16、市井デート
異国の文化作戦が失敗に終わり、コヘンとシュティッケライが、リベンジしたいとある計画を立てようとする。
「もうここまで来たらデートに誘うしかないわよね!」
「全然気付いてくれないんだもん! 少しは押した方がきっと良いはずよ!」
自身の失敗を思い出し涙目になって闘志を燃やすコヘンとシュティッケライを見たシャイネンはボソッと呟いた。
「押し過ぎはどうかと思いますが。男女のそれは駆け引きですよ。押してダメなら引いてみろ、です」
急に二人は固まり、その場に崩れ落ちる。
「ん〜。でも、もうすぐな感じするから今のところは『押す』でいいと思うわよ?」
そしてプリンツェッスィンはにこりと笑い、口を開いた。
「私に任せて!」
◇
「兄様、お願いします! レッヒェルン先輩とビブリオテーク先輩をデートに誘ってください!」
「は? え……? ツェスィー……二人とデートしたいの?」
ヴァールの顔色がどんどん青くなっていき、プリンツェッスィンは自分の言ったことが勘違いされてるのに気付く。
「違います! デートしたいと言ってるのはコヘンとシュイです!」
「あ、そっち? あ〜よかった……。今生きた心地がしなかった……」
涙目になりながら従妹に抱きつき、顔を肩に埋める愛しい人を見てプリンツェッスィンは自然と笑みがこぼれた。
「兄様ってそんなに自信ないんですね。こんなに私が兄様のこと好きなのに、いつになったら自信がつくのでしょうか」
プリンツェッスィンはヴァールの頭をよしよしと撫でる。
「ツェスィーが好き過ぎて安心なんて出来ないよ……」
「そうですか? では兄様が安心してくれるよう、これまで以上いっぱいいーっぱい愛してますって毎日言いますね」
「ツェスィー、ありがとう。僕も愛してるよ」
「兄様、可愛い」
「ツェスィーの方が可愛いよ?」
二人は見つめあって破顔した。
「それで、レッヒェとビリーにトリプルデートしないかって言えばいいの?」
「正確にはクアドラプルデートですね!」
「四組……つまりあと一組は、グレンたち?」
「はい!」
「いいね! 賛成!」
こうして次の週末クアドラプルデートをすることになったのだ。
押せ押せのコヘンとシュティッケライだが、婚約者がもうすぐ決まるコヘンと基本恥ずかしがり屋な性格のシュティッケライはいざとなると堂々とデートとは言えない。
コヘンは事業の相談、シュティッケライは学園の図書室より文献が揃っている市井の図書館で最新の魔法学の研鑽というのが表向きの理由だ。
プリンツェッスィンはヴァールと庶民に扮装してデートをすることにした。
「ねぇ、ツェスィー。皆上手くいってるかな?」
「ふふ、そうですね、皆上手くいくといいですね」
二人は並んで歩きながらコソコソ話をする。
「僕と見立てだと百パーセント上手くいくね。だってあの三組、互いを好き合ってるの見え見えだもん」
「コヘンとレッヒェルン先輩は毎週のようにお茶会してましたし、シュイとビブリオテーク先輩も何かと勉強会開いてましたからね」
「本当だね。あれでくっつかなかったら……ある意味すごいよ」
プリンツェッスィンはうーんと唸りながら口を開いた。
「でも問題は……シャイネンとグレンですね」
「うん……あの二人は……ね」
「シャイネンからグレンが好きって一度も聞き出せてないですが、本当にシャイネンはグレンが好きなんでしょうか?」
「うん。そうだと思うよ。だってシャイネン、グレンにしかあの顔しないもん」
「あの顔?」
プリンツェッスィンは首を傾げる。
「うん。とーっても愛おしそうなとろんとした目で、グレンのこと見てるよ」
「え! そうなのですか?! ……知りませんでした。よくシャイネンはグレンのことゴミを見るような目で見てるのは知ってましたが……」
「ふふ、まあ確かに傍から見たらゴミを見るような目だけど、あの目よーく見ると、好き好きって書いてあるんだよね」
びっくりしたような顔をした従妹を見てヴァールはウインクをした。
「ええ?! そうなのですか?!」
「まあそれは憶測だけど。でも彼女の言動の節々に、グレンを少なからず思ってるのを感じるよ。それに彼女、よく僕にグレンのこと聞くんだよ。何してたかとかどこに行ってたかとか。表向きは仕事してるかチェックするためなんだろうけど、それにしたら聞く回数多すぎるんだよね。あ〜グレン愛されてるなって本当思うんだ。あの二人は天邪鬼だけど、きっかけさえあれば僕たちと同じくらいは愛し合うようになると踏んでる」
