夏の終わりのディゾナンス

スロ男

文披31

黄昏時に蠢く(お題:夕涼み)


 最近は梅雨つゆが始まったのか終わったのかも定かでないうえに、梅雨前に豪雨で泣く人がいて、空梅雨からつゆで苦しむ人がいる。日本には四季があるので、なんて誇らしげにいう年中春みたいな人は、いまの気候をどう思ってるのだろうか?

「なんてことを、人前では流石さすがにいわないよ? 露悪的なのは自覚してるけれど、べつに誰彼かまわず敵にしたいわけじゃない」

 ふふ、と君は笑う。笑って、僕だけに聞こえる声でいった。

「同じ一日でも、暑さはこんだけ違うし、そりゃそうだべよ。打ち水するにゃ、ちょうど頃合だ」

 僕らはベランダで、何をするともなしにぼんやりと、噛み合わない会話を楽しんでいる。君はちょっと子供っぽい浴衣を着て、うちわをパタパタと扇いでいた。

 僕は、君のことをよく知らない。

 そもそもこの土地のこともあまりよく知らないし、気づくとそこでそうして涼んでいる君に気づいて、なんとなくそれが自然のことのように感じて、もうすぐ夏が終わろうとしている。

黄昏時たそがれどきになると——」

 君が少し物寂しげに言の穂を継いだ。

「消えていくものや、生き生きするもの、揺らいでいくものやあらわれるものがあるねえ」

「ねえ、君は」

 君はどっちなの、とこうとしてやめた。おそらく君と僕の住む世界は、真逆にあって、どちらかがきょなのだ。それを確定したところで——できるかどうかは知らないが、何がどうと変わるわけでもない。


「夕べに涼む灯籠とうろうろうと影」

 僕のぼそりとつぶやいた声に君、

「消えてはかえる ただ波のよう」


 ふたりでくすくすと笑って、夕闇は夜へと移ろっていった。その、あわいの瞬間、君の手を取っていれば、あるいはともにうつつとなるなんて可能性もあったのかもしれない。

 どちらかがじつであるなんてのは、傲慢な考えだって今更に気づいたのだった。



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