。身の丈一センチの節足動物的存在や、炎のように揺らめくものもいる。車輪の付いた水槽ごと移動する水生生物や、周囲の空間を揺らめかせる存在もいた。船の種類によって降りてきた生命体の種は多少纏まっていたが、全体で見ればやはり共通点はない。水陸どころか肉体の有無まで違うのだ。

 そうした生命体達の中で、二本の脚で立ち、服を来た『人間』の姿は、ある意味個性的なものと言えよう。


「ふぅ。ここからまた乗り継ぎか。流石に宇宙六十個分の移動は疲れるな」


「各停で乗り継ぎしていますからね。ハイジャンプトランスポーターなら一瞬ですけど、料金、十倍ぐらい違いますからねぇ……」


 人間と会話をするのは、十本の触手を揺れ動かすタコ頭の生命体。どちらも話しているのは『母国語』だが、耳に掛けたアクセサリーが翻訳機の役割を果たしており、会話に支障はない。

 人間は「うちの会社そういうところ気にするからねぇ」と笑いながら答える。


「とはいえこれでも昔に比べれば、随分早くなったものだよ。私が新入社員の頃は、宇宙の端から端まで移動するにも一週間ほど掛かったものだ。他宇宙への移動なんて、それこそ数ヶ月の旅だった。それが今じゃ一日も掛からない。に加わってから生活が激変したものだ」


「部長の若い頃って、何時の話です? 部長ってサイボーグ手術受けてないですよね?」


「ああ、精々投薬コントロールぐらいだ。そうだなぁ、あれはざっと六万年、いや七万年前か……?」


「おお、そんなに。普通そこまで生きたらサイボーグどころか電子化しそうなのに、珍しいですね」


「妻が長命種なんだ。あと八万年は肉体を持っとかないと、私に魅力がないって言うのってどやされる」


「夫婦仲がお熱いようで何よりです」


 二人は会話しながら、自分達の乗っていた船が辿り着いた、機械の星の奥へと進む。

 向かう先にあったのは、高さ十万メートルを誇る巨大な塔だった。

 塔は上下で太さの変わらない円柱型をしている。金属で出来たそれはゆっくりと回転しており、微かにだが青く光っていた。エネルギーの流れを物語るように白いライトが明滅し、地響きのような、けれどもとても小さな音を鳴らす。

 そして地上部分には、大きな入口があった。人間どころか身の丈五百メートルはある巨人でも悠々と通れそうな入口であり、実際身の丈五百メートル近い巨大生物が通って中へと入っていく。勿論一メートルしかない生き物や、数マイクロメートルの細菌型生物もその入口を使っていた。


【次の第六千三十宇宙パッタニーアへの転送時刻は、〇八〇〇です。繰り返します。次の第六千三十宇宙パッタニーアへの転送時刻は、〇八〇〇です】


「おっと、もうそんな時間か。少し急ごう」


「はいっ」


 星の中に流れた案内放送を聞き、人間とタコ型生物は二人仲良く走り出す。驚く様子もなければ、戸惑う事もない。

 何故なら彼等にとっては、これが『日常』なのだから――――






 今から三百億年前。第一宇宙と呼ばれる世界で、最初の『知性』が誕生した。

 それは純粋な知性であり、物質的肉体を持たず、情報だけが集結して生まれた、靄のような存在だった。しかし高密度の情報は物理法則を操り、物を動かしたり、削り出したり、物質に影響を与える事が出来た。

 知性はやがて技術を持ち、文化を生み出し、そして広大な宇宙へと旅立つ技術も得た。この文明を『始まりの文明』と呼ぶ者もいる。

 テクノロジーを用いるようになった知性は、長大な寿命を活かして宇宙のあらゆる場所に進出。様々な種族と接触した。すぐに打ち解ける事が出来た種族もいたし、仲違いの末に滅ぼし合うほど激しい戦いになった種族もいた。接触と交流を繰り返しながら、知性は様々な種族と共に歩むようになった。

