番外編③ またたびの夜に(ソフィア視点)
⭐︎ソフィア視点
結婚後、ある夜のできごと
◇
西の空にひときわ明るい金星が輝いている。
幼い頃、ほかの星が見えない内に現れたなら金星だよ、と教えてくれたアレックス様にエスコートされ馬車に乗り込む。
ポミエス王国の王太子であるライオーヌ殿下の誕生パーティーが開催される。王城は夜空の下で光り輝いていた。
いつものようにアレックス様の膝の上に座る。視線を王城から、王宮魔術師の正装をしたアレックス様にちらりと向けた途端、甘さをとろりとにじませた黒い瞳と目がかち合った。
「ソフィー、どうしたの?」
「っ! な、なんでもない……」
あわてて赤い頬を隠すようにうつむくと、ローブの留め具が目に映る。
アレックス様の胸もとにあるローブ留は、ブラウンダイヤモンドがきらきら光っている。アレックス様が筆頭魔術師になったときにプレゼントした物。ずっと身につけてくれているのが嬉しくて、口もとが緩むのを感じながら、人差し指を伸ばして宝石にそっと触れた。
「すごく似合ってる……本当に格好いい……」
いつものアレックス様と違って髪を後ろに撫でつけている。
端正な顔立ちと王宮魔術師の正装を身に纏ったアレックス様は、ときめきに埋もれてしまうくらい格好いい。胸が苦しすぎて、たれ耳がぷるぷる震えてしまう。
はあ、と両手で頬を押さえて、顔にたまる熱を逃がす。
「ソフィー、やっぱり帰ろう」
「えっ?」
アレックス様の大きな手のひらに頬を包み込まれて、熱っぽい視線と絡みあう。ちゅ、と甘い音が鳴った。
「かわいいソフィーとゆっくり過ごしたいよ」
ちゅ、ちゅ、とキスをする唇が離れるわずかな隙間に愛の言葉をつむいで、キスで唇の隙間を埋めて、甘い言葉と触れる熱にぽお、としてきてしまう。
やさしく唇を割って入ろうとする甘やかな感触にあわてて我に返って、アレックス様の胸もとをぐいっと押し返した。
「だ、だめ……! 魔術を見るのをすっごく楽しみにしてたの……っ!」
むう、と膨れた頬を向けながら、ハンカチでうす桃色の口紅がついてしまったアレックス様の唇をぬぐう。
「そうだったね、ごめんね。ねえソフィー、頑張ったら僕にご褒美もらえないかな? ちょっと緊張しているのかもしれない……」
アレックス様のしましま尻尾が頬をすりすり撫でて甘えてくる仕草に、胸がきゅんと締めつけられる。筆頭魔術師のアレックス様でも王族の前で魔術を披露するのは、緊張するらしい。
両手でアレックス様の手のひらを包んであたためる。
「大丈夫? わたしにできることならなんでも言ってね」
「ありがとうソフィー、なんだか頑張れそうだよ」
ちゅ、とふわふわに整えたたれ耳にキスを落とされたところで王城に到着した。
◇
にこりと笑ったアレックス様に手を差し出される。手を重ねて馬車をおりると、アレックス様に贈られたドレスの裾がふわりと広がった。
やわらかな黄色のドレス姿は、肌が露出しないように刺繍の繊細なレースが胸元や背中にあしらわれていて、スカートは幾重にも濃淡の異なる黄色がグラデーションに薄く布を重ねている。ふわふわの髪はゆったり編みこみ可憐な黄色の花々でまとめられた。
先ほど鏡で自分を見たときは、まるで花の妖精になったみたいで感動して、たれ耳がぷるぷる瞳がうるうるしてしまった。アレックス様に目尻の涙をキスで吸いとられ、真っ赤になってしまったことを思い出す。あわてて再び頬に手を当てて、熱を逃がす。
「…………やっぱり帰りたいな」
「えっ? 聞こえなかったけどなにか言った?」
こてりと首を傾けて、目線をアレックス様に移した。
