第22話 悪役令嬢と攻略対象者

 ヴェロニカ・カサディーナは、平民からの成り上がり男爵のリリーシュとは違い、歴史ある由緒正しい家柄の令嬢だ。

 ロードバルトを熱心に追い回している令嬢の中でも、彼女が一番熱心だったと噂で聞いたことがあるが、学年も一学年違うし、遠目で彼女を見たことはあっても、直接言葉を交わしたことはなかったため、彼女だとすぐには気づかなかった。

 だが、血筋がいくら高貴でもその人柄が必ずしも高貴とは限らない。

 家柄だけなら彼女より高位の者はいるが、ロードバルトの在学中、彼女より爵位が上の者は留学に来ていた他国の王族くらいだった。

 その王族の女性は、一時ロードバルトとの仲を噂されたことがあったが、噂だけで終わった。

 ロードバルトは他国に来たばかりの王女を王族として気遣っただけで、それ以上の関係ではなかった。

 彼女には、祖国にきちんと婚約者がいたからだ。

 学園内でヴェロニカがロードバルトに近づくことを阻む者は誰もいなかった。

 学園内では、基本的に身分で待遇は変わらない。成績でクラス分けされ、授業も同じように受ける。

 でもそれは建前で、暗黙の中で身分差ははっきりしていた。

 ヴェロニカがひと言「気に入らない」と言えば、その相手は周囲から無視され、虐げられる。

 幸い、彼女と在学期間が重なっていた間は

リリーシュのことはまるで眼中になかったため、直接何かされることはなかった。

 ただ、成り上がり男爵の守銭奴と思われていたことは知っている。

 そのことを父に話ふと、父は「それはホントの悪役令嬢だな」と言っていた。「とすると、攻略対象はロードバルト殿下で、正ヒロインは…」

 父はその後も何かブツブツ言っていたが、リリーシュにはまったく意味がわからなかった。

 しかし、「悪役令嬢」という呼び名は、間違っていない。まさき彼女のためにあるようなものだ。


「ちょっと、あなた、聞いていますの!?」


 父とことを思い出していたリリーシュの物思いを、ヴェロニカの苛立った金切り声が打ち破った。


「あ…すみません」

「ヴェロニカ様が話していらっしゃるのに、無視するなんて、有り得ませんわ。どこまで図太いのかしら」

「きっとロードバルト殿下にも、その図太さで押し切ったに決まっていますわ」


 付き添いの令嬢達も、こぞってリリーシュを詰る。

 彼女達の嫌味など、リリーシュにはまるで痛くも痒くもないが、鬱陶しいのは変わりない。

 そもそも彼女達は、この王宮に何をしにきたか。

 まさかと思うが、リリーシュが陛下と顔合わせするという話を聞きつけて、こうやって駆けつけたのではなかろうか。

 ロードバルトや陛下の予定について、どこまで知れ渡っているのかは知らないが、貴人のスケジュールが簡単に部外者に筒抜けになっているとしたら、かなり問題ではないだろうか。


「何とか言いなさいよ!」


 沈黙を続けるリリーシュに、令嬢の一人が詰め寄った。


「よろしいのですか? 先ほど許可なく話すなと仰られましたので」

「……そ、それは…」


 低レベルなツッコミに、令嬢達がたじろぐ。


「あなた、リリーシュ・マキャベリね」


 彼女達の動揺を無視して、ヴェロニカが問いかけてきた。


「作用でございます」

「私が誰かご存じかしら?」

「ヴェロニカ・カサディーナ侯爵令嬢でいらっしゃいますよね」

「そう、私はカサディーナ侯爵の娘。父は今、法務大臣を勤めています」

「私の父は…」

「結構、たかが平民からの成り上がり商人男爵のことなど、興味はないわ」


 ヴェロニカは、ビシリと閉じた扇を突きつけ、リリーシュの言葉を遮った。


「最近父親が亡くなったと聞きましたけど、世間では喪中にある期間に、何用でこちらにいらしたの?」

「それは侯爵令嬢には関係のないことですが、ご存知なのではないですか?」

 リリーシュが何のためにここに来たか、当然知っていそうなのに、聞いてくるのもわざとらしい。


「ま、この私に口ごたえするの!?」

「素直に聞かれたことに答えればいいのよ。生意気ね。立ち場を理解していないのでは?」

「きっとそうなのですわ。そうでなければ、たかが男爵風情が、王弟殿下とお近づきになれると本気で思うわけありませんもの」

「やはり王弟殿下のお相手となると、それなりに身分がなければ、釣り合いがとれませんわ」

「そういう点から見れば、身分も容姿もヴェロニカ様以外に適任はおりませんわ」

「あらそんなこと…フフフ。私もそう思うわ」


 いつまで続くのかわからない三人の掛け合い。リリーシュは冷めた気持ちで、そのやり取りを眺めていた。

 出る杭は打たれる。マキャベリ商会の成功を妬む者から色々言われているのは知っていた。

 選民意識とでも言うのか、いくら爵位があっても一代で成り上がった者に、昔から爵位を持つ人たちに蔑視されるのは慣れている。

 そんなリリーシュがロードバルトの側にいることが許せない気持ちはわかる。

 この程度なら、これまでの経験からやり過ごせるだろうと、続く三人の会話を聞き流そうとした。

 しかし、ヴェロニカの次の言葉には、驚きを禁じ得なかった。

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