 そうして多種多様な種族と協力したその知性は、やがて故郷の宇宙さえも飛び出す力を手に入れた。

 宇宙という壁が取り払われ、知性と共に歩む種族達は際限なく広がるようになった。異なる宇宙の文明、異なる生態系、異なる物理法則……あらゆるものから学び、あらゆる者と共存し、マルチバースを理解し、無数に連なる平行世界さえも束ね、知性とその仲間達は勢力と技術を発展させ続ける。

 今では別宇宙との交流を可能とするだけの文明を持つ『文明宇宙』一千六百二万六百六十七個と、そこまで技術が発展していない『要観察対象宇宙』七×十の五十三乗個を勢力下に置く超巨大文化圏――――【ルアル文明】を作り上げるまでに繁栄した。


「とはいえ、未だ世界は我々の認知を超えています。現時点で行われた精度の低い予測でさえ、我々が勢力下に収めたのは宇宙を漂う一粒の素粒子のようなものと出ているのです。探求と進歩を止めれば、いずれ我々は暗闇に飲まれるでしょう」


 そんな【ルアル文明】を創設した知性こと始まりの種族(彼等は自らを■■と称しているが人間では翻訳機越しでも発音出来ない。このため創始種族と呼ぶのが一般的だ)の一人にそう言われた、眼鏡を掛けた人間の少女は真剣な面持ちでこくりと頷いた。

 少女は人間の倍近い背丈を持つ靄状の存在 ― 厳密には小さな物質の集合体である『靄』ですらない。情報という非物質の集合体である ― をじっと見つめる。少女としてはこの創始種族の顔を見ているつもりだ。顔が何処にあるか分からない、というより頭部すらない種族なのだが。ともあれ顔があると思う場所をしっかりと見つめるが、これは創始種族への畏怖や恐怖によるものではなく、に対する感情に由来する態度である。

 少女の名はユミル。身長百五十センチとやや小柄ながら、歳は既に二十五を超えた立派な成人だ。顔立ちは幼く、胸や腰回りも見た目相応と、どうにも子供っぽいが……これでもルアル文明でトップクラスの学習機関を卒業している。この学習機関は超高度知能種族向けの場所で、一般的な人間では脳構造上どれほど努力しても到達出来ない水準の偏差値を有す。つまりユミルは人間ではどうやっても入れない学校に入学した『特殊』な頭脳の持ち主であり、彼女の知能水準は人類最高峰どころか、人類以上と称しても過言ではない。

 そんなユミルにとって創設種族である『先輩』――――ダーテルフスは、運が絡まないタイプのゲームでは勝てた事がないほど頭の良い、尊敬する相手だ。そして志の高い彼女にとっては何時か辿り着きたい場所であり、今も高さを増す先の見えない目標でもある。

 だからこそ、彼が務めている仕事……多元宇宙調査を共に行える事に、少なからず憧れと緊張と喜びを覚えている。


「はい! ルアル文明にとってこの仕事が如何に重大なものか、理解しました! 全身全霊を賭けて、職務を全うします!」


「……尤も、改良こそされていますがもう何十億年年も続けている業務ですし、歴史が長い分事故対策もしっかりしていますからね。意図的にマニュアルの穴を突こうとしない限り、軽度のインシデントも起きないでしょう。丁寧にやれば良いですから、落ち着いてくださいね?」


「はぁーい……」


 興奮を見抜かれ、更には窘められ、ユミルは項垂れながら返事を一つ。


「反省は済みましたか? では私達の仕事場である、実験場に向かいましょう」


 しかしダーテルフスのこの言葉一つで、ユミルの顔には笑みが戻った。ダーテルフス(創始種族に生物学的性別はないが、当人曰く自己認識はどちらかと言えば男性との事)の後を追う形で、ユミルは『施設』の中を進む。

