第二話 犯罪回収業者

 声と共に石が高速で飛んできて、石江いしえの腕に命中。石江は呻き声を漏らしながらも、石が飛んできた方向を睨みつける。

 そこには石を投げた人物が一人立っており、その人物は瞬時に石江との距離を詰め石江の側頭部に蹴りを放った。石江は後ろに大きく飛ばされ、埃を巻き上げながら床を転がる。

 麻里香は石江を蹴り飛ばした人物を見て、安堵の息を漏らす。

「……黒崎くろさきくん」

 黒崎と呼ばれた人物は見た目十代半ばの少年。大人しそうな顔だが、背が高く肩幅がある。そして、額にある一文字の傷が特徴的だった。

「新田さん、助けに来ました。遅くなって申し訳ありません。ただ、常々警戒しておくようにと注意したはずですよ」

 少年は視線を石江に向けたまま、麻里香に対し謝罪と注意。

「な、なんだよ、お前は!」

 石江はゆっくりと立ち上がり、少年を殺意の籠った眼で睨みつける。だが少年は意に介さない。

「俺は黒崎優維人ゆいと。犯罪回収業者、CRAだ。ストーカーのあんたから守ってくれって、新田さんに頼まれたんだ」

「犯罪回収業者、だと」

 犯罪回収業者とは、近年増加する犯罪に対応するため、警察から捜査権と逮捕権を一部委託された民間人のこと。麻里香が警察に相談した時、刑事に優維人を紹介されていた。民間人がCRAに直接依頼をする際は依頼料が発生するのだが、料金もそこまで高くなかったので、気休めとして優維人にストーカーの捜査と護衛を依頼していたのだ。

「何故、ここがわかった?」

 石江の質問に対し、優維人は麻里香を指差す。

「新田さんのスマートフォンに、位置情報アプリを入れていたんだよ。念のために。今日の動きが普段の彼女の行動とは違ったから、不審に思って追ってきた」

 初めて会った時にすきを見て入れました、勝手なことして申し訳ありませんと、優維人は麻里香に謝罪。

 石江は顔を真っ赤にし、肩を震わせる。

「どいつもこいつも、俺を犯罪者扱いしやがって……!」

「そのものでしょ。お前のやっていることは紛れも無い犯罪行為だ」

「うるさい! 俺の恋路を邪魔するな!」

 石江はポケットから何かを取り出した。それは小さなパケ袋。乱暴に破り、中の鮮やかな青い粉末を口の中に入れた。すると、石江の体に変化が生じる。体全体が赤く高揚し、腕の血管が浮き出る。

 その様子を優維人は冷めた様子で見ていた。

「エンジェルドロップ、か」

「そうだ! 人間を進化させる天使からの贈り物! 身体能力を向上させる薬! これでボクは人間を超えた! さあ、邪魔者には消えてもらおうか!」

 石江は優維人に向かって拳を振りかぶって突撃。石江の動きは素人丸出し。だが、恐ろしく速く、強い。優維人に避けられたが、拳はそのままコンクリート製の壁にぶつかり、簡単に壁を砕いて見せた。

 石江は自身の力に歓喜。

「あはははは。すごい、すごい力だ! なんでもできるぞ!今度こそお前の番だ。この壁のように粉々にしてやるよ!」

 次々と叩き込まれる石江の拳を、優維人は腕を交差して防御。

「どうした、どうした? ただ防ぐだけか! CRAとして犯罪者の俺を捕まえるんじゃないのか!」

 石江は自身の優勢に笑っていたが、次第に笑みが消えていく。気づいたのだ。エンジェルドロップで強化されている自分の拳を、優維人が受けきっていることに。コンクリートを砕いた拳を何度も受けているのに、その両腕は原型を保っている。

「……気は済んだか」

 優維人は石江の拳をなんなく受け止めて掴む。石江は拳を引くがびくともしない。

「な、なんでエンジェルドロップを服用したのに、力で勝てないんだ……!」

「少し考えればわかるでしょ」

「……ま、まさかお前も……!」

「そうだよ」

 優維人は石江の鳩尾に、鋭く重い一撃を打ち込む。体をくの字に折る石江の頭を上から肘打ち、追撃としてアッパーを顎に叩き込んだ。

「がっ……!」

 石江は宙に浮き、そのまま後ろに倒れる。優維人は地面に横たわる石江に近づき気絶していることを確認すると、「午後四時二十一分、監禁及び暴行の罪で現行犯逮捕」と、石江の両腕に手錠をかけた。

「新田さん、お怪我はないですか?」

「ちょっとお腹を蹴られたけど、それ以外は大丈夫」

「なら、よかったです。ただ、一応救急車を呼びましょう。警察にはすでに連絡済みです。もうすぐ来るでしょう」

 優維人は麻里香に近づき、麻里香の手足を縛っている縄を優しく解いていく。

「麻里香さん、これは忠告ですが、自分は大丈夫という楽観視はやめてください。今日はどこか遊びに出掛けていたみたいですが、気が緩んでいたのでは?」

「うん。友達とショッピングしてた。ストーカーのせいでストレスが溜まってて。友達と駅で別れた際も、家までは近かったし一人でも大丈夫だと思ってた。どうせ今日も手紙がポストに入っているだけでしょっと、ちょっと油断していたかも」

「その油断のせいで、あの男に拉致されてしまったんです。もう一度言います。楽観視はやめてください。もう日本は治安が良いとは言い切れないのですから」

 そう、優維人の言う通り。

 日本は何年も前から、もう安全な国ではないのだ。

 そのことを麻里香は身をもって実感した。

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