【木陰に注意】

刺すような太陽の日差しと、その暑さを助長するように響き渡る蝉の鳴き声。

「暑っつい!まじで暑すぎるだろ日本の夏〜!」

夏期講習の帰り道、スクールバックを背中でリュックのようにして背負い、手で顔を扇ぐようにパタパタと動かしていた。

「こんな猛暑日の中外に出すなっつーの。これだから体調崩す人が増え続けるんだよな〜全く。」

なんて愚痴が止まらない。

首筋に汗がつたい、それがまた気持ち悪い。

これはダメだ、ちょっと涼しい所で休憩しなければ。なんて思っているが、生憎と近くにコンビニやスーパーなど気軽に立ち寄れる店は無い。

帰っている途中で喫茶店なら見つけたが、そこでアイスコーヒーを買うほどのお金も持っておらず。

貧乏学生…!!!なんて己を恨んだりもした。


「おっ!!」

前方に大きな木が生えているのを見つける。木の葉も大きく広がっており、その下の木陰は随分と涼しそうに見えた。近くに自動販売機も見つけ、一気にテンションが上がる。

「ツイてんじゃん俺〜。」

なんて言いながら、いそいそと自販機に小銭を入れ炭酸飲料のボタンをポチッと押した。


「生き返る〜。」

ジュースを買い、木陰に入って買ったばかりのジュースを首筋に当てる。冷たさが心地良かった。

プシュッと音を鳴らし蓋を開け、勢いよくぐびぐびと飲む。ぷはぁと息を吐き出した。身体の中の熱が、吐き出した息と共に少しだけ出ていったように感じた。

木陰で直射日光を避ける事が出来て、このクソみたいな暑さもだいぶマシになったな、なんて思いながらふと無意識に上を向く。

するとそこには、宇宙が広がっていた。



「え…なに、これ。」

"宇宙が広がっていた"なんて、突然何を言い出すんだコイツ、なんて思ったけれど、実際俺の目の前には暗い夜空と明るい星々が見えていて。じゃあこの景色が宇宙じゃないならこれは一体なんなんだ。宇宙としか言いようが無いだろう。なんて自問自答を繰り返す。よく見ると葉の隙間には夏の青空がちらりと見えていて、じゃあこの木に生えている葉っぱに宇宙が広がっているんだと理解出来た。


理解は出来ても上手く飲み込めてはいない。というより、その広がった宇宙の美しさに俺は逆に飲み込まれそうだった。

夏の青空をかき消すような妖しげな星空。凄く魅惑的で惹き付けられる。思考回路が鈍くなるのが分かる。なんてきれいなんだろう。俺はぼーっとしながらその宇宙に手を伸ばしていた。


「危ないよ、坊や。」

ゆったりとした女性の声が不意に届いて俺はハッとする。急いで伸ばした手を引っ込めた。ビクリと身体が震え、思わずもう片方の手で持っていたペットボトルを離してしまう。ゴトリ、と地面に落ちた音がした。

「え、なに…。」

女性の方に顔を向けると、彼女は大きい日傘を差していて表情は見えなかった。

「キミ、取り込まれそうになってたねぇ。私が止めに入らなければ危ないところだったよ。」

「取り込まれる?」

俺のか細い声は女性にちゃんと届いたようで

「そうさ、取り込まれていた。あの宇宙にね。

そうしたらキミは独りぼっちでその宇宙でずーっと長い時間彷徨う羽目になっていたよ?」

傘を少し上にやり、俺の目をじっと見つめる女性。ようやく顔が見えたそんな女性の目が、俺には少し怖く見えた。

「ご、ごめんなさい。」

思わず謝罪の言葉を口にする。

すると女性はくく、と小さく笑って

「いやなに、キミが謝ることはないよ。むしろキミは被害者だ。まぁ、そうそうこんな体験をする事はないだろうし、これからはほんの少し気をつけるだけでいいさ。

暑いからねぇ、早くお家に帰んなさい。」

そう言って女性は俺の横を通り過ぎ、そしてやがて居なくなっていった。

俺の足元で、ペットボトルから零れ落ちた炭酸飲料がシュワシュワと音を出して弾けた。


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