カタクリ

ネコヤナギ

自己犠牲の笑顔

もう梅雨の季節か。

「まひるまた間違えてんの?数学ホント苦手だね」

2時間目の授業終わりクラスメートの氣仙水樹(きせんみずき)にそう言われた。水樹のうしろに1本の雨の線が出来上がった。2本、3本と雨の線は増えていく。私の心の傷を表しているかのようだ。水樹は陸上部で足が速い。それに思ったことを何でも伝えることができる。サバサバとした物言いが男子にとって心地が良いらしく男女ともに人気がありクラスの中心人物だ。

「はいはい、」どーせ私はバカですよー」自嘲気味に私が返すと数人の男子が

「世界1の馬鹿と言っても過言じゃないな。」と追い打ちをかけてきた。唇を噛み締めて、直ぐに元に戻す。少し大げさに笑いながら

「うっさいよ」と口調を荒げて返し私の周りは笑顔に包まれる。これが私達のお決まりってやつだ。でも本当はやめてほしいんだよな。言う勇気はどこにもないが。

「次移動だぞ。早くいけー。」と担任の猫柳先生がクラス中に呼びかけた。それを聞き慌ただしく教室を出ていくみんなを私は黙って見送った。猫柳先生は30代なかばくらいの先生だ。生徒と仲が良く、とてもいい先生だと評判だ。

「まひる早くしないと遅れるよ?」そう水樹たちが私を催促してきたけど教科書が見つからないからと言ってごまかした。最後の生徒が小走りで教室を出ていく。たちまち静かになった教室に先生と私だけが残った。

「どうした?またなにか嫌なことあったのか。先生と話していると不思議な気持ちになる。それが私にとってはきもちがいい。

「腹を割って氣仙たちと話をすべきだと思うぞ。俺はな。」それができたらどれだけ楽なんだろう。でもそんなことをしてしまうと私のクラスでの立場が変わってしまう。気を使われてどこかよそよそしい態度をとられてしまう。それだけは嫌だ。でも、イジりに耐えきれなくなっている。私はわがままなのかな。なんて思っていると先生が続けた。

「このままじゃ片栗だけが損してしまうぞ。現に氣仙たちは授業を受けているんだからな。」先生の言う通りでしかない。勉強が得意でない私にとって授業はとても大切だ。一度欠席すると皆に追いつくのに時間がかかってしまう。

「わかってます。勉強も得意じゃないから授業は休まないほうがいいって自分でもそう思います。でも最近は授業中もいじってきてどこかで休憩しないと自分が自分でなくなりそうなんです。皆を傷つけるようなことを言ってしまうかもしれない。クラスの皆に嫌われるのも気を使われるのも嫌で、話す勇気も出ないんです。それにもともと私、いじられキャラですし。」こんな、いじられたくないけどいじられキャラでいたいだなんて欲望さっさと諦めるべきなのに私は諦められずに今も、もがいている。これが私だ。自分がどうしたいかがわからず勝手に隠れて傷つきながら、みんなの前では脳天気なおちゃらけキャラを演じる。それは去年からのことなので先生は知っている。この学校はクラス替えが行われないし担任も変わらない。だからクラスの子達とは去年も同じクラスであると同時に来年も同じクラスだ。先生と私は去年の修了式である約束を交わした。

「2年生の間に自分の心の声を聞けるようになれ。そのためならできる限り手助けはしてやる。って確かに去年約束したけどな。最近はもう、限界なんじゃないか?そのままではもたないぞ。それに__」授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。もうすぐ皆が帰ってきてしまうからと先生は続きを話さず職員室に戻ってしまった。

「何してたのー?サボりー?授業受けないとおいてかれるよ。馬鹿なんだから。」その通り過ぎて何も言い返せないのと、こんな日常会話で傷ついてしまう自分に嫌気が差す。

「えー。ギリ大丈夫でしょ。先生には内緒ね。怒られたくないし。」と冗談交じりに答えた。私の周りが笑顔に包まれる。この笑顔を私は傷ついてでも失いたくないのだ。

その日のホームルーム。先生は私に用があるから残るようにと言ってホームルームを終わらせた。優しい先生との会話は大好きだ。だが先生から発せられる言葉は正論すぎて話していると自分が嫌になってしまう。なんで私はこうなんだろうって。先生と話しているとたくさんの「タラレバ」思う浮かべる。そして自分に絶望する。それが苦しい。でも時間は無慈悲だ。帰りの挨拶をしたあと皆がどんどん解散していく。3時間目と同様、教室には私と先生だけが残った。


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