馬鹿の野放図
平宍仁蜂
本編
「それで、男のほうが女を絞め殺すわけよ。グギュウウッ、とね」
「素手で殺すん?」
「も、いいけど、ここは高そうなマフラーがいいなあ。細くて邪魔にならないやつ」
「赤茶色のマフラーいいよね」
「返り血がついても大丈夫ですってね」
キャアアアア、と女子部員は身を縮こまらせながら笑った。僕は彼女たちの会話に「絞殺なら返り血は浴びない」とも「身に付けられる凶器は便利だ」とも言わず、話していたことをパソコンに打ち込んでいく。
二〇二三年度一月。私立
―――――――――――――――――――――――
・話の舞台は
・ミステリー形式で話が進む
・掲示する広告は、ツイッター風、ネットニュース風、最近起きた事件や気になるニュースを紹介するユーチューブ動画のサムネ風などをパソコン、スマホで作成→紙に印刷。話の核心に迫るものは紙のサイズを大きく。
・
・金持ち男が美少女を手籠めにしようとして失敗、絞殺する
・強制の結婚
・金持ち男にキレイな好意はない、性欲と支配欲と万能感のためのアクションが尽く失敗する
・
・金持ち男が美少女を殺したから、式は挙げられなかった。それまで平穏な日常が続いていて、事件の発覚も出頭では絶対にない
―――――――――――――――――――――――
ミーティングが行われているのは、文芸部の活動場所であるパソコン教室だ。部員構成は男子三人、女子四人で、男子部員かつ副部長の
僕は頬杖に使っていた手をそろそろと動かし、片耳に蓋をする。
「男の結婚計画が失敗した流れさ、基本的には事件発覚後に分かるけど、伏線ばら撒いときたくない?」
「分かる分かる。サイガシ生しか通らないせんまい道に見知らぬ男性が通ってて、『あれ?』みたいな」
「その場で『なんか知らんやつおる』ってポストしたりね」
「何あの教員でもなさそうな男、怖っ、みたいな」
「学校周りウロウロしてて怖かったー、とかね」
「分かる分かる」
同学年の男子部員が金持ち男の外見的特徴を聞きながら、ノートに絵を描いた。太っていないし、肌荒れがないし、「イケメンに描いて」という要望まで受けている男性キャラクターの誕生だ。
こんな男性が学校近辺を彷徨いて「気持ち悪い」「怖い」とポストされることになる。僕は首を傾げた。
「他にも違和感欲しいよね。オソロの万年筆が受け取られないでどっかに転がってるのはマストでしょ。あとはー……」
「女に拒絶されるかなんかして、式の準備がキャンセルになるってどう?」
「それ、いい! 男が一人サイガシに『ここのチャペル結婚式に使わせてください』って頼んで、『やっぱいいです』ってめっちゃ怪しいよね」
「それな。式場予約サイトの人もキャンセルの電話取ったあと、『変なやつおったな〜』って裏垢でぼやくの!」
「うわ、いい〜! そうしよそうしよ」
その日の夕食の時間、僕は父に、ミッション系スクールのチャペルで結婚式を挙げる際の申し込み方法等を尋ねた。僕自身、小学校から高校までミッション系スクールに通ってきたため、父は学校の事情に詳しい。
まず、ミッション系スクールのチャペルを結婚式に使わせてもらうよう、頼むことができるのは、その学校の職員及びその家族、卒業生及びその家族のみ。このポジションにあたる人物が仲人などではなく、挙式予定のカップル当人たちでなければならない。
そして、殆どのミッション系スクールは、式場予約サイトで学内のチャペルを使わせてもらうよう、頼むことはできない。挙式予定のカップルが職員及び卒業生のおじおば、いとこなどの場合、関係の遠さから申し込みは通りにくい。
加えて、教育施設内のものに限らず、結婚式でチャペルを利用するには、神父やシスターから数日間の講座を受ける必要がある。利用料については、はっきりそう言わず、「寄付」と言って集めるのではないか、と推測する父だった。
支払い方法は何かと聞くと、
「『あのー、寄付ってクレジットでも大丈夫なんですかねぇ』とか言っちゃって。アハハハハ!」
と笑い出したので、僕は唇を噛んだ。