 ユミル達がいるのは、宇宙の辺境に浮かぶとある銀河の中心……巨大ブラックホールを取り囲む形で作られた実験施設だ。わざわざブラックホールを囲む形で作られているのは、その質量自体をエネルギー源とする『質量変換装置』の燃料とするため。尤も、ルアル文明の科学ではもっと効率的かつ大出力のエネルギー生成装置が主流であり、質量変換装置は非常電源を動かすための、予備電源ぐらいの位置付けだが。

 そしてこの施設で行われている実験内容は『他宇宙の観測』だ。

 他宇宙の観測といっても、これは大きく分けて二種類存在する。一つは「要観察対象宇宙の定期観察」というもの。

 ルアル文明は七×十の五十三乗個以上の宇宙を勢力下に収めている。勢力と言っても文明圏として参加しているのはそのごく一部である約一千六百万個。「①宇宙の外に自力で飛び出すだけの技術力を持つ」か「②当該宇宙が滅亡寸前である」の二種類を満たさない限り、要観察対象として眺めるだけ。法的には民間人や科学者の直接接触(対象宇宙への進入及びコミュニケーションの実施)は禁じられている。

 これは宇宙文明が発展途上のうちに高度なルアル文明が触れてしまうと、その文明が大きく変性してしまうため。例えるなら毛皮を着ていた原住民族に都市居住者が不用意に接触した結果、彼等が安価で高機能な都市企業のポリエステル製衣服を着るようになってしまい、毛皮衣類文化が廃れてしまうのを防ぐ事が目的だ。

 では、何故それを防ぐ必要があるのか。低機能な毛皮より、高度な石油製品を教えた方が人々の生活が豊かになるのに……という考えもあるだろう。しかしそれは長い目で見れば好ましくない。

 何故なら文明が独自に進化すれば、今までにない知識を与えてくれるかも知れないからだ。先の原住民を例に出せば、毛皮を発展させ続ければ、都市企業が知らない『技術』を生み出すかも知れないという事。「そんなのあり得ない」と言い出すなら、その者はあまりにもであり、尚且つ非科学的である。ルアル文明の科学シミュレーションにより、原始的文明への積極的な技術供与による勢力拡大よりも、一定期間保全するやり方の方が長期的発展速度は早いと結論付けられているのだ。

 そういった理由からある程度文明が発達するまで接触しない訳だが、しかし中の様子を見なければどれぐらいの文明があるかなど分からない。宇宙がどんな状態か知るためには研究が必要であるし、接触する際その文明の『価値観』が分からなければ友好的な付き合いも難しい。このため非接触型の研究、定期観察を行う必要があるのだ。

 とても重要な研究だが、ユミル達の施設で行っているのはこれではない。やっているのはもう一つの研究。

 『未確認宇宙の発見』である。

 ルアル文明は無数の宇宙を観測している文明だが、世界はまだまだ広い。未だ殆どは発見にすら至っていないのが実情である。観測を行うためには、その知らない宇宙を発見しなければならない。

 また、中には危険な宇宙もある。例えば軍事独裁に進歩していき、他宇宙への侵略を積極的に試みるような文化圏。ルアル文明は軍事力も発展しているので、そういった文明と戦っても簡単には負けないだろう。だが存在を知らなければ、不意打ちを受ける可能性は十分ある。相手が互角の軍事力ならば奇襲で不利になってしまう可能性があり、例えルアル文明側が技術的に圧倒していても被害を受けてしまう。危険な相手だからこそ、先にその存在を知っておき、動きを監視しておく必要があるのだ。このためにも未知の宇宙を(少なくとも『全て』見付けたと証明されるまでは)発見し続けなければならない。

 ユミルのいるこの施設は、その未探査宇宙の発見及び初期調査を専門に行う研究所だ。此処で新しい宇宙を発見し、今後の監視や接触規定を制定するための情報を集める。無数に宇宙が集まって成り立つルアル文明にとって、最重要の基礎研究を担う施設と言えるだろう。


