12、プリンツェッスィン、友達が出来る

 プリンツェッスィンが入学して一週間が経つある日のこと、彼女は数名の女子生徒に校舎の裏庭に呼び出された。丁度シャイネンは彼女のお使いの為珍しく席を外していて、プリンツェッスィンは大人しく彼女たちについて行ったのだ。


「プリンツェッスィン王女様、ハッキリ言って差し上げますが調子に乗ってません?」

「ヴァール殿下だけではなく、グレンツェン様やレッヒェルン様、ビブリオテーク様にもチヤホヤされて。入学試験も不正を働いたんでしょう? 良いですよねぇ、王女様はその立場を利用できて!」

「少し顔が整ってるだけで、あとは何も出来ないじゃない。城へ戻って家庭教師にでも勉強を教わってればいいのよ」

「何か言うことはないの?!」


 目の前の女子生徒たちにまくし立てられ、怯えて泣くと思われたプリンツェッスィンは平然とした顔をし、彼女達の話を聞いている。そして彼女たちが言い終えたあと、口を開いた。


「あなた達は……兄様、ヴァール殿下たちを慕ってるのですか?」


 その言葉は彼女たちの核心をついていて、女子生徒たちは頭に血が上る。そして近くに落ちていた石を拾い、プリンツェッスィン目掛けて投げつけた。


「あら。か弱い女の子に暴力を振るうなんて、この世の弱い立場であるのを痛いほどわかってる女として最低だと思いますよ?」


 その声とともにプリンツェッスィンの目の前に、緑色のウェーブした髪を向かって左でサイドポニーにした、桃色の瞳を持つ少女が現れ、剣を抜き石を叩き割る。


「この国の王女様に石を投げるなんて……王女様のことを大切にされてる王様があなた達をどうするか、楽しみですねぇ。今なら黙ってて差し上げますよ? もう二度と王女様に手を出さなかったら、ですが」


 ゆっくりとしたお淑やかな喋り口の、にこりと笑う翠髪桃眼すいはつとうがんの少女のリボンタイは赤色で、一年生だということが分かった。


「逃げるわよ!」


 そして女生徒たちはそそくさと逃げていく。


「王女様、大丈夫ですか? いつも側にいる従者さんは不在だったんですね」


 プリンツェッスィンの方へ振り返りながらそう言った少女は、剣を小さくし手に収まるサイズのキーホルダーにした。彼女は剣を魔法で作り出していたのだ。


「ありがとうございます。助かりました」


 プリンツェッスィンは名前も知らない目の前の少女にお礼を言う。


「王女様、ああいうときは女子生徒たちを逆なでさせてはいけませんよ。そうですねぇ……悲鳴をあげて助けを呼んだり、それかその場の証拠を取れるようなことをした方がいいかと思いますよ」

「すみません……。あの子たちがなんでこのようなことをしたのか知りたくて……。なにか理由があっての事だと思うので、力になれたらと……」


 攻撃的な女子生徒たちに対して優しい気持ちを持つプリンツェッスィンを見た少女は、仕方ないなと少し息を吐きながら笑った。


「ご挨拶遅れましてすみません。私は伯爵家のコヘン・ナーハティッシュですわ」

「ナーハティッシュさん、ありがとうございます。ご存知かと思いますが、私はプリンツェッスィン・フリーデンです。ナーハティッシュさんの無駄のない剣さばき、素晴らしかったです! 誰かに教わったのですか?!」

「ありがとうございます。女なのに剣術が得意って変ですよね」


 この国は他国より地位より実力主義の傾向が強いが、やはりまだまだ女性の社会進出は少なく、女は黙って男の後ろについてこいという風潮が残っている。勿論、剣術も基本男性しかしない。