「私たちと同じですか?! ……あの、自分で言うのはなんですが、私たちかなり……その……」
プリンツェッスィンは顔を赤くし手をモジモジさせる。
「そうだね、僕たちはとてつもなくお互いを愛してる。僕はツェスィーのためなら命を捨てることを
「違いませんよ」
ヴァールは照れながら笑い、愛しい従妹を見つめる。プリンツェッスィンはフリフリと首を振った。
そして二人は人気がない路地裏に曲がる。ヴァールはプリンツェッスィンを壁を背に立たせ、顔の横に手をつけた。
「ツェスィー、だめ?」
「ダメって言った事ありますか?」
「ふふ、ないけど。一応ね」
二人は鼻先どうしをくっつけ、こすり合わせる。次に交互に下唇を甘噛みし合い、ゆっくりと顔を左右に動かした。
そしてヴァールは舌先を使ってプリンツェッスィンの口の中を探るように蹂躙する。歯の裏側や歯茎の隅々まで舐めまわすように犯していき彼女も愛しい従兄に可愛らしく一生懸命応えた。
シャイネンたちは離れたところからプリンツェッスィンの護衛をするが、その途中にある露店でグレンツェンの好きなものを彼女が買ってあげる。
「これアンタ好きでしょ」
「ああ。ってか普通逆だろ」
グレンツェンはお返しにとシャイネンが好きなそうなジュースを買ってあげた。
「ほらよ。お前ちっちゃな頃からこれ好きだよな」
「覚えてたのね」
「ああ、意外とガキっぽいところあんなと」
「……殺す。一瞬でも感謝した私が間違ってたわ」
シャイネンは仕事の相棒をキッと睨みつける。そして少し恥ずかしそうに口を開いた。
「お花摘みに行きたいから、姫様たちのことちゃんと見ていてね」
「は……? どこへ花摘みに行くんだよ」
「アンタ本当に何も通じないのね! 御手洗よ!」
「お、おう?」
グレンツェンはシャイネンが御手洗に行ってる間、花屋の前を通る。
「そういえば……」
女は花を貰うのが好きだと誰かが言っていたと思い出し、花を眺めた。
「カッコイイお兄さん、恋人への花を選んでるのかい?」
「恋人じゃねーよ」
いきなり花屋のおじさんに声をかけられ、グレンツェンは拗ねたように答える。
「そうかぁ〜。君のようなイケメンでも恋人になれない女性か……。でもな! 女ってもんは愛されるのが好きなんだよ! 情熱的な愛情を伝えればコロッといっちまうもんさ! 無難なのが薔薇だな。一本なら花束より重く取られないだろうし、花言葉も良いからな。よし! 兄ちゃん、これ持ってきな! プレゼントだ!」
グレンツェンは赤い薔薇一本を持たされた。
「え? まさかタダなのか?」
「おうよ! その代わり、今後ご贔屓にな!」
驚いて尋ねると花屋のおじさんは気前よく答える。
「……ごめんおっさん。普段ならそのまま有難くタダで貰うけど……アイツにはちゃんと俺が買った花をあげたいんだ」
「うおー! 君の情熱的な愛情気に入った! タダにはしない! だが、特別な魔法かけさせてもらうぜ!」
おじさんは一本の薔薇になにやら魔法をかけた。一本分の値段を払い終えたグレンツェンに話しかける。
「その彼女に渡したら、リボン解いてもらいな。おっちゃんからの渾身のサプライズだ! 幸せになりなよ! イケメンの青年!」
グレンツェンは意味がわからないと呆れながら、シャイネンと待ち合わせした場所に戻った。魔法で空間を作り、ポッケに花が折れないよう入れる。
駆けつけるとそこには鬼のように怒っているシャイネンがいた。
「姫様に何かあったらどうするの?!」
「わりぃ、わりぃ。これやるから、許せよ」
グレンツェンは一本の薔薇をシャイネンに渡す。
「アンタ……これ意味わかってやってんの?」
「は? 女って花が好きなんだろ?」
全然赤い薔薇一本意味も分かってないグレンツェンを見て、一瞬でも期待してしまい馬鹿だったとシャイネンは溜息をついた。
「リボン解いてみ?」
「は?」
「だから、解けよ」
シャイネンは疑いながらリボンを解く。すると、百八本のバラの花束と『Will you marry me? 108 roses for you.』と書かれたカードが出現した。
