【お前はこの世から追放だ】仲間に裏切られて妹と一緒に殺された俺、女に転生して人生再スタートするも連中の悪行が目に余るのでやり返すことにした

鳥居神主

プロローグ

第1話 燃え尽きる命 その1


 今宵は久方ぶりの満月。青白い光を帯びた月光が緑の大地を明るく照らし出す。

 その真下に広がる山の中を一人の若い男が息を切らしながら走っていた。


「はっぁ、はぁッ――」


 男の表情は恐怖に歪み切っており、余裕など一欠片もなく、ただひたすらに己の脚を前へ前へと動かす。その度、金属製の装備がカチャカチャと音を立てる。左腰に片手剣、背中を覆う背嚢。冒険者の特徴と一致する。


「チクショー、なんで、なんでなんだよぉ!」


 悪態が口を衝いて出た。迫りくる死の気配によって精神が極限まで追い詰められていた。そこへ紅蓮の剛槍が飛来する。咄嗟に地面へ飛び込んで攻撃を躱すと、正面に生えていた大木に風穴が空いた。人間がまともに食らったひとたまりもない。

 早く逃げないと。立ち上がって真横に逃げようとした瞬間、進行方向に真空の刃が放たれる。風切り音で攻撃を察してギリギリで動きを止めた彼だったが、ふと首元を見ると両手剣の切っ先があてがわれていることに気づく。


「鬼ごっこは終わりだ。観念しろ」


 酷く乾いた声だった。剣をたどって声の主を見やる。月の光によって長身痩躯の青年の姿がはっきりと映し出されていた。


「ルクスさん……。アンタだったのか」


 男が目を見開きながら青年の名前を呼ぶ。

 短めに切りそろえられた金髪とくっきりとした碧眼を携え、白い素肌は日焼けによりややくすんでいた。ジッと敵を睨むその姿は筋肉質な体型と相まって、獲物を睨む凶暴な山猫を連想させる。動きやすさを重視し、軽装の防具とロングソード。装備を見るに逃げていた男と同職だろう。

 顔見知りの登場に驚きを覚えつつ、男は両手を挙げて二歩ほど後ずさりした。生じた隙間を埋めるように刃の先端を這わせてルクスが詰問する。


「なぜ金を盗んだ?」

「必要だったからだよ」

「なににだ」

「言ったら見逃してくれるのか?」


 ルクスはかぶりを振って否定した。ふたりの間に静寂の時が流れる。観念した男が絞り出すように理由を語った。


「……母親が病気なんだ」

「なんの病だ」

「心臓病。薬を買うには金がかかる」


 理由を語った男を観察する。怯えこそあるが、嘘をつくような仕草は見当たらない。やがてルクスは小さくため息を吐いた。


「――馬鹿なことをしたな」


 嘲笑などではなく本心から出た言葉だった。瞬間、カッとなった男が堰を切ったように心情を吐露する。


「わかってるッ。でも、俺は知らなかったんだよ。もっと稼げるクエストに挑戦したいって相談したらあの人から『少々危険だが、いい仕事がある。やってみるか?』って言われて、いざ引き受けたら、クエストじゃなくて犯罪に加担させられるなんて――あの人の紹介じゃなきゃ、あんな話に乗るわけがない。騙されたんだ、騙されたんだよ、俺は!」


 やりきれない思いがあった。男が信頼を置いていた人物は人格者だと謳われて皆から頼りにされていた。ところが蓋を開けてみれば、そんなことはなく平気で他者に汚れ仕事に押し付ける悪党だった。

 そんなことくらいこちらも承知している。


「だろうな。けどな、こちらを裏切ったことになんら変わりはない」


 ルクスは相手の主張をバッサリと切り捨てた。


「いいスキルを持っていたのが仇になったな。じゃなければあの人も声をかけなかっただろうに」


 次第に男の顔に諦めの色がにじみ出る。


「殺す、のか……」

「じゃなきゃ、ここまで追ってこない」

「――ッ」


 ルクスは表情を一切変えず、殺気だけを強めた。もう後がないと知るも男は抵抗を続ける。


「ア、アンタには綺麗な妹さんがいたよな。……こんなことしてるって知ったら、どう思うんだろうな」

「脅しのつもりか?」


 彼の語気が強まった。


「半分はそうだよ」

「もう半分は?」

「本心だ」


 ルクスがかすかに視線を落とす。


「さぁな。バレたことがないから答えようがない」

「恥ずかしくないのかよ、手を汚して得た金で家族を守ってるだなんてさ」


 どの口が言うんだ、お前だって汚い金で母親を救おうとしただろうに。喉まで言葉が出かかった。しかし紛れもない正論だった。


「それしかなかった。お前と同じでな」

「は……?」


 呆気にとられたような表情を見せる男。まさかこの追手も被害者だったとは思いもよらなかったのだ。


「話は終わりだ」


 そう言ってルクスが切っ先を喉元に押し付けた。皮膚からつーと血が垂れる。


「言い残すことはあるか?」

「ッ……⁉」


 本来尋ねる必要はどこにもなかったが、自分と同じ境遇の相手への同情があった。むろん罵詈雑言が飛んでくることは承知の上で。

 自らの終わりを悟った男がアリたっけの力を振り絞り大声で叫んだ。


「く、クソが――呪ってやる、呪ってやるぞ、お前も、お前の妹も!!」


 それが男の最期の言葉となった。遺言を言い終えるや否や、ルクスは相手の首を一刀で切り落とした。

 ゴトン、と地に落ちる生首。ゴロゴロと転がって木にぶつかって止まったそれはルクスをまっすぐ睨んでいた。頭部は切断されても数十秒は意識を保つと言われており、その間は眼球さえも動かせるそうだ。

