イントゥー・ザ・ベッド

宮藤才

第1話

 母が亡くなったのは、私が3歳の頃だったと聞いている。


 以来14年、私と父二人で暮らして居る。

だからと言う訳ではないが、健太郎の気持ちは分かっているつもりだった。

 城戸健太郎は私の二つ下の幼馴染で、彼の母「果歩さん」はずっと私に実の母同然に接してくれた。

 下の名前で呼ぶのは本人の意向だ。確かに果歩さんは「おばさん」て感じではないし、「健太郎のお母さん」ではヨソヨソしい。それに「そういうのは役職名だわ」と果歩さんは嫌った。

母を亡くした私に「対等な一個人として接するから」と言い放ち、幼い私はなんだか誇らしい気持ちになった。以来私は城戸家の皆を名前で呼ぶようにしている。

 そうしていつの頃からか、母を思い出そうとしても果歩さんが思い浮かぶ様になった。おぼろげな母の記憶が、果歩さんと過ごした日々と混ざって私の中で一体化したらしい。だから健太郎は私からしても家族で、弟だ。


 その果歩さんが先日亡くなった。


 葬儀での健太郎は無表情で、感情をどこかへ置いてきたというか、哀しみを箱にしまって鍵を無くしたみたいな顔をしていた。

 果歩さんの遺体。

 大好きだった人が二度と動かないという現実。

 目の前にいるのに決して会えない、アクリルケースに閉じ込められた様な息苦しさ。

 棺にお花を入れながら、私は泣いた。当の健太郎を差し置いて、と思っていても堪えきれなかった。

 健太郎のお父さんの士郎さんは気落ちした彼の為にしばらく会社を休むと言ったけど、「僕は大丈夫、父さんも仕事してた方が気持ちが楽でしょ」という『家を空ける罪悪感に免罪符を与える』様な健太郎の言葉に難色を示した。それでも「あんまり気を遣われるとかえって疲れるから」と後押しされ、城戸家は普段通りの生活に戻っていった。

 でも━━

 以来、健太郎は学校に来ていない。

 私は朝夕家に足を運んだけど、会う事はできなかった。携帯にも、インターホン口にも出ない。

「ご免ね、もう少し待ってやって」

 出勤前の士郎さんは、申し訳なさそうに私に言った。

 

 そんなある日、唐突に健太郎は登校してきた。不自然なほどに明るく、友達とふざけ合っている。だが言動とは裏腹に顔はやつれ、目の下にはクマが出ていた。

「本当に大丈夫?」口にして良いのか迷ったが、私は尋ねた。

「果歩さんのこと、残念だったね」

「うん、母さんがスズカにあんまり心配かけるなっていうからさ。会って直接言わなきゃと思って」と健太郎は笑った。

 「果歩さんが?」比喩で言っているのだろうけれど……強い不安と違和感を感じながらも、それ以上聞くのは憚られた。

 「そうだね、今度一緒にお墓参りに行こう」そう言った私を健太郎は不思議そうに見て、「じゃあね」と自分のクラスの教室に入っていった。その後ろ姿を見送って、私はどうしようもなく不安な気持ちになった。これが彼の見納めになるような気がしたから。


 帰り道の夕暮れ、私は思い切って尋ねた。

「何があったの?」

「何も?いつまでも落ち込んでいられないだろ?」

「無理してない?私に出来ることなら力になるから」

「大丈夫、平気だって!」

「それなら……いいけど」

 どうしたらいいだろう。彼が何かを隠しているのは分かっているのに。

 私達は夕方の買い物客でそれなりに賑わう地元門前町の商店街を歩いた。

 健太郎がポツリと、

「……話しても信じてもらえないよ」

「うん」

「でもスズカは母さんと仲がよかった。知る権利があると思う」

 彼の口調の迷いが晴れたように感じた。

「うちに寄って。母さんに会わすよ」

「え?」

          【つづく】

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