彼女は珍しく顔を真っ赤にする。クールビューティーの彼女が顔を赤らめたのを幼い時以来見てないグレンツェンは目を白黒させた。
「お前、熱でもあるのか?! 大丈夫か?! 立てるか?!」
グレンツェンの慌てようは酷く、パニックを起こした彼はシャイネンをお姫様抱っこし、街にある診療所まで連れていく。
お姫様抱っこされたシャイネンは更に顔を赤くしてあまりの緊張に言葉を発することが出来なかった。
診療所に駆け込んだグレンツェンは医師にシャイネンを診せる。医者が大輪のバラの花束を持ったシャイネンを見て、口を開いた。
「君のせいだろ。彼女を大切にしなさいね」
そうあしらわれるがグレンツェンは引き下がらない。
「おい、ちゃんと診ろ!」
医師はやれやれと呆れ果てた。
「言わなきゃわからんかね。彼女は君にプロポーズされて、顔を赤くしただけだ」
「は? え? 誰が誰になにを?」
「君……まさかと思うが、何も知らないでこの大輪の薔薇の花束を渡したのか?」
「え……?」
意味がわからないという顔をしてるグレンツェンを見てから、シャイネンを見た医師はふぅと溜息をつき口を開く。
「君は苦労するかもしれないが、見捨てないであげなよ」
「分かってます。このクソバカ野郎がとんでもなく愚かでアホでバカってことは痛いほど分かってます。でも、見捨てるつもりはサラサラないですよ」
シャイネンはプリンツェッスィンくらいにしか見せないような花のような笑顔を見せた。医師も照れてしまい、それをみたグレンツェンが苛立つ。
「何おっさんに色目使ってんだよ、気持ちわりぃ」
暴言を吐くグレンツェンに対し、医師もやれやれと言う顔をし、二人を診療所から追い出した。
「お前あの顔とあの笑顔ほかのやつにしない方がいいぞ。お前は笑えばまあ……見られなくもない顔になるんだから」
「アンタって本当に素直じゃないわよね」
「は?」
「可愛い笑顔を自分以外に向けないで欲しいって素直に言えばいいのに」
「は、はああああ?! ななな何いってんだよ! い、意味わかんないこと言うなよ!」
「ふっ、動揺しすぎよ。そんなんだと影はつとまらないわよ?」
「お前が変な事言うからじゃねーか!」
「そうね。変な事言ったわ。忘れて」
そう言ったシャイネンは、右手の指をグレンツェンの左手の指に
「私もグレンの見られなくもない顔、それなりに好きよ」
ぎゅっと抱きつかれたグレンツェンは何が起こってるのか分からず、体を硬直させる。
「本当、アンタってクソバカ野郎ね……かっこ悪」
そう言ったシャイネンはグレンツェンから離れ、プリンツェッスィンの方に駆け寄った。残されたグレンツェンの鼻からは血がたらりと出る。
「くそっ!! シャイのやつ、見てろよ!」
そう大声で言い、手で血を拭った。
「絶対振り向かせてやるから。ぜっつつたい俺の女にする……」
それから小声でボソリと言ったのだった。
◇
コヘンとレッヒェルンは小さなカフェに入る。コーヒーの香ばしい香りが立ち込め、二人はホットコーヒーを頼んだ。
「ははは、デートみたいだなぁ」
レッヒェルンは冗談を言い笑わそうとするが、コヘンは真っ赤な顔をしてしまう。
レッヒェルンもどうしたらいいか分からなくなってしまい目を泳がせるが、コヘンからとりあえず食べて欲しいとお菓子を差し出された。
「お前……結婚しちまうんだよな、その、婚約者と」
目の前で顔をあからめる少女を見て、つい心で思ったことが口に出てしまう。
「ごめん!」
空気を読まない発言をしたとレッヒェルンは謝った。
「はい……」
「そっか……ってか、ならこういうことやめた方がいいんじゃあねぇか?」
コヘンが静かに答え、レッヒェルンが彼女を突き放す。
二人は黙り込んでしまい、気まずい雰囲気が数分流れた。
「これ、サービスよ! 初々しいカップルが上手くいきますように!」
するとカフェのお姉さんが気を利かし、二人で飲むジュースを置いていく。
更に気まずくなったが、あんまりにも露骨なサービスに、二人は笑い出してしまった。
「そうですね、本当はやめた方がいいと思います。でも、格好悪く足掻いてもいいんですよね? 先輩が私に教えてくれたんですよ?」
コヘンがレッヒェルンを見て微笑んだ。
「そうだなぁ。自分の教えた責任は取るべきだなぁ」