 この世に残っているうちはありったけの呪詛を置いていってやる。そんな意気込みすら感じられた。

 悲しき傀儡は怒れる頭部を見下ろすように立つ。


「あの娘だけは守ってみせるさ」


 生み出された呪いに対して確固たる意志を以て反論をおこない、彼はしゃがみこんでから生首の額にそっと手のひらを当てる。

 目を閉じてなにかを確認後、立ち上がる。目標物に狙いを定め、火属性の魔法を放射して生首を焼却する。残った遺体も同様の手順で処分した。

 持ち物は身元につながる品だけを燃やし、その他の遺品は近くの草陰にばら撒く。事故に遭って行方不明者に名を連ねる冒険者などザラにいる。

 仮に誰かに見つかっても見向きもされないか、持っていかれて使われるのかどちらかだ。気にする必要はない。

 一連の作業を終え、ルクスは「はっ」と一息をつく。やはり気乗りしないな。男は無表情のまま、呟いて踵を返す。そのときだ。


「無事、終わったみてぇだな。シスコン野郎」


 正面斜め右の木々の影からスッと人影が伸び、彼の前に黒いオーブを羽織った人物がその姿を晒した。背丈はルクスよりも二回りほど小さく、顔はローブに隠れていてよく見えない。その佇まいはどこか異様だ。

 だが、ルクスは特に驚くこともなく、相手に近寄ってから口を開いた。


「エルヴィスか。どうかしたのか?」

「別に。たまたま通りかかっただけだ」


 まだ若さを帯びた中性的な声が耳朶を打つ。やや高音寄りの声音であるが、どこやら威圧感があった。通常なら身構えてしまうような雰囲気だが、ルクスはごく当たり前のように「そうか」と相槌を打つだけだった。


「……おいおい」


 肩すかしを食らったエルヴィスが乱雑にフードを取る。真っ赤に燃える逆髪に狼のような鋭い目を持った若い女の顔が露わとなった。二十歳手前だと思われる。彼女は呆れたように息を吐いて、彼に詰め寄った。


「もっと他に言うことないのかよ?」

「すまない。あんまり気分のいい仕事じゃなかったもんでな」


 後頭部を掻きつつ謝罪する。同業者に加えて仲の良い間柄なのだろう。


「はっ、オレらの仕事なんてだいたいはそんなもんだろーが」


 なにを今更と言わんばかりに紅い女が吐き捨てる。悪事に加担する自分たちにとってそんなことは日常でしかない。いつまで心なんぞ痛めているつもりなんだ。彼女の言葉にはそのような批判も込められていた。