「丁度今、新たに確認された宇宙の観測をしている場所があります。此処が、その部屋です」


 ユミルを連れて歩いていたダーテルフスは、やがてとある部屋の前に向かう。ダーテルフスが近付けば扉の前にあるセンサーが自動的に対象を識別。関係者か否かを判断し、自動的に扉が開く。

 ちなみにこのセンサーはただの顔認識ではなく、遺伝子や生体エネルギーの流れも含めて観測。複合的に人物を判断する。このため例え素粒子レベルで『外側』を取り繕っても誤魔化せず、またダーテルフスのような情報生命体の個人識別が可能だ。

 ユミルは新人であるが、きちんとデータベースに記録されている。問題なく扉を通る事が出来、室内へと進む。


「ふぉぉ……!」


 そこで少し、ユミルは興奮気味な声を漏らしてしまう。

 中には何十もの人々がいた。人と言ってもユミルのような人型種族ヒューマノイドではない。全身を白い毛で覆った犬型種族、頑強な甲殻で身を包んだ甲殻類型種族、燃え上がる炎のような炎熱型種族……

 ルアル文明には数多の種族が暮らしており、此処にいるのは全体から見ればごく一部でしかない。しかし一人として種族が被っていない。それはつまり、各種族の中でも飛び抜けて優秀な者が集まって仕事をしている証拠とも言えよう。彼等はコンピューターの前に座り、様々な方法で(何分必ずしも腕があるとは限らない。触手や念力を用いる種族もいる)操作していた。

 そのコンピューターの操作技術は、ユミルが遠目で見るたけでも感嘆するほど。誰も彼もが、きっと種族最上位の速さで仕事をしている。


「おう、ダーテルフス。ようやく戻ってきたか。その子がお気に入りの後輩ちゃんかい?」


 尤も、優秀だからといって上品とは限らない。

 全身が青い水晶で出来た、人型と呼ぶには少々手足や胴体が短いずんぐりむっくりな外観をした種族『水晶生命体』――――それに属する人物は、ダーテルフスに親しげに声を掛けた。

 ダーテルフスは呆れたように身体を揺れ動かす。靄のような姿に表情など現れないが、ユミルの頭にはなんとなく顰め面のイメージが過る。


「……ベーィム。あまり茶化すんじゃありません」


「そうは言うが、お前が俺以外にそこまで興味を持つなんてあまりにも珍しい事だからな。余程気に入ってなきゃ、わざわざ案内するとは言わないと思うがね。おまけにお前はプロジェクトリーダーだし。案内なんて、サブリーダーである俺に投げれば良いだろう?」


「彼女とは学校が一緒で、付き合いが長いのです。そこに他意は……」


「ないんだとよお嬢ちゃん。悲しいねぇ、憧れの先輩なのに」


「ベーィム!」


 おちょくられ、言葉を荒らげるダーテルフス。ユミルとしてはダーテルフスの物言いに思うところがあった訳ではないが、憧れの人物が初めて見せる一面にときめきに似た高揚感を感じた。

 ダーテルフスはバツが悪そうな動きをした後、肺も喉もないのに咳払い。翻訳機のAIがようだ。


「……雑談はここまでにしましょう。状況はどうなっていますか?」


「座標は特定した。転写光とコピーマシンの準備は出来ているし、一方向性ゲートも何時でも開ける。勿論タイムゾーンも何時でも起動可能だ」


 ダーテルフスが真面目に尋ねれば、ベーィムも必要な情報を話す。いずれの言葉の意味、そして『テクノロジー』もユミルは詳細な原理や役割を知っている。

 まず座標の特定。これは要するに宇宙が何処にあるか、という意味だ。

 宇宙空間の位置というのは三次元では表せない。というより一般的に使われる座標である縦横奥行きこと三次元は、。宇宙の外側は時間も位置も存在しない空間なのである。

 しかし宇宙は確かに『そこ』にある。これは宇宙自体の位置は、三次元とは別の座標概念で存在しているからだ。この座標概念は宇宙によって全く異なるため、宇宙同士が接触する(同じ座標概念を持つ)事はそれこそ奇跡のような出来事である。遠近の概念すら、単純に言い表す事は出来ない。座標を特定するだけでも、高度で専門的な技術が必要なのだ。