「ソフィーはかわいいから絶対に僕から離れたらだめだよ。話しかけられても笑いかけたらだめだよ。挨拶されても目を合わせたらだめだよ。男はみんな狼なんだからね」
「ええっ、殿下はライオンだよ?」
狼獣人はそんなに多くないので、びっくりして目が丸くなる。もしかしたらアレックス様は顔に出ないだけで、すごく緊張しているのかもしれない。
そんなことを考えていたら、目を細めたアレックス様の大きな手のひらがあやすようにたれ耳を撫でる。ちゅ、とキスをひとつ落としていった。
誕生日パーティーの行われる大広間に入る。筆頭魔術師のアレックス様に注目が集まったので、たれ耳をすんっと澄まして隣に立つ。
「一生懸命に澄ましたソフィーもかわいいね」
「っ……!」
挨拶にやってくる人がいるのに、アレックス様が素早くたれ耳に顔を近づけてささやいたから、心臓もたれ耳も跳ね上がる。
縞模様の尻尾でわたしの腰を引き寄せる。アレックス様が涼やかな顔で挨拶をする横で、わたしもたれ耳をすっと伸ばして笑みを浮かべて、挨拶を交わした。
「ソフィー、そろそろはじまるよ」
アレックス様が口をひらくと直ぐに、ライオーヌ王太子の誕生パーティーは幕をあけた。
最初のダンスを踊るのは夫の特権だね、とにこやかな笑みを浮かべているアレックス様に手を重ねる。優美な音楽が流れるダンスフロアにエスコートされた。
豪華なシャンデリアから光の粒が降りそそいで、アレックス様にリードされる。くるりくるり回ると、スカートの裾がふわりふわりと舞っていく。休憩をはさみながら何回か踊ったあと、アレックス様が筆頭魔術師として魔術を披露する時間になった。
「頑張ってね……っ!」
「ありがとうソフィー、ちゃんと見ててね」
落ち着いた様子のアレックス様は、緊張してぷるぷる震えるわたしのたれ耳に恭しくキスを落とす。ゆっくり深いうさぎ吸いをしたあと、先ほど踊ったフロアの中央に進んでいく。
振り返ったアレックス様はいつもより凛々しくて、すごく格好よくて目を奪われた。目があうと、ふわりと笑ったアレックス様が片手を上げる。
会場の灯りがすうっと消えた。
窓から差し込む月明かりがやわらかな影を落とし、会場に期待が静かに満ちていく。
「
アレックス様の言葉できらきら煌めく光の粒が舞い上がる。
金色や銀色の粒が集まり噴水のように華やかに広がっていく。広がった光の粒は床に落ちる直前に、ひらひら舞う蝶や羽ばたく小鳥に変わって会場に彩りを運ぶ。
蝶はひらりひらりと人々の周りを優雅に舞い、小鳥は唄うように飛びまわる。淡い桃や若草、水色の光の粒がいくつも生まれて集まっていく。シャンデリアを目指して光の粒がすう、と伸びて大きく弾けると花火のように光が美しく散らばって、いくつもの魔術の花火がきらきらと華を咲かせる。
まばたきするのも惜しいくらいの素晴らしいひとときが終わり静寂が訪れたあと、わああ、と大きな歓声が上がった。
◇
ざわめく会場からバルコニーにアレックス様と場所を移した。
火照った頬に夜風が心地よくてバルコニーの手すりに身体を預け、目をつむって頬を撫でる感触を受けとめる。目をとじると、まぶたの裏で先ほどの魔術が浮かんできてうっとりしてしまう。
「ソフィー、どうだった?」
涼やかな色をしたグラスを手にしたアレックス様に尋ねられる。笑顔で受け取りながら、ポミエス王国の筆頭魔術師でわたしの愛おしい旦那さまをじっと見つめた。
「とっても素敵だった――…」
すごく感動していてうまく言葉が出てこない。
たれ耳はぷるぷる震え、瞳もうるうる涙の膜を張っている。目の前に立つアレックス様に尊敬と好きと、大好きという想いを込めて見つめることしかできない。
そんなわたしを見たアレックス様がふわりと目尻をゆるませる仕草に、胸のときめきが止まらない。