初めてコヘンを見てから少なからず惹かれてたから、最初クッキーを食べるといい、また食べたいとお茶会を頻繁に開き、彼女から貰ったチョコの包装紙を柄にもなく取ってあるという様をレッヒェルンは思い出す。
「俺って単純で分かりやすい奴って自分で思ってたけど、そうとう分かりにくい奴だったわ!」
「そうなんですか?」
「ああ。でもそれが分かったのはお前のお陰だよ。俺、叶えたい夢が増えた!」
「その夢ってなんですか?」
微笑みながら聞くコヘンをレッヒェルンはじーっと見つめた。段々赤くなる彼女に彼は口を開く。
「言わなきゃ分からないか?」
コヘンの頬に手を添え、レッヒェルンは顔を近ずけた。コヘンは頭がショートし、顔を真っ赤にして目を回して気を失ってしまう。
初心すぎるコヘンを腕に抱え、レッヒェルンは項垂れた。
「やばいなぁ。好きすぎて、もう離したくないわ。あーどうしよう……最悪駆け落ちかぁ……うん、それも視野に入れておこう」
そうブツブツ言いながら、コヘンをお姫様だっこし、カフェから出たのだった。
◇
シュティッケライはビブリオテークと市井の図書室の自習室で、論文について研鑽していた。本当に真面目に研鑽していて、これはデートなのかと彼女は頭を悩ます。だが、学園以外で二人きりになれたことだけで嬉しいシュティッケライは舞い上がった。
研鑽をしていたら、シュティッケライはビブリオテークに見つめられてることに気付く。彼女は照れて顔を赤くした。
「あなたは積極的なのか消極的なのか分からないですね」
「え?」
シュティッケライは咄嗟に知ったかぶりをする。
「今回のこの男子三人……いや四人が女子四人とそれぞれ二人きりになるのは、誰が仕組んだんですか? 例え王女様がヴァールと市井デートを希望したとしても、それなら私たちは要らないはずです。要るとしてもグレンとシャイネンさんくらいでしょう」
ビブリオテークに痛いところをつかれ、シュティッケライが青ざめてるのに赤くなっているというおかしな顔色になった。
「すみません。意地悪を言ってしまいました。気を持たれてるという確証が欲しかったんです。まあ大体レッヒェとコヘンさんでしょう。あの二人はよく学園でもお菓子を口実にしてお茶会というていで逢引してましたし。あなたも友達のために私とデートまがいをしたのでしょう?」
「……まがいじゃありません!」
急に大声を出すシュティッケライの口をビブリオテークの手が抑える。柔らかい唇の感触を手で感じ、ビブリオテークは手を引っこめた。
「すみません……あまりに大きな声だったんで……。女性にすることではないでしたね。失礼しました」
「いえ……別に大丈夫です。嫌ではなかったので……」
「あの……そういうこと言うと誤解してしまうのでやめてくれませんか?」
「……すみません。今のは忘れてください。そういえばこの章までしか研鑽がおわってませんでしたよね? 続きしましょう?」
シュティッケライは自分が拒絶されたことにショックを受けながら、でも表情には出さず、話を変えようと笑う。
ビブリオテークは彼女の机に置いていた手に自分の手を重ねた。
「忘れないでください。……すみません……上手く言えなくて。自分が情けなく感じます。えっと……あ、そうです。あなたに言いたかったことがありまして……。何故、生チョコをくれなかったんですか?」
「え? ……あの……ど、ど、どういうことでしょうか?」
あんまりにも唐突な質問に、シュティッケライは動揺の色を隠せないで頭が真っ白になる。まさか生チョコをあげようとしてたことがバレたなんてと、誰がビブリオテークに言ったんだろうかと、でも親友たちは疑いたくないと、顔を青ざめた。
「大丈夫です。誰もあなたが私に生チョコをあげたかった、なんて言ってませんよ。すみません、カマをかけました。カマをかけても勝算があるという可能性は二点から推測しました。一点目、あなたが例の異国の文化の日に近い日、手作りチョコの本を読んでいて、生チョコのページに付箋を貼ったのをみて、生チョコを誰かにあげるんではないかと推測しました。そして二点目、私に栞をくれたとき、ポッケに何か大きいものが入ってました。ポッケに普通入らないような大きさです。すぐチョコだと思いました。なのにあなたは私にくれなった。他の人に渡すのかと一瞬思いましたが、他の人に渡すなら形が崩れるようなポッケに入れません。つまり、咄嗟にポッケに入れなきゃいけなかった距離にいる私がチョコを渡したい相手の可能性が高いんです」