 そして座標を特定したら、観測のための機器も必要である。

 一方向性ゲートはそのための機器の一つ。この宇宙と別の宇宙を繋ぐ『ゲート』技術の中でも、一方向にしか進めない性質のものを指す。未知の宇宙には危険なものがあるかも知れず、迂闊に双方で行き来が出来る状態にするのは危険だ。故に相手からこちらに来る事は出来ないよう、安全対策をしなければならない。

 そしてこの一方向性ゲートに向けて撃つのが転写光である。光という文字は付いているが、性質の一部が光に似ているだけで全くの別物だ。転写光は周辺の空間や物質の情報を自身に転写する性質を持つ。つまりこの転写光を解析すれば、周りの状況を窺い知る事が出来るのだ。どの程度の範囲が分かるかは転写光照射装置の出力と解析技術により大きく変わるが、最先端のものを使えば半径百億光年程度の範囲は素粒子レベルで把握出来る。

 勿論転写光を解析するには、転写が終わった後の転写光を取得しなければならない。しかし一方向性ゲートの中に入った転写光は、少なくともルアル文明の技術では回収不可能だ。というより自分達の技術でどうにか突破出来る一方通行性能では、ならば突破される可能性が高い。まずは自分達に対処法がない状況を作らねば、安全対策の意味がない。

 ではどうやって転写光を回収するのか?

 ここで役立つのがコピーマシンだ。コピーマシンは任意の『存在』をコピーし、作り出す事が出来る。対象同士が繋がっていれば一つの存在であるため、こちらの宇宙にある転写光の発射口部分からコピーすれば、別宇宙に行ったきり戻ってこない周囲を転写した部分もコピー可能だ。

 そうして転写光をこちらの宇宙で確保する訳だが、転写光は常に周りの状況を記憶していく。おまけに一本の転写光が記録しておける情報は、『今』この瞬間だけ。そのままでは情報を取り出せない。

 その最後の問題で使うのがタイムゾーンという技術。これは対象の時間を事が出来る優れものだ。転写光の時間を巻き戻し、一時停止すれば、任意の時間に記録した情報を取り出せる。

 これらを活用して、ルアル文明は一方的に別宇宙の情報を得る。


「(どれも技術そのものは、ルアル文明では一般生活で使われているものだけど)」


 例えばタイムゾーンは食品を保管する冷蔵庫などでよく使われている技術だ。そうした基礎技術が別宇宙探査に使われていると思うと、自分達の仕事が人々の生活と繋がっているように感じられて、ユミルにはちょっと嬉しい。


「良し。調査開始は予定通り一〇〇〇時です。予定時刻まで、何時も通り、気を引き締めてやっていきましょう」


 状況報告を受けたダーテルフスは、周りに指示を出す。

 とはいえ予定に大幅な変更があった訳ではないらしい。この場にいる誰もが落ち着いた様子で作業を進めていく。

 ユミルはこれから始まる観測作業を心待ちにする。自分と憧れの先輩が一緒に行う初めての大仕事。迷惑を掛けないよう、これから一人の研究者として役立つためにもしっかり仕事を覚えようと気を引き締めながら。

 ユミルだけではない。他の作業員やダーテルフスも、決して油断した様子もない。何千万年と積み上げた経験から生み出されたマニュアルとセキュリティもある。

 全てが万全だった。

 されどこの日が始まりとなる。

 究極の文明を襲う、『究極の生命』との戦いの――――

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