「そんな事ないです! 女性こそ剣を持つべきです! 男性には力では勝てないけど、剣があれば勝てますもの! それに、凄く格好良かったです!」


 プリンツェッスィンはキラキラと憧れの眼差しでコヘンを見た。


「ふふ、ありがとうございます。今は騎士になった兄が教えてくれたんです。その兄に幼い時から扱かれたんですよ」

「そのお兄さんのこと、尊敬してるんですね」


 コヘンの兄を語る表情が柔らかく、プリンツェッスィンは彼女はその兄を慕ってると感じ取る。


「はい。尊敬する大切な家族ですわ」

「堂々と尊敬する人を言えるって素敵です! 素直で心根が清らかなんですね!」

「そんなことはないですよ」


 コヘンは照れ笑いをした。


「いいえ。少ししか話してないですけど、あなたはとっても素直ないい人だと思います。良かったら、私の友達になってくれますか?」


 プリンツェッスィンはふわりと笑顔を向け手を伸ばし、コヘンに握手を求める。


 コヘンはプリンツェッスィンに自分の恥ずべき特技の剣術を格好良い、女性に必要なものだと認めてもらい、人の目を気にする自分を励まし、優しく包んでくれる彼女を好きになった。


「友達なら、コヘンとお呼びください」

「じゃあ、私もツェスィーって呼んで? 敬語もなしよ」

「分かったわ。ツェスィー、よろしくね」


 そして次の日、コヘンは親友のシュティッケライにプリンツェッスィンを紹介する。


「伯爵家のシュティッケライ・トゥーフと申します」


 自身をシュティッケライと言った、水色のウェーブした髪をまとめ上げ、深い青い瞳を持つ少女はプリンツェッスィンにお辞儀をした。


「シュイ、こちらは知ってるかもしれないけど、プリンツェッスィン王女様よ」

「トゥーフさん、プリンツェッスィン・フリーデンです。よろしくお願いします」


 プリンツェッスィンは花のような笑顔をシュティッケライに向ける。


「そしてこれから、私と友達になってくれると嬉しいわ。私のことはツェスィーと呼んで? あと敬語はお互いなしよ?」

「じゃあ……シュイと呼んで? よろしく、ツェスィー」


 シュティッケライはぎこちなく笑った。それもその筈だ。彼女は両親からプリンツェッスィンに近付けと言われていたのだ。野心家の両親は王女に取り入り領地の事業を大きくしようと企てていた。そのいやらしさにほとほと嫌気がさしてたシュティッケライはわざとプリンツェッスィンに近付かなかったのだ。だが、親友であるコヘンに無理やり紹介され、関わるしかなくなってしまう。


 その日からプリンツェッスィンは従者のシャイネンとコヘン、シュティッケライと過ごすことになった。


 純新無垢で人を疑うことを知らないプリンツェッスィンはよく嫉妬から意地悪をされる。しかも他の意地悪をされてる人のことも庇うので、更に嫌がらせを受けるのだ。しかし、攻撃的なことをされるにあたっては鈍感力を発揮するプリンツェッスィンは気にしない。むしろ何か悩みやストレスがあって人に意地悪をしてるのではないかと心配するのだ。本当に幸せな人は誰かを攻撃しようとしない。その本質を十二歳ながらに感じ取ってるのだ。


「姫様、さっきもクラスの女生徒から授業中嫌がらせを受けてましたよね? 大丈夫ですよ、暫く全身が痒くて仕方がなくなる魔法をかけておきました」


 プリンツェッスィンからは仕返しはしないでと口が酸っぱくなる程言われてるシャイネンだが、主人が嫌がらせをされているのに黙って見ているのは出来ない。後に響かない程度にはやり返すのだ。


「シャイネン……。ありがたいけど、やっぱり仕返しはやめて? ちゃんと話し合えば分かると思うの」


 プリンツェッスィンは困ったように笑った。


「そうよ? 実際ツェスィーが意地悪をしてる女子生徒たちとちゃんと話すようになって少しづつ嫌がらせは少なくなっていったわ」


 コヘンはプリンツェッスィンが女子生徒たちに歩み寄りたい気持ちを尊重する。しかし彼女が危険にさらされたら容赦なく女子生徒たちを成敗するつもりであった。その包み込むような優しさは母性を感じさせ、プリンツェッスィンはコヘンに懐くようになる。


「ツェスィーは甘いのよ。私はその考えに反対だわ。王女なら不敬罪で捕えればいいのに。ツェスィーが甘いからあの子たちが付け上がるのよ」


 シュティッケライはいつもツェスィーに対して厳しい意見を言う。意地悪したいわけではないことは明白なのでシャイネンも黙ってるが、シュティッケライなりにツェスィーに対してくすぶっている気持ちを持っていた。