「……先輩らしいですね」
「すみません、打算的なんです」
「いいえ、責めてないですよ……。先輩らしくて、とってもす」
好きという言葉を言いかけたシュティッケライの唇をビブリオテークのそれが遮る。あまり上手いとは言えないキスだったが、シュティッケライの顔を今日一番に真っ赤にされるには十分だった。
「先輩! もしかしたら好きじゃなく、素敵って言うかもしれないのに、なんでこんなことしたんですか?!」
「何事においても事前調査と計算は必須だと思いますが……賭けも、時には必要だと親友たちから学びました。私の賭けは勝ちましたでしょうか?」
ビブリオテークはシュティッケライを見つめる。
「……はい。大勝ちですよ……」
「そうですか。それは良かったです。では、ちゃんと私から言わせてくださいね。シュティッケライさん、あなたが好きです。あなたが私を望むなら、あなたを家に迎えたいから力を貸してほしいと両親に頭を下げます」
ビブリオテークが両親に対して不信感と反発心を持ってるのを知っていたシュティッケライは、そんな両親たちに頭を下げてでも自分を娶りたいと言ってくれるビブリオテークが更に好きになった。
「頭はあげたままでいいですよ。我がトゥーフ家は確かに先輩の家より格下ですが、シュトゥーディウム家が喉から手が出るほど欲しがってる土地を所有してます。そのくらい、事前調査してますよ」
「な! 私は土地が欲しくて言ってるわけじゃないです!」
急に大声を出すビブリオテークの口にシュティッケライは自身の人差し指を当てる。
「先輩、ここは図書館ですよ。大きな声は出してはいけません。ふふ、はい、分かってますよ。ちゃんと先輩の愛のプロポーズは伝わりました。不器用な先輩らしくて、とっても可愛くて……嬉しかったです」
「そういわれるのはあまり好ましくないのですが……」
やはりビブリオテークもヴァールと同様、好きな女性に可愛いと言われるのが微妙であった。
「すみません、でも、本当に嬉しかったんですよ。では、プロポーズのお返事しますね」
シュティッケライはビブリオテークを見つめる。
「性格に難がある私を妻にするのは大変でしょうけど、あなたが望む限り、私はあなたの側に居ると誓います。先輩、大好きです。私を妻に迎えてください」
「私は一度言ったことは貫くつもりです。好きです。私の妻になってください。生涯連れ添いましょう。性格に難があるのは私もですよ。似た者夫婦でいいんじゃないでしょうか?」
「そうですね。本当に、私たちは似てますね」
そしてまた、今度はさっきのキスよりも上手いそれを交わした。二人は微笑み合い、これからの将来について語るのだった。
◇
待ち合わせ時間になり、待ち合わせ場所に八人、いや四組のカップル……正確に言うと、三組のカップルと二人が集まった。
「今日は楽しかったね! コヘンとシュイはどうだった?」
プリンツェッスィンは親友たちに今日の成果を尋ねる。
「……なんかよく分からないけど、レッヒェルン先輩が離してくれないの」
そう顔を赤らめるコヘンの腰に手を回すレッヒェルンは何を当たり前のことをと言わんばかりに口を開いた。
「あ、俺ら結婚することにした。コヘンの婚約者を打ち負かせなかったら、駆け落ちするから、その時はヴァールかビリーが俺を雇ってくれ」
「えええ! レッヒェ先輩?!」
「え? 違うのか?」
「え?!」
「え! 一緒に格好悪く足掻いてくれるんじゃないのか?」
「……あの……その……」
レッヒェルンはコヘンを見つめる。
「レッヒェルン先輩がいいなら……そうしたいです」
「よし! 決まりだな! これから大変だぞぉ! 先ずはそうだな、コヘンの家に俺と結婚した方がいいメリットを提示しよう! どんどん駒を進めていくぞ! な、コヘン!」
レッヒェルンはコヘンに向かって微笑んだ。
「はい!」
コヘンはふわりと花のような笑みを浮かべる。
「私たちも負けてられませんね。報告はレッヒェに先を越されましたが、結婚式は私たちの方が早くするつもりですので、負けませんよ?」
ビブリオテークはおもしろ可笑しそうに笑った。そして口を開く。
「私とシュティッケライも婚約することにしました。まだ両親たちには打診してませんが、必ず勝ち取りますよ。ね、シュイ?」