その三日後、朝の八時半。既に月曜朝礼が始まっている時間、僕は自宅の自室から財布を回収し、学校の指定鞄に仕舞った。七時四十分に一度出発し、電車の中で忘れ物に気が付いたのだ。
マンションの五階から一階に降り、ポストを覗く。卒業したミッション系の小学校の教員から封筒が届いていた。
『△△△−△△△△
東京都
世宇波世宇与世宇似世宇比ハイツ204号
△△△−△△△△
東京都市具市徳分ノ尓町4丁目5番
元壱コーポ307号
西つみれより』
電車の中で封筒を開けた。僕の学年で、卒業してからこれまで、一度も顔を見せなかったのは僕だけであること、同学年の何某は新潟からこちらまで泊まりがけで同窓会に出たこと、現在の学校の様子などが記された手紙だった。
小学校から自宅までは、歩いて二十分、バスで五分。ウンウン唸りながら、僕は封筒を仕舞った。午前九時を回った蓋波左以駅で降車すると、駅ビルの雑貨店へ、封筒と便箋を買いに走った。
『令和
事務室
蓋波左以樫ノ木高校
文芸部員古新羽よしち
小説執筆に係る質問状
拝啓
時下、益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
本学文芸部では現在、小説作品に学内チャペルを登場させ、学校の魅力を新入生にアピールする企画を進行しております。ジャンルはミステリー、発表時期は来年度の4月を予定した共同制作小説で、本学チャペルは結婚式を挙げる場所として登場します。
つきましては、貴校のチャペルを結婚式に用いる際、申し込みが可能な立場、手続きの流れ、利用料を支払う時期、決済手段、手続きで用いる書類の記載事項、結婚式利用における講座の内容、配布資料等の7点をご教示いただきたく存じます。
本学のチャペルを結婚式に用いる場合の留意点は既に伺いましたが、他校での手続きの詳細を調べることで、利用料の相場、手続きの流れに共通点を見出し、作品のクオリティを上げる所存です。
ご多忙の折、恐縮ですが、何卒宜しくお願い申し上げます。敬具』
こう書いた便箋を封筒に収めると、僕はその日の放課後、手紙をポストに投函した。
十七日の夕方、僕は自宅のポストを見た。入っていたのは質問状の回答を記した手紙だったが、何か参考になる情報があるかもしれないから、部長もしくは副部長と一緒に来校してはどうか、という提案で文章が終わっていた。文芸部として書いた質問状に、責任者の名前がなかったことを指摘されている。僕は項垂れつつ、文芸部のグループLINEで現状を説明した。既読が六個つき、三時間経って、部長と副部長からのみ、リアクションマークがつく。長いため息が出た。ソファにスマホを投げる。
二十日の午前九時半、僕は蓋波左以駅で頭を下げた。目の前には、
「こんな田舎まで来てもらって、すいません。近場でも良かったんですけど、出身校のほうが聞きやすいので……」
「大丈夫大丈夫。十時十分に事務室だっけ」
「はい」
僕たちが市六酒慰学園の事務室に行くと、職員の元壱さんがテーブルに麦茶を用意して待っていた。
市六酒慰ことロクサカイの場合、学内のチャペルを結婚式に使うことができるのは、卒業生及び職員が結婚の当事者である場合に限る。この卒業生及び職員を「ロクサカイ関係者」とまとめ、原則関係者の家族及び親戚が結婚する場合、チャペルを貸し出すことは不可能。
チャペルの利用料は決めておらず、相場の十万円に色を付けて支払われることが多い。決済手段は現金入りの茶封筒が主で、ごく稀に振込用紙を用いるカップルがいる。
そして、チャペル使用に際して行われる結婚講座は校長の神父が担当し、彼が作成した紙資料を手に、説明を受けるという流れだ。講座期間は一ヶ月、週に一回の合計四回、ロクサカイを訪れ、講座を受けることになる。
「こういうのね、同窓会か何かで使いたいってときには利用マナーだけ伝えるんだけど、式のときはマナー以外のが多いね。キリスト教における結婚の意味とか、原則離婚は駄目とか。都心の方に聖イグナチオ教会っていう大きい教会あるんだけど、知ってる?」
「はい、名前だけ」
「そっか。あそこの結婚講座は本格的だよ。週に一回、三ヶ月間の合計十二回通うからね」