「シュイ、ありがとうね。確かに私は甘いかもしれないわ。気をつけるね」


 プリンツェッスィンの長所の一つは、人の意見をちゃんと聞き、取り入れた方がいいと思えば素直に取り入れるところだ。


 基本素直で優しい性格のプリンツェッスィンは人を憎んだり蹴落としたりするのが嫌いである。なるべくどの人も幸せになることを願う謙虚な姿勢はシャイネンやコヘン、シュティッケライを始めプリンツェッスィンに関わっていった人達は感じていた。


 素直な優しい性格と、見た目が可愛らしく明るいプリンツェッスィンは男子生徒から人気で、しかも王女である。あわよくば王女の婿にと彼女を狙う者は後を絶たなかった。


 告白など日常茶飯事で、校舎の色んな場所に呼び出されるが、従者のシャイネンはついて行く。王女の身に何かあっては大変だからだ。もし強姦にでもあって、脅され結婚しろと言われたら大変であるし、プリンツェッスィンも心にも体にも傷を負う。シャイネンは座っていなきゃいけない授業中以外はプリンツェッスィンから目を離さなかった。いつでも彼女の敵を殺れるよう、城に帰ってからもグレンツェンに頼んで相手をしてもらう程には腕を鍛えている。


 入学から二ヶ月だった頃、四人はガゼボで昼食を取り終わり、午後の授業まで昼休みをとっていた。


 シュティッケライは趣味の刺繍を始め、プリンツェッスィンが作品を覗き込んむ。


「シュイ、これあなたが作ったの?!」

「そうだけど?」

「凄い……! プロレベルだわ! 城内に来る仕立て屋が見せてくる作品より上手よ!」


 王女であるプリンツェッスィンのところには、腕によりをかけた品を持ってくる業者が来るのだ。目が肥えているであろうプリンツェッスィンからプロレベルと言われ、シュティッケライも悪い気はしない。


「ありがとう……。プロレベルとは自分では思わないけど、まあ……小さい時からしてるからね」


 シュティッケライはポツポツと刺繍をするようになった経緯を話していった。


「私、元々は内向的で今みたいにハキハキした物言いは出来なかったの。臆病でね。精神を落ち着かせ、黙々とできる刺繍をするうちに刺繍に魅せられていったわ。コヘンという友達も出来て、社交的な彼女から紹介されて友達も増えていったの。段々と今みたいになったのよ。まあ、今もあまり明るくはないかもしれないけどね」


 自虐気味に笑って話すシュティッケライを見て、側に居たコヘンも今まで知らなかった事実を知り驚く。


「でも本質は変わってないの。内向的で自分に自信がなく性格も素直じゃないわ。それを少しでも隠せるように、自虐して明るく笑ってるの。私ね、ツェスィーが羨ましいの。素直で本質的に明るくて、笑顔が可愛いくて。太陽みたいに笑うあなたといると、黒い霧が晴れてくように感じるわ。まるで浄化ね」


 シュティッケライは困ったように笑ってみせた。


「シュイ、話してくれてありがとう。話すの勇気がいったよね。私に話してくれて、本当にありがとうね」


 プリンツェッスィンはまずシュティッケライに感謝を述べる。


「そしてあなたは昔から素敵よ? 謙虚で客観的に自分を見つめることができて、自分の好きなことの努力ができた結果、刺繍が得意になってプロレベルにまでなった。自分がなりたい自分になろうと励んで近づこうとして、自分の欠点をちゃんと目をそらさず見つめて把握して直そうと努力もしてる。向上心があって素敵よ! 物事は裏と表があって、二面性、うんん、多面性なのよ。短所だと思ってるところが、実は長所だったってこともあるんだから。だからあなたはそのままのあなたでいいの。あなたらしく輝いていけばいいのよ!」


 プリンツェッスィンは天使のような慈愛の笑みでシュティッケライを見つめた。


 良い自分も悪い自分も全て包み込んでくれたプリンツェッスィンにシュティッケライは完全に毒気を抜かれてしまう。


「ツェスィー……ありがとう……」


 シュティッケライは潤んだ瞳でプリンツェッスィンを見つめ返した。


 その日から、シュティッケライはプリンツェッスィンと本当に仲良くなりたいと思うようになる。親から言われて反発し、プリンツェッスィンの悪い所を粗探ししようとしてた自分はなんて馬鹿だったのだろうと思うようになり、この子と仲良くなりたい、この子の力になりたいと心から思うようになったのだ。

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