「ビブリオテーク先輩……はい。必ず。無理なら駆け落ち、します?」
「私はあなたを路頭に迷わすつもりは一切ないので、それはしませんよ。そうですね……無理そうなら、両親たちを脅してでも、もぎ取りますけど」
仄暗い笑みを浮かべるビブリオテークは、両家の闇の部分を知ってるような顔をする。
クリーク帝国だったころからあるこの歴史ある両家は、やはり少なからず戦争により利益を得てきた。
心を入れ替え、罪を償った後だとしても、人として冷ややかな目で見られても仕方のないことをしてきたのだ。
ビブリオテークとシュティッケライは生まれてなかったので、彼たちに直接の罪はないが、両親たちは罪人である。
風評被害は貴族にとっても痛いことで、噂一つから潰れた家もないわけでもない。
「ふふ、先輩怖いですね」
「こんな私は嫌ですか?」
「いいえ。そんな先輩が好きですよ」
ビブリオテークの胸に頬を付けて、シュティッケライは微笑んだ。
微笑ましい二組のカップルを見て、ヴァールが口を開く。
「で、グレンツェンたちは?」
「は?! い、意味わかんねーんだけど?!」
「動揺しすぎよ。本当影としてやっていけるのかしら? 首にしてもらったら? 若、残念でしょうが、私たちは何もありませんわ」
「そうなの?」
「ええ。姫様も期待されたようですが、すみません」
そしてそれぞれ帰宅した。
帰宅し、プリンツェッスィンの部屋で彼女の身支度を手伝っていたシャイネンに、プリンツェッスィンが彼女の袖を引っ張り、耳打ちする。
「シャイネン、もう素直になってくれてもいいのよ? あなたが私の為に心を殺してるのはわかってるわ」
「姫様、ありがとうございます」
今まで頑なにグレンツェンのことは好きではないと言っていたシャイネンだが、とうとうあの二組のカップルにあてられたこともあり、もう潮時だと諦め、白状した。
「……確かにアイツと関係を持てば……アイツの事なので確実に私を孕ますと思います。さすれば妊娠してる間は姫様を守れません。姫様を守れない私は私が許せません。なので、アイツとはいいのです。アイツが私を好きなことはバレバレなので、もうそれだけで十分嬉しいんです」
「シャイネン……」
「姫様、そんな顔しないでください。私は姫様の笑った顔が大好きなのです」
「シャイネン! 自分を殺して我慢するのはけして美しいことではないわ! ちゃんとシャイネンの幸せを手にしなきゃ! 私は、私の一番の親友の幸せを心から願うわ! あなたが幸せになれないなら、私はヴァール兄様と幸せになっても心から笑えない。それほど、あたなは大切な親友で、家族なの! かけがえのない人なの!」
プリンツェッスィンから言葉にして親友と言われたことのないシャイネンは、静かに涙を流す。
目の前の可愛いお姫様を尊敬し、愛する気持ちはヴァールにも負けたくないと思うほど、シャイネンはプリンツェッスィンが大好きだった。
幼い頃からの好きな人への気持ちを殺すことが容易く思えるほどには、プリンツェッスィンが大切なのだ。
その人に家族以外の同性として一番大切であることを、そして家族とも思ってることを伝えられ、感極まって泣いてしまったのだ。
シャイネンはどんなことがあっても泣かない。家族や村の人を皆殺しにされても、涙は決して流さなかった。流れなかったという方が正しい。流さないことで悲しみを消化してたのだ。悲しいという感情を認めるのが嫌だったのだ。
しかし、この涙は悲しみの涙ではない。シャイネンが生きてきて、一番嬉しく思った瞬間だった。
「姫様……やっぱり私はアイツとは結ばれませんわ。だって私は姫様の方がアイツよりきっと好きなんですから」
「そうかしら? いつか分かるわよ。グレンが世界で一番誰よりも好きだって実感する時が来ると思うわ。きっと近いうちにね!」
「ふふ、そうなったら……どうしましょう」
「そうね、そうなったら、グレンは別として、私へ一番に報告して!」
「はい。分かりました。約束します。さあ、夕飯です。皆様が待ってますので行きましょう」
そうシャイネンがいい、プリンツェッスィンと共に部屋を出たのだった。
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