「十二回ですか」
スマホで、作品のアイディアメモを見る。「強制の結婚」「式までの準備も勝手に進めて」という記述。
「まだ決定してないアイディアなんですが……今回の小説、男性キャラが相手方の同意を得ないで式の準備を進めるんです。でも、申込みをパスするためには男女二人じゃなくちゃいけないから、講座についてきてくれるダミーの女性が必要になります。けど、講座が済んだあとに、その女性がダミーだと判明した場合、学校側としてはどうしますか? 訴えたりするんでしょうか?」
「うちの場合は訴えないかなあ。犯罪じゃないし、書面書かせたわけでもないから」
「訴えないなら、どういう処分になりますか?」
「厳重注意だね。なんたって、カップルのどちらかはうちの関係者じゃなきゃいけないし、縁のある人に『二度とうちで挙式したいなんて言わないでください』とは、言えないかなあ」
「そうですか……」
僕がスマホでメモを取っていると、横にいた漆和先輩が厚さ五センチほどの封筒を元壱さんに差し出した。中には、蓋波左以樫ノ木高校のオープンキャンパスのチラシが入っている。
「中学受験が終わったような時期になんですが。是非いらっしゃってください」
「あ、どうも。配らせてもらいます」
質問し忘れたことはない。僕たちは市六酒慰学園を去った。帰りのバスで、先輩は僕がロクサカイに宛てた手紙のうち、サイガシのチャペルの利用について聞いたというのは嘘だろう、と言った。頭を下げる僕。
「謝るなら手紙を受け取った事務員さんに。……なんでうちの事務員には聞かなかったの?」
「……悪目立ちしたくないので」
「悪目立ち」
「既読六、リアクションマークツーの恥です」
あー、と先輩が頷き、この会話は終わった。
次の月曜日、文芸部では共有フォルダに設置しているドキュメントファイルのチェックが行われた。これは、今、部員たちが原稿執筆に用いているファイルのみ、印刷して部長及び副部長に読んでもらう作業である。
この作業が今日行われたのは、情報の授業でパソコンを使っていた生徒が、文芸部のフォルダに保存されていたドキュメントファイルを開き、無断で編集したからだ。ファイルの変更内容としては、数行分の文章の削除、「かったる」「エンターキー瀕死」などの語句を文章の途中に挿入する、無関係のサイトのリンクを貼るなどである。編集が行われた時間、情報の教員はそれに気が付かなかったが、ファイルの最終編集時刻から、一年B組の中に犯人がいることが分かった。いたずら行為の発覚後、情報の教員も文芸部の顧問も、犯人の名前を公表することはなかった。
僕はパソコンで自分のドキュメントファイルを確認したあと、印刷して、部長に渡した。漆和先輩は病欠だった。僕はいつも通り、USBメモリをパソコンに挿してから、執筆を始めた。
今週二度目の活動日である金曜日、僕がパソコン室に行くと、教室の前に漆和先輩がいた。パソコン室は外と廊下側の両方に窓があり、掃除当番がまだ、ウェットティッシュで机を拭いている様が見える。
こんにちは、と頭を下げた。先輩は腕組みをして床の一点を見つめている。
「月曜の、ワードファイルへのいたずら。変更履歴が削除されてたし、部員全員のファイルが被害に遭っててさ。俺も確認作業に参加したよ」
「お疲れ様です……何か、分かりましたか?」
「九割九分分かった。でも、一分だけ分かんないとこがあってさ」
「へえ」
「古新羽、エンターキー瀕死って何?」
先輩が床から僕に視線を移した。
「さあ、僕に聞かれても」
「古新羽に聞くしかないだろ。犯人なんだから」
ぱちぱち、瞬きを繰り返して、僕は根拠を尋ねた。漆和先輩の推測に、事実と異なる点は一つもない。
僕はまず、先週の金曜日、部室の撤収時刻に自分が操作していたパソコンから、他の部員の原稿を編集しようとした。六台のパソコンには、僕が操作していたパソコンからの編集を許可するかどうか、ダイアログが表示され、僕はエンターキーを押した。
他の部員の原稿の編集権限が、僕が操作していたパソコン一台に集約されるのを確認すると、それらのファイルをUSBメモリにコピーし、元のファイルは削除。文芸部の共有フォルダは一度、編集時刻の古いファイルしかない状態になる。
