ヴィーナスハンター

いちはじめ

ヴィーナスハンター

 やはりまどかのプロポーションは抜群で、肌のきめも申し分ない。

 俺の体の下で肌をほんのりとピンク色に染め、打ち寄せる快感に耐えきれず小さな喘ぎ声を上げ続けている。

 艶めかしくのけぞるまどかの表情から次第に理性の色が消えていく。それはまるで彼女に潜んでいたエロスの女神が浮かび上がり、その姿を現したかのようだ。


 ――美しい。


 俺はこの表情が好きなのだ。どんな容貌の女性であろうとそれは変わらない。

 その表情を拝むために俺は房事のテクニックを磨いてきたのだ。

 今日はとびっきりの女神を拝めそうだ。

 俺は腰の動きをクライマックスモードに移行した。

 だが待て、何か変だ。俺の体の下で、何かがまるでフォログラムのように浮かび上がってきている。


 ――そんな馬鹿な。


 極度の興奮で幻覚でも見ているのかと思ったが、その何かはまぎれもなくまどかの体から上半身を現していた。その顔はエロスの女神そのもので、現れている体はローマ時代の彫刻を思わせるような見事なものであった。

 俺はそいつに触れてみたいという衝動に抗えなかった。

 指先でそれに触れた瞬間、言い知れぬ快感が体を駆け巡った。そしてたまらず果てようとしたその時、ホテルのドアが突然開き、黒い戦闘服の集団がどかどかと侵入してきた。

 男が大声で指示を飛ばしている。


「展開、展開、電磁パルス放射。速やかに目標を確保せよ」


 男たちが、腰に構えた銃から青白い稲妻を放出したところで俺の意識は飛んだ。


 意識が戻った時、俺は医療機器に囲まれたベッドの上だった。すぐに数人の白衣の者たちがやってきて、いくつかのチェックを受けた。それから一時間ほど後、俺は別室に案内された。

 そこは会議室で、数名の先客が俺を待ち受けていた。

 俺が着席するや否や白衣を着た神経質そうな顔の男がいきなり詰問してきた。


「さて、こちらの質問に正直に答えてもらおう」

「ふざけるな、これはどういうことだ」

「これは失礼した、申し訳ない」


 正面中央に座っていたスーツ姿の初老の男が白衣の男を制し、非礼をわびた。


「さて、我々が目撃したのはいったい何だったのか、ということだ。これを見たまえ」


 初老の男の背後にあった大型モニターに映像が映し出された。

 それは俺とまどかの情事を撮影したものだった。

 俺は怒りに震えた。


「おい、何だこれは。いい加減にしろ」


 俺の抗議は無視されたかのように、会議室にいた全員―女性も数人含む―は表情一つ変えずにモニターに映し出された二人の痴態に見入っている。


「ここだ、君も見たのだろう?」


 映像はスローモーションになった。

 まどかの体から浮かび上がってくる何か。

 俺も凝視するしかなかった。やはりあれは幻覚ではなかったのだ。

 初老の男が冷静に語る。


「見ての通りだ。私たちはこれを捕獲しようとしている」

「あれはいったい……」

「精神寄生体だ。女性に寄生し、その女性がエクスタシーに達する際に現れる」


 それから説明された内容は驚くべきものだった。それは『ヴィーナス』と呼ばれ、生態や女性に寄生する理由など、多くのことがまだ謎に包まれているという。ただ近年の研究でそれが現れる際、その周りに特徴的な電磁場が形成されることが分かり、探知は可能となっていた。そして俺たちの情事に探知機が反応したという訳だ。


「で、ヴィーナスはどうなったのですか」

「残念ながら取り逃がした。絶好のチャンスだったのに」


 白衣の男が唇を歪めた。


「元の体に戻った、と我々は見ている」


 初老の男がそう付け加えると、意味ありげな視線を俺に向けた。

 気が付けば全員が俺を注視している。


「……えっ、まさか!」


 俺は椅子の上でのけぞった。


「そう、君にはまた彼女と交わってもらう」


 冗談じゃない。衆人環視の下でそんなことができるわけがない。ましてや断りもなく俺たちを盗撮していた連中に、協力するいわれもない。

 俺は断固拒否した。

 白衣の男がフンッと鼻で笑った。


「別にほかの男性でもいいのだよ」


 そう言われては従うほかない。それに協力すれば映像データは完全に消去するという約束も取り付けた。もちろんこのことはまどかには内緒だ。この件に関して、彼女は行為中の過呼吸で失神したことになっているらしい。


 数日後、俺たちは同じラブホテル――彼らの拠点兼研究所――でまどかと愛し合った。

 しかしこの試みは失敗だった。ヴィーナスは現れなかったのだ。もちろん緊張した俺が、まどかを絶頂に導くことに失敗したわけではない。彼女はちゃんと達してくれたのだが、探知機に反応はなかった。

 三度試してもそれは同じだった。


 数日後、俺は会議の場に再び呼び出された。

 前回は見かけなかった小太りで脂ぎった中年男が、ホワイトボードの前を左右しながら「彼女の中には戻っていなかった」と吐き捨てた。

 まあ俺の知ったことではないが、逃げたか死んだのだろう。これでお役御免だ。

 安堵したのも束の間、話には続きがあった。


「そこで、もう一つの可能性が浮かんできた」


 ――もう一つの可能性?


「それは、ヴィーナスが君の体に潜り込んだという可能性だ」


 ――何だって。


 俺の背中に冷や汗が流れた。


「君をエクスタシーに導いてその仮説を検証させてもらう」

「いやいや待ってくれ。俺は絶頂感を得て射精しているんだよ。その仮説は破綻しているぞ」


 数人の大男が俺を取り囲んだ。


「男のエクスタシーは一瞬だ。そんな短時間じゃヴィーナスは目覚めないようだ」


 俺の身に起こる最悪に不適切なことが頭に浮かび、俺は絶句した。


「君が確実にヴィーナスを目覚めさせられるよう、じっくりと調教してやる。その方面は私の得意分野でね……。まあ、心配するな」


 中年男は、ぞっとする笑みを俺に向けた。


                                   (了)

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