「そう言われれば、そうだけどさ」


 歯切れ悪い返答にエルヴィスが肩を竦める。


「お前、本当にこの仕事向いてないよな。そんなんで妹が守れんのかよ」


 妹という単語に反応してルクスの目が丸くなった。


「心配してくれてるのか?」

「はぁ? なんわけねぇだろ。ヘマされると後始末が面倒だから文句言ってるだけだってーの」

「そうか、ありがとな」


 先ほどまで一切の感情を表に出さなかった彼が微かな笑みを湛える。冷え切った心には十分過ぎるほどの温かみだった。


「あぁん⁉」


 彼女の額に青筋が浮かび上がる。


「テメェ、人の話聞いてたのか?」


 犬歯を出して突っかかるエルヴィスを制止してルクスが周囲を見やった。


「他に気配はないようだし。せっかくだ、少し話さないか?」

「はんっ、嫌だね。男の相手はしたくねぇ! オレは疲れてんだ、体力が持たん」


 行儀悪く中指を立てて威嚇を行い、べーっと舌を出す。


「会話するのに体力、使うのか?」

「肉体言語かもしれねーだろ?」


 両指で特徴的な形を作り出す。直後、ルクスの顔からスッと笑顔が消えた。


「猛獣となんてするわけないだろ」


 声を荒げ、本気で否定する。


「どうだかねぇ〜?」


 悪い笑みを浮かべて今度は親指を下に向けた。他者を小馬鹿にした態度もここまでくるとおちゃらけているだけに思える。気まずくなったルクスが両手を挙げた。


「……わかった、わかった」

「お、今日は素直か? いつもそうならオレも苦労しないんだがね」

「お前に苦労かけた覚えはないんだが?」

「はっ、そうかいっ」


 彼が即座に否定すると、エルヴィスは視線を強引に明後日のほうへ投げた。

 沈黙が二人の間に降りる。無言で相手を見つめるルクスと斜めに顔を背けつつもチラチラと目を動かすエルヴィス。やがて折れたように彼女から重い息を漏れた。


「……少しだけだぞ」


 そう言って、ルクスのほうを向き直る。彼は乾いた笑みを湛えた。


「調子はどうだ?」

「あん? ……別に普通だな」


 端的に答えるエルヴィス。

 平常運転だな。そう思いつつルクスは質問を変えた。


「仕事のほうは?」

「そっちもいつもの通り――あ、数日前に戦ったヤツは結構強かったな。貴族御用達のボディガードとかなんとかで」

「どんなヤツだった?」

「立ち回り重視の二刀流剣士だ。利き腕にレイピア、左手に短剣を持ってた。いかにも騎士出身ですって感じの動きが鼻についた。ま、慣れたらすぐ殺れたけど」

「スキルは?」

「使われる直前に首から上を斬り飛ばした。攻撃系か強化系だったんじゃねえかな、っていうのがオレの感想。なんにせよ、死んじまったから確かめようはないけどな」


 オレにはさ。そう付け加えて肩を竦めた。


「そうか」


 相槌を打つ同僚に今度はエルヴィスからの質問が飛ぶ。


「で、テメェのほうはどうなんだよ? 最近、仕事量が増えたって聞いたけど。なんかあったのか?」

「あぁ。それか」


 ルクスが間を置いて口を開く。


「一ヶ月後にレナの卒業式があるんだ。その前に可能な仕事を終わらせて回ってる」

「ふーん。なるほどねぇ」


 エルヴィスの顔がニヤつく。


「相変わらずの妹想いだな」

「普通は出席するものだろう。一生に一度しかないんだから」

「そりゃあ、そうなんだろうけどよ」


 エルヴィスが続ける。


「重くないのか? 色々と」


 その視線の先には殺害した冒険者の遺品が無造作に転がっていた。ルクスはかぶりを振った。


「これはこれ、それはそれだ」

「……オマエってさ。妹が絡むと割り切んの早ぇよな。いつもそのくらい強い意志で仕事ができればいいのによっ」

「いつもそのくらいの意思で取り組んでるつもりだがな」


 鼻で笑う女の声をかき消すようにルクスが反論した。山猫のような瞳がより尖っていく。それを知って彼女は「おー、こわ」と口笛を吹いた。エルヴィスという女の胆力もまた並外れている。それを理解しているルクスは小さくため息を吐いた。


「相変わらずだな、お前も」

「人間、そうそう変わんね―よっ。つーか、あの人には許可を取ったか?」

「直接頼んで許可をもらったよ。……かなり渋られたがな」


 ボサボサと頭を掻く。緊張感のある駆け引きだったことは数日経った今でも忘れられない。


「ほー、珍しいね。お前があの人んとこに直接話をつけに行くなんて。……本気ってことか?」

「変な言い方するな。あの娘は――たった一人の家族なんだよ」

「はっ、泣かせるね。そろそろ飽きたけど」


 気軽に吐き捨ててから彼女が踵を返す。


「帰るのか?」

「たりめーだ。シスコンの相手は疲れる。それに表の仕事だってあるんだかんな。だりぃけどよ」

「たしかにな。俺も明日の昼、いやもう今日か……。マルコたちを連れて他の冒険者パーティとレッド・ワイバーン討伐に向かうことになってたな」

「相手はAランクのモンスターじゃねえか。なおさら喋ってる暇ねぇだろがよ。とっととこっから離脱して仮眠でも取りやがれっ」


 後ろ手に腕を組んで遠ざかっていく。真意がわからないながらも彼女との付き合いがあれば、いつものことだと理解できる。若干の不満を覚えつつ、自らも次に仕事に移るべく思考を入れ替え、この場を離れようとした。

 そのときだった。彼女の足音がピタリと止んだ。


「そーえや最近――上の方針が変わったせいか、粛清される関係者が増えたな」


 背中越しで語られた言葉は妙に重かった。


「あぁ」


 思い当たる節しかない。脳裏に先ほど殺した男の死に様が蘇り、険しい碧眼が微かに揺れた。


「いつ誰が始末されてもおかしくない状況だ。お前もその気でいろよ。仲が良いからって、いちいち相手に同情なんてすんじゃねーぞ」

「了解だ。こっちも励むとするよ」

「……ふんっ」


 鼻を鳴らしたのち、エルヴィスは暗闇の中へと同化するように姿を消した。その際、空気に紛れるように「オレもそうするからさ」という言葉がこだまする。

 口こそ悪いが、彼女はああ見えて意外とおせっかいな一面を持つ。そんな一面を知るルクスはそれを励ましと受け取るも、かすかに胸騒ぎを覚えた。しかしながら今のルクスには仕事が残っている。考えている暇はない。

 疑念を振り払った彼は次の仕事に取り掛かるべく移動を開始、行く先々で刃と自慢のスキルを駆使して血の雨を降らせた。

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