僕は家で持ち帰った原稿を編集し、休日が終わる。月曜日に情報の授業でUSBメモリをパソコンに挿し、内容の変更された原稿を共有フォルダに移動。その場で開き、ほんの数カ所の編集で最終編集時刻を授業時間に調整。変更履歴は削除。そして、僕は文芸部のときに用いるパソコンを、情報の授業時に使うものと同じくしている。情報の授業時の座席表は、一年間、パソコン室のホワイトボードに貼られ続ける。
「言い当てられると思いませんでした」
「合ってるのか。六台同時に操作するとこなんか、自分で言ってておかしい気もしたんだけど」
「僕が一言言えばいいんですよ。『片付けておきますから先帰ってください』って」
「……古新羽の原稿は、文章の間に無関係の単語が入ることはあっても、話が成立しないほど削除された行はなかった。そうまでして、読まれたかったと?」
「………」
僕は、例の広告型小説をアレンジした原稿を書き上げた。
学内チャペルを結婚式に用いる手段は式場予約サイトではなく、この蓋波左以樫ノ木高校の事務室へ直接足を運ぶものにした。求婚する男性は金持ちではなく、月給四十六万の市役所職員。ヒロインは東京の北西部で、母の開業した皮膚科クリニックを継いだ女医。サイガシの卒業生だからチャペルの利用が許可され、二人は計七回、校長神父による結婚講座を受けた。
しかし、チャペルの利用を申し込んでから二ヶ月後、男性は行方不明になり、ヒロインは他の男性と結婚の準備を始める。男性の自宅からはクシャクシャに丸められた結婚講座の配布資料、交通定期券、運転免許証が見つかり、書き置きはない。という筋書きのミステリー小説だ。
「ロクサカイで調べた知識が反映されてたし、メインとなるカップルの社会的地位が逆だった。キャラクターの結末を殺人事件じゃなく行方不明にすれば、学校から規制されることもない……」
「意図をバラさないでくださいよ」
「ちょっと読めば分かるよ。……自由な小説だと思う。同調も協調もない」
漆和先輩は口元の笑みを崩さない。
作品内に登場するネットニュースやSNS投稿を印刷して紙に貼る、広告型小説という形式には、多くの制約が発生する。マスメディアとして、SNSとしてあり得る言葉遣い、内容を表現すること。実在する媒体の名前を使わないこと。貼り紙をする場所は、新入生に校舎の間取りを覚えてもらうという目的を念頭に決めること。
「僕はもっと、理屈で頭を悩ませて、調べ物をするたび、活路が開かれるような、そういう創作をしたかった。……感情ばかりを増幅させて、高いテンションを維持するようなのは、苦手なんです」
「あはは。まあ、賑やかなミーティングだってことは否定しないな」
「すみません、本当に。………皆さんの原稿は元の状態でバックアップを取ってあります。今日、フォルダに戻しますから」
「取ってたんだ、バックアップ」
「それは、まあ……」
漆和先輩は、「ハー……」とか「ウーン」とか声を出しながら首を捻った。
パソコン室の引き戸が引かれる。掃除を終えた生徒たちはパソコン室前のラウンジに横並びになり、当番の教員と向かい合って、掃除の反省会を始めた。僕は、掃除が終わったため、今から部活動を始めることを顧問に報告しなければならない。職員室へ足を向けた僕に、先輩が言った。
「古新羽は、今後も今の文芸部みたいな場所にいるべきだ」
「え?」
「先輩の個人的な感想。さっき話してるときの古新羽は、ちょっと感情的だったから。感情的な人を近くに置いて、反抗し続けたほうがいい」
「なんですかそれ。KYの人にKYって言うみたいな……」
「そうは言わないけど、うーん……『皆の行動、真似しないでほしいな。馬鹿に見えるから』って言ったら、納得する?」
先輩は、満面の笑みでそう言うと、パソコン室に入り、執筆を始めた。頭が、首が、背中が一気に冷える。僕は床を見ながら、職員室へ歩き出した。
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