「ソフィーに喜んでもらえて嬉しいよ」
やさしくグラスを鳴らして喉を潤す。アレックス様の大きな手が、たれ耳を優しく撫でるから心がとろりと甘くなる。
もっともっとアレックス様に触れてほしくて、大好きな広い胸にたれ耳を甘えるようにこすりつける。
「あのね、アレク……、もう帰りたい……。わたし、大好きなアレクとゆっくり過ごしたい……。」
澄んだ黒い瞳を見上げて、願いごとを口にする。
「だめ……?」
こてり、と首を傾げるとアレックス様の瞳がわずかに見開いた。アレックス様にすごく甘えたくてたまらない。胸がきゅうきゅう鳴いていて、たれ耳はぷるぷる震えている。
「ううん、だめじゃないよ。ぼくもかわいいソフィーとゆっくり過ごしたいからもちろん賛成だよ――僕の役目はきちんと果たしたからライオーヌ殿下に適当に挨拶して帰ろうね」
アレックス様の言葉が嬉しくて、たれ耳がぷるぷるするのを止められない。アレックス様の縞模様の尻尾が腰に巻きついて、引き寄せられた。
「ソフィー」
わたしの名前を呼ぶアレックス様の声音も、わたしを見つめる眼差しもとびきり甘い。アレックス様が愛おしくて触れたくて指先を伸ばす。わたしの指先はアレックス様の指先に絡め取られ、肩を抱きよせる大きな手のひらからアレックス様の体温がわたしにとけていく。
好きがあふれてしまうわたしを見つめるアレックス様がやわらかく微笑み、大好きな匂いが鼻先を掠めたすぐ後に甘いキスを重ねたーー
挨拶を終えて馬車に乗り込めば、大好きなアレックス様しか映らない。
「ん、んっ……」
顔を寄せあって、わずかな隙間もないくらい唇を重ねあう。二人きりの馬車に篭ると、好きを抑えることができない。熱い吐息と甘やかな水音だけが響いている。
たれ耳の内側をなぞる熱い指先に身体が跳ね、絡め取るような舌の動きに心がとろり甘くとろけていく。
「すき……。アレク、大好き――…」
「今日のソフィー、すごく大胆でかわいいね」
「アレク、アレク――…」
ポミエス王国の筆頭魔術師のアレックス様が披露した魔術は、すべての人が感動してしまうくらい素晴らしくて……。
それが飛び上がるくらい嬉しくて誇らしくもあったのに、アレックス様の瞳に映るのはわたしだけが良くて、アレックス様を独り占めしたいとわがままにも願ってしまう。
「っ! ソフィー……?」
アレックス様の首に回していた腕をゆるめる。首もとに唇をよせて、力いっぱい吸い上げて赤い印をつけた。仲のいい夫婦は、旦那さまが好きの印を奥さまに沢山つけるものだとアレックス様に教えてもらった。
アレックス様がするみたいに上手くできなかったけど、薄っすら赤くなったところをそっとなぞる。
「わたしも好きの印、つけちゃった……」
「っ、ソフィー、本当に今日は大胆でかわいいね」
艶っぽい声色がたれ耳をぷるぷる震わせる。
たれ耳にキスがいくつも落ちるたびに、胸がきゅんきゅん弾ける。アレックス様の体温に触れ合っていたくて、ぎゅうと抱きしめて、たれ耳をぐりぐり押し付けた。
「今日のソフィーは可愛すぎるね。ねえ、ソフィー、ご褒美もらってもいいかな?」
たれ耳をぺろんとめくられて艶のある声にささやかれて、こくんとうなずく。
「またたびを一緒に使いたい」
「……っ」
「ソフィー、だめかな?」
「ううん、だめじゃない……いっぱい使って――…」
たれ耳をぷるぷる震わせて伝えると、甘いキスがたっぷり降ってきて。
アレックス様と夫婦の寝室に2人きりで篭って、とろとろに甘やかなで秘めやかなまたたびの蜜夜を過ごした――…
おしまい
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